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☆タイトル☆

 

 東條財閥総帥、東條蘭子会長主催のサマーランチパーティ。
 庭園での気軽なランチを楽しむ中、それぞれのテーブルに御園大佐がセッティングした視聴用ノートパソコンには、既に真っ白な機体が大空を飛ぶ映像が。
 
 だが英太はそれを見て、唖然としていた。
「あら。思っていた様なビジュアルではなかったわね」
 共にいる東條蘭子会長も、『雷神』の飛行映像を目にしているのにちょっと意外そうだった。
 そこへまた、蘭子の背後にさり気なく現れた白いシャツにマリン碇刺繍ネクタイ姿の隼人さん。
「横須賀広報の許可を得て、工学科で『プロモーション』を作ってみたんですよ。いかがですか」
「いいんじゃないの。マニアの方や、一般人の方も馴染みそうねえ」
 軽快でスタイリッシュな洋楽BGMに合わせ、白い戦闘機がミュージックプロモーション映像のように編集されていた。
 い、いつの間に。俺達の訓練飛行をこんな編集に!?
「実はこれ。近日中に、横須賀基地広報公式のプロモーションとして公式で動画投稿サイトにアップされる予定なんです」
 それも初耳で英太はびっくり。だが隣の東條蘭子会長もそれを聞いて、やっと隼人さんに振り返る。
「あら。お堅い軍隊さんが思い切ったこと」
「そうでしょうか。既に他国の軍隊もしていることを、是非こちらからもと、細川少将もはりきっていましてね」
「あの、正義さんが? こんな派手なことはお嫌いでしょう。どうせ、やれることはなんでもやるリッキーとお若い感覚をお持ちの婿殿が丸め込んだんでしょう」
 蘭子の疑わしい目が隼人さんに向けられるが、やはり隼人さんはいつもの爽やかなにっこり。
「あの連隊長を私が丸め込んだ……と? そんな立場が怪しくなるような恐ろしいことをするわけないでしょう」
 だから。その眼鏡のにこにこ顔がいちばん怪しいって、隼人さんはわかってしているのだろうか? 英太でもその笑顔を見ると眉をひそめ疑いたくなる。
 そしてそれは東條会長も然りのようで『まったく。まともに話したくないわね』なんて溜め息。
 しかし、向こうのスーツの紳士達の集まりからは『おお』と感嘆する声が響いた。
「先ほどの上昇旋回のような飛行はエースの鈴木大尉のアクロバットではありますが、ただいまご覧いただきました空母上空をギリギリに三機かすめ飛んでいったのは、訓練で行っていたコンバットの様子です。先頭が逃げ切ろうとしている鈴木大尉、ぴったり背後をマークしていたのは次点でエースを辞退した『スコーピオン』のウィラード少佐です」
 空母艦上空すれすれに、急降下で出現した白い戦闘機が二機。片翼を傾け旋回しながらすぐさま上昇するというダイナミックな映像。英太も外から撮られている自分を見て息を呑む。いつも反省会で見てはいたが、この映像は後の参考の為の映像ではなくあきらかに『広報用』に派手なアングルで撮られたものだとわかった。とてもドラマティックな構図。見たこともない男性達が感嘆の声を漏らすのも当たり前だと思った。
 そして隣でゆったりとシャンパングラスを傾けていた東條会長も、その手を止めていた。
「今の先頭を上昇していったのは、本当に貴方なの」
「はい」
「ずいぶんとダイナミックな操縦をするのね。あれだとかなりの重力が身体にかかっているはず」
「いまの上昇時で7Gは行っていると思います。8G以上が予測される危険な操縦には、監督から飛行続行ストップがかかることもあります」
 『まあ』と彼女が口を開け驚き、英太を凝視した。英太の身体を、悪い意味ではなく、上から下まで眺めて。
「あの飛行機は、それがなんなくできてしまうんです。だから、葉月さんは『できるからと、行きすぎるな』と常々口うるさく俺達に言っています」
 また空母艦に迫ってきたエース候補だった二機の攻防戦へと東條会長の目線が釘付けになる。
「なんだかやっとわかった気がするわ。葉月さんと婿殿が熱くなって、この飛行機はどのようなものかと私たちになんとか伝えようとしている訳が」
 訳? 英太にはわからなかった。良い飛行機だから、防衛に必要な飛行機だから。力になれるお金持ちの人は力になってくださいと宣伝しているのかと思っていた。
 だが。蘭子は綺麗なレエスで縁取られたハンカチで丁寧に口元を拭うと、神妙な面持ちで呟いた。
「なにもかもギリギリで攻めているのね。飛行機もギリギリまでいける。パイロットもギリギリまでいける技量を持ち、なによりも、雷神に携わる上官達がギリギリまでの準備をして防衛に臨んでいると言うこと」
 英太はきょとんとした。それって『当たり前』で、英太にはもう日常だった。
「あら。だからナニという顔ね」
「い、いえ。そんなわけでは」
 眉間にしわを寄せた彼女が、疲れた様なため息をこぼした。
「それが当たり前って。そりゃ、あの子がやせた顔でここにくるはずね」
 葉月さんのことだと英太もわかった。痩せている? 毎日見ているから気がつかないのか。英太にはいつだって同じ女性に見えるのに。久しぶりにあった知人がそういうと、彼女も精力を削って日々を生きているのかと心配になった。
「お姉様。どうぞ」
 何かを察したように、眼鏡の隼人さんがそこに立っていた。
「レモンのグラニテです」
 レモンの皮が器になっているシャーベットのようなデザートを隼人さんがテーブルに置いた。
 だが蘭子の目が、隼人さんの顔に釘付けになっている。それまで二人が見せていた嫌味なやり取りの空気とは違った。
 隼人さんも笑っていない、蘭子さんも笑っていない。隼人さんが真顔で現れたその時から、隣にいる蘭子会長のあたりの空気もぴりっと凍ったような気がした。
「あら。おいしそうね」
「瀬戸内のレモンとシャンパン『クリュッグ』を使っています」
「まあ、贅沢なこと。流石、御園さんね」
 蘭子会長がひとくち、夏の日射しに煌めく氷を頬張った。
「おいしゅうございます。ご馳走様、御園さん」
 急によそよそしい。それも嫌味のひとつ? だけれど、二人の間にはそれまで以上の冷気が漂っている。重たい空気だった。
 だからって互いを睨むとかいう嫌悪のような刺々しさもない。不思議な間が続いている。
 隼人さんから口火を切った。
「ホワイトの訓練はいかがですか」
 蘭子会長は答えない。
 隼人さんが何かを言い出すのを恐れているかのようだった。
「お姉様に少しばかりお話ししておきたいことがあります。今日はその為に来たようなものです」
「あら。そうだったの」
 その会話を察し、英太は腰を上げる。
「自分はミセスのところへ行きますね」
 眼鏡の隼人さんが頷く。
「そうだな。きっとあちらの殿方も、鈴木と話したいだろう。ホワイトの粗方の解説もミセスが終えたようなので、是非」
 それまでのちゃらけた婿殿の顔ではない。基地にいる大佐の顔で言われた。
「会長、楽しかったです」
「またあとでいらっしゃい。もっと貴方とお話ししたかったけれど、婿殿も無粋ね」
 そこはいつものからかい口調だったが、それは英太を笑顔で見送る為だとわかった。
 一礼をして去ると、隼人さんと蘭子会長はもう真剣な顔をつきあわせて、なにやら話し始めていた。
 

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 

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