-- メイビー、メイビー --

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17.貴方を知らない

 

 ミセスと谷村社長が言葉を交わすと、すぐに社長の視線が赤い車にいる華子へと向いた。
 ――きっと。義弟の御園大佐が銀座で出会った女の子を連れてきてしまって、驚いているんだろうな? 華子はそう思った。
 その通りなのか、幾分か社長の忙しい口調がミセスをまくしたてているように聞こえ、でもミセスがやっぱり夫にもそうしたように『淡々とした横顔』で何かを短く言うと社長が黙ったのが窺えた。

「お待たせ。ごめんなさいね」

 すぐに戻ってきたミセスが運転席に乗り込むと、その時にはもう、黒い車が先に出て行くのが見えた。

 シートベルトをするミセスの様子を確かめつつ、華子もシートベルトを。

「今の方、谷村社長さんですよね」

 エンジンをかけるミセスが、穏やかな微笑みをそっと見せ『そうよ』と言った。

「うちの旦那さんが銀座で貴女とお会いした時、兄も一緒だったのでしょう」
「ええ、そうです」
「篠原のおじ様と関わる用事だとかなんとか言っては、二人で本島に出向いて『御園のお婿さん』とか言われて、いったい誰に会って何をしていることか。御園の本当の娘である私にはいっつも教えてくれないのよ」

 では、岩佐社長が御園義兄弟に頼み事があったことは知らないのだろうか――。それを言って良いかどうかもわからないので、華子は『そうでしたか』とだけ答えることしかできなかった。

 ミセスの赤い車が警備口を出ると、もう黒い車は目の前にもいなくなっていた。
 夕が滲み始めた海辺をずっとミセスの車が走り出す。キャンプの金網フェンスが華子のすぐ側をついてくるように続いている。

「谷村社長は、お姉さんの婚約者だったそうですね。結婚前にお亡くなりになったので、御園の籍には入っていないそうですが、今も『お義兄様』としてご家族同然なんですね」

 会話がないから、確実に話しても良さそうなことを口にしただけだった。
 ……なのに、ミセスがまた。准将室にいた時に見せていた、唇の端に浮かべるだけの小さな微笑みの横顔で黙っているだけ。
 返答がない客がいた時。彼等が華子の言葉で何を思っているのか、いつも焦ってしまう……。岩佐もそうだった。この人も、……なんだろう。似ている気がする。岩佐のように、言葉が届かなくて自分の中に人を踏み入れさせない。そんな人?

「そうね。義兄は姉と結婚する予定だった。特に姉が、谷村の兄を好きで好きで堪らなかったのよ。私、小さかったけれど、それが傍目に見てもよくわかって。姉は喜んだり泣いたり、私の目の前でだけ一喜一憂していたわ」

 間があったけれど、どこか楽しそうに話してくれる笑顔が目の前に現れ、華子も『そうだったのですか』とホッとしたのだが。

「そして私もね……。義兄が好きで好きで堪らなかったわね」

 唐突に出てきた一言に、華子は驚いて運転をしている彼女の横顔を見た。
 でもその目が。准将室で凛としていた時よりも、部下に『准将』と呼ばれていた時よりもずっと……輝いて見えた気がしたから、余計に華子は釘付けになった。それどころかミセスは。

「義兄は、私の初めての男で、私が初めてどうしようもなく愛した人」

 それも初対面の華子に堂々と告げられ、もう、華子の方が今度は言葉を失い、どう返答すればよいか判らなくなった。でも、そこは店にいるならば、そうも言ってられないところ。さて、ミセスは何故、会ったばかりの華子にそんな話をするのだろうかと、よく考えようとしたのに。

「でも、私と義兄は二人で生活する道は選ばなかった。つまり、夫と妻になるという生き方を選べなかったの。どうしてか判る?」

 彼女は華子の先をどんどん行ってしまう。そして華子は素直に『判らない』と首を振っていた。

 運転をするハンドルを、海岸の緩やかなカーブに合わせミセスがゆっくりと回す。女二人の妙なムードを助けるように、車窓からは鮮やかに聞こえる潮騒。
 『判らない』と答えた華子を、ミセスがチラリと見た。その時の眼差しが、どこか『春美』と重なった……。

「駄目なのよ。腐れ縁っていうのかしらね。私が生まれた時から義兄は目の前にいたし、家も隣同士だからいつだってそこにいて、本当に家族同然の幼馴染み。あ、義兄の方がずうっと年上なんだけれどね。でも……そう、『家族』だったの」

 幼馴染み、ずっと目の前にいる、異性だから愛し合ってしまった。でも『家族』。
 これだけキーワードが揃えば、華子も気が付かずにいられなかった。それは『英太と華子』の関係と似ていたから。

「だから、今でも谷村の兄は『義兄』で家族。男と女にはなれなかった」
「御園大佐も、家族ですよね」
「どちらも私にとっては今でも男、でも家族。だけれど澤村は家族になる前に、痛いほど男と女を分かち合った『恋人』よ」

 痛いほど分かち合った? 華子の胸がドキリと蠢いた。

「愛し合って傷つけ合わずに上手く行くカップルもいるでしょうけど。私と澤村はそうではなかった。他人だもの。心ならずとも傷つけ合っているのよ。でも許せるし許してもらえるし、そしてどんな自分もその人の前では晒していられる。それで結婚したんだもの」

 私と英太は傷つけ合うほど求め合ったことがある?
 華子の自問はノーだった。
 むしろ相手が傷ついて帰ってきたら、その是非など問わずに暖め合ってきた。つまり……

「逆に義兄は、私がすることなんでも許してくれ、なんでも手助けしてくれた。私がどんな罪を犯しても、問わずに抱きしめて迎えてくれた。心地よくて離れたくなかった。それ以外のことは見たくないとさえ……」

 会ったばかりなのに――。華子は、そんなミセスの話にすっかり引き込まれていた。
 そしてミセスもなにもかもを見通したように、でも自然に華子に話してくれている気がする。  もしかして……。御園大佐がここまで連れてきたのは、奥様に会わせるため? そして奥様も華子と会ったならば、同じような恋愛をしてきた自分のことを見せようと……? だったら、華子はここに来て何を考えて何を見ればいい? 
 いつもなら『余計なお世話』だった。偉そうに、自分が生きてきた乗り越えてきたことを如何にも『私、頑張った。だから貴女も頑張れる』と独りよがりに言っている、結局自分のことを語っているだけのおめでたい人としか思えなかったはず。でも、ミセスはまだ、そこまで言っていない。

「今、谷村社長は近くにお住まいのようですね」
「そうね。家族だから」
「ご主人の大佐がよく許しましたね」
「そういう人なのよ。少しずれている……『大きな人』」

 でもミセスはそこで、ちょっと疲れたように溜め息をこぼした。夫を褒めている風でもないようで、華子は首を傾げた。
 やがて海岸沿いを快調に走っていた赤い車は、華子が来る時に目にしたかなり郊外にある住宅地へと曲がった。
 白い家が二軒ならんでいる敷地に車が停まり、ミセスが『着いたわよ』とサイドブレーキを手にした。

「二軒……どちらも、ミセスと大佐のお宅ですか?」

 それほどくっついて建っている、そっくりな二軒の家。

「いいえ。隣は昔から同僚だった夫妻が住んでいて、そうね、こちらも家族同然で暮らしているの。いまは副連隊長になった海野准将のお宅。奥様は元は私の側にいた優秀な隊員さんだったけれど、いまは子育てに専念して、仕事をしている私を助けてくれているわ」

 すると、それが聞こえたかのようにして、白い家の玄関がひとつ開いた。
 そこから黒髪の楚々とした奥様が顔を出した。

「葉月ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま。泉美さん。子供達は?」
「こっちにいるわよ。頼まれていた食材、一緒に宅配してもらったから」
「ありがとう、泉美さん」

 優しそうで穏やかそうな女性で、線が細く頼りなげにみえた。だけれど眼差しがキラキラしているように見え、その目が華子と合った。

「いらっしゃいませ。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」

 あちらから挨拶をしてくれ、華子も恐縮しながら『お邪魔します』と頭を下げたのだが。顔を上げると、そんな泉美さんが華子をじいっと見つめていた。

「とても可愛らしい方ね。鈴木大尉も隅に置けないわね」
「そうなのよー」
「まったく、隼人君も意地悪ね。私だったら怒っているわよ。家になんか帰らせないんだから」
「えっと……それは、その……」

 あのミセスが、線が細い奥さんにきっぱり言われて口ごもっている。それに泉美さんの目はさらに強くミセスを見ていた。

「貴女ほどの女性が、男なんかに上手を取られちゃったら駄目よ。あとで私が隼人君に文句を言っておくわ」

 あの大佐のこともミセスのことも、厳しく煽る奥様でびっくりの華子。ああ、なるほど。こちらはまさしく副連隊長海野准将の奥様と言ったところなんだと、納得。オフィスでの活躍を退いた女性かも知れないが、この二軒ファミリーの中では、海野夫人が絶大なミセスママ権力を持っていそうだと華子は見た。

 再度、華子には『貴女は気にしないようにね。悪いのはおじさんの方。それでは、ごゆっくり』と清楚な笑みを見せ、海野夫人は自宅に消えてしまった。

「彼女は、隼人さんと同い年。昔からしっかり者のお姉さんなの。部隊では『ノーミスの女王』と言われていたほどやり手だったのよ」
「それ程の方が。今はご家庭に? ご主人やミセスと大佐を支える為に?」

 そこでミセスが車にロックをしながら、やるせなさそうに眼差しを伏せた。

「いいえ。心臓が悪いの。出産を機に退職したのよ。才能があったから、私も手放すのは凄く惜しくてね――」

 才能があっても、表に出られない人もいる。でも海野夫人はそれでもここで基地の前線で幹部として活躍する家族を支えている――ということらしい。

「そういう人に、どうして生きる力や健康な身体を与えてくれないんでしょうね……」

 華子は春美を思ってつぶやいた。女身ひとつで英太を育て、そして華子も守ってくれた春美。その為に彼女は仕事を頑張ってある程度の地位を得て活躍していたのに。

「本当にそうね。私、『神様は平等だ』なんて言葉は絶対に信じないわね」

 まるで華子が言いたいことが通じてるように言い放ったミセスの言葉に驚き……。

「でも泉美さんはその不平等を受け入れて、自ら選んだ生き方を全うしようとしている。後悔などしていない。胸に爆弾を抱えながら、彼女も何度も死に目にあって入退院を繰り返してきたけれど、その度になんとか家に帰ろうとする気力だけは捨てなかった。身体が弱くて線が細く見えるかもしれない。でも誰よりも強くて。そうね、神様とずっと勝負して勝っているって感じなのよ」
「神様に勝負して勝っている……?」

 面白いことを言うと華子は思った。
 でも、理解してしまった。あの気の強さに、目の輝き。あれは自ら生きていこうとしている人間の目だった。

 『さあ、中に入りましょう』とミセスに連れられ、華子はもう一軒の白い玄関へと向かった。

 潮騒がはっきりと聞こえる白い家。そこへ向かう栗毛のミセスの背を華子は見つめる。
 ――『神が平等だなんて絶対に信じない』。
 強く耳の奥で繰り返されている。この幸せそうな白い家に住む奥様には似つかわしい言葉ではなかったから。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 玄関を入ると、直ぐ側にあるゲストルームに案内された。

「今夜はここで」

 そこで見たベッドルームに見覚えがあった。そう、昨夜お世話になった横須賀御園家で華子が眠っていた部屋と同じ雰囲気だったからだ。
 青い小花柄のシーツに、ほのかにラベンダーの匂い。そして同じようなインテリア。もしかして。あの横須賀の寝室は、この御園家のお嬢様が実家に帰った時に使っている部屋なのだろうか。

「ゆっくりしていて。私は着替えてくるから」
「はい。お世話になります」

 丁寧に頭を下げると、ミセスは肩の力が抜けたのか、今まで以上ににっこりと微笑んでくれた。

 一人になって、やっと一息。華子も肩の力を抜いた。

「はあ、疲れちゃった」

 まるで突風に連れてこられたよう。でも……と、華子は窓辺へと目を向けた。
 もう聞こえる。潮騒が。そして窓からこぼれてくる煌めく夕の陽射し。もうすぐ黄金色になりそうでまだまだなりそうにない、初夏の優しい陽射し。そして昼間の鮮やかさを柔らかに崩した夕の青へと空が変わってきていた。
 そこにある扉窓をさっと開けると、少しばかりひんやりとした風がざっと華子へと向かって包み込んだ。

「うわあー」

 目の前が。キラキラと光る入り江のような海があった。地形のせいか、そんなに波立っていなくて静かな海面。そこがキラキラと夕の陽射しに反射して、そしてそこからひんやりとしたそよ風が白い家へと吹いてきていたのだ。

「へえ、素敵」

 これは島ならではの、地元でしか味わえない光景だと華子は目を奪われ、つい窓辺で頬杖。くつろいでしまっていた。
 そう、まるで……。離島のペンションにでもやってきた気分。

『いたぞ、見ろよ』
『本当だ。泉ママがいったとおりだ』

 窓辺でやっと、人の目や思惑から解放されてくつろいでいる華子の背に、そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。
 振り返ると、そこには男の子が二人。
 あ、大佐の息子さん? すぐにわかった華子は彼等ににっこりと微笑みかけ『お邪魔しています』と挨拶をした。

「女の匂いがプンプンするな」

 割と身長がある黒髪の男の子が、生意気な切れ長の目で華子を睨んでいた。

「いらっしゃいませ」

 今度は栗毛の男の子。こちらは表情が平坦で落ち着いていた。でも一目でわかった。

「黒髪が海野君で、栗毛が御園君ね」

 華子がそれぞれ指さすと、生意気そうな男の子二人が顔を見合わせた。

「何しに来たんだよ。准将ママを困らせに来たのかよ」

 そう言ったのは『准将ママの息子』である栗毛の男の子ではなく、黒髪の海野少年だった。
 でも華子にはすぐに判った。ああ、先程泉美さんが怒っていたから、側にいた彼等の目には『御園大佐が変な女を連れてきた』と見えたのかもしれないと。
 それにしても、見れば見れるほど、海野少年の生意気そうな顔と言い方。それに比べて、栗毛の御園少年はそんな海野少年から一歩下がった後ろにいて、それでいて淡々とした顔で華子を窺っていた。
 どちらかというと。華子はその後ろにいる少年の目に緊張を覚えた。ママにそっくりだった。栗毛で同じ目の色、顔つきもそっくりで。その冷めた顔が目が、准将室にいた母親と重なったから……。
 するとその落ち着いている御園少年が言った。

「違うと思うな。どうせお父さんの悪戯に決まっている。普段、何を考えているか解らない母さんを試してみようと、本当の用事とはまったく関係ないのにちょっとした意地悪をして母さんを困らせたんだ」
「うわ、正解!」

 流石、息子――と、華子は唸った。

「それで、『父』がした悪戯はなんだったんですか」

 急に大人びた口調で華子に心配そうに尋ねてきた。

「うちの母が『隼人君はまったく、やって良い意地悪とやっちゃいけない意地悪がある』て凄く怒っていたんだ」

 やはり海野少年の母である泉美さんが怒っている姿を見て、御園大佐がどんな女を連れてきたか気になって見に来たようだった。

「ええっと。御園大佐の『隠し愛人』として准将室に挨拶に……」

 正直に言ってみたら、やっぱり彼等はそろって『ええ!?』と仰天した顔に。華子も慌てて付け加える。

「も、勿論! それは大佐の悪戯で奥様をちょっと驚かせたかっただけで。でも奥様は、ミセスは、私がそんな愛人だなんて嘘、すぐに見破ったわよ」
「どうして」
「どうやって」

 双子みたいに息があった問いに、華子はたじろぎながらも。

「うーん、大佐の知り合いの社長さんが私と知り合いであって、その社長さんが私のお店に大佐を連れてきたのが始まりで、そこで会った時に私が英太の……」

 そこから先、なんと説明して良いかわからなくなった。家族? 恋人? 友人? 幼馴染み?

「お姉さん、もしかして。英太の病気の叔母さんを看病してくれているっていうお友達?」

 栗毛の彼がハッと気が付いてくれて、華子はびっくり。というか、英太……子供達にはそう話しているんだと奇妙な気分にもなったが、これは助かった。

「そ、そうなのよ! 英太とは古い知り合いで、その縁で私が叔母さんの看病を」

 すると、どうしたことか二人の少年はあからさまに華子から背を向け、二人で額を付き合わせてヒソヒソ。

「やっぱり、女の匂いがプンプンする!」

 生意気な海野少年にビシッと何かを指摘されるように指さされ、流石の華子も少しばっかりムッとなる。

「お姉さん、英太の恋人でしょ」

 ああ、こっちの大佐とミセスの……賢そうな男の子まで。

「恋人でもなんでもいいでしょ。それに女の匂いプンプンで悪かったわね」

 このガキ共は、やんわりしていてもダメなんだ。体当たりで行った方がいい。そう思った華子は、ワンピースの胸元から突き出ているバストをさらに少年達に向かってわざと突き出し立ちはだかった。

「女の匂いプンプンなヤツをパパが連れてきて悪かったわね! でもこれが商売なのっ。女の匂いがしなくなった銀座の女なんてお終いよ!」

 男の子二人が『えー!!』と華子の予想外の驚きを見せのけぞっていた。急に目の前の少年達がフリーズしたかのように静かになり動かなくなること、数秒。でもすぐにもとに戻った。

「お姉さん、銀座のホステスなのかよ」
「すっごい。俺、銀座の女の人、初めて見た」

 急に彼等の目が、物珍しいものを捕まえたかの如くキラキラ光り、それどころか距離を保っていた華子の側に急に寄ってきた。

「えー、英太の女が銀座の女!」
「英太は『友達』だなんて言っていたけど、絶対に違うと思う!」

 ……なんて、大人びた子達なの。華子はくらくらしてきた。
 あ、でも。海野副連隊長がどんな男性かもうわかった気もしてきた。そして栗毛の少年は、あの大佐とミセスの子だって納得。

「あのね、本当に英太と私が男と女でも、友人でも恋人でも、そういうのやめてくれる。こっちの問題。それに幼馴染みなだけで、恋人じゃないから」

 そりゃ、大人が子供に言う綺麗事に聞こえたかもしれない。この大人びた子達には、こんな答え方、納得してくれないかも。それでも子供、華子は英太がそうしたように『古い友達』で貫き通した。
 それでやっと――。少年二人はどこか不満そうな顔をしているが、詰め寄るのをやめてくれた。物わかりも、まあ、良いらしい?

「じゃあ、お姉さんは英太に会いに来たんだ。なのにどうして、うちのお父さんが連れてきて、うちに泊まることになっているの」

 御園少年の問いに、華子はまた口ごもる。でも……女の匂いが激しい他人がやってきて心を乱しているようだから、敏感な彼等に曖昧なことは言えない気がした。

「英太の訓練を見に来たの。一度、英太がどれだけ頑張っているか見て欲しいって大佐が言ってくれて。でも、なにかしらないけど、英太は今大事な時期だとかで先ず内緒で見学してから島に来たことを知らせようって大佐とミセスが」

 そうしたら、また彼等がとっても驚いた顔に。

「見学って、雷神の訓練を空母で見るってことかよ!」
「お姉さん、それ本当に!? 甲板で雷神を見に行くのかよ!」

 二人の男の子が興奮して、今度は華子のワンピースにぎゅっと掴みかかってきてまたまたびっくり!

「ずるい! 俺達まだ、英太の訓練を見たことない!」
「ずるい! 俺達まだ、英太の訓練を見たことない!」

 これまた二人が息があったように同じ言葉を叫んだ。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。私だっていきなり大佐に連れてこられて、そんなつもりなかったのに……」
「英太はすごいんだぞ。俺達だって航空ショーの英太しか見たことないのに、コンバット訓練の英太を見てみたいのにっ」
「英太は、雷神の平井キャプテンだってエースに推薦しているんだ! 俺だって母さんと英太がどうやってコンバットをしているか見てみたいのに!!」

 また男の子達がぎゃあぎゃあと騒ぎはじめて、華子は耳を塞ぎたくなった。でも気になる一言が御園少年の口から――。

「え、英太って、そんな基地で一番のパイロットなの!?」

 パイロットとなると自信家になる英太だったが、それでもベテランには負けているんだろう――ぐらいにしか思っていなかった。
 すると、御園少年が思わぬことを教えてくれた。

「一番どころじゃないよ。英太は今、雷神の『エース』に昇格するかしないかのコンバット戦をしているんだから。勝ち抜いたら、正真正銘、雷神のトップパイロット。『エースパイロット』だよ」

 俺達の憧れ! 少年達がそこは笑顔で飛び上がった。
 だが、華子は息が止まりそうなほど驚かされた。

 あの英太が。パイロット達が憧れるフライト雷神にいるだけでなく、その雷神のエースパイロットになる手前まで成長している!?

「こら! 貴方達、お客様にご挨拶したの? なにをお客様に向かって騒いでいるの!」

 そこでフェミニンなジーンズ姿になった准将ママの一喝。
 少年達が流石に飛び上がって、ささっと華子の前から走り逃げていってしまった。

「まったく! 待ちなさい!!」

 ママまで追いかけて行ってしまった。
 遠くリビングから、男の子二人が『うわー』となにやら降参する声? しかもドタンバタンとなにやら床が大きく響く音? え、ミセス……あの子達となにか取っ組み合いをしている?? そんな雰囲気が伝わってきて、華子は目を丸くした。

「くっそー、いつか准将ママを投げ返してやる」
「もっと大人にならなきゃ無理だ。あのお祖父ちゃんの弟子でもあるんだぜ」

 男の子二人が『イテテ』と背中を押さえながら、華子の元に戻ってきた。
 そんな二人が今度は改まって並び、びしっと背筋を伸ばし華子を見た。

「海野晃です。いらっしゃいませ、ごゆっくり」
「ようこそいらっしゃいませ。俺は御園海人です。ゆっくりしていって下さい」

 あっさりしている海野少年に、しっかり丁寧な御園少年が、揃って頭を下げ迎えてくれた。

「私は小川華子。こちらこそ、お邪魔致します。英太と仲良くしてくれてありがとう。お姉さん、安心しちゃった」

 華子の笑顔に、少年二人もやっとにっこりとした笑顔を見せてくれた。

 でも。華子の心はもう、穏やかではなかった。

 

 

 

 

Update/2010.6.8
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