「車がないだと」
『そうなのですよ。まさかと思って確かめに行ったら見事に』
准将秘書室、ラングラー中佐からの連絡を受け、隼人の頭に血が上りそうになる。
「じゃあ、ここのところ、どんなに探してもあいつが見つからなかったのは、基地の外に出ているってことか!」
『どうもそうみたいですね。まさか准将がここまでするとは流石に私も』
テッドは溜め息だが、隼人の方は益々頭が熱くなってきた。
「わかった。俺からやめるようにきつく言う」
『いえ、そこまで。今までだってあの方はそうされてきたんだし、こういう訳のわからないことをする時ほど、なにか考えがあって……』
だが、隼人は言い切る。
「なに言っているんだ。基地の中だからこそ大目に見て来たのに、基地を守る部下を守る上官が不明になるなんて以ての外だ! 限度というものがあるだろ!」
怒鳴ったので、受話器の向こうの声が聞こえなくなり隼人は我に返った。
「す、すまない。ちょっとだいぶ頭に来た。あいつを信じて野放しにしていたのに。やはり甘やかしていたか……」
『いえ。何か考えていると思います』
傍にいる男がそこまで信じてくれているからか。それが裏目に出ているのか。
「とにかく、帰ってきたら一報くれないか。あいつが言うことを聞く聞かないはともかく、きつく釘を刺しておくことだけはやっておかなければ。これは旦那の俺が見逃したらお終いだ」
『そこまでおっしゃるなら……』
『帰ってきたら連絡をします』と、テッドが言った時だった。
『あ、お帰りに』
情けなくて項垂れていた隼人も、その一言に顔を上げる。
テッドの『お帰りなさいませ』という声の向こうから『ただいま』と言う妻の声が聞こえてきた。
『あの、ご主人が……』
『ああ、どうしたの』
どーしたの。じゃないだろう!!!
そののんびりとした声。自分がここまでやって夫の工学科大佐が何も思わないと決めつけているかのような受け答えに、また頭に血が上った。
『なに、貴方』
「なにじゃないだろう! お前、ついに、外に」
『がちゃり』と言う音がすぐさま聞こえ、隼人は唖然として受話器を耳から外して見た。
はあ? なんだ、この態度!
「あったまに来た! 逃げたと言うことは、自分でもどれだけ悪いことかわかってやっている確信犯ということだな!」
目の前に広げていた書類をバタバタと閉じ、隼人は立ち上がる。
こちらも止まらない。このまま准将室まですっ飛んでいくつもり。
『くそ』と緩めていたネクタイを締め直し、隼人は科長席を離れたのだが。今の科長室はスタッフが手薄状態。残っているのはまだ若い青年部下が一人。
彼だけを残すのは、今度はこちらが不安だった。
こんな時に、頼りにしている同年代の工学男『神谷少佐』に、『吉田大尉』の小夜も、そしていつも頑張ってくれる青年隊員の『藤川少尉』もいない。ああ、あと一人。昨年から工学科に入隊してきた新人二年目の若い女の子もいるのだが。彼女は……
「津島、准将室に行ってくる。なにかあったらすぐに准将室に内線で」
津島もまだ入隊して三年だが、だいぶ落ち着いてきた。留守ぐらい大丈夫だろう。
「わかりました。奥様が見つかったと少佐と大尉に報告しても……」よくわかっているので安心する。
「ああ、そう報告してくれ。まったくすまないな。お前達にも心配させて」
「いえ、ミセスらしいですよね」
なんて、ほら。こうして周りが笑って許してしまっているから、ついにここまで。いや、限度を知ってくれていると信じていたからこそ、隼人も周囲も野放しなんてことを許していたのだ。なのに。
今日は腹を据える。どんな喧嘩に発展しても、葉月が『悪かった、もう二度としない』と頭を下げるまで隼人はこの怒りを解くつもりはなかった。
いざ、じゃじゃ馬の首を取りにゆかん――と、科長室のドアを開けようとしたら、隼人が開ける前に大きく開き、そこから留守にしていた小夜が現れた。
「あら、大佐。おでかけですか」
「ああ、あいつが帰ってきたんだ。しかも、車がなくて基地の外に出ていたみたいで」
「まあ、葉月さんらしいですね」
小夜まで。クスッと笑ったではないか。
いいか。吉田。今回のことはだなあーー、懇々と小夜にも説こうと思ったのだが。
「それより、大佐。ちょっと困ったことが起きているんですよ」
葉月のサボタージュなどどうでもいい。そう言わんばかりに、小夜が出かけようとしている隼人に切羽詰まった顔を見せる。そんな顔をされたら、隼人も放って留守には出来ない。
「ど、どうした」
尋ねると、小夜がまだ廊下にいる誰かを呼んだ。
小夜の前に出てきたのは、昨年新入の『野口真美』。
だが隼人は彼女が差し出されただけで、青ざめた……。何故なら。
「昨日、横須賀工学科科長補佐官の桐谷中佐から、次回のミーティングについて日程変更の相談をしたいので早めに連絡をして欲しいとの外線があり、彼女が取ったそうです」
もう、それを聞いただけで隼人は顔をしかめる。
「つまり。伝達忘れってことか……?」
小夜に差し出され、野口真美はおどおどと隼人から顔を伏せ怯えていた。
「すみません、大佐! 今朝、昨日のメモを整理していて気が付いて……。どうしよう、どうしようって……。やっと吉田さんに相談して」
この、馬鹿者! 怒鳴りたかったが、もう疲れた。額を抱え、唸ることしかできない。
「昨日のいつだ」
「午後の、16時……頃だったと思います」
16時。夕方なら、連絡が帰ってこなかったら翌朝早めに――と期待していたことだろう。隼人が腕時計を確かめると、今は14時……。朝連絡がなくても、あちらが怒って再連絡をしてきていないということは『早め』と言っても、それほど急ぎではないと判断は出来た。
にしてもだ。『御園大佐はいつ連絡をしてくれるのだろう』と、そろそろヤキモキしている頃だろう。
「わかった。今すぐ連絡をする」
「申し訳ありません、大佐。私から彼女によく言っておきましたから……」
小夜の疲れた顔。隼人が怒鳴り飛ばす前に、彼女がきつく説教をしたのが窺えた。そして野口真美は既に萎縮している。だから今回もそれで隼人はとりあえず、怒りを飲み込んだ。
すぐさま科長席に戻り、隼人は電話を手に横須賀工学科へ連絡をする。
受話器を耳にして、隼人はがっくりと項垂れる。
運が良いウサギめ。今夜、自宅に帰ったら徹底捕獲にて、徹底しつけが必要だ。
・・・◇・◇・◇・・・
夕方になり、本日もひとまず業務が片づく。
それなりのトラブルがあっても、なんとかやり過ごせる。
「あの、御園大佐」
科長席で書類に向かっていると、正面に野口真美がいた。
その申し訳なさそうな顔を見ただけで、隼人の気分が沈んでいく――。何故なら、彼女のあのようなミスは一度や二度ではなかったからだ。
昨年までは新人だからと大目に見た。今年もある程度は。しかし彼女の本当に困ったことは凡ミスなんてものじゃなく『何故、そんな肝心なことを! こんな時に!』という隼人も信じ切ったり安心した時にやってくれるのだ。
だが、まだ二年目。そうだ二年目。
「特に外部からの伝達は余所にも迷惑がかかる。気を付けるように」
「はい……申し訳ありませんでした」
「もう気にしないように、次に活かしてくれたらいい。お疲れ様」
眼鏡をかけて黒髪をきちんとくくっている。化粧も派手ではなく、流行に傾きすぎず、自分らしくしている。身なりもきちんとしていて真面目な子。
小夜だって、隼人のアシスタントになりたいと躍起だったOLちゃんだった時も、かなりミスを連発していた。でも、大事に発展しそうなミスなどしなかった。誰かがフォローすれば何とかなる程度の。それが出来るようになれば、きちんと独り立ちが出来る。そう思って、隼人は小夜には人一倍、厳しくやってきた。その結果、小夜は大尉となり、今ではこの基地一番の秘書官とまで謳われるようになったラングラー中佐の歴とした妻でもある。
そんな隼人の『女性隊員教育』を連隊長の正義が認めてくれたのか、ここ数年、若い女の子が一名配属される。成長すると、正義の指示で女性向けの部署へと異動する。正義が『流石だな。どれもが優秀な女性隊員になる』と満足してくれていた。
だが、真美のような女の子は初めてだった。
(はあ、これも俺の至難なのかね)
溜め息一つ。頭を下げて自分の席に帰っていく真美の後ろ姿を見た。
「お先に失礼致します」
一番下っ端だが、いつも真美が一番先に帰る。つまりまだそういう段階なのだ。
だが。真美が帰ったのを確認し、隼人は黙々と仕事をしている『藤川少尉』へと目を向けた。
若いが工学マンとしてだけではなく、補佐的能力も抜群だったので、教官班ではなく科長室へと抜擢した。彼もいい歳だが、独身。そんな彼に隼人は声をかけた。
「藤川、いつ終わりそうか」
隼人の声に、彼が顔を上げる。
「いえ、今日の分は。なにかお手伝い致しましょうか」
そう、いつも手伝ってもらっている。それだけ信頼出来る男だったから……。
ただし、ひとつだけ、彼は。
「いや。それなら、俺も終わったから一緒に呑みに行かないか。おごるけど」
「え、ほんとうっすか。行きます、行きます!」
手元に広げていた書類を閉じ、喜びいっぱいの顔で彼が立ち上がる。
それに合わせて、隼人も帰り支度をする。だが同じように支度を始めた藤川が、ふと周りを見た。まだ隣の小夜と、向かいにいる神谷少佐が仕事をしているのを見ている。その上、後輩の津島もまだ黙々とデスクに
「あれ。ええっと。小夜さんも神谷さんも、津島も。勿論、一緒ですよね〜」
隼人が科長室で誰にも聞こえるように『呑みに行こう』は、『皆で行くぞ、俺のご馳走だ』に決まっているのだが。
「いや、俺は残業」
「私も残業、津島君は私の手伝いね」
「自分、大尉のアシスタントですから」
三人揃って『残業』と来て、自分一人帰って良いものかという藤川の戸惑い顔が隼人に向けられた。
だが、実は。小夜と神谷には『今日は藤川だけ連れ出す』と打ち合わせ済み。それに伴って、小夜が津島を捕まえておいてくれたのだ。
「そういうことだ。行くぞ」
「は、はい……」
途端に藤川自身、表情を強ばらせた。
悟ったならば、彼も気が付いただろう。
『大佐の説教がある』と。そう気が付いたなら、マシな方だと、隼人はほっとする。そして彼も既に反省をしているのだろう。
やれやれ。ウサギ捕獲はまだ出来ないようだった。
・・・◇・◇・◇・・・
基地の正面門警備口でタクシーを捕まえ、隼人は部下と共に久しぶりに『玄海』へと向かった。
夕方、席を予約しておいたので、着物姿の若女将に一階の小上がりへと案内をされる。
二人で向き合い、隼人は早速、冷酒を注文した。
隼人と向き合っているだけで、藤川はいつもの明るさも何処へ行ったのか。俯いてしまった。
冷酒がやってきて、隼人から彼のガラス猪口に酒を注いだ。
「まあ、呑もう。今日もお疲れ」
「頂きます。お疲れ様でした」
そこは丁寧に受け、隼人が躾てきた品格は失われていなかった。
それだけに、惜しかったなあと思うのだ。
彼も今夜はなんの話を一対一でされるか分かっているようだから、隼人も早々に済ませ、後は楽に食事をしようとネクタイを緩める。
「その顔だと、俺が言いたいこと、ちゃんと分かっているようだな。安心した」
そう言っても。藤川はまだ俯いていた。
それでも隼人は、さらに彼の猪口に酒を注ぐ。
「そう落ち込むなよ。お前ぐらいの歳なら『女で失敗』することは幾らでもあるだろうさ」
「そうですか。大佐はこんな失敗などされなかったでしょう。あのミセスと上手くつき合えているぐらいですから」
それを聞いて、隼人は『まさか』と小さく笑う。
「あれと出会うまでの俺が、どんな日常を送っていたか話そうか。適当も良いところだぞ。誰でも良かったんだ。その時、楽しければな。その代わり、後腐れない女選びは間違えないようここだけ慎重にした。女と別れる時上手く切れないとどうなるか、初めて同棲した女が荒れに荒れてマルセイユ基地全体に迷惑をかけたから懲り懲りなんだ」
すると若い彼が驚いた顔で隼人を見た。
「大佐でも、そんな若い時を?」
「お前が今、後悔していることは序の口。俺なんか最低だったと思うな。葉月に改めて尋ねられたこともないから詳しく話したこともないが、あれがもし『貴方の過去を全部教えてよ』なんて突っかかってきたら、俺もなあ、面目ないって言うか」
なるべく肩の力を抜いて。今度は自分の猪口に隼人は手酌で冷酒を注ぎながら、フランクなムードを作ろうとした。
目の前の彼が、今にも何かを言いそうに口ごもっている様子を見た隼人は。
「だから。気にするなよ。だが、ちょっと思わぬ方に行ってしまったな」
なにもかもを見透かされてしまった故か、藤川がそこでがっくりと降参するように項垂れた。
「申し訳ありませんでした。初めての新人教育を仰せつかったのに、野口を上手く指導できなくて」
やっと本題だ。隼人は崩していた姿勢を正し、ぐっと彼へと差し迫った。顔を近づけ、周りに聞こえないよう密やかな声でそっと。
「今も付き合っているのか」
「いえ。そのような約束までには行きませんでした」
「つまり、ステディにはならなかったと?」
「はあ、一歩手前ってヤツですかね。ほら、『そうなった途端に』彼女が仕事に対してあの通りになってしまったので、俺も途中で目が覚めたというか。やばいと思ったんですよ」
離島で女が少なめの職場。その上男盛りの始まり。側には若い頼りなげな女の子。相手も不安でいっぱいの新人。
そこにほどほどキャリアを積んだ年上の男が手取り足取り指導して、助けてくれる。この若い年代なら恋が芽生えても、異性に惹かれてしまっても当然のところ。隼人もそこは文句を言う気はない。自分だってそうして女性と付き合ってきたのだから。
問題はそれをして、どうするかだった。
「つまり〜。藤川と野口の間に、『男と女の既成事実』があって、それが彼女の仕事の在り方を邪魔してしまったと」
つまり、肉体関係を持ったと言うことだ。頼りがいある男性と恋人一歩手前まで行って、職場でも一線が引けない甘えを見せたのだろう。そして藤川はそんな彼女の甘えを知って、距離を置くようになった?
やはり彼があせあせと冷酒を煽って、どこかに逃げたそうにしているが。彼は猪口をコンと卓に置くと、深呼吸。
「情けないですが、俺もそろそろ適齢期だし、フリーで彼女が欲しいし。良い子がいればーって常日頃、男としてそう思っちゃっているんですよ」
「いいよ、いいじゃないか。健全な青年の感覚だ」
そこだって隼人は責める気はない。言葉通り、そうあってこそ二十代後半の男ってもんだろう。
しかしその健全故か。藤川はさらに頬を染め、もうありのままに隼人に吐き出した。
「なんたって、あの『おっぱい』ですよっ。もう禁だらけの俺には一発ですよ〜。あんな目の前でちらつかされて、甘えられちゃってー」
『ほほう……』、そこは「いいよ、いいんじゃないか」とはのれなかった隼人。
趣味が違うから仕方があるまい? だが、確かに真美はいわゆる『巨乳』という部類の女性に当たる。確かに確かに、あの胸がやけに目がつく。隼人でもそうなのだから、彼女を見た男達はさらにその胸に目がいくはずだ。
「なるほどねえ。で、藤川とそのようになって……」
「い、一度だけっすよ! だけどそれから彼女がこう……俺を異様に頼ってくるようになって」
「ふむ」
「ちょっとのことでも『出来ないから教えて欲しい』、『手伝って欲しい』、それからあの通り注意力がないので何かミスすると『助けて欲しい』だったんですよ」
「それで、まずいと悟ったお前が突き放しても改善はなかったということか」
「はあ。俺の初めての教育は失敗でしたね。俺のせいです……。今まで通り、女性同士ということで、小夜さんが教育していればちゃんとしてくれていたのかも」
迷惑をかけています。藤川が頭を下げた。
だがそこで隼人は唸る。
「俺もな。この春に一年が経ったから、お前の教育係を解除したんだが」
「それからもさらに酷いでしょう。未だに『助けてくれ』て言われるんですけどね。自分の持ち分は自分で出来るようになって欲しいからと、俺達の既成事実をばらされても良い覚悟で、突っぱねています。俺の責任ですから」
「いや。俺が見るに。彼女は元々そういう気質の女だと思うな」
確かに藤川の仕事とプライベートの分け方が上手く行かなかったのは、彼の責任であろう。
でも隼人は知っているのだ。『彼女の気質とは?』と、藤川も訝しそうにしている。
「相手が藤川でも誰でもいいんだ、彼女は」
「と言いますと?」
「お前が駄目なら、今度は津島だ。神谷は結婚したばかりだし、俺ぐらいの年齢だから彼女にしてみれば近寄りがたいだろう。でも津島なら、自分と同じようにまだキャリアもなく歳も近い」
それを聞いて、藤川が『マジッすか』と驚いた。
彼が教育係から解放されてからその後。隼人は暫く彼女を泳がせ、藤川がいなくなった後どのようにするかちゃんと観察していた。
失敗しながら、それを次回に活かす。次からは出来るようになる。二回目に出来なくても、何度目かで出来るようになる。そうなって欲しいのに、今の真美は津島に助けを求めるようになっていた。彼女の逃げ場は、いつだって『男』。それを隼人は見た気がしたのだ。が、津島はまだ餌食にはなっていない。
「あいつも巨乳がタイプなら、そろそろやばいなと今日藤川の話を聞いて確信したところだよ」
「うわ。あいつ、確かに危ないですよ。常に彼女が欲しい欲しいと言っていたし」
『そうか、分かった』と、隼人は手元にあった猪口にある冷酒をぐっと飲み干した。
「もう忘れろ。上手く恋人同士になれなかったのは残念だったが、彼女のペースにはまらずに、こっちに戻ってきたから良しとしよう」
「今後、気を付けます」
「今まで通りで頼む。津島は俺が注意してみておく。後は俺に任せてくれ」
再度、彼の猪口に隼人は冷酒を注いだ。
「もうこの話はお終いだ。せっかくここに来たから、美味い料理を楽しもう」
彼のほっとした顔。『俺、大佐の部下で良かった。有り難うございます』と言いながら、彼も杯を進める。
隼人もある程度分かってほっとした。
やはり、悪気のない魔性が潜んでいるのか。彼女には。
俺が直々に叩き込んだ方が良いのだろうか。
正義から女性隊員の育成を任されているだけに、隼人は考えた。
・・・◇・◇・◇・・・
部下との食事を終え、隼人も帰路につく。
藤川とは玄海の前で別れ、それぞれタクシーに乗った。
すっかり暗くなった空と海には、星と変わらぬ漁り火。それを眺めながら、海岸線をタクシーが行く。
あともう少しで我が家につくと言う時になって、胸ポケットの携帯電話が鳴った。パネルを見ても、登録外の番号。しかし隼人はとりあえず出た。
「はい」
『華です』
その声に、隼人は驚いた。
『先日は有り難うございました。なのに。早速の連絡をしてしまい、申し訳ありません』
「いや、構わないよ。そのつもりで携帯の番号も教えたのだから」
しかし華からもらった名刺に記されていた携帯電話を登録していたのに、いまかかってきた番号は違うもので登録外だった。つまりプライベート用? そう思った途端に、すぐさま嫌な予感。
「どうかした? まさか、鈴木の叔母さんになにか!」
だから彼女も慌ててプライベート用の携帯で。そう思ったのだが。
『いいえ、違います。あの……ぶしつけなんですが、えっと、出会ったばかりで図々しいのですが。思いつく方が大佐しかいなくて』
「どうかしたのか。言ってご覧」
すると、受話器からほっとした息づかいが聞こえてきた。そんな彼女が隼人に言ったのは。
『お願いです、大佐。私を助けてください』
「どう助けたらいいのかな」
『私をお嬢様みたいにして欲しいんです』
はい? お嬢様って?
隼人は眉をひそめる。
『華夜の会に行っても恥ずかしくないような女にして欲しいんです』
彼女の口から『華夜の会』。いったい、なんの話?
まったく分からないが、これは間違いない。
『もしかして俺って。久々に超女難の日?』
まったくもって、一日中。次から次へと女達が隼人に難問を持ってくる。
Update/2010.3.8