講義が終わって、ベルの音と共に生徒達が散らばろうとしていた。
しかし、熱心な生徒達は教壇を下りようとしてきた葉月に寄ってくる。
「あの……中佐!」
「今度の実習では……」
「武芸がおできになるって……」
次々と向けられる彼女への質問──。
講義内では出来なかった質問、人前では出来なかった質問をしたくて集まってきたようだ。
葉月が戸惑いつつも、ちょっとだけ気のいい微笑みを携えて答えている。
傍に控えていた隼人も、笑顔。とりあえず血気早そうな若者に受け入れてもらえたようでホッとした。
もう、営業スマイルは浮かべられないらしく、なんだか恥ずかしそうにして生徒達に囲まれている。
『いつの間にか、引き込まれるんだ』
隼人は、康夫のあの言葉を、急に噛み締めていた。
(変わったお嬢さんだな)
堂々としたかと思えば、内向的な女の子に戻ったり。
会う前に抱えていたイメージなど、隼人の中ではもう見る影もなかった。
「はぁ……。皆、結構、真剣でどう答えれば良いのか、戸惑ってしまうわ」
葉月がやっと生徒達から逃れて、隼人の側に戻ってきた。
「ご苦労様。でも、後半は良いお話だったと思うよ?」
「もう、大尉ったら。ひどいわ。抜き打ちなんかしてくれて……」
葉月は本気でふてくされたようだが、隼人はただにこりと微笑む。
「島の中佐なんだから、あれぐらいどうってことないだろう? そう思っての事だから、怒らないでくれよ」
そう言われたのならば、彼女としても『その通り』と思ってくれたようで、それ以上は言い返してこなくなった。
それに、この抜き打ちで生徒達に受け入れてもらえた事は、判ってくれているようだった。
そんな彼女に一言、言われた。
「もしかして、これは大尉の作戦って事だったの?」
「まさか……! そこまで深い意味はなく、自然となるだろう? 『せっかくだからお話を……』と、その程度だよ」
彼女はそれでも『これは大尉の計算、作戦だ』と言う、妙に疑わしそうな眼を向けてきたが、隼人に言わせれば『そっちこそ、あの笑顔は計算か?』と、聞きたい所だ。
だが、彼女は『そこ』はもう考えるのをやめてくれたようで、今度は『計算』ではない自然な笑顔を見せてくれていた。
「大尉も……。ハイレベルな授業で驚きましたわ。フロリダにいた頃を思い出してしまったほどで……」
「お褒めのお言葉は嬉しいけど……。毎日こればかりやってきたんだ。バカの一つ覚えだよ」
今は彼女に誉められても、素直に喜べない自分がいる。
つまり、それだけ彼女を『認めてしまった』と言う事になるのだろうか……?
彼女のせっかくのお褒めだが、隼人はサラッといい流して前を歩み始めた。
・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・
(あら。ご謙遜なこと……)
素直に誉めただけなのに、あの無表情になる隼人を見て、葉月は『結構、あまのじゃくぅぅっ!』と、思ってしまった。
彼は知らぬ顔、素っ気ない素振りで、さっさと足早に葉月の前を行く。
階段に来て、葉月は先へと行ってしまう隼人の後ろについて、そこを下りようとした。
もう、五段くらい先に下りて行く彼が急に立ち止まった様にも見えて、葉月も一瞬足を止めたが……。彼はあの冷たい顔でまた進み出したので、葉月もテキストを抱えて後を行く。
(あら?)
先に行く隼人の横を、艶やかで葉月より長く伸ばしている黒髪の女性が、すれ違おうとしていた。
(日本人の女性……? 雪江さん以外にいるなんて珍しいわね)
女性はフランス基地にも結構いるが、東洋人は雪江ぐらいしか葉月は見たことがない。
その上、隼人とすれ違った黒髪の女性の上着を見ると……なんと、大尉だ!
(すごい。異国で、しかも女性が大尉で仕事しているなんて)
見たところ、30代で顔もテレビで見る女優並みに綺麗な女性だった。
葉月の印象では、自分より大人の女性だ。
その彼女もテキストを小脇に抱えていて、葉月の前に来ただけで、かなり妖艶な香水の香りを漂わせてきた。
葉月と階段の半ばですれ違おうとする。
その時、隼人がチラリと振り返った……その時だった。
(あ!)
何かを気にするように振り向いた隼人の視線に気を取られている内に、彼女の肩とぶつかってしまったのだ!
いいや? なんだか、力一杯に突き飛ばされたような感じがしなくもなく?
しかしそう思った時には、葉月の小脇からはテキストがバラバラと、踊り場まで下りていた隼人の足元まで落ちて行く──! さらに葉月は、前につんのめり、今にも階段から転げ落ちそうな体勢になっていた。
が……! 運動神経は良いので、躓いても下二段程に手をついただけで済み、転げ落ちるというような大事には至らなかった。
しかし、スカートからむき出しになっていた膝はすりむいてしまったようだった。
「中佐! 大丈夫か!?」
隼人がすかさず、側に来てくれた。
「! だ……大丈夫よ。ちょっとぼんやりしていたの」
なんだか、落ち着いていると思っていた大尉の彼が、過剰に反応したような気がした!? だから、葉月は逆に驚いてしまい、隼人が手をさしのべようとしている前に、サッと直ぐに膝を払って立ち上がる。
そして、相手の女性にも、『気を取られていた不注意』を謝ろうと振り返ったのだが……。
彼女は、既に長い髪をしなやかになびかせて残りの段を上りきろうとしていた。
「オイ! 失礼だろ。ぶつかっておいて!! 彼女が誰だか判ってい……」
「やめて……! 大尉」
『将軍のお嬢さんだから……中佐だから謝れ』──そんな気遣いで謝らせるのは、葉月が最も嫌う事。だから、妙にムキに叫んだ隼人をなんとか止める。
そして葉月は、構わず歩いて角に消えようとしていた彼女に、とりあえず叫んだ。
「ごめんなさい! ぼんやりしていて……」
しかし、彼女はなんの反応も示さず、窓から差し込む逆光の中──美しい残像を残して、去っていってしまった。
『くそ!』
隼人がそんな風に小さくつぶやいたのが聞こえてしまった。
彼は、葉月が落としてしまったテキストを苛ついた手つきで集め出す。
それにしては、本当に『彼らしくない』──何とも悔しそうに唇をかみしめていた。
まだ出会ったばかりではあるけれど……葉月には、『ぶつかっただけの事』なのに、本当に過剰な反応に見えて仕方がなかった。
「……お知り合い? 同じ日本人でしょ?」
暫し──腑に落ちなくて、そんな隼人の様子を眺めてしまっていた葉月も、気を取り直し、踊り場まで来てしゃがみ、隼人と一緒に散らばった資料などをかき集めた。
「あんな失礼な奴。知らないよ」
本当に……なんだか、今まで見てきた人を食う余裕ばかり見せてきた彼らしくないと、葉月は感じるばかり。
まるで、少年のように感情を外に出してると言った感じで……。だからといって、眉間にしわを寄せながらも、その感情を必死に抑えてるのも伝わってくる。
必死に抑えているから、余計に……なのかもしれないが?
「異国で、同じ日本人。同じ大尉。しかも彼女が持っていたテキストは工学書だったわ」
隼人と、それだけ近い仕事をしているのに知らないはずはない。
葉月が、ちょっとしたことにも目を走らせていた事に気付いたのか、隼人が慌てたように見えた。
でも……隼人の返答は、かえって落ち着いたものだった。
「……お嬢さんが気にすることじゃないよ」
今度はあの無表情で、しかしキツイ口調が返ってきていた。
「そう……?」
言いたくないことなら、いいか。と、葉月はそれ以上は聞けないような気がしたが──『彼女? 異性関係絡み?』という直感が走った。
彼の横に『お嬢さん』が訳も分からないような、いきなりの研修に来たのが気に入らないのだろうか? と。
良くある、良く聞く話だ。もし、そうだったとしても、驚きはしない。
葉月が、隼人の手からテキストをもらい何事もないように階段を下り始める。
「俺が、嫌いなキャリアウーマンの代名詞みたいなヤツ。それだけ」
先に階段を降り始めた葉月の背中に、そんなきっぱりとした一言。
「ふ〜ん」
何かを含むような返事をした葉月に、隼人が慌てるように横に並んできた。
「お嬢さんはあんな風にならないようにね……?」
「ご心配なく。どちらかというと“ひがまれ役”のほうですから。こっちから突っかけるなんて事はしません!」
葉月は落ち着きあると思っていた隼人のそんな慌て振りに……ちょっとばかりがっかり。
『なんでそんなに慌てるのよ』と、思わず口を尖らせたりしていた。
しかし、そう拗ねたのも束の間……。
「なるほどねぇ」
「な、なに?」
隣には既に、また“ニヤリ”と意味ありげな含み笑いを浮かべている隼人がいた。
呆れてしまう所だったが……。
『それにしても』──と、葉月は再び首を傾げる。
(どういう事だったのかしら? さっきの女性。とても綺麗な人だったけど)
絶対に、あの大和撫子のような彼女と隼人は深い関わりはある。
葉月は、そう思ったが、関わるとやっかいそうな予感が走ったので忘れることにした──。
「それにしても。流石だね。反射神経抜群だったなー! 俺だったらもう、下まで『ダダズベリ』だったな」
「“ダダズベリ”??」
葉月はそのフレーズが可笑しく聞こえてしまい、急に笑い飛ばしてしまっていた。
「あれ? そんなに笑えた?」
「なぁに。そんな言葉初めて聞いたわ!」
葉月が初めて笑い声を大きくたてたせいもあったのか、隼人がホッとした顔をしてくれて、一緒に笑っていた。
もう、先程の違和感は──葉月の中から、流れ去っていくようだった。
・・・*・*・*・・・ ・・・*・*・*・・・
「おう! おつかれさん!! どうだった?」
中佐席で事務仕事をしていた康夫が、ペンを手元に置いて、戻ってきた隼人に真っ先に聞いてくる。
しかし、隼人は席に戻るなり、『バン!』と、テキストを叩きつけて腰を下ろした。
葉月の前で、やっとの思いで『抑えこんだ腹立たしさ』が、今になって露わになったのだ。
それも『康夫なら』──何があったかを報告すれば、きっと隼人と同じ思いを抱くと信じているから、余計に──彼の顔を見るなり噴出させてしまっていた。
「あれ? 葉月は?」
「トイレ」
隼人の短くて冷たい声に康夫が困惑した表情を浮かべる。
「何かあったのか? 葉月が、早速、何かやらかしたのか!?」
康夫が今直ぐに頭に思い浮かべられる『困る事』とは──『お嬢さんが生徒達にバカにされてまたまた喧嘩でもしたのか?』という事らしい?
何故、そう直感したのか、康夫は『しまった!』と言いながら騒ぎ始めた。
「葉月が『喧嘩を買う』という事を平気でしていたのは、アイツが訓練生の時だった! だけど、今は『一介の将校』になったのだから、いくらじゃじゃ馬でも、年下の若い生徒にムキになるなんて『子供じみた事』は、もうしないと思っていたのにーーーっ!」
『やっぱりー!』と、康夫はすっかり彼女が喧嘩をしたのだと、思い込んでいる。
隼人はそんな彼女ひとつで、いつもの落ち着きを無くす康夫の方もどうか? と、少しばかり呆れた溜め息を落としてしまった。
まぁ、同期生の彼がこうして不安がるという事は、彼女が自ら紹介していた『喧嘩上等』も嘘ではなかったのだな──とも、思ってしまえたのだが。
だが、隼人はそんな風に慌てる康夫を鎮める為に、『そうじゃないよ』と、静かな声で本当の所の報告をする。
「そんな喧嘩沙汰になんてならなかったよ。それどころか、彼女は流石だったよ。生徒達もついてきてくれそうだった」
隼人の報告に、ホッとした顔になる康夫。
だが、隼人が不機嫌そうに黒髪をかきあげながら、何度も溜め息をついているのが気になる様子。
「だったら……。なんだよ」
「……それ以外、だったら『ひとつ』しかないだろう? 『階段』と言えば良いのか?」
隼人のその一言で、康夫も何かが急に閃いたかのように『は!』とした顔に固まってしまっていた。
そして、口をぱくぱくしながら、隼人を指さして、顔面蒼白──と言っても良いぐらいの顔になっている。
その彼が言いたくて言葉にならない所を、隼人が口にする事に……。
「ああ。見事に、鉢合わせたよ。早速だ。お嬢さんを何気なく突き飛ばしやがった」
隼人は深いため息をついて額を押さえ、うなだれた。
康夫も『チ!』と、舌打ちをして席に座り直した。
「まったく。あれで良く『大尉』になったもんだ。あの姉さんは仕事もヘッタクレもねぇな! 葉月に対しても、畏れを抱かぬとは流石というか、もう末期状態だな」
なんだか諦めたようにペンを取り、康夫は元の雑務を始める。
それだけ『どうしようもない、これだけは……』と言う事なのだ。
口を出さぬ方が……いや? 『触らぬ神に祟りなし』と言うべきなのだろうか?
実際『神』の所は『魔女』と言い換えたいぐらいの……隼人にとっては、そんな存在なのだ。
そんな『騒ぎ』を幾度となく、隼人は味わってきたのだ!
「まったく。この仕事が無事に終わればいいんだけどな」
隼人が、頭を抱える。
つい辛そうにこぼした為か、康夫も再び溜め息をつきながら、ペンをコトリと机に落とした。
「葉月は、結構、使命感はあるんだぜ? くだらない女の闘いはより買わないタチだから安心しろよ」
「分かっている。あいつも今回ばかりは歯が立たないってね」
「だろうな。地位とか家柄のこと以外でも、完全に葉月の方が上だからな」
いつもライバル視をして張り合っている康夫が、彼女をかなり持ち上げるので、隼人はうなだれていた顔を上げ、彼を見つめてしまった。
するとそんな康夫がまたもや彼女の事を、さらりとした顔で語り出す。
「こういってはなんだけどさ。ここだけの話。葉月って“弟”みたいなんだよな」
「弟!?」
あんな淑やかそうで綺麗な栗毛のお嬢さんを“弟”などと例えるので、隼人は驚いて大声を上げてしまった。
「ほら。隼人兄は、もう騙されてんな。今は確かに可愛いお嬢さんかもな」
「騙されてなんかいないよ。まだ、噂のじゃじゃ馬を見たことないだけさ!」
『この俺がお嬢さんごときに既に骨抜きにされている』と、言われたようで、隼人はムキになって康夫に言い返していた。
「その噂のじゃじゃ馬を見たら、もっと考え方が変わるぜ?」
康夫がいつもの意地悪そうな見透かし笑いを浮かべ、中佐席から隼人をペンで指すので、隼人もドキリとした。
「それは何? “あの女”よりも、凄まじいと言う事なのか?」
隼人はやっぱりお嬢さんも『ガジガジに頭ごなしに男を押さえるのか?』と、ゾッとしてきた。
そう言えば? 彼女は自ら『そのイメージは妥当であって、私だってそうだと思う』と言っていたのを思い出し、やっぱり、考え直していた淑やかさは猫かぶりなのか? と、今になって逢う前のイメージを蘇らせて畏れを抱いた。
しかしそうして震え上がる隼人を、見ていられないとばかりに康夫がなだめ始める。
「いいや、あの姉さんとは違うと思うぜ? この俺がずっと付き合っている『ダチ』なんだから。とにかく! 葉月のじゃじゃ馬はちょっと違うんだ。こっちも引き込まれて行くんだよ『台風の目』みたいなヤツ。『負けてらんねぇ!』ってさせられちまうんだ! 一言では言い表せないな? その内に隼人兄もわかってくるさ」
そこまで彼女の事を語った自分に、康夫は今更気が付いたのか、ハッとしたように我に返り……。『葉月には言うなよ!』と、ライバルを褒めたことは言わないよう、隼人に念を押してきた。
でも隼人は、本当の所は『どんなお嬢さんなのだろう』と、康夫が知っている彼女の姿を同じように掴めなくて、戸惑ってしまうばかり……。
「勿論、最低限は葉月を女として見てるけど、アイツは軍人の時は『弟』。男と一緒なんだよ。あんな女の執念メラメラの姉さんは、そんな意味で、葉月には敵わないと俺は言っているの。それにしても、隼人兄……本当に、あの姉さんと別れて正解だったな。あんな女だって判っていて付き合ったのは失敗だったけどな〜」
康夫がシラッとして再びペンを手に取った。
隼人もその言葉が一番痛いところ……。
先程の『大和撫子』とは、昔、付き合っていた仲だった。
それも、あんな女と判っていて……だった。
「あの姉さんの執念には気を配らないとな。葉月が傷つくとかじゃなくて……。二人が対立したら、考え方が全然違うから大騒ぎになるぞ。特に、葉月は『台風』だからな」
別れた彼女が執念深いのにも困っているが、この上に見たこともない想像もできないお嬢さんが起こすかも知れない『台風』にも、おののいた。
「ま。俺としては面倒はゴメンだから。あの姉さんが仕掛けてこないよう、葉月はしっかりガードしておこうぜ」
康夫の一言に隼人は二つ返事で頷いていた。
とにかく、彼女とは別れて五年は経とうかというのに諦めてくれないのだ。
ストーカーまで行かぬとも、それに近い執念に隼人は頭を痛めていた。
彼女は隼人とは分野は違う『工学教官』なのだが、彼女は仕事中でも自分の機嫌は平気でバッと外に出す。
それで、周りの者が振り回されることで有名であった。
頭は切れるのに、評判は学生達の中でも一番悪い。
良かったのは……隼人と付き合っていた期間だけだったかもしれない。
それだって、付き合っている間にも『似たような事』は散々起きていて『今よりかはマシ』と言うぐらいだ。
つまりは──付き合っている期間の間は『隼人が上手になだめていた』と言う方が……周りの者もしっくりすると頷くと思う。
『そんな恋人関係』だったのだ……。
しかも、隼人より五歳も年上の恋人だった。
彼女は今年35歳になる。
『若気の至り』と、皆は言ってくれるが、隼人にとっては一番の汚点。
彼女の機嫌が悪いのは、『全て隼人が原因』と、恨まれることもしばしば……。
それぐらいこの基地では『有名な関係』となっている。
故に、隼人の身の回りで、一番の『爆弾』であるのだ。
今日のランチの時にも、『カフェはやめて、外に出よう』と康夫と二人で焦ったのも、この『爆弾』と鉢合わせない為──。
それだけ必死になっても、やはり『無駄な抵抗』──。先程、『見事に接触された』と言うわけである。
だが、ここで諦めるわけにはいかないのである。
康夫もそこは必死になってくれる。
「葉月が側に来たことが、姉さんにばれたのなら、工学科の連中は、今頃は散々な目にあっているだろうなぁ。こりゃ、俺としても向こうにフォローしておかなくちゃな」
『隼人兄の痛手』は俺の責任。と、ばかりに康夫がため息をつく。
こうして仕事にも差し支えが出るので、基地中の人間が彼女に気を遣っていたりする。
隼人は、こう康夫に『職場的立場』に置いて気を遣わせてしまうと、『すまない』と思うと同時に、何処かに隠れたくなるのだ。
(はぁ。彼女とお嬢さんがなんにも起こさないように)
隼人は、胸の中で十字を切らずにいられなかった。