51.青空へ
「ッライ!オーライ!!」
生徒達が一機一機確実に車庫から青空の下に
フジナミチームを誘導していた。
葉月は隼人と一緒にキャップの上に通信マイクを取り付けて
一緒に外に出る。
「こら!!列を詰めすぎだ!一機飛んでから次を誘導しろ!」
ジャルジェチーム員達も生徒達に檄を飛ばす。
『ウィ!!』
生徒達も素直に従っていた。
「フジナミが飛ぶぞ」
連隊長も側近にマイクをもらって管制塔とパイロット、メンテ研修員のやりとりに耳を澄ますながら
葉月達の後を追って外に出てくる。
『こちら、管制。……』
『こちらフライト673。』
メンテ員と管制の『GOサイン』の取り合い。
『上空OK。離陸いけます!』
『こちらフジナミ101。OK』
康夫の機体が離陸助走に入ろうとエンジン音をあげた。
噴射口に赤い炎が吹き出す。そして…隼人と葉月は遠くからグッと揃って息を飲んだ。
『……』
金髪のキャプテンがためらっているのが解る。ここで旗を振ったら康夫は空に飛び立つのだ。
自分の合図で…。
『こちら管制…。どうしましたか?上空上に他機が接近中。』
「何やっているんだ!早く飛ばさないと他チームの戦闘機が戻ってきてしまうだろ!」
隼人が今にも飛び出して怒鳴りたそうに拳を握っている。
葉月もさすがにハラハラした。しかし…
『GO!GO!!』
やっと旗が振られた。その途端に康夫の機体が轟音を轟かせて滑走路を滑り出す。
キーンと言う音が滑走路中に響き渡りゴーと車輪がコンクリートから離れていった。
ジェット気流が離陸発進位置にも吹き荒れて皆が腕で目を覆った。
ジェット気流が止んで空を見上げると…康夫の機体は空高く登っていくところだった。
「大尉!!」
「……ついにやったな!」
二人は手と手を打ちならして、まず一機離陸完了に喜び合って空を見上げた。
「俺は…パイロットになりたかたんだけど…目が悪かったから…」
隼人は康夫の機体が空高く旋回してゆくのをジッと見つめながら急にポツリと呟いた。
「え?」
「でも。自分の手で合図で…初めて戦闘機を飛ばしたとき。やっぱり鳥肌が立った」
隼人はそう言って葉月に半袖の腕を見せてきた。
鳥肌が立っていた。隼人は今生徒達と共感し合っているのだ。
「腰抜かす程…アイツらも今、感動していると思う」
隼人がニッコリ照れくさそうに微笑んでまたフッと生徒達に視線を戻した。
葉月もそっと微笑み返して視線を戻す。
一機飛ばして自信がついたのか、生徒達は自分たちの手で次々と
フジナミチームを空へと送っていく。
「どうやら一段落だね」
連隊長もホッとしたようにして葉月達の横にやってきた。
「次は着陸ね」
「戦闘機が自分を轢くのではないかという程迫ってくるからね恐怖心が出なきゃいいけど」
隼人は心配そうだったが…。葉月は張りきって波に乗りだした生徒達を見て『きっと大丈夫』と信じられた。
ジャルジェチームも多くは叱らないがそれぞれに渡したメモに『反省点』をチェックしながら
研修生達と走り回っていた。
波に乗った生徒達の勢いは止まらなかった。いつも通りやってきたように。
数分空をならしてきた康夫達と交信をとっている管制と連絡をキチンと取り合って、着陸に備え始める。
滑走路の向こう側では他チームが着陸態勢に入っていた。
「あのチームが済んだら康夫が戻ってくるわ」
「うん」
隼人は緊張しているのか生徒と共に集中しているのか言葉少な目になってきたのが葉月に伝わってくる。
『こちら管制。着陸態勢OK』
管制からの交信が帰ってきた。
空のかなたから再び轟音が帰ってくる。
生徒達が持ち場に散らばって着陸位置に立ち始めた。
旗を両手に持って大きく大きく、康夫のコックピットへと向けて振り始める。
その大きな動作に『自信』が備わっているのを葉月は感じた。
向こうのパイロットチームがこちらの訓練風景が異様なのか立ち止まって眺めていた。
しかし生徒達にはもうそんなことは気にならない様子。
「様になってきたね。いいよ」
連隊長も満足そうに眺めていた。最初の戸惑いは生徒達にはもう無かった。
「次は空母艦でカタパルトの発進をさせないとね」
連隊長のその言葉に葉月も隼人もビックリして彼を見上げた。
生徒達はもしかしたらどの同期生よりも先に空母艦に乗せてもらえるかも知れない…。
そんなことを匂わせる発言だったからだ。
「是非!そうさせて下さい!!」
そう連隊長に食いついたのが隼人の方で葉月はますます驚いた。
「私からもお願いいたしますわ」
「中佐嬢。今回は良い勉強をさせてもらったよ。ここは航空第一線の基地だ
『島』には負けていられないからね。今後はこの方法も検討するよ」
連隊長のウインクに葉月はニッコリ微笑み返した。
隼人はやっぱりこの娘は『風』だ!と唸った。ついに連隊長まで動かそうとしていた。
生徒達の手で康夫はつつがなく着陸をした。次の機体着陸のために生徒達はあわただしく
康夫の機体をよそに移動させている。
「じゃぁ。私はこれで。中佐嬢、後ほど連隊長室に来てくれるかい?」
「はい。お伺いします。」
「お疲れ様でした」
隼人と葉月は最後まで見届けずとも、『成功だね』と言ってくれた連隊長に敬礼をして見送った。
こうして、生徒達はつつがなく自分たちの手で『滑走路デビュー』を終えた。
自分たちの手で青空に飛行機を飛ばしたこの日がいつまでも…。
彼等の心に残ることを隼人は確信したのだ。
「くぅ〜。今夜は寝られないよ!!」
「俺も!!!」
車庫にて全てを終えた生徒達が興奮をしながら、ちらほら隼人がいるところに集合し始めた。
「本日はご苦労様。そして。おめでとう。これで君たちもメンテナンサーの仲間入りだ」
隼人の労いの言葉に生徒達はワッと帽子を空に投げ出した。
しかし…
「あれ??教官。中佐は?」
生徒達が一番にねぎらって欲しかったのは葉月なのだろう。
しかし葉月は早速連隊長のところに行ってしまったのだ。
それも、先程の連隊長の「次は空母」の言葉を『固める』為に次の手を打つといって…。
それも生徒のためだから隼人も止められなかった。
「中佐は。連隊長に呼ばれて…」
隼人が気まずく言うとやっぱり生徒達はガッカリしていた。
「次に…君たちがどう進むかの相談に…」
「次!?」
生徒達は今やっと一段落したのに葉月がもう次を考えてると知って驚きの声を上げた。
「連隊長は本日の『実施』にかなり感心していた。それも…君たちがつつがなく終えたから
『評価』された。『失敗』したら…中佐も責任はとるつもりだったと思う。
今度は…『評価』された分の責任として次のことの基礎固めは早いウチが良いって」
すると。生徒達はそんな葉月の勢いにじわりと来たのか…皆うつむいてしまった。
「教官」
キャプテン役をしたリーダーが隼人に滲むような眼差しを向けてきた。
「なんだい?」
「中佐はいつ帰られるのですか?」
「…。来週末だけど。」
「一緒に打ち上げ会…やってくれますよね?」
『そうだ!そうだ!』と言う声が帰ってくる。
「まぁ。うん。中佐に聞いておこう。」
「中佐はどうして?俺達のようなレヴェルのチームなんかに研修に?」
隼人はドキリとした。研修は『カモフラージュ』で本来の目的は『引き抜き』…とは言えなかった。
生徒達はたまたま…隼人の生徒だったからこんな研修が体験できたのだ。
「それは…ほら。春にフジナミ隊長が日本に研修に行っただろう??
その…『交換』と言うことで…今度は中佐がフランスに…。」
康夫が『カモフラージュ研修』を隼人に申しつけたときそう言ったのだ。
まさか自分もこんな風にいわなくてはならないなんてと隼人は戸惑った。
でも…。研修は既に『カモフラージュ』ではなくなっていた。
思っていた以上の『成果』が葉月の手によって得られたのだ。
「とにかく…。数日中にジャルジェチームが提出する『反省点』を
一人一人に配るつもりだけど…。自分たち自らの反省点も出しておくように。
成功したとはいえ…自己満足はいけない。中佐が今…連隊長室に『次』を進めているようにね?
君たちももっと高いところを目指して…」
自分で生徒達にこう言っておいて…隼人は『次』とか『高いところ』を考えていないので
言葉が止まってしまった。しかし…生徒達は『ウィ!!』と元気良く返事をして解散していった。
「上手いことやったね」
広い個室の連隊長室で葉月は制服に着替えて訪れてみた。
連隊長の側近が入れてくれた紅茶を一口頂いて…彼が向かい側でそう呟く。
「お陰様で。これも生徒のがんばりのお陰です。」
「じゃ、なくて…。隼人のことだよ」
「は?」
葉月は本日の話をするのだろうと思ってやってきたのだが…?
「あんなに活き活きと生徒達と共感し合っている隼人は初めて見たよ。
あの姿をダンヒル先輩に見せたらさぞかし喜んだだろうなぁ。」
「そうなのですか?」
確かに今日の隼人はいつもとは違う男だったと葉月も感じたが…?
「君と仕事をすればあんな風に毎日が活き活き出来る。隼人にそう思わせるための
今回の『デビュー実施法』だったんじゃないのかい??」
そう言われて…なきにしもあらず…で葉月は黙りこくってしまった。が
「とんでもないですわ。まずは…」
「生徒第一。それはよく伝わったよ。さすがだ」
と、言いたいことは全て見抜かれていて葉月はあせあせと紅茶をもう一口…。
言葉ではもう隼人は説得できないと思っている。
康夫と約束したとおり『意志』を動かすにはどうしたらいいか…。
考えた結果。無茶とは思ったが隼人に『自信』をもってもらうこと。
それが自分の生徒の成功と一致するのではないかと思い付いたのだが。
葉月とて…こんなに上手に生徒達が乗り越えてくれるとは思っていなく
間違いなく生徒達の実力で今日の結果があるのだから自分だけの『さすが』とは思っていない。
「なんとかならないものかね?困っているなら引き抜きに私も協力するよ?」
どうやらそれが葉月をここの呼んだ目的らしい。
葉月はすすっていたカップをそっとテーブルにおく。
「フジナミにも手出しはするなと言っています。勿論…連隊長のお言葉には感謝いたします。
ですが…私がこうしてフランスに来たのは『本人の意思』を確かめたいからです。
『島』で送りだして下さったフランク中将もそれが狙いでこうして二ヶ月の時間を下さいましたから」
「…。確かにね。君は三世で…ステップまでしているし…なんと言っても『御園家の一員』。
いろいろな肩書きが邪魔して男性と共に仕事するには苦労が耐えないだろうね。
長続きする側近がフランク中将の狙いって事かな?
だったらなおさら。隼人と君は良いコンビだよ。君ものびのび今回はやれたんじゃないかい?」
実にその通りなので葉月はまた言葉をなくして紅茶に手を伸ばした。
「今日。滑走路に出ていったのは…君の『思いつき』にも興味があったんだが
本当のところは…君とサワムラがどれだけ通じ合っているか確かめたかったのでね」
それを聞いて葉月はゴクリ…と紅茶を飲み込んでしまった。
やっぱり連隊長。見るところが違う!!と唸ってしまった。
「素晴らしく息が合っていたよ。君がちっとも連絡をよこさないからと
フランク中将がせっつくのでね。『ばっちりのコンビ』と返事をしようかと思うんだけど
良いかな???」
(兄様が!?)
葉月は再びゴクリと紅茶を飲み込んで今度はゴホゴホとせき込んでしまった。
「アハハ!大丈夫かい?そう言わない方が良いのかな?」
葉月は確かにロイには中間報告はしていなかった。
いちいち心配性の兄様に口を出されてはやりにくいからだ。
しかし、若くても『中将』。連隊長は『少将』だからこうして親類に近い葉月に
どう返事したらいい???と言う伺いも兼ねて呼んだのだろう。
「解りました。私から中将に一報入れておきます。連隊長は『何とかやっているようです』とだけ、
中将にはご報告下さいませ。申し訳ありません。私が至りませんでした。」
葉月が報告をしなかったばかりにこの連隊長にも気負いさせてしまったことに反省をした。
「では。引き抜きは本気でやるつもりかい?」
「はい。たとえ断られても…。来週帰るまでには答えを出すつもりです。」
「協力は?」
「連隊長もご存じなのでしょう?彼に無理強いは禁物です」
『確かにね』連隊長は呆れ笑いをして葉月をこの日は返してくれた。
この後。『空母艦乗り込み』の件についても話して連隊長が『あれだけのことやったんだから考えておくよ』と
快く返事をくれたので葉月はホッとして連隊長室を後にした。
高官室の周りはやっぱり静かで葉月は一人で歩いていると…。
隼人が向こうから姿を現した。窓辺でウロウロしているのだ。
「大尉??」
「あ。お嬢さん…やっと終わったのかい?」
どうやら葉月を待っていたらしいが周りが高官室なので近寄れずにウロウロしていたらしい。
「どうだった??空母艦」
「ええ。考えて下さるって♪」
すると隼人がこの上なく嬉しそうに微笑んだので葉月も思わず嬉しくなってしまった。
そして…一緒に歩き出そうとしたとき…。
そっと隼人が手を差し出してきた。
「ありがとう。御園中佐。教官になって今日は最高の日だった。」
見たことない…輝く笑顔が窓辺の夕日に照らされて葉月の瞳に降りてくる。
眼鏡は掛けていなかったが…隼人の暖かい微笑みに葉月は思わず涙ぐみそうになった。
それは同じ感動からか…それとも。もうこれで共にする仕事が終わったからか。達成感からかは解らない。
「こちらこそ。フランスに来てよかった。」
それしか言い表せられない自分がもどかしいくらい…葉月はそっと隼人の傷だらけの大きな手を握った。
「お嬢さんに会えてよかったよ。これからも…その…よろしく」
「私も…」
それは…人としての『よろしく』であって…今は『側近』の事はお互いに言えない気がした。
夕日が射し込む廊下を二人で歩く。
今日の事を話しながら…そして…
『生徒達が絶対送別会やるっていうんだけど』
葉月はあんなに頑張ってくれたから邪険に出来ず快く『いいわよ』と返事をすると
隼人がホッとした表情を刻んだ。
そして…
「葉月…」
「…は?」 葉月は耳を疑った。隼人に初めて名前で呼ばれたからだ。しかし…
「…と、隼人の話もしなくちゃね。」
いきなり呼び捨てにされたのかと思って一人焦る自分に葉月は苦笑いしてしまった。
「葉月と…隼人の話?」
「そう…帰る前に一度『腹を割って話さないか?』って事…」
「腹を割って?そんなこと…仕事とは関係ないじゃない?」
葉月は無理に話そうとする隼人の話なんて聞きたくなかった。
もしかすると…。隼人の胸の内に隠されている『過去』を聞くのが怖いのかも知れない。
自分も。これ以上話すとなるとまた勇気がいるような気がした。
『深入りしすぎた』
葉月はふとそう思った。側近にするには深入りしすぎたのかも知れないと…。
「じゃ。記念の食事を二人だけで…。これでどう?」
意固地な自分をそうして上手に流してくれる…葉月はそんな兄様の誘いに今度は
コクンと頷いておいた。