・・フランス航空部隊・・

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4.お嬢中佐 VS 兄さん大尉

 

 今回、康夫に『会ってみろ』と勧められた彼は、日本人。
 葉月より四つ年上の、今年三十歳になる『大尉』。

 昔は康夫が指揮しているパイロットチームの中で、メンテナンスチームにいて活躍していたらしい。つまり航空整備士。
 康夫の中隊はパイロットチームを抱える中、『教育部』も受け持っていて、研修学生達が実習としてパイロットチームの中で学んで行くシステムを持つ中隊だ。
 その大尉は頭脳明晰らしく、今は教育部にいて『教官』をしながら、中佐である康夫の補佐もしているとか……。

 そう言えば、と、葉月は思い出す。
 遠野の生前の言葉を……。

 遠野という男は、孤独な男だった。でも、そんな彼が一度、懐かしむ様にしてくれた『ある男』の話……。

『フランスにいた時な。面白い後輩が一人いたなあ……。懐かしいな。今、どうしていることか……』

 フランスのマルセイユ航空部隊。そこで遠野と康夫が一緒に働いていた時期があったことは知っていたので、『藤波のことですか?』と、聞いてみた。

『いいや。康夫ともそうだが? もう一人、よくつるんだ後輩がいてな。若いくせに妙に冷静で頭が切れるヤツなんだ。なのに、欲が無くて上に行こうとしない。何か訳があるらしいがその事も言おうとしない。俺にバッサリ本当の事を突きつける生意気さがあるのに、ある程度で満足してるヤツなんだ。冷たい男だったけどな。いい奴だったよ』

 そんな男性……。

(四歳年上で……日本人)

 遠野に『生意気な男』と言われていた年上の男性に、『私の側近』など頼めるのだろうか?
 葉月の中で膨らむ不安……。

 今回のこの出張には、葉月の思惑とはまったく別のところで『上層部』の思惑もかなり絡んでいた。
 そうさせたのは、勿論、『御園中佐に新しい部下を見つけよう! そうだ。同期生の藤波なんかいいじゃないか』と考えていた小笠原の連隊長の狙いに対し、『俺じゃなくてもっと良い男がいますよ』という球を連隊長のストライクゾーンにガツンと投げ込むことに成功した康夫の企画だった。
 もう、どうしちゃったことか。連隊長程の男性が、若手である康夫の狙いにまんまとはまり、『おー、いい男! 葉月、会いに行ってこい!!』と大変な乗り気で、どんどんと話を進めてここまで葉月を送り出してくれたのだ。

 葉月が反論したかったのは、『何故、私の部下を探すのか』だった。今までのように、ちゃんとした大人の……そう、遠野のような『上司』を探して欲しかった。なのにどうして、今回は『部下だ。お前を支える新しい部下だ』と、あの連隊長は言うのだろう? こんな小娘の部下になってくれる男なんか……。ましてや『男なんかに負けるものか』と意地を張っているじゃじゃ馬なんかに、『年上の男』が部下になんかなってくれるはずないじゃないかと思っているのに、どうして! ──それがまず、葉月が『フランスまで行くべきか』と、仕事をする人間として感じたこと。二十五歳の小娘になにかをやらせようとしている連隊長の『大胆な思惑』にはめられている気がする。
 でも、来てしまった。それはそんな仕事の疑問よりも、やはり……『私情』が勝っていたのだと思う……。
 ただでさえ、『親の七光りのお嬢様中佐』というレッテルを貼られているのに。頭の良い男性だというならば、このお嬢さん、なにを上の言いなりになってのこのこやってきたんだと思われると……葉月はそんなところは、今から会う『大尉』は感じているのではないかと懸念している。

 康夫が入れてくれたカフェオレ。
 気のせいか、本当に、日本ではない濃厚な薫りのような気がする。
 それが手元に運ばれてきて、葉月は早速『いただきます』と、白いカップを手に取った。
 康夫もいつにないにこやかな笑顔で、葉月の向かいに座り込む。いつも彼と向かい合うと、それほどお喋りでもない葉月は彼につられてぽんぽんと言葉が飛び出してしまいお喋りになる。
 でも、今日の康夫は笑顔のまま葉月を見つめているだけで無言だった。
 なんだか……。葉月が来たことを、本当に笑顔だけで歓迎してくれているようで、葉月も思わず微笑み返していた。
 やっぱり彼は、葉月の大事な友人。
 今日は黙って葉月を見守っているその顔。葉月がこうして、やっと小笠原という離島を離れて、外に出てきただけで、充分彼は『よく出てきた』と喜んでくれているような気がした。
 そんな笑顔に葉月は、いろいろな迷いを抱えたまま出向いてきた不純な自分であるけれど……と、救われた気持ちになった。

 彼のカフェオレは、ちょっと甘い。
 いつもお砂糖が多めになる。
 でも、葉月はそれを抗議したことはない。
 これが、彼の味だから……。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 それから、小一時間。
 日本を出てくるまでの話に花を咲かせた。
 葉月が二ヶ月の出張に出掛けることになって、所属しているパイロットチームの先輩パイロット達にブツブツ言われた事とか。一緒に中隊を守っている葉月の幼馴染みで弟分の『ジョイ』が中隊を空けることにごねつつも、快く気分を変えておいでと、見送ってくれたことを康夫に報告したりしていた。

 葉月がふと、時計を落ち着き無く眺めると、康夫もどうしてか、一緒に時計を眺めてたりする。
 教官が受け持つ『一講義』って、こんなに長いものだろうか? 葉月のそんな疑問。

「ねえ。大尉って、いくつの授業を受け持っているの? もうお昼すぎてるのに……」

 葉月がそう尋ねると、康夫がいつになくビクッとしたように見えた。
 そこでピンときた!

「康夫。大尉になんて言っているの? 今日、私が来ること、会いに来ること……」

 葉月がそういった途端に──

「うん。まあまあ、そろそろ来る頃だろうから。ちょっと待っていろよ」

 そそくさと中佐室と隣接している本部事務室へと康夫が出ていった。

(まさか……)

 葉月は『嫌な勘が当たったかも』と、一瞬確信を得たように思えた。
 自分の方こそ、『何の出張?』と、思っている。
 自分の中隊に新しい部員を引き抜き選ぶなら、連隊長が辞令を出して四の五の言わさずに引っ張ればいいじゃないかとも思っていた。

 しかしその連隊長は『おまえのために言っているんだぞ? どうせなら気持ちよく仕事したいだろ?』と……上司を失ってから、なんとか立っている若いだけの小娘中佐への心遣いだからと言うことを聞いて、腑に落ちずともフランスまで出向いてきた。

 今回の出張は──。
 『フジナミ中隊改善研修』と言う名目を康夫が作ってくれて、その大尉を『補佐』として教育するというものだった。
 葉月が『最新基地』の中佐として『監察』するようなものなのだ。
 その大尉には『引き抜き』の話などひとつもしていないはずで……。
 噂の一族の娘、そんな令嬢中佐の側にお仕えする『転属』の話など聞いたのなら、おののくか……喜ぶならもうここにいるはず、そうでないのなら……。
 葉月がそう考えていると、康夫が黒髪をかき上げながら溜め息混じりに戻ってきた。

「葉月……。あのな」

 いつも葉月の一言を親友の康夫が察知してくれるように、葉月も察知した。

「わかったわ。彼……頭が良い人だと遠野大佐も言っていたし」

 『そうでないのなら……』のほうだったらしい。
 つまり大尉も、『なんで俺? なんの面談?』と、腑に落ちない疑問があって嬢様のお相手を嫌ったと。
 救いはひとつ。葉月が来るからと浮かれた男では無かったことだ。

 葉月はそこで席を立つ。

「何処行くんだよ、もう来るよ」
「来ないわよ。時間に厳しいこの軍隊で、大尉の彼が上司の貴方にも無断で帰ってこない、余所から来た上官を待たせる。彼が何故そんな行動を取ったかのかなんて……。それがどういう意味か、いくら私だって判るわよ」

 それが『逃げられた』ということ。
 葉月の即座の反論に、康夫もぐうの音が出なかったのか言い返してこなかった。
 それを見て、葉月は否定を願っていたが、『図星だった』のだと確信。
 そのまま、康夫から顔を背け、外へ出るドアへと向かおうとした。

「待てよ……! お前……まさか」

 康夫が珍しく慌てた様子で、葉月の前に立ちはだかった。
 彼にしてみれば、自分が持ち出した話。
 葉月にも、その大尉にも最初からへそを曲げられたら立場がない。

「おなか空いたの。適当に食べてくる」

 葉月のいつもの無表情。
 相手の出方にすら無関心。

 それでも、何事にも投げやり気味な葉月が『私、帰るからね!』と、言い出さなくてホッとしたのか……。康夫も気まずそうに『そ、そうだな』と、送りだそうとしてくれた。

「あのな……。大尉。突然授業の空きが出来たんで一時帰宅したらしいんだ。もちろん。おまえが来ることもちゃんと伝えたし。『わかった』とも言っていたぜ」
「そう? いいのよ。『突然』予定が狂ったって事にしておく」

 葉月はそういって、心配顔の康夫を横目に中佐室を一人で出た。

 『部下に逃げられた令嬢中佐』
 中佐室の外に出ると、本部事務室の隊員が皆そんな顔をしていた。
 葉月はそれすらも、感じない様にシラッとして外の廊下に出る。

 栗毛をなびかせ、表情を変えずとも心の中では……。

(やってくれたわね! さすが遠野大佐のお気に入りじゃない!?)

 葉月は、息巻いていた。

 媚びない所は気に入ったが、そんな人間ほど『御園』の娘でも一筋縄でいかないことも葉月はわかっていた。
 迷いに迷ってやっと会いに来た『澤村 隼人』というその男が、葉月にはなんだか強敵に見えてきた。

 

 

 

Update/2007.8.24
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