日だまりの部屋。
窓辺遠くには海が見える。
なかなか良い部屋じゃないか。
知らなかった。基地の中にこんなに気分が和む部屋があるだなんて。
それとも彼女の部屋だからだろうか? 女性らしいやんわりした雰囲気が漂っていた。
「澤村君、これもお願いしていい?」
部屋の主である『女性』の声。
窓の景色をゆったりと眺めていた隼人は『いいよ』と振り返る。
振り返って見えたそこにいる女性の姿は──?
「わ、泉美さん! なにしているんだよ! 駄目じゃないか、物を持ったら!」
「え?? これも駄目なの? これ、私が抱えられるぐらいに軽いのよ。これぐらい大丈夫よ」
「駄目だ、駄目だ、駄目だ!」
妊婦の彼女が食器を詰めた平箱を手にしていた。
大きな段ボールではないが、それは彼女の両腕からはみ出すほどの箱で、そこには丸く平たい食器にコーヒーカップ、小鉢などが入っていた。
彼女のお腹には小さな命が宿ったばかり。なのにそんな食器が入っている箱を持つなんて!?
隼人はそれをサッと奪い取ろうとしたのだが。その時──。
「きゃーーっ!! 泉美さん、やめてーー!!」
急に素っ頓狂な声が聞こえて隼人は飛び上がる。
そんな騒々しい女の子と言えば、一人しかいない。
泉美の部屋、開け放しているドアに吉田小夜が立っていた。
先ほどまとめたゴミを捨てに行くと出ていって、帰ってきたところだ。
彼女がものすごい怒った顔でズカズカと部屋に入ってくる。
「泉美さんは座っていてください!!」
「あ、小夜──」
泉美が抱えている食器箱を奪うように勢いよく取り去ってしまう。
そして今度はキッとした鋭い眼差しが隼人に向けられる。隼人もヒヤッとしてしまう。
「澤村中佐! ちゃんとしてくださいよ! 目の前で見てないでちゃんと泉美さんの代わりに動いてください!」
「だから、俺も今、代わりに運ぼうと──」
「泉美さんが持つ前に持ってくださいよ。もしかしてぼうっとしていませんでした!?」
隼人は『ぎく』として、窓辺の景色を見ていただなんて、とてもじゃないが言えない。
だけどそこで苦笑いをこぼしている泉美が助け船を出してくれる。
「小夜。それも持っていってくれる?」
「当然です! 任せてください。だから泉美さんは手のひらからはみ出る物は持っちゃいけませんよ!?」
「わ、分かったわよ……」
隼人に泉美と言った先輩にガンガンと言い放った小夜は、また勇ましく荷物を手にして部屋を出ていった。
こうして泉美の寄宿舎の部屋にいる訳はというと──。
泉美は週末の休暇を利用して、夫となる達也の官舎へと少しずつ引っ越しを始めていた。
この日、達也は本島へと出かけて留守。
だから隼人が『男手』として手伝いに来たのだ。勿論、手伝いと言うことで『男子禁制の寄宿舎』に許可をもらって入っている。故に基地の中にある初めての景色に見とれてしまっていたと言うことだ。
寄宿舎の一人部屋、一人住まいと言っても、もう何年も住んでいると結構荷物があるらしい。
だからこうして何日かに分けて、移動しているところなのだ。
「はあ。吉田にはやられるなー」
「本当。まあ、小夜はずっと前から元気な子だけれどね」
「変わっていないと言うことか」
「そこが良かったり、玉にキズだったり、賑やかなのよ。ハラハラしちゃう」
「あはは。わかるなー」
経理で沢山の女の子を見てきたのだろう。
泉美は小夜のことも可愛い子と優しい目で見てきたようだ。
それに見てきたその姿。隼人も同感でそこは一緒に笑い出していた。
「でも助かる。小夜ったら洋子さんとか澤村君、海野君に頼まれてから、寄宿舎では自分一人しか助けられないとばかりに必死になってくれて。頻繁じゃないけど、ちゃんと声かけしてくれるのよ。ゴミ捨ても洗濯も手伝ってくれるし」
「うん。そういうところはすごく頼りがいあるんだよな。責任感が強いというのかな」
「なんだか今になって、後輩と私生活でも身近に話せるようになって……。そんな後輩とずっと一緒にいた寄宿舎のはずなのに。名残惜しくなっちゃった」
そうなんだ。と、隼人も微笑む。
泉美は今まで一人で淡々と暮らしてきたのだろう。
それが今回、達也に告白したことで、自らの手で幸せを掴み取った。そして、彼女自身も自信が出て前に出るようになった気がする。
職場でも小夜と肩を並べて楽しそうに話している姿も見られるようになったぐらいだ。
「さて。『大奥』では女に従え。かな? 俺も働かないと『小夜の局』に叱られるな。この箱は持って行ってもいいかい?」
「うん。よろしくね」
隼人はその段ボールを『よいしょ』と持ち上げる。
外には同じく手伝いに来てくれている『河上夫妻』が車を出してくれたので、そこで隼人と小夜が荷物を持ってくるのを待機、積み込んでくれているところだ。
これが終わったら、今日は河上夫妻宅にて『お食事会』だそうだ。
その段ボールを両手に抱え歩いていると、小夜の背に近づいてきた。
「おーい。今からそんなに張り切っていると、ばてるぞ」
すると小夜がまた肩越しにキッとした目を向けてきたので、隼人は溜息をこぼす。
小夜は『泉美に対して過剰に過保護』という気遣いについて、また隼人に嫌味なことを言われるのだとばかりに構えているようだ。そんな風には思ってはいない。それは隼人だって同じだ。だけどなのだ……。
隼人は小夜の横に追いついて、彼女を見下ろした。なんだかいつも以上に不機嫌なのだが?
「吉田らしいな。一つのことに熱血熱中してしまうの。勿論、泉美さんはとても感謝しているよ。俺も感心している。だけどさ……。そんなにキリキリしていると疲れてしまうぞ」
「……」
あれ? いつもはここで遠慮なく言い返してくるのに?
何故か今日の小夜は黙ったまま。先ほどまでは『不機嫌』と思っていたのだが、隼人がそうして話しかけた途端になんだか元気というか、彼女らしい勢いを秘めた熱意が消えたように見え、隼人は少しばかり驚いた。
『どうかしたのか』と尋ねても『いえ、別に』といつにない素っ気ない返答が返ってきた。
彼女から何も言えないようなら必要以上に問いかけても鬱陶しいだけだろう。そう思って、隼人はもう黙った。そして『河上家の食事会、楽しみだなー』と明るく切り替えようとしたのだが──。
「分かっているんです、自分でも。お節介を通り越して、ちょっと過剰すぎるかなって。煩すぎるかなって……」
隼人の話題切り替えが余計に気になったのか、小夜はそこをやり過ごさず隼人の前の問いに答えてくれようとしていた。
「そんなことはないさ。泉美さん、さっきも俺に吉田が気遣ってくれること『助かっている』と言っていたし、それに寄宿舎を出ていくのが名残惜しくなったと言っていたぞ」
「そうじゃないんです……」
なんだか小夜がうなだれてしまい、隼人は首を傾げるばかり。
何か引っかかっているようだ。それでも言いたそうにない。おかしいな? 彼女なら心にあることはそこに溜めずにバッと口で言ってくれそうなのに。隼人はそう思った。
そしてやっと小夜が喉の奥から少しずつ小出しにするような感じで話し始めた。
「その……。怖いんです。駄目になっちゃうのが」
「駄目になるって?」
「だ、だから……。赤ちゃん……」
「!?」
「泉美さんも。身体が弱いのは感じていたけど、それが心臓が弱いとか発作もあるとか知ってショックだったし。なのに、赤ちゃん産むってすごいなと思う以上に怖い……。どっちも無事でいて欲しい。私の目の前でそんな哀しいこと……」
そこで小夜が泣きたくなったのか、顔を背けてしまった。
「あ、こんなマイナスばかり考えるなんて失礼ですよね! きっと大丈夫だって信じなくっちゃ……!」
いつもの自分に彼女が戻ろうとする。
隼人も驚いた。小夜がそんなに敏感になっていたなんて? 『めでたい、めでたい』だけで騒ぐだけのことでもなく……。そしてそこにある大きなリスクが如何に現実的なものか。切々と感じ取っているその姿。まだ独身で子供を産む状況に至らない彼女が同じ同性として案ずる以上の物を見た気がした。
そして隼人はそんな彼女の気持ちが痛いほど解ったので『失礼じゃないさ』と静かに首を振った。
「そうだよな。俺も……怖いな」
「──! 中佐」
自分も小夜ほどでもないが、泉美のおめでたには敏感になっていた。
小夜と一緒だ。もうあんな思い、沢山だ。絶対に迎えたいのだ。誰の子であっても天使を迎えたいのだ。
だから、夫でもなんでもないけれど──。小夜と一緒で『もう目の前では見たくない』。だから必死になって過剰に協力している部分もあるかも知れない。
そう思った──。
「でも、大丈夫ですよね! 私達がついていますもん!」
「そうだ、そうだ! 絶対に皆で迎えてあげるんだもんな!」
二人揃ってどんよりと曇らせてしまった空気を、これまた揃って立ち直らせようと張り切った声を出し合う。
だが、そんなとき、小夜がふと隼人に向かって呟いた。
「私。葉月さんと澤村中佐の赤ちゃんの時は、もっともっと! 過剰に協力しちゃいますから覚悟してくださいね!」
「え」
隼人は固まった。
『俺達には、そんなことはないかも知れないのに』と。だが何も知らない小夜にはそこまでは言えなかった。
「覚悟していてくださいよ! 私、葉月さんには絶対に赤ちゃん産んで欲しいと思っているんですから!」
小夜に背中をバンと叩かれ、隼人は『いて』と顔をしかめたが……。
そこで急に違和感が走った。
そしてなんだか空元気のように見える、小夜のその笑顔が。
もしかして──? 隼人にそんな直感。
「吉田。葉月と女同士で何か話したりとかしたのか? その……出産がある女性の将来とか……?」
隼人自身もちょっと気後れしたかすれた声で『直感』したこと聞いてしまった。
すると、小夜の顔色が変わった。
隼人も直感したとはいえ、当たるとドキリとする。
小夜が隼人を見上げて『違う』と言いそうな顔をしていると察してしまい、隼人はそれを遮るように言い切る。
「それとも聞いたのか? 『俺達のこと』──」
「い、いえ……」
彼女はとても正直な女の子だ。
否定しようとしているのは、聞いてしまったことが『どういうことか』──。それが当人達にはナーバスな問題だからこそ、知っているけど知っていない振りをしなくちゃいけないのだと。それを必死にしようとしている『正直な顔』だったのだ。
その上、小夜は隼人の目を見ていられなくなったのか、顔を背けてしまった。
『確信』した──。
それで小夜が泉美に対して『一番最悪になって欲しくないから必死になっている訳』を知った気もした。
葉月のその話を聞いたとしていたならば。小夜のこと、まるで自分のことのように敏感に感じて痛く思ってくれたのだろう。
なのに自分の目の前、身近な先輩に、三回も駄目にしている女だけでなく、身体にリスクある女性の出産も見守ることになった。ならば、そんな哀しい出来事には絶対にしないという、彼女らしい一直線な『正義感』だ。ある時はそれが行きすぎるのだけれど、ストライクゾーンがっちり入ってヒットを捕らえた時の彼女は本当に頼もしいの一言に尽きる。
彼女の今の必死な姿も顔も、まさにそれなのだ。
「吉田。お前ってほんっとうに分かりやすいな」
「なんのことですか?」
彼女の精一杯のポーカーフェイス。
絶対に『葉月さんと中佐の間に子供が出来ていて駄目になった事を知っているとばれてしまった』なんて認めるものかという必死な顔。
それで充分、彼女の気持ちが通じた。
いつか葉月がこの子の言葉で涙を流し救われたと言ったように、隼人もその顔をみただけで……有り難うと言いたくなった。だから。
「吉田、有り難う──。その時は彼女共々、吉田を頼りにするよ」
「……中佐」
改めて『どうして知ったのか』とか、『知られたなら俺からも話さなくちゃ』なんてことをするよりも、彼女のその気持ちをそのまま受けることにした。
きっと小夜も『澤村中佐にばれちゃった』と分かっていると思うが、それでも──。
「泉美さんのこと、絶対に守ろうな!」
「はい!」
女子寄宿舎の玄関前に白いバンが停まっていた。
そこには五中隊の河上少佐、そして奥さんの河上洋子大尉が待ちかまえていた。
『あ。きたきた!』
『はやく終わらせましょう!』
二人の笑顔の手招きに、隼人と小夜は急いで荷物を運び込む。
頼まれた今回分の荷物を積み終わり、泉美を含めて皆で河上の車に乗り込む。達也の部屋に荷物を運び終わったら、棟は違うが同じ敷地内の官舎に住まう河上家に向かう予定だ。
「泉美さーん、おなか、触らせてーー」
「なあに? 小夜。まだ分からないわよ。私だって分からないんだから」
「でも触りたーい」
小夜の甘えるような声に、泉美も可笑しそうに笑ってお腹を突き出した。
そのまだ変化もない彼女の腹部に、小夜の小さな手がそっと置かれる。
「ここにいるんだー」
「そうね……。不思議ね……」
二人の女性が後部座席でしみじみとしていた。
運転席には河上少佐がハンドルを握り、助手席には洋子がいて、彼女は振り向いて後輩部下の二人を暖かく見守っている。
「泉美。絶対に無理しないでよ。私達をがっかりさせないでね」
「洋子。あまりプレッシャーをかけるなよ」
河上少佐の一言ももっともと思ったのか、洋子が口ごもる。
だけど隼人は洋子の気持ちも解った。
晩婚だったと出会った頃言っていた洋子だけれど。結婚して数年、それでも子供は出来なかったのだと言うことをふと漏らしていたことがある。
そろそろ諦め時かな……なんて。だから、葉月のことも見ていて状況は違うけれど、なかなか腕に抱けないというのが我が事のように辛いんだって。そう漏らしていたことがある。
だからこそ……。小夜と同じように、そして隼人と同じように、洋子も切に願っているのが通じる。
そして夫の河上少佐もよく分かっている。だからとて、プレッシャーをかけるのも良くないことなのだと。妻に子供が出来ないことで、いろいろなプレッシャーを夫妻でひっそりと噛みしめてきたのだろう。彼も彼なりに悩んだのだろうなと、隼人は改めて思った。
決して誰もが同じ道をゆくのでなく。そして、当たり前に言われているような事や物こそ、実は当たり前には手に入れられる物ではないのかもしれない。だからこそ、まるで『誰もが手にと願う当たり前の夢』のように皆が願うのだろう。──隼人はそう思った。
ここの車にいる誰もが、何かを持っているのに何かは持っていないように……。
「ねえ、澤村君。せっかくだから噂の腕前みせてくれない? 何か作ってご馳走して」
泉美が急にそう話しかけてきた。
「え? なにがいいかな? つわり、きついだろう?」
「うーん。やっぱりさっぱりしたものがいいわね。お魚はパスね」
泉美のリクエストに『OK、いいよ』と隼人も笑顔で返す。
すると車の中は、隼人が『噂の腕』を振るうとなり、河上夫妻も小夜も大興奮になった。
「もう、やっとねえ! 隼人君の料理の腕前の話は、もう散々達也君に聞かされて気になっていたのよー」
「私も! 澤村中佐! 私にも何か作ってーー!」
「簡単に焼き肉だったんだけど。泉美ちゃんが食べられるものに悩んでいたんだよね。俺は料理下手だから助かるよ〜。じゃあ、そういうことなら市場に行ってみようか」
官舎へ向かうのはそこは後回しとなり、河上少佐が市場へとハンドルを切る。
やっぱり小夜が張り切って『賛成』と声を上げて、車の中はとても賑やかに明るくなった。
だが、泉美がお腹をさすりながら、ふと道路沿いに広がる海岸線へと視線を馳せた。
「達也。大丈夫かしら……」
彼女が見ている景色の手前には隼人が座っている。
泉美の視線は、隼人を通り越して外の海へと向かっているのに……。それでもその言葉は隼人に何かを求めているようにも聞こえてしまった。
だから隼人もそっと呟く。
「大丈夫だ。泉美さんの為にも、一人でもおふくろさんと向き合っているよ」
泉美の目が隼人へと来て、彼女も落ち着いた微笑みでこっくりと静かに頷いた。
・・・◇・◇・◇・・・
本島はもうすっかり冬のはじまりだった。
空は澄んでいるが、風は冷たく、達也は着てきたジャケットの襟を立て、スーパーマーケットの中に躊躇わずに入っていた。
入った途端に先日の店長と目が合ってしまった。
そこでも達也は落ち着いて、笑顔と共に会釈をする。
すると赤いエプロン姿の店長は、とても嬉しそうに駆け寄ってきた。
「来てくれたんだね! まったく、困ったでしょ? 八重さん、あれからもちっとも動かずじまいでこっちがイライラしていたんだ」
「いいえ。構わないんです。僕も忙しいので。あ、母は今日は出勤しているのですね?」
「ああ、いるよ。呼んでこよう!」
店長が駆けていこうとしたのを、達也は止めた。
彼が怪訝そうに振り返る。
「いいえ、僕が行きます。あの……出来たら暫く母をお借りしたいのですが」
「あ、ああ……構わないけれど。えっとね、缶詰の棚を整理しているところだよ」
「缶詰ですね」
「そう、ここから五列目」
店長のにこやかな案内に達也は再び会釈をして、そこに向かう。
店長が言ったとおりの『五列目』に辿り着いて通路を覗くと、この前と同じように、跪いて箱から商品を出して並べている女性がいた。
その姿も格好もまったく変わっていなかった。
「おふくろ」
これも躊躇わずに口にしていた。
その達也の声に、赤い三角巾をしている母が顔を上げる。
「達也──!」
「ごめん、仕事中に。来てしまったよ」
「そりゃ、構わないけど」
今度の母は、この前の別れ際に見せてくれていた柔らかい表情を見せてくれていた。
驚いた顔をしたにはしたが、一息つくと、笑顔を見せてくれた。
訳もなく達也も微笑み返すことが出来て、なんだか自分自身でほっとしていることを感じる。
そこで達也もやっと力が抜けた気がした。
そんな達也の密かなる緊張とはうらはらに、立ち上がった母・八重子は、ちょっと沈んだ表情になり三角巾を重い手つきで取り去った。
「どうした? 母さん」
「ごめんよ。あれから全然連絡もしなくて」
「別に良いと言ったじゃないか。こうして俺から会いに行くとも言っただろう?」
「……」
初めて。あの強気な母が達也に弱々しい姿を見せた気がする。
彼女はうなだれて、この一ヶ月、様々な事を考えつくした──とでも言いたそうな顔で、前より少しばかり痩せてしまった気もした。
そんな責める気はなかったのに。達也は自分が突然現れたせいで、母親が忘れかけていたかもしれない後悔を生々しく噛みしめる日を過ごしていたのかと思え、それはそれで申し訳なくも思えてしまった。
「なあ、俺……。そんなに苦しんで欲しくて、会いに来た訳じゃないし」
「分かっているよ」
「だったらさあ」
「お前に会えたのは嬉しかったよ。本当だ。なにせ、アンタの場合はまだ物心ついたばかりの小さい時に置き去りにしたもんだからね。こんなになるまで『逃げていた母親』が今更何を言ってもどうしようもないけど。そりゃ、気にはしていたよ。ずっとね……」
「だから、それは……」
「お前が言ったとおりだよ。アンタが軍人になったと聞いたから、フロリダにも住んだし、そして……ここにも住んでいたんだよ」
「……か、母さん?」
あの時、聞きたかった答えを、今日の母は素直に答えてくれた!
それだけで達也の心は、暖かく緩むことが出来た。
「でも、誰に聞いたんだよ」
「お父さんに決まっているじゃないか。あの人、カリフォルニアから日本に帰国する時に、私を捜して会いに来てくれたんだ」
「え……!? 帰国する時に親父が……?」
「ああ。やり直そうってね……。でも、私は帰らなかったよ。二度、アンタ達を捨てた女で母親だよ。そこで正式に離婚したんだ。だけど、それでもアンタ達の母親なのだから、連絡はするようにとお父さんに言われたんだ。まあ、たまにしかしなかったよ。だからあの人も私が今、横須賀にいることは知らない。ただ、最後に連絡した時、成人したアンタが軍人をして結婚をしてフロリダにいると聞いたからさ。暫く、マイアミ近郊に住んでいたんだ」
「ほ、本当かよ!?」
父親が密かにそんな連絡を取り合っていたのも驚きだが、アメリカで単身頑張っていた時も、母親が側にいたことは驚きだった。
だけど、八重子は『でも一度もアンタはみかけなかった』と残念そうに笑った。
「一度も見かけないから、もしかしたら横須賀にお嫁さんと一緒に転属帰国したんじゃないかと思ってさ。横須賀に来たんだ。フロリダの軍人をするほどなら、日本に帰ってきたら横須賀だろう? まあ、小笠原隊員とは予想を上回っていたけどね」
「離婚したんだ。それで昔から一緒にやってきた仲間の中隊に出戻って、今はそこで皆と頑張っているんだ」
「そうかい……。そんな気がしたよ。どうも妻帯者には見えなかったよ。この前の達也は」
そんな息子にも離婚歴がついた過去を耳にするのを誤魔化すかのように、八重子はまた、跪いて缶詰を箱から出し始める。
母のちょっと照れくさそうに浮かべた微笑みを見て、達也は思う。
きっと同僚である泉美が『彼のことが好きだ』と言ったことや、それを追いかけた達也の事を思って『離婚したのかも』と思ったのではないだろうかと。
「この前のお嬢さんは、元気かい? 体調は崩していないのかい」
「ああ、元気だよ」
そして──達也はここで一息深呼吸をする。
今日の目的は母に会いに来ただけじゃない。
報告と、ある『決意』が目的だ。
それを今から……!
箱から缶詰を丁寧に取り出しては、棚に綺麗に陳列させる母親の手元を見ながら、達也は告げる。
「その彼女と結婚することにしたんだ」
「!」
八重子がとても驚いた顔で、跪いている姿勢のまま、達也を見上げる。
その唖然とした顔に、達也も気恥ずかしくなって顔を背けてしまった。
そしてまだ何もいってくれない母に、まだ、報告しなくてはならないことが一つ。
「えっと。それから……子供が出来たんだ」
「な・・・っ」
母の手から缶詰がころりと落ちて、それが転がって達也の足下までやってきた。
それでも達也はそれを拾おうとはせずに、背けていた顔を母の方へと戻すと、八重子はものすごい驚いた顔のまま固まっていた。
暫く流れる沈黙──。
そして八重子が立ち上がった。
「アンタ……! 手、早いねえ!」
「なんだって!? 俺は本気だぞ! それにアンタには言われたくない!」
「いやー。お父さんが言っていたけど、アンタは絶対に『あたし似』だって。そうかもしれないわー」
「そういう感心の仕方あるか!?」
「だって兄貴の友也は、お父さんにそっくりなじっくり慎重派の落ち着いた子だよ。それに比べてアンタは世界の方々駆け回っては、バツイチになっているし、この前、告白してくれたお嬢さんをこの一ヶ月でそこまでモノにしちゃったのかい!」
「兄貴と比べるな!」
「まあ、ガキの時もアンタはやんちゃで手に負えなくて、怒鳴ってばかりいたけどね〜。やってくれるねえ」
「ーーー!」
もしや、怒鳴られていた記憶の中には、そういう『悪戯小僧』だったせいもあるのかと、達也はぐうの音もでなくなり黙り込んでしまった。
──けど。実はその母親の言うとおりで、父親も兄も『母親』のことは言わないが『どうもお前は俺達とは違う』とは言われてもきたし、達也自身も『親父にも兄貴にも似ていないなら、俺ってもしかして……!? 嫌だー!』とは思ったことも多々あるのだが。どうもそうだったらしい。目の前に達也のルーツである『本家』がいて、その『本家』が自らのこともあっさり認めた上で『似ているよ』と言い切ってしまうと、息子はなんだかそう認めたくないが認めざる得ないのかという複雑な心境になった。
だが、次には母が達也の肩を軽く叩いて微笑んでいる。
「おめでとう。やったじゃないか」
「あ、ああ。うん。俺、今すごくいいかんじ」
母におもわずにやけた笑顔を見せてしまった。
それを滲むような眼差しで……。そこは急に優しげな母親の笑顔を見せてくれたから、達也は一瞬戸惑ってしまった。
だけれど、その笑顔を見せてもらえたことも、また、達也をより一層、幸せな気持ちにさせてくれた。
そして八重子はとても満ち足りた笑顔で、また、下段へと跪き、缶詰の陳列を始めた。
「そっか。じゃあ、幸せにしてやんなよ。彼女のこと」
「母さん……出てくれるよな。結婚式」
「無理だね。私は顔を出せるような者じゃないよ」
「……」
彼女がなんていうかなんて。既に再会をして改めて今の母親を知った達也には予想済みのことだった。
それでも迷いもなく『無理だね』の即答には、流石に心がズキリと痛んだ。
だが──それはもっと先の話で、達也が『決意』した話はもっと目の前のこと。
今日はそれが最終目的だ。
「なあ、母さん。俺、頼みたいことがあるんだ」
母・八重子は淡々と缶詰を並べながら『なんだい』と、とりあえず答えてくれた。
「彼女、心臓が悪いだろう?」
「あ、そうだったね。アンタ、気をつけてあげなよ。出産となったらかなりの負担になるはずだから。実家に返した方がいいかもしれないね」
「実家は宮崎なんだ」
「遠いねえ? だったら、彼女のお母さんに手伝いに来てもらったらいいじゃないか」
「彼女が小さい時に、同じ病気で亡くなっているんだ。宮崎には今、お父さんしかいない」
「──!」
やっと母の顔色が変わり、また達也を下から見上げてきた。
もう、達也が言いたい『頼みたいこと』を察知したのだろう。
八重子が避けてしまう前に、達也は急ぐように告げる。
「だから、母さん。小笠原に来てくれないか。女手がないんだ。彼女、仕事は休職することになったんだけど、それでも昼間、一人で官舎に置いておくこと、心配なんだ。見ただろう? あんなふうに結構頑張っては無理してしまうこともあるものだから。常に人目がある職場と違って昼間は官舎に一人。もし発作を起こしたらと思うと、俺、心配で」
「そ、それは……」
「頼むよ! 他に頼める人がいないんだ。母さん、小笠原で『一緒に暮らしてくれ』!」
「──達也!?」
『一緒に暮らそう』──。
その言葉には流石に、八重子も驚いたようだ。
当然だ。息子がやっては来ても、全ては許してもくれないだろうと覚悟していただろうところを『一緒に暮らそう』と言い出したのだから。
それに達也だって、充分、迷ったのだ。
もしかすると。一緒に暮らした方が今までの恨み辛みなども簡単に口に出てきて、母を必要以上に苦しめてしまうかもしれないし。母の性格だと、それこそ途中で逃げてしまうかもしれない。それも……自分がやりきれない振りを見せつつ、本心は息子をそれ以上苦しめない為に。
だけれど──!
やってみないと分からないじゃないか……!
それにこれはチャンスかもしれない。
そして何よりも、本当に『身内の女手』が欲しいのだ!
達也は八重子に『お願いします!』と頭を深々と下げていた。
そしてそこには茫然としている母の姿も──。
・・・◇・◇・◇・・・
それから暫く経ったある日の四中隊本部。
総合管理班員のデスクが固まっているその片隅で、小夜は毎朝のメールチェックをする。
向かっているのはこの総合管理班専用のもので、ここの管理長であるジョイ=フランク中佐の許可の元、触れる、作業が出来るノートPCだ。
この班で新人の小夜が朝一にする仕事が、このメールチェックだ。
外部から四中隊宛てに送信されてくるメールは全て、ここに届くようにフランク中佐が管理操作している。つまり今、小夜が向かっているモニターというのは、小笠原四中隊本部の『メール窓口』と言うことだ。
ここのところふと思うのは『テッドからの業務連絡』が来ているか、来ないか……。
小夜は隣の席を見る。
いつも隣にいたし、小うるさい説教から指示まで、それはもう同い年なのに腹が立つくらいにやってくれる小憎たらしい上官。その彼はもうずっといない……。
その彼から数日置きにはなるが時々、業務連絡が来る。
その時にちょっとだけ『空母艦であった些細な出来事、他愛もない日常的な出来事』を最後に添えてくれている時がある。一番最初は『雪を余り見ないから珍しくて仕様がない』とか『そんな寒い気候なのに大佐嬢のお転婆に巻き込まれて甲板に出たら、彼女の恩師である艦長に大佐がとっつかまえられて、説教された』等々。そんな業務とは関係ないけれど、そんな他愛もない──船の上にいる日常生活を伝えてくれる。
誰宛というわけではなくたぶん四中隊の皆宛てぐらいの報告だ。もっと言うと……これの管理をしているジョイがまずは目を通すから、彼が目にすればあれこれと気を配って、あちこちに報告してくれると思っているのだろうと小夜は察していた。もっともっと言うと……そのジョイから、澤村中佐へと『大佐嬢』の様子を知らせることが出来るんだろうというような意図もみえなくもないが。
小夜がチェックをするとこれまた本日もこれでもかと言うぐらいに届いた。
これを基地別、民間企業別などに振り分けてからジョイに引き渡すのだ。
それをやっていると。
(あ、きている!)
時間は昨夜だ。
いつも母艦の艦長室というアドレスで届く。
今、日本海にいる彼は今度は何を報告してくれるのだろう? 今度は母艦で何があったのだろう? なんだかワクワクする。
だけど、テッドはとても几帳面なのにサブジェクトが真っ白だ?
小夜は首を傾げながら本文に目を向けると、期待に反してものすごく短い数行。しかし、そこに記してある文面を見て──。
「ちょっとテッド! これ、どうしよ・・・」
いつものように困ったことは、お隣の少佐にまず問え。それが隣同士になった二人がいつのまにかそうするようにしていたスタンス。こうして問いかけたら、小夜の騒々しさに顔をしかめ溜息をこぼしながらも、誰よりも丁寧に教えてくれるし、助けてくれる。そうあの憧れていた澤村中佐に負けないくらいに。
だから『ちょっと戸惑いのメール』を見て『ど、どうしよう』と思ったから隣の席に助けを求めたのに……。
そこに今、彼はいない。
小夜はやっと気がつき、ふと俯いた。そしてその次にはハッとする。なんで? こんなにがっかりするの? と──。
そしてさらにハッとする!
(ど、どうしようー? これってフランク中佐に見せても良いのかしら!?)
小夜が戸惑った『問題メール』は、なんとあの『大佐嬢』からたっだ。
しかも──!
『────私は元気です。そして貴方の元に必ず帰ります。待っていてね』
これって完全に『恋人宛』、隼人宛!
つまりラブレター? にしては素っ気ないけれど、それでもあの大佐嬢がこうして隼人個人宛に業務用のラインを使って送信してきたことが驚きだ。
そ、そうだ。隼人を呼びに行って見せてしまえ! そうすればジョイだって管理外の隼人が先に目にしてもそんなには怒りはしないだろう? 以上に隼人は『大佐嬢側近』なのだ。補佐以上の権限をもっているのだから!──だから、勝手に転送してやろうかと心が固まりかけたその時。
「おはよう、吉田。空母からなにか届いていたか?」
「さ、澤村中佐……!」
そうだった。小夜以外に『空母からのメール』が届くのを気にしている人がもう一人いた。
メールはジョイが全てチェックしてOKが出た物を、さらに小夜が各部署担当本部員に転送するのだけれど、それが待ちきれないかのようにまず『着信状況』を覗きに隼人は度々やってくるのだ。
「あの、これ……」
「なんだよ。変なメールでも来ていたのか?」
小夜の戸惑いに訝しそうにして、隼人がモニターを覗き込む。
眼鏡をかけている横顔が、その画面をじっと見つめ……。やがて小夜の側で隼人も息が止まったかのように驚いた顔になる。そのまま画面を見つめたまま固まってしまっていた。
「……ええと。ごめん、マウス貸してくれるかな」
「はい」
なんだか居心地悪そうにして、隼人は小夜からもらい受けたマウスを手にすると手早くカチカチと動かし、あっと言う間にモニターからその大佐嬢からのメールを転送、彼女からのメールを跡形もなく消し去ってしまった。
「ジョイには『もらった』と言っておく」
「はい」
隼人はそれだけいうと、見てしまった小夜には照れくさかったのか、そのままスッと去っていった。
そして大佐室に入る前に、そこの席にいるジョイに小さく耳打ちをしていた。
「へえ、お嬢が? 珍しいじゃん? なんて書いてあったの?」
「なんとも。数行、簡単に書いた後に『元気です』とその程度。業務ラインだからだろう? そうでなくても、あいつはそんなもんだよ」
「お嬢が待っている彼氏にメールだなんて大進歩だなあ」
「まあな」
やっぱり。ジョイのちょっとにやけているからかいたそうな笑みにも、隼人は気恥ずかしいのか素っ気なく答え、そのまま大佐室に消えてしまった。
小夜もちょっとにんまり。
さらにテッドの席、その目の前にいるジョイと目が合い、なんと言わずとも二人でニンマリと笑い合ってしまった。
「照れていましたね。澤村中佐」
「うんうん。完全に照れていたね、あれは!」
そこでジョイに『なんて書いてあった?』と聞かれたが、『見つけた途端に澤村中佐が来たのではっきり見えなかった』──と、誤魔化した。
だって、もし……自分もそうなったら、おおっぴらにしないで『二人だけのもの』にしたいもん。
小夜はそう思う。そうもし、連絡もままならない空母艦航行に出てしまった彼からこっそりとメールが来たなら。そうして噛みしめたいもん……。
と、そう思った時。何故かその『彼』の部分で、栗毛の青年がボンと頭の中に浮かんだ。──テッドだった。
小夜は『違う、違う!』と頭の中の映像を頭を振って消そうとした。
だけど──。
その後、メールをチェックしたけど、やっぱり彼からの業務連絡メールは入っていなかった。
・・・◇・◇・◇・・・
安心したというかなんというか?
『ウサギ』からメールが届いたなんて予想もしなかった。そして、期待だってしていなかった。
それだけで驚いたが、それでも『艦長の許可』がないとメール連絡すらも出来ない機密の職場から彼女が『送ろうとした』、『恩師の艦長が許可した』──という流れを考えても、そっちの方が気になる。
先ほど、小夜のデスクでちらっと見ても、一目で全文が読み終えられたのだが、それでもその短い文章というのは隼人にとっても、葉月にとっても深い意味を持つものになる。
それをじっくり眺めれば、自ずと彼女の気持ちが見えてくるだろう。
隼人は急いで席に戻り、ノートパソコンに向かう。
転送したメールを開き、もう一度読み返した。
『お元気ですか──』
『恩師である教官を始め皆と共に、充実した毎日を送っています。帰ったら貴方に話したいことが沢山あります』
ただその一行を読んだだけで、ホッとした。
そして向こうにいても『隼人さんに話したいこといっぱい出来たわよ』と思ってくれていること。俺のこと、ちゃんと常に想ってくれているのだと、それだけなのに……。あの『ウサギさん』のことを考えると『それだけ』でも、大感激。思わずじんわりと来てしまった。
さらに。その一気に記したかのような一行の後に、ちょっと迷いを見せたかのように数行、白く空いている……。そしてそこに最後の一行が綴られていた。
『私は元気です。そして貴方の元に必ず帰ります。待っていてね』
私は元気──。
そこで隼人はふと表情を曇らす。
本当か? 本当に大丈夫か。今までのように独りだけで頑張れるから俺に心配するなと思わせるために、無理に打ち込んだのではないか?
こうして彼女らしくない、業務ラインに乗せて送ってきた個人宛の、しかも恋人に送ってきたというのが気になる。
何かがあって、恩師である艦長が葉月のためを思って『送りなさい。返事が来れば、お前も元気になれるだろう』と気遣ってくれたのだろうか? そんなことを思い描いてしまう。
だけど──『貴方の元に必ず帰ります。待っていてね』
そうして案ずるだろう隼人を安心させようとする一言には、必ず、隼人の願い通りにちゃんと戻ってくる気持ちを持って日々を過ごしている事を伝える言葉。
そこを眺めている内に、何度も目で追っている内に、隼人は柔らかに微笑んでいた。
そして、やっと『返信』へと向かう。
『元気で過ごしているようで安心しました。それともメールをくれたのは、もしかして……?』
──なにかあったのだろうか? そうは思ったが、でも、隼人は思う。
『でも、葉月の元気だという一言があれば、きっと大丈夫。
俺は信じているよ。きっと俺のところに笑顔で帰ってきてくれると』
彼女が『元気だ』と言った言葉を信じる。
前のように『大丈夫なのか。側にいたい』と気になってしまうのは今だって同じなのだが。それでも彼女が『大丈夫』と頑張って、その向こうに『貴方に会えるまでちゃんとする』と伝えてくれたのだから、そうして前とは違う自分になろうと自分に挑んでいる彼女を信じたい。
そして──自分の元に帰ってきた彼女を、腕いっぱいに迎え入れてやりたい。
その日を隼人は待っている。
隼人はそう思いながら、送信した。
隼人の手元には、パンフレット。
達也の協力で、二人揃っての休暇をばっちり確保。
宿も探して予約した。あとは飛行機の予約だ。
あと一ヶ月。
彼女は今、寒空の日本海で何を見ているだろうか?
その時にはその話を楽しそうに聞かせてくれるだろう……。
そうして隼人は今、珊瑚礁の海を眺めていた。