2.今夜お出かけ
「ただいま……」
デイブが葉月を取り逃がしてカフェテリアに出かけた後……
暫くして葉月が中佐室に戻ってきた。
隼人は……なんだか顔色をうかがうように戻ってきた葉月に、知らん顔……。
『シラッ』とノートパソコンのキーを打っていた。
「……」
そんな隼人を伺うように葉月がおずおずと中佐席の皮椅子に座る。
葉月は、やることが済んだのか、両手元に散らばっている書類をまとめ始めた。
そして──
「……怒っているの?」
二人きりになると……本当に葉月は『ウサギ』
木陰で、飼い主を伺って近寄って良いのか悪いのか
戸惑っているウサギになるのだ。
あれだけ先輩中佐のデイブに生意気で大きな態度をとっていた事など嘘のように……
大人しい内気なウサギになる。
「…………」
隼人は無言。ただひたすらキーをうち続ける。
小言を言ったところで、通じやしないのだから……
最後には今度は、隼人が黙り込むのである。
すると……
「わかっているわよ……キャプテンに対して失礼だって言うのでしょう?」
「判っているなら……いいんじゃないの? 俺、言う事ないよ」
そこも平淡にいうと、葉月がむくれたのが隼人の眼鏡の視界の端に見えた。
「…………」
(言いたいことあるなら言えよ?)
この前みたいに部屋に籠もられるよりかは……内にこもられるよりかは
心にある思っていることを言ってくれた方が良いのに……
葉月はそうして、いつも最後にそんな冷たい隼人を伺って止まってしまう。
「終わったの? 俺も、もう終わるよ」
余り追いつめても可哀想だからと、隼人も『無言のたしなめ』はそこで終わり。
葉月に、ニッコリ微笑むと……
葉月は少し、腑に落ちなさそうだったが……彼女も微笑み返してくれた。
「本当? 良かった……一緒に出かけられそう♪」
「当たり前だろ? 別々で現地集合か? 冗談じゃない」
やっと二人の間に、いつもの穏和な空気が流れ込んできた。
所が、葉月が何喰わぬ顔で思わぬ事を言いだしたのだ。
「……あのね? 『なぎ』に行ってみる? 今夜」
隼人はビックリ……ノートパソコンのディスプレイから顔を上げて葉月を見入ってしまった。
デイブが誘っても動こうともしなかった葉月が……
隼人が調度気になっている謎の店に、彼女から行こうと言いだしたのだ。
(また──俺に隠し事したくないと……重い過去を無理して出そうとしているのかな?)
そうとも取れたので……
「別に? ショットバーでもいいよ。葉月が行きやすい所に……」
隼人はなるべく平静を保っていつもの兄貴笑顔で葉月に答えると……
そんな隼人のいつもの気遣いも葉月にはお見通しなのだろうか?
「……いいの。本当に暫く行っていなくて……
キャプテンにあんな風に言われたら、本当に『おじ様』の事が気になったの」
葉月が夕日の中……なんだかやるせなさそうに微笑んだのだ。
(行かない方が……良いのだろうか?)
葉月の昔を無理に掘り起こして……
また葉月が辛い思いをするなら行かない方が良い。
隼人はそう思った。
それでなくても……葉月は隼人には充分すぎるほど……
外部の人間には口では言えない過去を自ら隼人に明かしてくれたのだから……。
自然に葉月が口に出来ないのなら……それがよいと思ったのだ。
だけれども……
「お花見……いくなら。先に顔見せておかないと……
当日、他のメンバーによけいな気遣いさせちゃうから」
葉月がそんな思わぬ事を言いだして隼人はビックリ!
「なに!? お前、花見に行く気になったの!?」
「うーん。その時によって気分で……」
「どっちなんだよ? それ! まったく気まぐれなんだから……」
そう……葉月は迷っているとだいたい直前になって『こっち』と決めたりするのだ。
今回も、腹は決まっていなくて保留中という所らしい……。
隼人は、デイブに頼まれた手前、すんなり決めてくれそうな葉月に期待して損した気分になる。
(いや……だが、『お花見行くなら……』と一応言ったぞ??)
そう思って……
(あと。一押し! 『なぎ』とやらに行って腹が決まるなら……行くべきかも!?)
「んー……じゃぁ、葉月がそう言うなら行ってみても良いけどぉ」
心ではすごく気になることを隠す天の邪鬼。
気のないフリして、隼人はまたキーを叩いた。
「でもね? そうなると……絶対車で行かなくちゃいけないの。漁村だから」
「あーそうだねぇ」
近場海岸沿いの飲食店街にお出かけなら……バスかタクシーで帰ってこれるが
『漁村』となるとバス路線は本数少ないし、タクシーだとかなりの距離が出てしまう。
そこで、何を思いついたのか……葉月が提案。
「私が運転するから! 隼人さん、お酒呑んでね♪」
すっかり『なぎ』に行く気になっているので──
(なに? いきなり張り切っているんだよ??)……と、
デイブの前での反応との違いに隼人は眉をひそめた。
「いいよ……俺、酒は外ではそう飲まないから……俺が運転するよ」
「えー……」
葉月がそこで納得いかなそうに、ふてくされたのだ。
隼人はまた……眉をひそめる。
「なんで? 俺が運転してやるって言っているのに……」
「だって。男の人がお酒を呑むところだもの。
女の私が一人で呑んでいたらおかしいもの」
『レディの格落とし』と言っていたデイブの言葉はどうやら本当らしい……。
「どんな店なの??」
すると……葉月はなんだか楽しそうに一人で『クスリ』と笑うのだ。
「内緒!」
「なんなの? お前、変だよ??」
いつもはとても大人の雰囲気を醸し出している令嬢なのに……
なんだか今日の葉月は……本当子供のようだった。
また……それが『可愛い』と感じてしまうから困ったモノである。
「それに隼人さんが『酔う』って所、見てみたいし〜♪」
「なに? お前、何考えているんだよ??」
隼人が行って『必ず酔う』と決めつけている葉月に隼人はおののく……。
(どんな店なんだよ?? 男の店って何!?)
そんな店で……しかも葉月の『思うつぼ』に、はまる物かと隼人も反撃開始。
「ふ〜ん♪ 俺も葉月が酔っているところ見たいけどね〜」
意味ありげに、眼鏡の奥から視線を『ニヤリ』と流すと今度は葉月がおののいた。
「ず・ずるい! 隼人さんは私が酔ったところ見たことあるじゃない!」
これこれ……こうムキになってくれないとこのウサギは面白くないのである。
隼人はやっと自分の手元にウサギを引き寄せて『ニンマリ』
さらに畳み込む。
「あった? そんな事??」
いや──本当は解っている……。
フランスで葉月の送別会をした時……葉月が酔ってしまったときの事。
その後……葉月に餞別のカボティーヌを二人きりの部屋で渡して……
そして……その時が二人初めての『口づけ』だった事も……。
そこを隼人がとぼけたので、やっぱり葉月がむくれた。
(お? 一応、女らしく怒ったじゃないか♪)
この反応をさも当たり前に出す女がこれをすると面倒に感じるのだが
日頃、何かと無感情な葉月がこうして反応すると隼人も嬉しいやら……
いや──『面白いやら』──になるのだろうか??
「もう! いい!」
「なに怒っているの? いつ? お前が酔ったのかなぁ?」
隼人がそこまで嫌みたらしく言うと、むくれたウサギはやっと気が付いた様子。
隼人は解ってワザとからかっていると。
すると、ますますむくれたから隼人としては楽しくて仕様がない。
「で? 私を酔わせてどうするつもりなのよ?」
葉月がかなり……拗ねた瞳で隼人に問いかけた。
「さぁて? なんだろう? 『夜』のお楽しみかな〜?」
「バカ! 絶対、私が運転する!!」
隼人はここまで葉月を怒らせれば『大成功』──なので、ケラケラと大笑い。
「じゃぁ──ジャンケンだ」
「ジャンケン? なんのために??」
隼人の提案に今度は葉月が眉をひそめる。
「決まっているだろ? 『運転手決定戦』だ。勝った人が『運転手』
負けたら、運転手の思うまま『酒を呑まされる』 どうだ?」
隼人は、葉月がここで退かない性格であることもお見通し。
「解ったわ! 絶対負けない!!」
ほ〜ら……ムキになったと隼人も益々『ニンマリ』
『ジャンケン3本勝負』は直ちに行われ……
その結果は!?
「じゃ。俺が運転手♪ やったね♪」
「なんでよー……」
葉月はストレート負け……長い髪を中佐席に広げて机に突っ伏したのである。
隼人は、おかしくて仕様がない……。
でも──葉月がそうして『女の子らしい』姿を見せてくれるのも隼人は嬉しいのだが……
そうして『からかい兄様』になって……
ジャンケンなんかして『彼女』と夜のお出かけの為に
今までになく楽しんでいる自分にも気が付いたのである……。
(こんな俺も初めてかも──)
隼人は最後に葉月に勝った『グー』の握り拳を見つめて微笑んでいた。
とにかく『今夜お出かけ』……行く先も決まって二人は仕事の後片づけを始めた。
「だからさ……別にお互い酒呑まなくても良いだろ? 食事だけでも……」
日が落ちた海岸沿いを、葉月の真っ赤なトヨタ車を運転しながら隼人は呟いた。
何故かというと……葉月が助手席で『ストレート負け』した事に根を持ち、かなり不機嫌。
隼人はそんな葉月も見ていて楽しいのだが……苦笑い。
そういってなだめているところだった。
「あ! 真っ直ぐ行っちゃ駄目!」
峠道の入り口に来て葉月が叫ぶ。
「解っているよ……もう……漁村までは解るって……」
隼人もウィンカーを出して、ステアリングを回し左折。
田舎の狭い二車線……道路の両脇は峠らしく木々が鬱そうとした山道に入る。
小笠原の田舎道なので外灯などは少ない。
なので隼人はライトをアップにして走る。
小笠原島内……特に基地があるのは『母島』になるのだが
今走っているのは、いくつか峠道がある内の一つ。
漁村への峠道は『短め』
すぐに峠のてっぺんに来て、下り坂になる。
その鬱そうとした木々の峠道を抜けると……またガードレールの海岸に出る。
今度はそこをまた左折。
「何処ら辺なの?」
漁業の家並みが並ぶ中……
隼人は桟橋に繋げられた小型漁船の列を眺めて、赤い車をただ走らせた。
「まだまだ……そうね……市場港まで」
「え? あんな店もないような所に店があるの?」
「たぶん──」
「たぶんってなんだよ??」
もう──本当に隼人は解らなくて……ただ言われるまま走るだけ……。
そうこうしている内に、朝以外はそう活気もない漁協市場がある港に辿り着く。
「港……入るのかよ?」
「うん──あそこに倉庫があるでしょ? あの辺かしら?」
(あの辺?ってなんでそんなに曖昧なんだよ??)
とにかく葉月が指さす方に隼人は車を徐行させながら市場の駐車場を横切った。
そう人影もない……。
葉月がいつも行くような……
明るいBe My Lightや落ち着きある玄海などのような店はあるように見えなかった。
それどころか? こんな、うら寂しい暗い港に来ること自体が『怪しげ』だ。
それこそ……デイブが言っていた『レディの格落とし』
葉月が言っていた『女一人じゃ怪しい』をさらに裏付けて行くではないか??
「あ! いた♪」
葉月が何かを見つけて、助手席から身を乗り出し……シートベルトを外した。
「──!? あれの事??」
隼人は葉月の茶色の瞳が映し出す先にある物を確認して……ちょっと驚き。
いや──力が抜けたかも??
赤いちょうちんに……筆書きのひらがなで……『なぎ』と書かれていて……
そこから白い煙がほんわりふわふわ春先の夜風にたなびいていた。
そう──『屋台』だったのである。
(しかし──葉月が『屋台』!?)
日頃、アメリカ寄りの優雅な生活をしてる葉月からはまったく想像が出来なくて……
隼人は思わず車のシートから腰がズルッと……落ちそうになった。
それはそれでかなりの『ギャップ』
確かに……女一人で酒を呑まれていては……
いや、悪いとは言わないが隼人としては
葉月には一人ではそんな事はして欲しくなかった。
行くなら……自分と一緒か、同僚とにして欲しい……。
栗毛のクウォーター嬢が一人で呑むなら、やはりショットバーがお似合いだ。
そこで隼人は気を取り直して……
イソイソと一人で動き回っている男を隼人は目を凝らして確認。
(意外と──若いじゃないか??)
『オヤジさん』と34歳のデイブが言っていたから……
玄海の大将のように……Be My Lightのマスターのように
葉月がいうところの『おじ様』を想像していたら……
なんと頭にタオルはちまき、くたびれたジャージ姿の
まだ30代後半?と言うような男が立っていた。
などと……隼人が戸惑っている内に、葉月が車を勝手に降りてしまった。
『おじ様!』
葉月が屋台に向かって叫ぶと……おでんでも仕込んでいたのか?
その男性が顔を上げ、栗毛の女性を確かめて……
驚きの表情を浮かべながら動きを止めたのだ。
『嬢ちゃんじゃないか! なんだ、デイブから何か聞いたのか?』
『うん!』
『来い来い♪ いや〜お前、何年ぶりだよ??』
その若いオヤジさんが葉月を見るなり、調理台から出てきて
客席カウンターに並ぶ、くたびれたビニールの腰掛けを綺麗にふきんで拭いたのだ。
『二年かしら……』
葉月が、歩いて近寄りながらそう呟いたのを耳にして……隼人も車を降りた。
葉月のその答えに……若いオヤジさんは……急に顔を曇らせた。
「そうか……二年になるのか? 『あれから』」
(二年?)
隼人も首を傾げた。
すると……オヤジさんがやっと隼人の存在に気が付いた様子。
ものすごく驚いた顔で隼人を指さしたのだ。
「なんだ!? 嬢ちゃん! 男と来たのか??」
「うん……『彼』」
葉月が黒いブーツのつま先に視線を落とし……モジモジしながらそう言った……。
隼人は遠くからだったが……ハッキリ聞こえたので驚いた!
葉月が……そんな事、自分から言うなんて初めてだった。
あの──外では『中佐』の葉月が……だ!
勿論──オヤジさんとて驚いた様子で、また隼人をくまなく見つめるのだ。
「嬢ちゃんの彼!」
だから……隼人もとにかく、ご挨拶。
車から離れて葉月の横に並んで……頭を下げた。
すると……また驚いた!
葉月が隣りに来た隼人の腕に寄り添って……隼人の手を少し握ったのだ!
「彼……『遠野大佐の後輩』……」
嬉しそうにオヤジさんにそう報告するのだから──!
腕に捕まる、手を握る。
葉月が外で他人にそんな事をしたのは初めてだから……。
隼人は絶句……、葉月が触れてくれている手に汗が滲んでしまった。
さらにさらに……!
『遠野大佐の後輩』と聞いたオヤジさんは……
「祐介の後輩だって!?」
これまた……静かな漁港に響き渡るような素っ頓狂な声で叫んだのだ。
「うん……そう……いろいろあって側近になってくれたの」
葉月が頬を染めながら……隼人の腕にちょこんと頭を付けてご紹介……。
隼人の方が……身体が熱くなって……
「さ……澤村と申します……遠野先輩とはフランスで一緒でした」
黒髪をかきながら……自己紹介をしていた。
そして、オヤジさんはその途端に……
『く……』と泣き始めてしまったのだ……。
「……おじ様? それ、ふきん……」
葉月が座る椅子を拭いていたふきんで……ちょっと無精ヒゲの顔を拭くモノだから
葉月も隼人も揃って苦笑い……。
(そうか……そう言うことか……)
やっと解った……葉月がここ数年。
通っていたこの屋台に足を運ばなかったわけが……
(このオヤジさん……先輩と親しかったんだ)
このオヤジさんと顔を合わせれば……きっと祐介を挟んだ湿っぽい話になる。
そして……葉月も思い出す。
そして……忘れられなくてドツボにはまる。
だから……行かない。
だけれども……今夜、隼人とここに来たと言うことは……
葉月はその二年前の深い物思いから『解放された』という証拠。
それに──
こんな風にして、隼人の事を『少佐』というよりも『側近』というよりも先に
『彼』と紹介してくれたのだから……。
隼人としても……先輩には悪いがこんな進歩的な嬉しい事が他にあるだろうか?
日頃……葉月の警戒や距離の置き方に悩むことがあっても
葉月の『根底』にはきちんと隼人が『恋人』である自覚が植えついているのだから……。
「お花見の話、今日聞いたの。本当に峠を越えて来るの? おじ様?」
葉月が、そんな湿っぽさを弾き出すかのように明るくオヤジさんに問いかけた。
(言われてみれば……ここ、桜、ないモンなぁ)
この鉄筋の倉庫が並ぶ港のコンクリート風景……。
漁村の所々の庭には桜の大木が1本立ちであるのは見かけたが……。
やはり、少しばかり開発が進んでいる基地側の海岸の方が
明るい桜の名所が揃っていそうではある。
隼人は『なるほどなぁ』と……葉月とデイブのやり取りにやっと納得をしはじめていたのだ。
それにして? 葉月の言うとおり!
屋台と解れば……『店をこっちに持ってくると言っていたぞ!』と言うデイブの謎な話も納得だ。
あの峠道は車でなら『ひとっ走り』だが……
屋台を引いて峠を越えるなんて……なんて無茶な!?と思うのだ。
そりゃ……葉月も『そうなの!?』と驚いて当然だろう……。
「そうだぞ! コリンズチームのためにデイブに言われたなら俺はやる! 男の約束だ!」
オヤジさんは急に涙顔から男顔……ジャージ姿で仁王立ちだ。
「無茶よ……いくらチームの強い要望だからって……」
葉月も、デイブのプロデュースの『無茶』に呆れたように呟いた。
そして──隼人も……
「そうですよ……牽引車で引かない限りは……大変ですよ?」
「漁村にだって素敵な桜の名所はあるじゃない? 神社とか……」
葉月は『おじ様の為』とばかりに何とか止めようとしているようだ。
その為にも来たと言うことが隼人には解った。
「神社か? そこでアメリカンが……あのコリンズチームが酒盛りか?」
オヤジさんが腕組み……何かを葉月に諭すように見下ろしたのだ。
すると──葉月も何か『ハッ』としたように青ざめたり?
(なに!? 今度は??)
隼人も葉月の顔色を見て、眉をひそめた。
「えーと……確かに……」
葉月が苦笑い……。
「神主に追い出される所か……漁村でイメージダウンだ。だから基地側でやることにした!」
(イメージダウン!?)
隼人はまた驚いて……『レディの格落とし』がまた気になったり?
それとも葉月が屋台に来ていること自体に『格落とし』とデイブが言ったのか?
その『屋台通い』だけでの『格落とし』であることを隼人は祈った。
「まぁ、まぁ! 嬢ちゃん! 俺と二年ぶりの春だな!
それに──『春』を連れてきたか♪ 驚いたな〜デイブは一言も教えてくれなかったぞ!」
オヤジさんはそこで、ひとまず……葉月と隼人を客席カウンターに誘導するのだ。
「いい匂い♪ 久振り!」
葉月がさっそく調子よく……おでんが浮かんでいる鍋を覗いた。
「俺も! おでんなんて何年ぶりだ?」
「だろ? だろ? フランス帰り! 沢山喰え!」
男臭いオヤジさんのオススメに隼人も心が急に和やかに和らいできた。
葉月と並んで椅子に座る。
「隼人さん! ラーメンも美味しいのよ!」
「へぇ♪ 帰国してまともなラーメンまだ食べていないなぁ」
「なんだ? なんだ? 二人とも日本人のくせに日頃はやはり外国かぶれか?」
「だから、ここに来るの♪」
元気な葉月が……こんな所で見られるなんて……
若者が集まるお洒落なショットバーも捨て難かったが……
隼人は意外な展開に大満足だ。
それにしても──?
まだまだ……この『屋台:なぎ』とコリンズチーム及び葉月との歴史が気になるところだ。
だが──ひとまず……腹ごしらえ。
「少佐か! だけど、ここでは階級では呼ばないぞ!」
オヤジさんが隼人の制服肩章を一目で確かめながら……
白い皿におでんを見繕ってくれる。
「当然ですよ。隼人で結構です」
「隼人君ね! それ♪ 何が好きだ」
と──オヤジさんは隼人に聞いているのに……
「大根・こんにゃく・それからスジね! おじ様!」
葉月がそういうから……もう、隼人はその勢いに苦笑い……。
(どうやら……ここが、かなりお気に入りらしいなぁ)
栗毛の帰国子女クウォーター嬢の口からそんな……『オヤジ臭い』言葉。
「こら? 嬢ちゃん……基地では中佐でも外では男を立てろよ?」
「え〜、おじ様ったら結構、時代錯誤!」
ここでも生意気な葉月に隼人はおののき……
「嬢ちゃんは減点だな。鍋底の卵は隼人君行きだ」
「えー! ずるい! 男尊女卑!」
「……」
隼人は益々苦笑い、ちょっとこの二人のペースは基地では見られない空気だった。
そんな慣れない空気に挟まれながらも……
並んで座る葉月との距離……。
隙間が無いほど……葉月の肩が隼人の腕に引っ付いていた。
少しばかり冷えてきた春先の夜。
風に舞って、桜の木も無いはずなのに屋台の……隼人の足元には桜の花びら……。
葉月の制服の下から感じる……いつもより近く感じる肌の体温。
(来て良かったかも……)
潮の香りが漂ってくる港の小さな屋台『なぎ』で……
隼人の頬も身体もぽかぽかとぬくもるばかりだった。