9.魔女退治
「もう……信じられない」
勉強部屋で航空学書を読み込んでいた隼人の傍ら。
机の横で、彼女が長い髪をたらして打ちひしがれていた。
「願書提出締め切りの直前に、急に決めただろう? 当然じゃないのか?」
隼人はシラっとやり過ごそうとした。
ハッキリ言って既に鬱陶しい。
自業自得だと思っているから、慰める気もなかった。
「どうしてあの遠野君が少佐になるのよ!」
「……」
もう何も答えないに限る。
何かを言うと、その隼人の言葉によって彼女の反撃が強まる。
無視していれば、彼女も一方通行の言葉に疲れる。
近頃は『その手』で隼人は彼女に、無言のメッセージを送るのだが
こちらの『魔女』も『お妃様』と同じで『女性としての危機』には疎いようで
まったく効果がなかった。
そして、祐介は既に『少佐』の肩章を肩に付けて、皆に祝福されていた。
『遠野少佐』が誕生したのだ。
『転属』が『内定』したという話も噂で流れ始めている。
隼人は知っていた。
『まだ、内定だからおおっぴらに言えないけどな? どうもフロリダらしい』
先輩は、日本でなくても『活き活き』していた。
今までも随分、存在感がある男だったが、ここ最近の彼の堂々たる威厳は
益々輝くばかり。
そして──奥さんとも近頃は電話で良く相談するようになったとの事。
『転属前に一度、日本へ帰国するんだ』
奥さんも、彼の少佐昇進にとても喜んでいるとの事。
『転属については?』
隼人はそう聞きたかったが、怖くて聞けなかった。
先輩は、昇進で喜ぶ妻の話は喜んでしてくれるが
フロリダへ内定している転属についての事は、隼人にも何も言ってくれなかったから。
(きっと、相談中……折り合い付けて、必死の説得中なんだろうな?)
そう思って、水を射したくなく隼人は聞かないようにしていた。
そうして『天敵』の男が『ワンランク上の上官』になってしまったので
さすがのミツコも……もう、攻撃をするには考えるようになった様だった。
それで隼人の側でブツブツと言っては打ちひしがれているのだが、
隼人が一向に相手をしないので諦めて部屋を出て行くのだ。
基地中でも『天敵同士の試験バトル』に祐介が勝利した話で持ちきりだった。
祐介にしてみれば『張り合った覚えはない』だろうが
基地の皆は、そうしてみているので、この頃、ミツコはとても肩身が狭そうだった。
暫くして──。
祐介の『試験合格・昇進祝い』が、あのソニアママンの所で盛大に行われる事に。
その時、お腹が大きくなって、既に退職をしていたニナがフィリップとお祝いに駆けつけてきた。
その時の、先輩の嬉しそうな顔。
隼人もなんだかとても嬉しかった。
「これ、雪江ちゃんに頼んでしおりにしてもらったんだ。俺の宝物。
転属してもこれだけは、絶対に大切にするよ」
祐介がニナに見せたのは、結婚式で彼女からもらったマーガレット。
それを枯れないうちに雪江にせがんで、しおりにしてもらったという事は
隼人も知っていた。
しおりが出来上がったら祐介はとても嬉しそうに、そして自慢げに隼人に見せびらかしたから。
『お前もしてもらえよ。俺とお揃いにしようぜ♪ それとも捨てたのか?』
『……え?』
『お前も大事に取って置いてあるんだろう? 魔女に見つからないように本に挟んだりして!』
『ま、まさか……』
隼人はこの時も確信した。
(本当はニナが好きだったと……酔った勢いで叫んでいたかも──)……と。
祐介の予想は『ビンゴ』で、絶対にミツコが触らない航空学書に挟んでいた。
ミツコは航空学というよりは機械工学で……本当に澤村精機向けの頭脳を持っているのだ。
だから……家を継いだら、父親に伯父が放っておかないと言っているのに
彼女はその頭脳を有り難られるよりも『綺麗な奥様』として認めて欲しいという
変な方向への願望を持っているのだ。
そして彼女は、隼人がその航空学書を読みこなそうとして必死になっていると──。
『工学は工学よ。メカニカルとは関係ないわ』
『学』という論文肌であって、実践的メカニカルには見向きもしない。
『論』を立てねば、『実』はないという事で、頭の中で公式を並べる事だけが好きなのだ。
だから隼人が手にしている『航空学』は見向きもしない。
そして隼人がそういう難しいと評判の学書に取り組んでいる事で
敵対心を持って、触ろうとしないのだ。
だから……その本にそっと忍ばせている。
祐介のそんなしおりを見て、隼人もちょっと羨ましくなって『こっそり』雪江に頼んで
押し花を持っていってしおりにしてもらったのだ。
祐介から『しおり』を見せてもらったニナはとても嬉しそうだった。
そして──『遠くに行ってもユウの事、ずっと応援しているからね』と
輝く笑顔で祝福をしていた。
さて?
ここで気になるのは、この祝賀会に参加した隼人に対するミツコの態度だが。
「そうして隼人まで、皆と一緒に私の恥を笑いに行くのでしょう!!!」
当然、いつもの剣幕で参加を『阻止』しようとしていた。
「笑わないよ。むしろ、呆れたかな」
冷たく言うと、無茶をした自分の事を多少は後悔しているのか
以前ほどの勢いがなくなっていた。
そして……
「行けば? どうせ大好きな先輩とも、もうすぐお別れになるに決まっているわ〜」
ミツコがそこは勝ち誇った様に笑ったのだ。
「あーそうだな。だから、行って来るぞ」
「バカ!」
初めてミツコが側にあったコップを隼人に投げつけてきたが、ヒョイと避けて飛び出してきたのだ。
祝賀会が終わってアパートに戻ると、『チェーンロック』がかけてあって入室出来なかった。
そこで『なんとかしろ!』と叫ぶ気力もなく……隼人はあっさりダンヒル家を頼ったのだ。
「まぁ? ハヤト……どうしたの?」
夜遅くに自転車でやって来た隼人にマリーがとても驚いた顔。
「祐介先輩の昇進祝賀会だったんだ。ちょっと帰り損ねてね」
「まぁ……そういう事なの」
マリーは眉を曲げて、多くは言わないが結婚式の事を思い出したのか
何も言わずに中に入れてくれた。
そこで……『数日間』過ごして、そこから『出勤』した。
すると──。
「隼人!」
基地で勤務中に、ミツコが血相を変えて隼人を追いかけてきた。
「ああ……美津子さん。お疲れ様」
隼人はシラっとそっぽを向けた。
「どうして、帰ってこないのよ! いい加減にしてよ!」
「なんだか、追い出されたみたいなので──」
「……隼人が私に嫌がる事ばかりするからじゃないの!!」
「俺も嫌な事ばかりされているし?」
「もう……あんな事しないから、お願い! 帰ってきてよ……お願いよ!」
また……あのすがるような眼差しで、ミツコが必死に隼人の胸に懇願してくる。
『あんな事しない』と言っても彼女の範囲だと『締め出しはやめる』と言う事であって
隼人のお出かけに関しての理解は得られないことも解っている。
「……」
あの部屋は隼人が借りている部屋であって、そして荷物もある。
なので、一端、帰ることにした。
その日の夜。
ミツコと言葉少ない、夕食を黙々としている時だった。
「聞いたわよ。遠野君、フロリダに転勤ですってね」
ミツコが勝ち誇ったように隼人にニヤリと微笑みかけてきたのだ。
祐介と隼人が別れる……それを喜んでいる笑顔に違いない。
そう……その日、ついに正式辞令が下されて、基地中でまたもや噂になっていたのだ。
「ああ……中隊長をしている中佐の補佐官だってさ。さすがだな。
急にそういうポジションに置かれるなんて──」
「ふふ……女で失敗して、すぐに失脚させられるわよ」
「……」
相手にしないと決めていた。
隼人は土鍋で炊いた白米を、無言で頬張るだけ。
「あーあ。私も日本へ帰りたいわぁ。軍人、辞めようかしら?」
ミツコが隼人が土鍋で炊いた米を見つめる。
「炊飯ジャーで簡単に炊ければ、私も少しは炊事が出来るわよ?」
「ふーん」
隼人の素っ気ない答えにミツコがムッとしていた。
「もう! 嫌なのよ!!!」
彼女が急に、テーブルに両手をついて立ち上がった!
「……」
隼人は『来た!』と、思った。
どんなに隼人が自分の気持ちを主張しても、相手に通じない。
この気持ち──きっと『先輩と一緒だ』と思った数ヶ月間だった。
魔法が解けて、初めて先輩の三年の苦悩が隼人にも身に染みるほど解った。
通じないから、もう……相手にしない。
そうすると魔女は『本性』を出すに違いない。
綺麗で頭が良くて私はあなたにとって『いい女』
その化けの皮の下で、本当は何を目的で隼人の側に執念深く必死にしがみついているか!
(さぁ──全部、ぶちまけろ!)
囚われの王子は、この瞬間を待っていた。
やり方は『間違っている』かもしれないが、お互いの気持ちを
『誰のせい』とか『何があったせい』とか、ミツコがすり替えない状況での
『ぶつかり合い』がやって来た! と、隼人は待ちかまえていたのだから──!
「隼人! どうして最近、私を粗末に扱うの!」
「粗末? 俺はお前の言う事を、ずっと聞いてきたつもりだけど?」
「だったらなんで、私を抱いてくれないの! 以前はもっと求めてくれたのに!」
「全然、その気が湧かないんだな……。近頃のお前の『とげとげしさ』を見ていると
女性らしい丸みがないって言うか、近寄りたくなくなるんだよな」
「──!!」
ミツコが非常にショックを受けた顔に歪んだ。
隼人だって、女性に対してここまで言いたくない。
だけどソフトに対応する『時期』も終わっていた。
彼女にはそういう隼人の『気遣い』も『そこに秘めている願い』も通じた試し無し。
だから……嫌だがこうせざる得なかった。
そして魔女の形相が荒々しくなる。
本当に『魔女』……いや、隼人がいうなら『夜叉』だった!
隼人も構えて、ジッと負けずとミツコを見据えた。
「私だって、こんな女になりたくなかったわよ……」
意外? ミツコが急に弱々しくつり上げた瞳を情けなく緩めて、涙を溜めていた。
ちょっぴり隼人はドッキリとして、怯みそうになったが……様子見として堪える。
『魔女の魔法にかかるな──!』
王子は一生懸命に自分に念じた。
「なによ……皆で私をバカにして……もう、ここにいるのは嫌!
日本へ帰りたいの……お願い、隼人! 私を連れて帰って!!」
それは『佐官試験』の失敗で、しかも基地中でそのバトルが注目され
祐介がその気がなかったにせよ『勝利』として、敗れた魔女が後ろ指をさされる。
それに耐えられなくなったのだと隼人には解っていた。
「今まで……先輩に対して随分な事をしてきただろう?
その結果じゃないのかな……これは全て」
「違うわよ! 遠野君が私をバカにしていたのよ!」
「先輩が転属してくるなり、張り合う気のない先輩を、くだらない『土俵』に引っ張り上げて
そして、攻撃をやり続けてきたのはお前の方だと俺は思っているけどね」
「!──ひどい! 隼人はずっと私の味方だったじゃないの!」
「そうだよ? ずっと味方だったよ。それに先輩はお前と張り合っている気なんて
最初からなければ、今までも、今現在だって全くないんだからな。
お前が一人で勝手に、張り合いをしていたんだ。
佐官試験だって、先輩が先に一人で決めた事なのに、それを聞いた途端に
お前が願書を出しただろう? それだって、お前が勝手に張り合っていただけじゃないか?
その『張り合い』の無意味さを俺は解ってもらいたかったのに……。
ミツコが早く、そういう自分で架している『おもり』から逃れて欲しくて
色々と話をしてきたけど……全然、最後まで通じなかったな……」
「だって! 隼人は全部、許してくれたじゃない!」
「その時々……一つ、一つ……俺は許してきたし、先輩も見逃してくれたよ。
でも……最後まで……お前は続けて、俺達二人の気持ちは通じなかった」
「じゃぁ……なに!? 私がやっぱり遠野君より『オバカさん』だったっていいたいわけ!?」
「ああ」
隼人の短い答えに、ミツコが再びメラメラと燃えた眼差しで、立ち上がった!
そう……ミツコにとって『オバカさん』は最悪の屈辱であるのだ!
彼女にとってそんな言葉があってはいけないし、残ってもいけないのだから!
「隼人!!」
ミツコが本気で隼人に怒っていた。
そして今度は、隼人が罵られるだろう──。
だが……隼人は彼女が最悪の『鬼女』になる前に、それを止めるかの如く、言葉を遮る!
「ミツコ──。日本へ帰るんだ」
「え!?」
今まで帰国については、一切、口にしなかった隼人が、真顔でそれを口にした。
ミツコの目には期待の色が滲んだ。
でも──隼人は心苦しいがここで『決める』事にした。
「別れよう。俺はここにいたいんだ。ミツコはもうここにはいたくない。
俺達の希望と意志は今は反比例だ。一緒にいられない」
「──!! 隼人!!」
ついに切り出した隼人の『別れよう』
ミツコもさすがに、愕然としたようだった。
「俺はどうしてもここで、もう少し考えたいことがある。
それは誰にも言いたくないし、誰にも打ち明けた事はない。ダンヒル家にも先輩にもだ」
「どうして!? 私に話してくれなかったの!?」
「……話せる状況でもなく、理解してもらえないと思った」
また……ミツコが愕然とした表情で今度は直立不動になったようだ。
「話すと……お前はなんだか大騒ぎにしたり、余計に俺の心をかき乱す予感があった。
お前は俺が接する人間、全てが『敵』だったから……家族を傷つけなくなかったし。
これは俺と家族だけで解決したいから。ダンヒルの家もこの事は知らないぐらいの
俺の中では本当に敏感でいたいところで、誰にも触って欲しくない所なんだ」
「私が……信じられなかったの?」
「この件には……。でも、ミツコがくだらない人への『敵対心』を捨てて……。
落ちついた一人の女性になったら……話していたかも知れない」
「──!! それって……やっぱり私がオバカさんだから信じられなかったと言うこと!?」
またミツコがショックを受けた顔を……!
「そこまでは思っていない」
すると……彼女がまた闘争心を燃やしたようだった!
「やっぱり、帰ろう! 隼人! ちゃんとお父さんと話し合わなくちゃ駄目よ!
私も協力するから! なに!? 継母に追い出されたの? 虐められたの?
弟の方が、可愛がられて、肩身が狭くなったの!?
隼人が言えないなら、私がその継母にちゃんと話を付けてあげる!!」
「ーーー!!」
今度は隼人がムカムカしてきた。
手元にあった茶碗を隼人は床に叩き付けた!!
『ガシャン!!』
茶碗が割れて、カケラがあたりに散らばった。
「お前はどうして何でも攻撃的なんだ! 俺は継母に虐められていないし、弟も可愛い!
そういう世間的で『直線的』な、すれ違いとは違うんだよ!
世の中、恋人とか同居人であってもな! 触れて欲しくないこと、そっとして欲しいこともあるんだよ!
そうだと思った! お前はそうして俺が望んでもいないのに勝手に首を突っ込んで
うちの家族を引っかき回すに決まっているってな!!」
「なんですって!? 深い訳も話してくれないのに! 私にはこれしか想像が出来ないのよ!!」
それもごもっともだった。
ミツコを信じ切れずに、一人で隠し持っていたのは『隼人』の方であって
その彼女が『理解できなくてあたりまえ』といえばそれが正しい。
だが──!
「俺が……お前に話したくなるまで待っていられるか?」
「──!!」
「俺が……横浜に帰りたいと思うまで……待っていられるのか?」
「……本当に帰る気はないの?」
「ない。帰る気もなければ、今は誰にも話す気にはなれない。
見守っていて欲しいとしか言いようがない」
「……そんな! 私はね! いつかは日本に帰りたいの!」
ミツコが隼人の意志の固さを悟ったのか、すがるように急に弱々しく懇願してくる。
「それがいつになるか解らない」
「ねぇ! とにかく一緒に帰って、二人で努力してお父様とお話しようよ!」
彼女が必死に隼人を説得する。
なんだか隼人はちょっと考え直した。
ミツコが……俺の為にこんなに必死に『二人で努力をしよう』と言ってくれていている。
全てを話せば……彼女も本当は親身になってくれるのじゃないか?
今日はここまで俺の言葉を素直に聞いているから……
『オバカさん』の屈辱は得たけど、魔女も目を覚まして……
改心してくれるのじゃないだろうか?
急にそう思えてきた。
「ミツコ……話し合うとしても俺と家族だけしたいんだけど」
「嫌よ! 隼人の事だから、そこで引き下がって継母にやられて帰ってくるのよ!
絶対に私もついていくわ!!」
「お前はまだ、家族には会わせられない」
「なんでよ! その継母! 会わせなさいよ! 隼人をどうやって傷つけたのか
私が暴いて、そして守ってあげるし、お父さんにも告げ口してあげるから!!」
「だから……彼女は関係ないって!」
「関係ないなら……何故、帰りたくないほどの溝が出来ているのよ!」
その次ぎに……ミツコが触れてはいけないことを言い出した!
「私だって女としてバカではないわよ! 虐められていないのなら!
隼人が避けているのは、そのお姉さんみたいな継母が好きだからよ!
許せないわ! お父さんの陰に隠れて、若い隼人を誘惑したって事!?
信じられない! お父さんと20歳も歳が違うって言っていたじゃない!
いつかはきっと隼人に乗り換える気なのよ! 私、ずっとそう思っていたのよ!
その継母が隼人をフランスへ追いだしたのよ! 不潔よ!!
お父さんにそれを話して、追い出してもらいなさいよ!!」
「──」
隼人の最後の『希望』はうち砕かれた……。
彼女は見守ってはくれない。
隼人のスローな気持ちとは寄り添ってくれない。
隼人が今は急激なスピードが『痛い』という事も理解してくれない。
そして……勝手な想像だけで押し進めようとして隼人の意志は無視。
ミツコが欲しいのは、隼人と、そしてその父親『澤村社長』
この二人を味方につけるには『継母』を蹴落とすしかない。
どうして『和合』しない? 人と……。
どうして隼人の痛みをわかってくれない?
だから……誰にも言いたくない。
言えば、その人にも負担になるに違いない。
誰も助けてくれなくて、やっぱり自分一人が取り組むべきものなのだ。
目の前の『同居人・パートナー』は、なにも通じない。
彼女が言っているのは、『自分の為』?
もう……何もかも……解らなくなってきた。
そして一番言われたくないことを彼女が言った。
『継母が好きなのよ!』
たとえ、悟っても言葉にして欲しくなかった。
隼人一人が胸に秘めて、葬らねばならぬ『秘密の気持ち』で『禁断の思い』
それをこの世に言葉という形で、空気の中で振動させた、彼女の『声』が!!
そして……彼女はやっぱり、美沙に対して『闘い』を挑むつもりだ。
そんな事はさせない!
コイツと一緒になったら、よけいに家族が崩壊する!!
「お前の目的は……結局それか……」
隼人はかなりの力を込めて……ミツコを見下ろした。
拳を握って、そして……多少、身体がブルブルと震えているのが解った。
声も震えているようだった。
「……隼人?」
どんな顔をしていたかは、解らない。
だけど……ミツコがとても驚いて、そして初めて後ずさったのではないか? と言うほど
怯えた顔をしていたのだ。
「さっきから何度、俺の気持ちを伝えた? なのにお前は自分の進めたい事しか言わないな?
俺は、お前にしゃしゃりでて欲しくない、自分で解決したいと言っているのに……
どうしてそんな風にして乱暴に土足で『うち』に入ろうとしているんだよ?
『横浜』の家は……お前の家じゃないんだよ! 俺の家なんだよ!
よそ者が勝手に『俺が入るな』と言っているのに、何で入りたがるんだよ!!」
「……だって、隼人の為を思って、早く平和になれば良いと思って!」
「だったら! なんで継母を追い出すんだよ! そんな事したら弟が可哀想じゃないか!
俺は一度だって、彼女に出ていって欲しいなんて思った事はない!!
彼女と弟が望まなくても、家督は二人に譲ると決めているんだ!!」
「──!!」
ミツコが……またショックを受けた顔。
それで隼人は確信した。
「俺の希望を『最後通告』する! まだ日本に帰る気はない。深い事情は言いたくない。
そして、家督を継ぐ気もない。故に横浜の実家に戻る気はない。
これが今、俺が望む状況だ。それが飲み込めないなら、別れてくれ!」
「……」
ミツコが茫然としていた。
彼女も希望をうち砕かれたのだろう──。
哀しいが……隼人は益々確信した!
「お前も……社長夫人が望みなのか!」
「……」
言い返してこない。
違うなら……彼女なら、即反発の言葉で反撃をしてくるのに──。
ミツコは黙っていた!
「俺はお前に、もう……なにもしてやれない。
いくら待っても、説得しても、同じだ。俺は父親の仕事を継ぐ気もなければ
まだ、フランスにいたい。日本には帰りたくない……。
頼むから……もう、かき回さないでくれ。俺の心を──」
隼人も今度こそ、額を抱えてやっと椅子に座った。
すると──ダッとミツコがドアに走っていった!
そして玄関のドアが『ガシャン!』としまった音。
(終わった──)
彼女が出ていった。
隼人はそう思った。
隼人にはもうなにも望めない。
そのショックで出ていったか……何があの気の強い執念深い彼女が動かしたかは……
もう、隼人には考えられなかった。
残念なのは……『最後まで通じなかった』事。
覚悟はしていたが、あんなに夢中になった女性のなれの果て。
そして最悪の状態で彼女が出ていった事。
やっぱり隼人は少し胸が痛んだ。
どうしてこんなになってしまったのだろう?
図星だったのか、ミツコはその日一晩帰ってくることはなかった。
次の朝、着替えに帰ってきた様だったが、隼人はその姿を見ることはなかった。
その次の日も……二、三日経っても、ずっと帰ってこなかった。
基地でもミツコは隼人を避けるようにして無視をしていた。
それで『本当に終わった』と隼人は思った。
ホッとすると思っていたけど、やっぱり苦い思いの方が勝っていて
それが意外だったぐらいだ──。
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