26.鎌倉ステイ
夜景が美しく見える『その部屋』、『その窓辺』で……
艶やかな黒髪で憂いた瞳を前髪で隠した男性が……
タンブラーに少しだけ入れた氷入りのウィスキーを傾けている。
『お父さん?』
『隼人? どうした……眠れないのか?』
少年は首を振る。
『そっか……ここで寝たいのか?』
少年は素直に頷く──。
『お父さんと、一緒に寝る』
その男性と一緒に寝ることは……母が寝ていた寝床に入れてもらえることを意味していた。
そして……時々だが、父は『動く母の話』もしてくれたから──。
『さぁ……明日も学校だろ? 寝よう──』
若々しくて凛々しい父の憂い顔から、少しだけ笑顔が戻る瞬間。
窓辺に残された、『ウィスキータンブラー』
『僕のせいで……お母さんは死んだから、お父さんは哀しいの?』
『ははは……お母さんがいないのは寂しいけど、隼人がいないともっと寂しいよ。
お母さんは……お父さんに隼人を残してくれたよ。それに──』
父の胸にしがみついていた頃。
父はそうして『幸せだった母』の話を聞かせてくれて
隼人は『存在できることの意味』に安心感を得て眠ることが出来た……。
『お母さんは……どうしても隼人が欲しいと言って産んだんだよ』
夢の中──。
覚えていない母が動き出す。父の囁きで──。
「あー。隼人? 携帯を持っているんだろう? 美沙さんも……ほら、ほら、連絡なさい」
その伯父の声で……隼人はちょっとした『幼児返り』から
ハッと、現実に戻された!
『そうだ……葉月を連れ戻す。俺の手元に……俺の『今』、『現実』を取り戻さないと!』
『そうだ……おれの今が……俺の現実の姿でこの家に戻ってきたんだから!』
それを『証明』してこそ、父に今の自分のあるべき姿を見届けてもらって……
そして──『新しい家族への歩み』への『宣言』をしなくてはならない!
昭雄も解っているのだろう──。
きっと義弟の数々の『苦悩の真相』は赤裸々に聞かされているに違いないから……。
そこの様々の想いに『打ちひしがれる』家族を
それとない穏和な笑顔で動かそうとしていた。
隼人は、ジーンズのポケットから、すぐさま携帯を取り出す!
それをみて……美沙もサッとキッチンへと動きだしハンドバッグから携帯を取りだした。
『Rururu──』
「ダメ……出ないわ……和人」
美沙は留守電になる和人の携帯へかけては、切って、またかけ直していた。
『Rururu──』
(葉月──見ていたのか? 何故? 俺を置いて逃げたんだ)
そう思うが……
『子供みたいな子よ』
隼人の脳裏に『登貴子』の一言が過ぎる。
それに……大人の女性が見たとしても、『動揺』はある物だろうから……
やっぱり──葉月には少し『負担』であった事。
『決着に付き合わせた事』を隼人は後悔を始めていた。
「……こっちも出ない!」
隼人も切ってはかけ直した。
その内に和之がそっと階段から姿を消した。
二階に上がったようだった。
それを気にする場合でもなく──
美沙は息子へ……、隼人は恋人へ……何度となく『コンタクト』を試みる。
その内に──
「出る気がないほど、つむじを曲げたのだろうな?」
和之がため息をつきながら手帳を持って、再び、キッチンに姿を現した。
「葉月君がいるから大丈夫だとは思うが……
彼女も意外と……『可愛らしい乙女心』があったと初めて解ったよ。
今は『大佐』じゃない……。心を乱しているだろうからね」
そう言いながら……和之が手帳をめくって言いだした事。
「鎌倉に寄っているかも知れない。京介さんの自宅の番号を控えているら……
『右京君』に連絡してみるかな……」
「それがいいね。従兄さんの呼び出しなら彼女、応じるかも知れない。
隼人には立場が悪くなる方法だけどね?」
伯父の昭雄は、和之の取ろうとしている行動に賛成のようだった。
『葉月が飛びだしただと!? どう言うことだ!!』
隼人の脳裏に……
葉月を猫可愛がりに抱きしめていた、右京の怒り声が頭にこだまして、ヒヤリと青ざめたが……
「俺がする。親父──番号教えて」
「……いや、私が右京君に事情を説明しよう」
「……俺がするって言っているだろ!? 俺がしないと意味ないじゃないか!」
『親父に言わせて、お前は逃げるのか?』
右京にそう思われたくなかった。
隼人のせっぱ詰まった『決断』を見て……和之は……
「解った。覚悟できているんだな」
そっと……隼人に『鎌倉御園家』の電話番号を伝えてくれる。
隼人は、後先何も考えられなかった。
とにかく、葉月を手元に戻して……
また色々と……幼い彼女と向き合わなくては
離れていってしまいそうな『危機感』に襲われているから……。
『やっぱり──俺は……』
不安そうに隼人を見つめていた寝付き前の葉月の『らしくない顔』を思い浮かべた。
泣きそうなあの幼い瞳、眼差しを──。
それでも……やっぱり、それでも彼女が手元にいないなんて考えられない。
『Rurururu──Rurururu──』
(しまった……夜中だ。起こしてしまうかも知れないな……)
そう思って隼人は苦虫を噛みつぶすような気持ちで顔をしかめる。
『はい……』
若い男性の声!
『右京さん!』
昼間、初めて聞いた声に間違いがなかった。
隼人が『緊張』の表情を一瞬固めると……
周りにいる父親達も、固唾を呑んで隼人の言い出す言葉を見守ろうとしていた。
「夜分、遅くに申し訳ありません……澤村です」
隼人が静かに呟くと……
『ああ……俺、右京だけど……何か!?』
隼人が自宅にわざわざ連絡してきた……。
それだけで右京は驚いて『何かあったのか!?』とばかりに、語尾を強めたのだ。
「申し訳ありません……彼女、いなくなってしまって……。
そちらに寄っているかと思いましたが、今の反応ですと……行っていないようですね?」
『……いなくなった?』
「はい……。寝ていると思っていたのですが……お兄さんの車までなくなっていて……
実は……私の『弟』もいなくなっているので、一緒なのではないかと」
『ああ、そう言うこと? それなら、弟さんと帰って来るんじゃないか?
弟さん、高校生だって聞いているけど?
若い者同志、気があってドライブでもしてるんじゃないかな?』
右京は、少しばかりため息をつきつつも『そんな事か』と落ち着いているようだった。
「違うんです!」
『!?』
右京の息づかいが止まった……。
しかし──隼人も……『こういう事情で……』とは言い出せなくなり……
そこで言葉が止まって、沈黙が流れる──。
『違うとは?』
「い、いえ……こちらの家庭内事情で……その、あの……」
隼人がしどろもどろしていると、和之が横に来て、今にも受話器を取り上げようとしている。
「その……彼女とも連絡が取れなくて」
『……取れない? アイツ、携帯もっているだろ?』
「──彼女が出てくれないほどのことを、私がしたんです」
『…………』
右京がそこで黙り込んだ。
だが……それ以上の『追求』もしない。
『そっか。何があったか知らないけど、連絡が取れないなら俺も心配だから……
俺から取ってみよう?』
「お願いします。それで……連絡が取れましたら、
私が迎えに行きますので教えていただけますか?」
そうすれば……葉月を捕まえられる……。
隼人は右京に協力がしてもらえそうで『ホ……』としかけると──
『いや、断る』
キッパリと厳しい返事が返ってきた。
「ですが……」
『葉月が飛び出す程の事だろ? そっちの家には帰せないな』
「お叱りは重々承知です……でも!」
『いや──澤村君を全面的に責めているわけでもないぜ?
葉月の『性質上』の事も含めて言っているんだ』
「しかし……弟も一緒ですし」
『弟さんも、何かあって飛び出したって事だろ? こっちで預かる』
「いえ……弟まで迷惑かけては……」
『同じ事だ。明日の朝、迎えに来い。じゃあな』
「え? お兄さん!?」
『プープープー』
しかし──右京の方から切ってしまったのだ……。
隼人は茫然として……携帯電話を見つめるだけ……だった……。
隼人は、うなだれて、携帯電話を切った。
「右京君──やっぱり、怒らせたのか?」
和之が隼人の顔を覗いた。
「……もう、いい。俺、寝る」
隼人は、眉間に皺を寄せて携帯電話を荒っぽくダイニングテーブルの上に放り投げた。
「隼人ちゃん? 和人は?」
美沙の母親としての不安そうな顔。
「お兄さんが、彼女事、預かるから……『明日、鎌倉に迎えに来い』って言われた」
「ええ? そんな! うちのことで、あちらに和人ごとご迷惑かけるじゃないの??」
美沙としてはよそ様……しかも義理息子の『上官一家』に
自分の事で、『家庭内事情』によって巻き込んでしまうことで困惑したようだ。
しかし──
「そっか」
和之は落ち着いていて、ただ、仕方なさそうなため息をついただけ……。
「仕方ないね。向こうのお兄さんとしては、当然の気持ちだろうね?」
昭雄伯父も……右京の指図に逆らう気はないようだった。
「明日、朝一に鎌倉へ行く。だから、もう寝るぜ。おやすみ」
隼人は今の今まで、そこで和んでいたキッチンを早々に出よう
放り投げた携帯電話を握り直した。
「私の車を貸そう」
和之がそう言った。
「じゃ。私は今日は泊まろうかな? こういう事になったらカズが帰ってくるまで落ち着かないしね」
昭雄は借りるはずだった車を持って帰れない事と……
可愛がっている義理甥っ子がいなくなって、帰っては落ち着かないようだった。
「美沙、お前も……諦めて寝なさい」
和之がそっと……うなだれている妻の肩をさする。
「ごめんなさい……私、いつも、いつも……皆に迷惑かけて……」
美沙が少女のように……夫の前で泣きじゃくり始めた。
「迷惑なんかじゃないよ! 俺が彼女と『始末』しようと思ってここに帰ってきた……。
それの行き着いた結果と状況が今なだけだ」
隼人はそう言い放って、携帯電話を握り直してキッチンを出た。
階段を上がっている最中に──
『隼人の言うとおりだよ? 美沙さん』
伯父が義理妹を慰める声。
『お前は何も気にしなくて良い。私と隼人が何とかすることだよ』
父親の妻をいたわる声。
そんな会話を耳にかすめながら、隼人は力強く階段を上がる。
そう──
『俺はもう……彼女には構わなくても良い』
そう思った。
『俺は葉月だけ、葉月の事だけでもう……充分なんだから』
その為にも……
『とにかく寝る!』
隼人は右京に『挑戦状』を突きつけられた気持ちになっていた。
相棒ウサギがいない夜──。
こんな日も珍しい……。
一日の疲れも手伝って……隼人は一人……明日の『取り返し』の為にとにかく眠ることにした。
「……そう言うことなので……あの、葉月さんの事、叱らないで下さい」
白いBMWはただ……湘南の海際を走っていた。
そんな中……茶髪の青少年が右京に切々と飛び出してきた『訳』を赤裸々に報告してくれた。
「ふーん、なるほどね」
右京は、白いハンドルを握りながら……やや、引きつり笑い。
『葉月が横浜に行くって言っていたぞ。いいのか? 右京』
実は右京──。
先日、ロイから連絡があったとき『大方』の事は聞かされていた。
『継母と澤村の間にあるしこり……それを葉月は自分の目で確かめるつもりだと思う。
大丈夫だと思うが? 何か目の当たりにすると、アイツ、受け止められるか心配でね』
『……ふーん。どうだかね? 葉月だってある部分は結構、大人になっているからな』
右京はその時は、『大丈夫』だと思っていた。
可愛い従妹と言えども、彼女は一個中隊の『隊長』
物事の判断だって出来るだろうし、『処理能力』だってある。
まぁ──心配ではあったから、『迎え』にて様子を確かめた。
相手は初対面だったが『好感』をもてる落ち着いた青年中佐。
右京の『車預かれ』の言い渡しの『意味』もすんなり伝わったようだから、
『可愛い従妹』を任せた。
なのに──
(継母と抱き合っていただと!?)
ロイが伝えるところの『心配』は大いに的中と言ったところらしい。
そんな複雑な家庭環境を否定はしないが、従妹を『巻き込んだ不始末』には腹が立った。
「あの……」
引きつり笑いを収めて、真顔で運転する『大人の男』を和人は心配そうに見つめている。
「ああ。そう言う事ね? ま、仕方がないかな」
そこは和人の『心境』も考えて、右京はおだやかな笑顔を差し向ける。
「あの……兄の事も叱らないで下さい。あれで、良かったんです。きっと──。
僕が飛び出さなければ……葉月さんを考えも無しに誘ったこと……。
それでこんな事になったのも僕の我が儘のせいですから……」
それでもこの青少年は、胸張って葉月を右京に手渡そうと電話に出てくれた。
和人が事の重大さに今になって後悔しているようで、泣きそうな顔も右京は見逃さなかった。
「気が済んだんだろ?」
「え?」
「いいじゃないか? たまには悟りきった大人達をアッと言わせる我が儘も……。
それも『子供らしさ』じゃないかな?
やってみなくちゃ、何が悪かったか、伝えたかったかも解らないこともあるさ」
右京がそっと笑いながらステアリングを回すと……
和人は大人の一言に安心したのかやっと笑顔を見せた。
『澤村も……仕方がないことだったんだろうな?』
腹は立つが……否定できなかった。
そして……従妹のことも。
『葉月も、葉月なりに澤村のために努力はしたけど、いっぱいいっぱいだったって事か』
右京はそれでも従妹が『男の為』に『丘のマンション』を出てきた事の努力は誉めてあげたいところ。
「さて……横浜の家に帰る気はあるか?
澤村中佐には明日迎えに来るように伝えてはいるけど、帰りたいなら送るけど?」
右京がそう進言すると……和人が困り果てていた。
葉月と一緒に帰りたい事。
横浜の今の家には帰りづらい事。
だけど……知らない家……『御園鎌倉家』にお邪魔するには躊躇う事。
そこで迷っているのが伺える。
「うちでよければ、構わないよ。爺婆はもう寝ているし……。
うちは結構広いから、そう泊まっても気にならないだろうし
それから……年頃も一緒の少年もいるから相手してもらえると思うし?葉月もいるし……」
「僕と同じ年頃の?」
「ああ……葉月の甥っ子。死んだ姉、俺の従妹が残した息子だけどね。
小笠原で医学訓練生しているけど、高校生みたいなもんだから
話もいろいろ合うと思うけどね?」
「……死んだお姉さんがいたんですか……葉月さん」
和人がそこで何か思い出したように……そっと俯いて何か考えていた。
「なにか?」
「いいえ? では、お世話になります。申し訳ありません」
「なんの! お客が集まって今夜は賑やかで俺も嬉しいな〜。
いつもはじじばばと一緒で静かなだけだからさ♪」
右京がウィンクを軽くすると、和人が照れた笑いをこぼしてホッとした。
その足で、右京はやっと愛車を自宅へと向けて走り出す──。
夜風の中……笹の葉の囁く音。
庭池の鯉の泳ぐ音が時々響く……日本庭園のある家。
笹の葉が囲む垣根に、情緒ある茶室がある日本家屋。
その家の中、一番大きな中心にある居間で
葉月はそっと……大きな木造の卓袱台で従姉が出してくれた日本茶をすすっているところ。
やはり『生まれ育った家』
何故か乱れていた心も急に落ち着いてきたが……
テレビが付けっぱなしで、連休さながらの深夜番組をぼんやり見つめていた。
「葉月? あなた、お風呂ぐらい入ったら? 入っていないのでしょ?」
「お兄ちゃま……待ってる」
隣にある台所から、眼鏡の従姉『瑠花』が心配そうに覗いたのだが……
「……そう? 兄様、あの男の子と何しているのかしらね?」
「横浜に連れていったりして」
姉の横から妹の『薫』がちょっと残念そうに呟いていた。
「…………」
葉月がしょんぼり俯くと……
「ああ、葉月? 大丈夫よ。兄様の事。色々考えて誰にも良いようにしてくれるわ?」
薫が、取り繕うように葉月の横に飛んできた。
「……私が一番悪いの」
「どうして?」
「どうして?」
まるで双子のような姉妹の揃った問い返しに、葉月はややおののき。
従姉は二人とも叔母の『瑠美』に似ている栗毛の『日本美人』と言ったところだ。
右京とはまた違う雰囲気を持っているが、顔は日本人顔なのに
栗毛で茶色の瞳なので、これまた葉月と右京とは違った美しさを持っている。
そう──真一が日本人である父親に似ているあの不思議さと似ていた。
その二人が揃って突っ込んでくると葉月は急に言葉が出なくなる。
大人の二人という事もあるが……
御園鎌倉家を『結婚』にて出た従姉二人は……
『軍隊』という空気を完全にまとっていないせいか
妙に『世間』に溶け込んでいるところがある。
軍隊にどっぷり浸かっている葉月が知らない『一般世間』は良く心得ているのだ。
そんな大人の従姉が葉月の哀しい顔を見て何か、『教えてやろう』という顔をしている。
事情はまだ良く飲み込めていないらしいが、
葉月が『恋人』とすれ違って出てきた事は解っている様子。
『隼人』が『悪い』と判断が下された場合──。
『そんな男、やめなさい!』
と、瑠花はキッパリと言い放ち……
『父様に言って、側近から外しましょうよ!』
末っ子の薫は、葉月と似ていて、思わぬ事を大胆に言い出したりするのだ。
「……彼が待っていてって言ったのに、私が逃げ出したから」
葉月はちょっと恐る恐る……小さな声で呟いてみた。
すると従姉姉妹はそろってため息をついた。
「葉月は相変わらずね? 男性を信じてあげないと言うか」
瑠花が『悪い』と怒り出さないので葉月はホッと一度、胸をなで下ろし──
「葉月はね、男に甘えるって事を知らないのね?
ちょっとは我が儘にならないと幸せにならないわよ?」
薫は、女性として『当然の事』とばかりに呆れた顔をする。
「充分──甘えているのよ」
葉月は、それは本当のことだが従姉の言葉を否定しないよう……
そっと自信なさげに呟くだけ。
「葉月の甘える……には、女性の甘えるとは違う気がするわね」
瑠花が冷たい眼鏡の横顔を向けて、葉月の向かいに座り込んだ。
「本当ね。女性らしいの前になんていうか、子供みたいな感じよね」
葉月の隣にいる薫はずばっと言い放つ。
その上──
「やっぱり、純兄じゃないとダメなのかしら?」
ハッキリとしている薫の一言に葉月は硬直!
「薫。やめなさい……葉月にそういう事いうのは……
葉月だって重々解った上で、今の彼とお付き合いしているんだから」
「だって、純兄が鎌倉を出ていかなければ、葉月と一緒になって当然じゃないの?
純兄は、それは葉月の事、可愛がっていて、素っ気なかったけど?
マコ兄より、葉月に対する愛情の雰囲気出していたわよ?
パッとみるとわかりにくい愛情表現ばかりだけど、私は解っていたもの」
「皐月姉様にも失礼でしょ?」
瑠花は皐月より一つ年下の『36歳』だった。薫は隼人と同世代で今年『33歳』
二人にとって皐月は逞しく頼りがいがある『従姉』であったようだ。
それでも、ずばずばと言い放つ薫の率直さに、姉の瑠花は困ったように眉をひそめる。
葉月はただ小さくなるだけ。
『家族』の中では『すべて見抜かれていて』当然で
それを『見守って』くれている上に、『オチビ』なので姉たちの話には
いつも黙って聞くだけで口を挟むことが出来ないのだ。
「皐月姉様に対してだって純兄は愛情を醸し出していたわよ?
それは葉月が『子供』だったから皐月姉様と純兄が大人の関係になって当然じゃない?
でも今は葉月だって『成人』よ?
皐月姉様がいなくなって、純兄の『愛情の矛先』は、今は葉月しかいないんだから」
(兄様達と違う)
葉月は先日、ロイに散々『諦めろ』と叩き込まれたのに……
ここにいる姉達は『純兄』の気持ちに対して『否定』はしないようだった。
葉月が困惑して俯いていると……
「純兄様、元気だった? 葉月?」
瑠花が静かにそう尋ねてきた。
葉月は『ドッキリ』……顔を上げる。
「あなたを助けてくれたのは……純兄でしょ?」
薫も……打って変わって少し哀しそうな顔で葉月を覗き込む。
「……相変わらずだった」
葉月が小さな声でそっと呟くと……
「そう。元気でやっているのね」
瑠花はホッとしたように微笑み……
「相変わらず、黒猫のごとし……のようね? ホント、純兄って凄いわよねー」
薫にとっても、『純一』は『尊敬する男性』の一人のようで、嬉しそうに微笑んでくれた。
「そうそう、この眼鏡……純兄様がくれたのよ?」
瑠花がかけている眼鏡をそっと顔から外した。
葉月は驚いて、従姉の顔を見つめる。
「兄様が?」
すると瑠花はニッコリ微笑んで、その眼鏡を葉月に差し出した。
「グッチの眼鏡らしいわね? お揃いの綺麗で繊細なグラスコードも付いていたわ。
オーダーメイドだってすぐに解ったわ──。
勿体なくて……眼鏡だけ使わせてもらっているけどね?」
「あ! 私も──。見て! このスカーフもらったの! エルメス! 欲しかったのよ!!」
薫は、首に巻いていた青と黄色のコントラストのスカーフをつまんで葉月に向けてくる。
「ど、どうやって届けるの?」
葉月は従姉達にも漏らさず気配りしている義理兄のプレゼントに驚いた!
「……右京兄様が、『俺の手元に届いたから』と言って、いつもね。ね?薫?」
「そうね……。ほら、あれじゃないの? いつもの金髪の部下が兄様の所にくるのよ」
二人の従姉は『長男兄』に従うだけで……それ以上は深く追求しない『スタンス』でいるようだった。
「そうなんだ……」
自分にもそうは姿を現さない義理兄だから……従姉にもあまり接触はしていないようで
葉月は、その徹底した『闇隠れ振り』にため息をつくばかり……。
『今度、いつ会えるのかしら?』
隼人が、過去と決別しようと立ち向かった。
葉月も……今度の再会は……そうしなくてはいけないのだろうか?
『お兄ちゃまと……二度と会わないようにするなんてできるのかしら?』
葉月はそっと……瑠花にあつらえたという眼鏡から義兄の温かみを探ろうとした。
だけど……眼鏡のフレームはただヒンヤリしているだけだった……。
『帰ったぞー』
『おじゃましますー』
廊下の向こうから『ガラガラ』という戸を開ける音とともに
男性二人の声がした!
「あ! 葉月良かったわね? 男の子も連れてきたわよ♪」
薫は何が『楽しい』のか葉月には解らないが、
美しい栗毛を揺らして嬉しそうに玄関へと向かっていった。
「和人君──」
葉月も何故だかホッとした……。
ホッとしたのだが……葉月は立ち上がって……
廊下に出たとき、ある事に気が付いて……足が動かなくなってしまったのだ……。