4.ドレスアップ

 

 「なーんでつけないんだよ! つけろ!」

 「いらないって言っているだろ! 嫌だね。そんなもの」

その時、隼人と達也は、隼人が借りている部屋で額を付き合わせていた。

達也は既に白いスラックスにカッターシャツ。

隼人が使っているベッドに、黒い肩章に白い詰め襟の上着を置いていた。

隼人は……というと、マイクがストックの白礼服を持ってくるのを待っているところ。

それを待っていると、達也が肩章の下にたらす『金モール』を突きつけてきたのだ。

 

「公式でもないパーティーで、そんなきらびやかにしなくてもいいだろっ!」

達也が……『主役のエスコート役なんだから金モールをつけよう』と

自分が所持している金モールを隼人の肩につけさせようとしているのだ。

「なんでだよー? あのドレスを葉月が着て、兄さんがモールつけて。

これぞ『御園の側近』とお披露目になるんだぞ?」

「達也がつければいいだろう? 俺はごめんだね」

隼人はツンと素っ気なく払う。

「くー! このっ! 俺が目立ってどうするんだって言っているの!」

「誰もつけないよ。ああ、お父さんがつけるならいいんじゃないのかなー」

自分が主役男だったら、迷わずつけると言い張る達也に対して、

隼人はまったく動じず『控えめ』を貫き通そうと、達也の猛攻撃をサラッと交わしてしまう。

「フランク大将もジョイのオヤジさん・フランク准将、それにブラウン少将。

それにお世話になったからと、葉月がランバート大佐まで声かけて!

これだけの『大物』が揃うんだからなっ!

兄さん、フランク一族は初対面だろう!? ちゃんとしよーよー?」

頑固な隼人に……流石の達也も疲れて来たのか最後には

隼人の肩に泣きついてきた。

だけど、隼人は腕組み、ため息をつきながら断固として受け入れない。

そんな中……ドアからノックの音……。

 

「ハロー? なんだか騒々しいね」

そこに現れたのは、真っ白な正装姿のマイク。

きちんと黒髪を後ろに流し凛々しく登場。

スーツカバーを手にしてニッコリと麗しい青い瞳を輝かせ堂々と立っていた。

「……」

「……」

あまりの麗しさに流石の達也も、そして隼人も釘付けになった。

「ん? なに?」

いつも通りにこやかな先輩だが、放つ空気が年下の男二人とは全然違っていた。

 

「レイに頼まれて持ってきたけど、合わせようか?」

雰囲気は極上だが、いつもの口調と穏やかさのマイクに

二人はハッと我に返る。

 

「さーすが、マイク。なんだか男の匂いぷんぷんだなー」

達也がちょっと恨めしそうに呟く。

「何言っているんだよ? ウンノ君もスラッといつも通り決まっているね」

「そぉ?」

マイクにニコリと誉められても、達也はなんだか納得いかなそうだった。

「ちょっと着てみようか? サワムラ君」

「あ、はい……スミマセン」

隼人はそんなマイクに気圧されたかのように、素直に着替えを始める。

普段着の制服を脱ぎ、スーツカバーから隼人が制服を出していると

マイクがジッパー付きの革製小箱を取りだした。

「ウンノ君、悪いけど……ベッキーからアイロン……借りてきてくれるかな?」

「オーライ!」

達也は張り切って、部屋を飛び出していった。

 

「あーあ、やっぱり……ちょっと長いですね」

隼人はマイクのスラックスを穿き終えて、ため息をついた。

達也は断然、足が長く裾は足の甲を隠すほどだったが

マイクのスラックスはかかとでちょっと裾を踏むぐらい。

「大丈夫、そのままジッとしていて……」

マイクが隼人の足元にひざまずき、小さなハサミを手にしていた。

そして……縫いつけている裾の糸の端をピチッと切り、ツゥと糸を抜いてしまった。

「あの!」

「大丈夫だよ、切ったりしないから」

遠慮深い隼人が気にするところを良く解って、マイクはニッコリと顔を上げて微笑む。

そうして、マイクが次に取りだしたのは、ちいさな針。

「ジッとしていてね」

「はい……」

マイクはそのまま隼人のかかとに合わせて裾を折り、針ピンを数カ所に打った。

「レイはどうしている?」

口に数本の針を口にくわえたマイクが、真剣な面もちのまま尋ねてくる。

「はい。僕と達也は後から帰ってきたのですが

既に彼女の部屋に籠もっているようで……今、マリア嬢と支度しています」

「ふーん? マリア嬢もドレス?」

「はい。葉月が一緒でなくては嫌だと。

それにマリア嬢が髪結いとメイクをかって出てくれて……」

「あっそう」

マイクのいつにない素っ気ない受け答えに隼人は首を傾げた。

なんだかマイクの真剣な眼差しに熱がこもったような気がした。

その後、マイクは無言で……隼人の両足かかとにピンを打って行く。

 

「マイク、借りてきたぜ♪」

達也がアイロンを持って戻ってきた。

「有り難う、悪いけど……」

「わかってる! 暖めておけっていうんだろ?」

先輩に指示されてばかりはシャクなのか、達也は得意気にアイロンをセッティングしはじめる。

「うん、さすが元秘書官」

マイクもおかしそうに笑ったが、達也はそれでも得意そうだった。

「それにしてもマイク……準備がいいなー」

手元が空いた達也が、マイクが持ち込んできた革製の小箱を覗いた。

そこには裁縫道具から、薬、絆創膏……染み抜きセットまで……

色々な物が綺麗に整理されて詰まっていたのだ。

「まぁ……今までの経験で行く先困った事が起こるたびに増えたんだよ。

出かけるときは、必ず、そのワンセット持っていくよ」

「流石だなー」

達也が顎をさすりながら……今度こそは降参したようだった。

「マイクー? 俺も、真似して良い?」

いつもの憎めない笑顔で達也がマイクにすり寄った。

「勿論。後輩にもそうさせているし、参考にしてくれたら嬉しいよ」

マイクのにこやかな笑顔に達也も調子よく微笑んで、箱の中を物色し始めた。

「やっぱりジャッジ中佐はすごいですね。僕も見習わせて頂きます」

「ありがとう……。さ、一度脱いでくれる?」

「はい」

隼人がスラックスを脱ぐと、マイクはアイロンで裾の折り目をつけ

ピンを外して、そして達也が物色している革箱から白いテープを取りだした。

それを裾周りの長さに切って行く。

「それ? なに?」

達也も興味津々。

「アイロンでくっつく手芸用の両面テープだよ」

「え! そんなものがあるの!」

達也が驚き、面白そうにマイクの手元に釘付けに。

「ああ。洗濯しても結構取れないよ。

それに外そうと思ったら、簡単に取る方法もあるよ。綺麗に取れる」

「へぇーーー!」

達也も隼人も一緒に驚く。

マイクはそれを裏側に置いて……手際よくアイロンでプレス。

その姿といったら……隼人と達也からみると『パーフェクト』で絶句していた。

 

「これは先輩の余計な一言だけど……。

出張に行く際には、礼服は持っていった方がいいね。

行く先で、どのような招待が突然あるか解らないから。

その為に礼服は常に2〜3着、クローゼットに用意しておいた方がいいよ。

今回が良い経験だったと思うけど、どこでどう招待されても、おかしくないから」

背を向けてアイロンをかけるマイクが、そんなもっともなアドバイス。

「供に行った後輩が、礼服を持っていなくて出張先の隊員から借りる。

そういう事も良くあったから……こんな事が出来るようになってしまってね」

マイクがアイロンをかけ終えて、スラックスをヒラリと手にした。

「どうかな?」

その手際よさと余裕に……隼人と達也はもう言葉も出なかった。

しかも……

「ピッタリだ」

隼人のかかとに綺麗にあつらえられた。

「ウエストもちょっと俺の方が太いみたいだね。後ろで一カ所、絞って縫い止めしよう」

マイクは、さりげない応急処置を続ける。

ウエストも綺麗に決まって、ベルトをすれば縫ったところはしっかり隠れる。

上着も……隼人が羽織ると……。

「ああ……もしかすると上着はウンノ君の方が合うかもね」

マイクの胸回り、肩幅がどうしても隼人だと浮いてしまう。

それほど、マイクの上半身ががっしり鍛えられていると言えていた。

「俺のストック、置いてるよ」

達也が昨夜、置いていた上着を取り出す。

「でも……袖が……」

同じ日本人体系で、首周りも肩幅も胸回りも……確かに細身の達也の方が合っている。

「裾と同じだよ。こっちはカフスで隠れるからもっとやりやすい」

マイクは隼人の手首に合わせてまたたくまに応急処置。

最後にカフスの位置を決めて……

 

「わー。俺の礼服みたいだ!」

隼人仕様にばっちり決まった。

「あー、それからね? サワムラ君」

マイクがニッコリ……ブラシと整髪料まで取りだした。

「……」

隼人は髪まで整えられるのかと戸惑った。

「レイのお相手なんだから、大人の男にならないとね?」

「……」

いつもすんなりと流しているだけの黒髪に……マイクの手が下された。

 

こちらはこちらで……お兄さんからお洒落のご教示。

達也がなんだかそれを眺めながらニヤニヤとしていた。

達也もバッチリ……髪はセットしていたから……。

 

「サワムラ君は香水はつけていないね?」

「ああ……ええ」

隼人は葉月とのメンスフレグランスの話を思い出して、ちょっと口ごもる。

「東洋人は体臭がないから……縁が薄いとは聞いているけど……」

隼人はその言葉にフッとメンズフレグランスの話をしていた時の

葉月の言葉を思い出す。

 

『私は、隼人さんのシャンプーとか洗い立てのシャツの匂いとか……

汗の匂いも大好きよ』

 

そう……葉月がそっと仕事中に囁いてくれたのはそんな事だった。

『自然のままでいいわ』と葉月が言ってくれてそれは嬉しかった。

でも……

マイクの『けど……』に隼人は『つけた方が良い』と言われている気がして……

「中佐と同じ匂いなら抵抗がないんですけど」

隼人は今日もムンムンと匂わせている達也をチラリと流し目で見た。

達也が、マイクの香りがよいと言った隼人になんだかムスッとしている。

そんな事は知らないマイクは隼人に優しく微笑み返すだけ。

「いいよ。俺ので良かったら貸してあげるけど?」

「……」

でも、今、マイクがつけているのは仕事場での香りではなかった。

「……そのー、中佐がいつも職場でつけている奴ですよ」

「ああ……それなら車にあるから取ってこよう」

隼人は何故か鼻を動かした。

(今日は『本命』? アルマーニってこれなのかなー?)と……。

 

達也もそうだが、特に今日のマイクは一等に麗しい大人の男性。

 

俺もちょっと勉強しようと心底、思った隼人だった……。

 

×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×

 

そしてこちらは夕暮れの緩やかな日差しが入り込んでいる白い部屋──。

「そう……葉月。そのまま、まぶたを閉じていてね?」

「さりげないのがいいんだけど……」

マリアが手にしていたのは真っ青なアイシャドー。

葉月はちょっとたじろいだ。

「だーいじょうぶ。いつもナチュラルメイクのあなたにちょっとプラスアルファするだけよ。

色は濃いけど、これはベースでぼかすから……」

「……」

まだ、葉月がためらっている。

マリアはため息をついて、もう一つのアイカラーを見せた。

「これをね? 一番上に塗るから……。

ブルーはニュアンスを出すだけのアクセントよ?」

真っ白なラメ入りのパールパウダーを見せると……

「解ったわ……」

やっと葉月が目を伏せる。

葉月の涼しげな瞳には絶対ブルー&シルバーだと思って

マリアはそっとまぶたにアイシャドーをブラシで乗せる。

シャドーはさり気なく……白パールのパウダーを散りばめると

葉月のまぶたと目尻は艶っぽくキラキラと光の加減で輝き出す。

仕上げは、淡いピンクの口紅に透明ラメ入りリップグロスを乗せてみる。

 

こちらも──女同士で着々と準備がすすむ。

 

「あいつら出来たかなー」

マイクを筆頭に、男達は一階の部屋から出てきた所。

達也がそわそわと二階へと階段を見上げた。

『金モール論争』は、隼人に軍配が上がった。

先輩のマイクが……『そこまで?』と大笑いしたので、達也が負けてしまったのだ。

 

「サワムラ君……様子を見てきたらどうかな?

ええと、ウンノ君……俺とテーブルセッティングをしようか?

大将や准将が来たら……丁寧にね」

「オーライ。それは一応、俺にも出来る」

マイクのこういう指示は、たとえ個人宅のパーティでも冴えていた。

達也はマイクの手際は認めているのかあっさりと従う。

隼人は……本物の秘書官達の立ち回りが気になるようで

二階へと行こうとはしなかった。

「サワムラ君……今日はレイのエスコートに集中を……いいね」

マイクの穏やかな眼差しの中……諭すようなキラリとしたきらめき。

 

「様子を見てきます」

隼人はやっと動く。

「マイク──。オードブルはこっちに置くとして……

シャンパングラスはこっち。ケーキタイムになったらあそこに置くってどうかな?

中心にダイニングのテーブルと置いてメインにしてさ……。

リビングのテーブルとソファーをこっちに移動させないか?」

達也も動き始める。

「ああ、なるほど? いいね……やろうか」

こちらは秘書官同士の『気遣い準備』が始まったようだった。

 

隼人はそっと階段をあがる。

その階段を上がりながら……マイアミへ買い物へ行った時の葉月を思い出す。

 

 

ブティック街で見つけたちょっと品がある店。

葉月が『ここがよさそう……』と、呟いたので4人で入った。

まず値段のタグをみたが、問題がなさそうなので奥まで入ることに……。

店の雰囲気は、丁度葉月ぐらいの若い女性が着る雰囲気の

シックなデザインで取りそろえられていた。

 

同性としてマリアが先に葉月と一緒にドレスを眺める。

隼人と達也は壁際で見守っているだけだったのだが……。

『これ! これはどう!?』

マリアが手にした真っ黒のドレス。

スリットが腿まで開く物で、それを見た隼人は眉をひそめた。

『俺は良いと思うけどー』

達也は着て欲しそうだったが、ちょっとしかめ面になった隼人を見下ろして

言葉を濁し……マリアを推さなかった。

当然……葉月は『足、見えすぎ』と拒否。

『じゃぁ……』と、選ぶマリアのドレスは色は控えめだが

どれもこれも、何処かが露出する『妖艶』なものばかり──。

隼人がため息をついていると、達也が動き出した。

『葉月、これはどうだ!』

露出が高い妖艶なものばかり選ぶマリアを止めるために

達也がさり気なく……露出が少ない紺色のドレスを手にしはじめる。

だが……今度は『シンプルすぎ』

ラインが綺麗に出そうだが、あまりにも飾り気がなくて

今度はマリアは『色気がない』と達也に反論!

でも……『これなら、着る』と葉月は達也が手にしたドレスを手に

フィッティングルームへと消えていったのだ。

葉月がフィッティングに入ったのを見計らって、店の女性スタッフが付き添った。

そこはスタッフに任せてマリアはムキになってドレスを探す。

そこで達也が戻ってくる。

『兄さん、俺より綺麗なのを選べよ! ほら! 早く──!』

達也に押されて隼人はやっと店内を動き始める。

マリアはまだ葉月が着れそうな『妖艶ドレス』を物色。

それに対抗するように男二人で、食い止め対抗馬ドレスを探す。

 

『どうかなー』

葉月が試着室から出てきた。

『お綺麗ですわ』

笑顔で女性スタッフが、葉月を誉めた。

 

『……』

達也が選んだ、シンプルな紺色のドレス。

隼人と達也は一緒に釘付けになった。

身体のラインをほんわりと醸し出していて、それだけで……

そこに現れた気品高き女性……。

もうそれでも『いいよ』と言いたくなったのだが……。

 

『ダメよ! シンプルすぎ!』

やっぱりマリアが反論した。

『兄さん──シンプルでもあいつはそれだけで着こなせる、同類を探そうぜ!』

『そうだな。もうちょっと綺麗に線が出るのを探すか』

マリアとは別路線にて、男二人が探し始める。

葉月も探し出したが……やっぱりシンプルな物ばかり手にしては……

男二人とマリアの食い違いを目にしてためらっている。

 

『これ、いいんじゃないかな?』

隼人が目につけたのが……背中が開いてそこにリボンが張り巡っているドレス。

『どうかなー? 俺は良いと思うね? リボンがお嬢さんぽくて』

達也は同意したが、この背中の開き具合が『難関』

葉月が承知するかどうかと男二人は、葉月の様子を眺める。

マリアは最初に手にしていた横スリットの大胆ドレスを無理に着せようとしていたのだ。

葉月が渋々、それを試着したのだが……。

『ど、どう──?』

スリットが腿まで開いたドレス。

『だーめだ! 全然合っていない!』

隼人が怒る前に、達也が叫んだ。

確かに……葉月には大人すぎて、なんだかドレスに殺されているかのよう。

『良いと思う』と最初は言っていた達也ですら……目を覆ったぐらいだった。

 

『これ! 兄さんが見つけたんだ、これ着ろよ!』

達也が背中にリボンが張り巡るドレスを差し出した。

当然……葉月はその開き具合を見て眉をひそめた。

『リボンがアクセントで、いいかなって……』

隼人が恐る恐る呟くと……何故か葉月がニコリと微笑んで姿を消す。

 

『どうかしら? リボン……結んでくれる?』

試着して出てきた葉月──。

 

『……』

また、隼人と達也は……先程以上に釘付けになって言葉を失った。

『まぁ……』

付き添っていた女性スタッフですら……頬を染めて言葉を失った様子。

 

着させて気が付いたが、しっとりと丈が長くて本当に綺麗に

葉月らしい身体の線を浮きだたせて……。

なんともいえない優雅な空気がそこに広がったのだ。

 

『なーんだか、抜けきらないのよね』

マリアは不服そうだった。

前側がシンプルすぎると……リボンが子供っぽいとブツブツと呟いている中……。

 

『いいじゃんかー! それにしろよ! 葉月!』

達也は葉月の側まで寄って、瞳を輝かせ……

『うん……とても綺麗だ』

隼人もなんだか息が震えるような声で自然にそう言っていた。

『本当に……?』

葉月がちょっとためらって隼人を見つめる。

『これで決まりな! その後ろだけ引きずる裾もいいじゃんかー!

着てみないと解らないモンだな!』

達也は大絶賛だった。

『ええ、先程のシンプルな物よりずっと着こなしていらっしゃるわ。

ああ……お靴をお探ししてきますわね!』

女性スタッフもすっかり引き込まれたのか、店内に飾っている靴を

一生懸命に探し始めてくれた。

 

『結んであげるよ……』

背中のリボンを隼人が手に取ると、葉月が素直に後ろを預けてくれる。

隼人がうやうやしい手つきで、静かにリボンを結ぶ。

そのリボンを結ぶ隼人の手つきを、葉月が潤んだ眼差しで……

なんだか幸せそうに見下ろしている。

 

それを見て達也がそっとその場を立ち退いた。

 

『なんだか納得いかない!』

マリアはまだ不服そうだったが、男二人が『いい!』と絶賛したので

異議申し立てが出来なくなった様だ。

『お前と一緒にすんなよ。あれが“現状で最高の”葉月らしさなんだから……』

達也がじろりと……なんでも自分と一緒に妖艶にしようとする

マリアを見下ろした。

 

元夫妻の目の前……フィッティングルームには

葉月を誉めるスタッフがなぜか男性のオーナーまで連れきた。

『素晴らしいですよ、そこまで着こなして下されば……

ああ、宜しかったら……それに合う上着も是非……』

オーナーがスタッフを数人集めて、店内を動かし始める。

『いえ……ドレスだけで……』

なんだか人が集まり始めて、葉月が怖じ気づき始めていたのだが……。

 

『葉月? 靴を履いて……降りてきてくれるかな?』

隼人がそっと手を取って……葉月を見上げる。

『……』

葉月が裾からつま先を麗しく差し出して、スタッフが置いたヒールを履いた。

『俺はこれが気に入ったよ……俺の為に着てくれる?』

隼人の微笑みに、葉月がはにかみながら頷いてそっと微笑んだ。

 

そこで黒髪の男性に手を取られて見つめられる、栗毛の麗しい涼しげな女性。

二人がいつまでも熱っぽく見つめ合っているので

スタッフ達もオーナーも言葉が挟めずになんだかうっとりしていた。

 

『ああ言う、人を引き込む魅力が葉月はすごいな。

シンプルで充分だ──』

達也の一言に、マリアはなんだか『やられた』というようにガックリため息を落としていた。

 

その後、隼人がオーナーと一緒に、ノースリーブの腕が夜風に冷えないようにと

銀ラメの長いショールを選んで、靴と揃えすべて購入。

 

短時間で買い物が済んだのだ。

 

『良かった、これでリリィと約束の時間に間に合う♪』

長い事歩かなくて済んだので葉月は満足したようだ。

 

『俺とマリア……買い物があるんだ』

『二人で歩いていたら?』

計ったように元夫妻が、待ち合わせ時間と場所を指定して、離れようとしていた。

達也とマリアもこっそりと葉月にプレゼントを買うのだと解って

隼人は葉月を受け取って二人と一時離れた。

 

『喉が渇いたな……』

『私もちょっと疲れちゃった』

別れてすぐに二人でカラフルなオープンカフェに入った。

 

日差しが降り注ぐ午前のカフェ。

そこでフロリダらしいトロピカルなフルーツドリンクを頼んで

暫くくつろいだのだ。

あのジーンズ姿の愛らしい葉月が目の前で、楽しそうに笑っていた。

 

 

そして……今夜……。

あのドレスを葉月が再び着る。

 

昨日、目にしても隼人のまぶたの裏にスッとこびりついていた……。

 

隼人はときめきを押さえながら……葉月の部屋の前に辿り着く。

 

×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×◆×

 

 

『コンコン』

 

『ハァイ? 大丈夫よ』

 

マリアの声がした。

 

隼人はそっと扉を開ける。

 

「丁度、今……着替え終わった所よ? どう?」

そこには何ともゴージャスな全身金色のマリアが立っていた。

 

身体のラインに沿うロングドレス。

金ラメの生地。

仕事場でいつもキッチリ結い上げている髪型。

だけど……マリアは金色の花のコサージュを豪華に後ろにあしらっていた。

真っ赤な口紅に、金色にきらめく目元。

ぱっちりとしたまつげの大きな瞳。

琥珀色の瞳がいつも以上に際立っている。

胸元はブイカットで、胸の谷間が悩ましく……ちょっとだけ現れている。

 

隼人はそれだけで目がくらみそうに……。

 

そして──葉月の声がした。

「なんだか……目がちくちくする」

白いドレッサーの前……。

 

そのマリアのまばゆいばかりの姿に目がくらんだ隼人を冷ますように……。

 

今度はとても涼しげな雰囲気の女性が鏡を覗き込んで

目元をいじくっていた。

 

「もう! 葉月! 気にしないの! 触っちゃダメ!」

「だって……マリアさんがマスカラをぼったりつけるんだもの!」

紺色のスッとした一本線のようにたたずむ葉月。

 

「……あ、隼人さん……」

葉月が、隼人を見つけて変に釘付けになっていた。

「……なに? なんだか兄様にこんなにされたんだけどー」

隼人はマイクにセットされた浮かせている分け目を指で撫でる。

そう、マイクに髪の毛が濡れたように艶が出るワックスで、

分け目を横に変えられ、おでこを出すぐらいに根元を立ち上げられて

前髪を横に流され整えられたのだ。

「素敵だわー中佐って……そうするとセクシーね」

葉月が誉める前に、マリアに誉められた。

葉月はまだ……隼人をジッと別人でも見るかのように見つめている。

 

そういう葉月──。

隼人と選んだドレスを着込んでいた。

マリアのように豊満な体系ではない分、スッとしたライン。

マリアより小さなバストだが、そのドレスを着るとなだらかにその線が醸し出され

ウエストも胸の線から緩やかに細くなり……

そしてそこから腰骨がちょっとだけ線を描いて後はスッと裾が広がって行く

ナチュラルなデザイン。

裾は広がり、葉月の足元はすっかり隠されるほど長い。

後ろの裾だけ、引きずるようになっていて

歩くと後ろの裾が波打つように後からついてくるように見えるデザインだ。

前から見るととてもシンプルでシックで……そして控えめだった。

そして……隼人が『ポイント』として置いた背中……。

 

「なんだか誰かに引っ張られるんじゃないかって不安だわ」

葉月が後ろに手を回した。

そう……背中がグッとV字に開いているのだ。

でも……そこを肌を露出しすぎないようにサテン地の

艶やかなリボンが上から下まで数回クロスして降りるものを選んだ。

リボンは一番下のV字のくぼみ……葉月の背中腰あたりで結ばれている。

結ばれたリボンの端はそのまま、葉月の膝下まで流れて歩くたびに優雅に揺れるのだ。

そこにいるのは涼しげで落ちついた気品ある女性で

そこだけヒンヤリとした涼風が漂っているよう……。

 

それでマリアの『まばゆさ』にあてられた隼人は

スッと落ちついたのだ。

ゴールドとブルーの対照的な女性が二人……。

 

「どう? 葉月の雰囲気。昨日より良いでしょう?」

マリアがドレッサーの前に立っている葉月を隼人に向けた。

「……」

葉月が恥ずかしそうに顔を背ける。

マリアにあしらってもらった髪は、全て後ろに流され

数本編み込みにして、ヘアピンでシンプルに止められている。

短く揃えてしまった前髪だけが前面に残されていた。

「……いいね」

ちょっと茫然としていた隼人がやっと言えた言葉だった。

 

「カボティーヌつけた?」

隼人がそっと尋ねる。

「え? ううん? 今からよ」

「待って……つけないでくれよ」

隼人はスラックスのポケットからリボンがかけられた小さな箱を手にした。

 

それを目にして……マリアが気を遣ったのかスッと部屋を出ていく。

 

「これ……葉月のそのドレスに合わせたんだ」

「……また、香水?」

「今度は俺の鼻で……ちゃんとね?」

「いつの間に……! ドレスで充分だったのに!」

「いや……つけて欲しくてね。『葉月のドレスアップ用』でどうかな?

今日はじゃじゃ馬の香りは必要ないよ」

そう、葉月と香水の話をしたので……思いついて御園家に帰る前に

達也にショッピングモールに連れていってもらったのだ。

 

夕日の中……隼人はそっと葉月にその箱を握らせた。

「……なんだか懐かしいわ」

「ああ……去年はお餞別だったけどね?」

フランスで始めて二人がキスをした時……

隼人の手からあのカボティーヌが渡された想い出。

今度は……祝福の贈り物。

「私……隼人さんの四月の誕生日にろくな事していないのに……」

葉月が申し訳なさそうに俯いた。

「え? 真一と一緒にお祝いしてくれただろう?

それに……俺が欲しがっていたスポーツシューズをこっそり買っていたじゃないか?」

「あれっぽっち……」

「じゃぁ……今夜、目の前の葉月が最高の贈り物かな?」

「……」

葉月が麗しく、隼人を見上げる。

「開けてみてよ……。きっと合うと思うんだ」

葉月はやっと微笑んで、その包みを開け始める。

中から白っぽいボトルが出てきた。

「ティファニー? シアーね」

「スズランっぽいフローラル系だってさ。お嬢様風だなーって」

葉月が早速、それを首筋とうなじ、手首に振りまいた。

その芳醇な香りが隼人を取り巻く。

「うん……軽めでこれなら私も好きよ」

「……葉月?」

隼人はそっと……葉月の顎に触れた。

「……なに?」

夕暮れ時の淡い日差しに、葉月のまぶたがキラキラと彩られてきらめく。

ぱっちりとしたまつげに、ガラス玉の瞳。

「今夜……その香りがどうかわるか……俺だけのお楽しみ。

充分に側で嗅がせてもらうからなー」

「え!?」

何の意味か解った葉月がちょっと驚いて頬を染めた。

「何言っているのよ! えっち!」

葉月に押し返されそうになったが……隼人はそのまま抱きしめた。

「ええっと……」

ちょっと照れている葉月がおかしくて隼人は葉月の肩先でクスクスと笑った。

「そのリボン……結ぶのも解くのも俺だけだ」

「ええっと……」

「俺に触って欲しいのだろう? 昨日はかわされたからな!」

「いいじゃない、忙しかったんだもの」

そう、あの後、あのジーンズを穿いた葉月は、

隼人が堪能する間もなく家に帰るなり水着に着替えてしまったのだ。

勿論……水着と言っても葉月はティシャツやら短パンをはいての

がっちりガードのスタイルだったが隼人としてはちょっと安心だった。

海水浴が終わると、葉月はサラッとしたワンピースに着替えてしまったのだ。

「……うん、なんだか……隼人さんも良い香り」

葉月が隼人の首筋に鼻を寄せる。

「マイクと同じ匂いだわ」

「借りたんだ。俺も……今度、これを買おうかなー」

「今度、一緒に選びに行く?」

「葉月が思いっきり……俺に飛びつく香りを探しにいくか?」

「なによーそれ!」

葉月が頬を染める。

昨日の仕返しとばかりに隼人はニヤリと微笑んだ。

 

「……素敵ね? 隼人さんが違う人に見えたけど、とても素敵」

「……メルシー」

夕日に透き通った葉月のガラス玉の瞳を見つめて……

お互いにそっと口付けた。

『お前もね』

今日は心の中で葉月をほめて……口づけで返事とさせてもらった。

 

いよいよパーティが始まろうとしていた。

口づけを交わし合っている二人の下、フェニックス通りにタクシーが辿り着き

そして数台の車が集まり始めていたのだった──。

 

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