6.リトル・サー
金曜日の朝……。
明日はいよいよ、本部端末入れ替え。
ロイが出張から帰ってくる。
そして……この日の夕方……。
隼人の父親が、澤村精機の社員を引き連れて横浜からやってくる日。
(はぁ……なんだか、せわしいなぁ)
朝、隼人は洗面所にて風呂あがり、身繕い中。
『隼人さん、まだぁ?』
バスルームの扉の外、葉月が『次、使いたいの!』と催促でドアを叩く。
(なんだよ? 構わず入ってきてもいいのに??)
いつもはお構いなしにお互い扉を開けて覗くのに、葉月がノックをしたので訝しむ。
それに……
(化粧なんて……今はしないじゃないか?)
もうひとつ。
(あんな立派なドレッサーが部屋にあるんだから、それ使えよ?)
葉月は風呂あがりにすぐにお手入れが出来ると洗面所に基礎化粧品の瓶を並べていた。
「はいはい。終わったよ」
ヒゲ剃り立ちの顎をさすりながら、隼人がバスローブ姿で扉を開けると……
「!?」
隼人の目の前をサッと葉月が横切って、ドアをすぐさま『バタン!』と閉めたのだ。
(え??)
『幻?』と、隼人は一度……茫然として……
「葉月??」
バスルームの扉を開け、洗面所に向かう葉月を確認した。
「なに? 忙しいの! 隼人さんも早く支度して!」
ドライヤーを手にして、『ゴー』と言う音で葉月の声すらくぐもっていた。
「お前……」
そう……隼人の目の前。ドライヤーを髪に宛てている彼女。
『スカート姿』だったのだ。
(ど、どんな心境の変化??)
一昨夜……
──『そろそろ、本気でスカート穿かせるか』──
そう決心してあれやこれやと、いろいろな『手口』を寝付き前に一人考えていたのに。
『ゴー』というドライヤーの音、隼人を見ない葉月の仕草。
(……急に元に戻った事、探られたくないって感じだな?)
葉月らしいな……と、隼人はただただ……茫然として扉を閉めた。
隼人も林側の書斎で制服を着込んで……財布を覗く。
(玄海に親父を連れていくとなると、後少し、金いるかな?)
カフェテリアのキャッシュコーナーでおろそうと心に予定を立てる。
葉月が夕食の席を整えてくれたが、やはり支払いは息子としてやりたかったから。
そうして、いつもの身支度を終えて……リビングに出ると
葉月は、もう、いつもの『プラダの黒リュック』を手にしてテレビを消そうとしているところ。
「……!?」
また、驚いた!
「なによ? そんなにおかしい?」
そんな隼人を葉月が冷めた眼差しで見流して、『プイ!』とそっぽを向けたのだ。
髪をサラサラに頬に沿わせて……
そして、整った眉。
いつもはそうはしない事、まつげがいつも以上に『ピン』と上を向いていた。
ビューラーとかいうまつげをカールさせる物を使ったのだと隼人は解った。
それに……
いつもの『リップグロス』でちゃんと唇をピンク色に輝かせて。
「ど、どうしたの??」
今度は言わずにいられなかった。
「別に! 水沢姉様を意識したワケじゃないことは確かよ。もっと、違うこと!」
葉月には水沢夫人と対面したことは報告済み。
『お前も水沢さん、見習えよ』
見習って『女らしくしろ』と、つい口にしたばかり。
『うるさいわね! 水沢姉様みたいに大人になれって事!?』
隼人の『タイプの女性』として二人で話した後だけに……。
葉月はそこは『キチッ!』と、否定したそうだった。
だが……もっと、驚いたのは……
葉月が玄関で靴を履くときになって……
「絆創膏……いるかなぁ?」
そう呟いたので、隼人は革靴を履きながら首を傾げると。
葉月が玄関の壁に君臨する天井まで扉の高さがあるクローゼットを開いたのだ。
初めてその収納室を見たわけではないが……
いつも『圧倒』される……。
とにかく、葉月が履きもしない靴を入れている箱がたくさん積まれているのだ。
天井に届くまでとはいかないが、そう表現してもおかしくない。
登貴子が散々送りつけてきた物だとは解っている。
その葉月が出かけ前にその玄関クローゼットを開けたのだ。
隅に、真一のスポーツシューズにお出かけ革靴の箱が『ちょこん』と積まれているすぐ横。
そこだけ、積まれている箱とは別に仕分けたように、いくつか箱が積まれていて
葉月が一番上の箱を手にした。
そして……彼女の手から玄関におろされた物。
「……!?」
隼人はまた目を見開いて、マジマジとその靴を履く葉月を見つめてしまった。
「……め、珍しいじゃないか?」
「そう? たまには履くわよ。だから、すぐ出せるように別に分けているんだから。
だから……たまに履くと靴擦れが出来ることもあるのよね〜……絆創膏いるかしら?」
葉月が履いたのは、ヒールの高さが結構あるシンプルな黒い革のパンプス。
スッと立ち上がった葉月。
スラッとした長い足がタイトスカートから伸びて、
ちゃんとストッキングを穿いているので綺麗に足が輝いていた。
その……らしくない葉月の後ろ姿をまた茫然と見つめながら隼人は玄関を一緒に出る。
そして……
(なんでだろう? どうしてだろう? 女はわからないなぁ?)
まぁ……葉月にそんな女性感覚があるのなら、それはそれで良いことかも知れないが?
と──、悶々と考えながらエレベーターに乗り込み、葉月と壁際に並んだとき。
フッと香ってくる『カボティーヌ』の香り。
(ここ最近、付けていなかったのに??)
目の前の女性。
ショートカットになってから初めての『仕事制服姿』
その姿で1階に辿り着くと、葉月が颯爽と靴の踵をならして歩き出す。
その後ろ姿……。
長い足に、背丈、小さくなった頭。
凛とした後ろ姿。
(本当にモデル並みに均等取れているなぁ)
別人でも見るかのように隼人はマジマジと『見慣れた相棒』の後ろ姿を眺めてしまった。
(いやぁ……違う意味で『格好良い』じゃないか!?)
ショートカットの凛としたモデル並みの女性。
隼人は思わず……微笑んでしまった。
そして──もう、一つ。
隼人は先に先に外に出ようと歩く、葉月の横にサッと走り並ぶ。
「俺さ……葉月がヒール履かないワケ、解ったよ」
「そう?」
そっと葉月の右腕を掴んで向き合わせた。
「ゴメン……俺、お前にもそんな『コンプレックス』があるって思わなくて」
隼人の目の前には、同じ高さの目線に茶色の瞳。
葉月がそっと視線を逸らした。
「俺とほとんど同じ背丈になってしまうんだね」
「そういうワケじゃ……」
隼人は向き合わせた葉月の栗毛をニッコリ……撫でる。
「俺は気にしないよ。それに……」
隼人は頭を撫でていた手をスッと……葉月の頬に滑らせた。
今日は、スッと頬に沿っている栗毛が妙に色っぽい。
そして……久振りの麗しく輝くピンクの唇。
そっと、いつもなら首を傾げるところを、そのまま目の前の唇に口付けた。
「……しやすいかも、こういうことが……」
「こんな所で……」
マンションの玄関でそうされても、葉月は嫌がらなかった。
それどころかうっとりとした顔つきで、そっと瞳を閉じてくれる。
朝日に茶色のピンとしたまつげが上を向いて輝く。
『おや、まぁ! 相変わらず仲が良いねぇ』
そんな声にハッとして隼人と葉月はさっと顔を背けて背を向けたのだ。
住人で一人暮らしの『たけこお婆ちゃん』がロビーに現れたのだ。
『お、おはようございます』
二人揃って苦笑いのご挨拶。
「……新聞ですか?」
隼人はサッとロック前の集合ポストから、たけこお婆ちゃんの号室ポストから抜き取って
サッと、ロビーに入り手渡した。
「本当に、アンタは優しい子だねぇ……葉月ちゃんが惚れるはずだよ」
二人揃って頬を染めて俯く……。
住人達にはすっかり公認で、時には『夫婦』みたいに扱われていた。
『お仕事、いってらっしゃい』
お婆ちゃんのニッコリに二人揃って頭を下げる。
──『外国慣れした若い恋人同士』──
住人達は、葉月と隼人をそう見ているようで、だから何らこの様な姿を目にしても
さして、悪い評判は流れていない事を知っていた。
と……いうのも……。
管理人が『アメリカ人夫妻』と言う事もあるのだろう。
住人達は『国際』という事には結構、容認的だった。
「隼人さんのせいよ」
葉月は、やっぱり気恥ずかしかったのか『ツン』として助手席に乗り込んだ。
「はいはい、悪かったよ。二度としません、中佐嬢様」
とにかく、葉月がスカートを穿いて以前と違った雰囲気。
それも……やはり、どうあっても葉月の容姿から醸し出される不思議な雰囲気は健在だ。
(今日からもしかすると、短い髪の葉月が薔薇の中? かもなぁ……)
隼人がニンマリしながら、眼鏡をかけてステアリングを握ると……
『変な隼人さん……』
葉月が不思議そうに首を傾げていたが、彼女もそっと微笑んでいた。
笑うと、髪が長くても短くても一緒。
キラキラしたガラス玉の瞳は、髪が長かったときより、
より一層、葉月の表情から浮きだっていた。
夕方……先月と一緒……。
和之が来るのは16時。 その1時間前の15時。
滑走路に誰が出迎えに行くかの話を葉月と始めて、
今回は隼人が当然、息子として出迎えると話が決まったところ。
「じゃ。私……お茶の準備をするわね?」
「いいよ。ジッとしていろよ!? お前がキッチンに立つと何かが起きそうで。
お茶はジョイが準備することになっているだろ?
隊長らしくジッとしていろよ? 本当に、もう……。俺が迎えに行ってくるから」
「私も行きたいけど」
「し・ご・と!」
隼人は、中佐席に残っている書類を指さした。
隼人よりも葉月が『そわそわ』
なににつけても動こうとする。
いつも内勤の仕事も手際いい彼女が、今日は朝から何故か? そわそわしているのだ。
だから、全然仕事が進んでいない。
今日は早めに済ませて、和之と一緒に食事に行く予定と朝、二人で言い聞かせたのに。
どうしてか? 葉月は異様に隼人の父親を気に入っている様子。
『見ちゃったのよね? 私』
『なにを?』
『ふふ。内緒♪』
俺の父親の何がそんなに気に入ったのか? と、聞いた答えがそれだった。
まぁ、解らないでもない。
隼人も葉月の母親に何かしら『憧れ好意』を抱いたのだから。
だが、隼人の『母親思慕』とは違う感覚であるのを隼人は見抜いていたのだが。
(俺の親父、60越えているぞ? そんな爺さんのどこに色気感じているんだよ??)
そう思ったのだ。
なんだか、また父親に『嫉妬』
それから……葉月が『そわそわ』している理由はもう一つ。
──『あの……中将がお帰りになったら一報いただけませんか? 私的なお願いですが』──
隼人は知り合ったことを良いことに……
連隊長秘書室の『水沢夫人』にそんな申し出をしてしまった。
『主人から聞きましたわよ? 流石、少佐ですわね
主人がランチに行った際に、中佐嬢を見かけたみたいで……
スカート姿に戻っていたと……』
『ああ、はぁ……そうなんですよね〜』
隼人が差し向けたワケじゃないから、その言葉にやや……重苦しさが。
『解りましたわ。実は……主人とちょっとした予想をしておりましてね。
きっと、中佐嬢は勘がよろしいから解っていらっしゃるのかも知れませんわ?』
『は? どういう事ですか?』
葉月がなにかしら感じていること……。
連隊長室では当たり前のように皆が感じているらしいという口振り……。
『……あら、つい……。とにかく、中佐嬢がそんなに落ち着きないというのも珍しいこと。
連隊長がお帰りになったら、こっそり……少佐にお知らせいたしますわ』
彼女がそういって協力してくれたので、隼人もそれ以上は無理な事は言い出せなくなった。
そうして……葉月を何とか仕事に集中させて、やっと落ち着いた頃。
隼人のデスクの内線が鳴った。
「お疲れ様です……あ……いえいえ……」
水沢夫人だった。
葉月が目の前でそわそわしていたので、好みの美人と話していることを悟られないよう……
葉月の落ち着きのなさを見かねて、こっそり連隊長室に探りを入れている事を悟られないよう……
隼人は何喰わぬ顔で、何処からかかってきたか解らないように平淡に努める。
だが……『一報』を約束通りくれた水沢夫人の様子がなんだか違った。
『連隊長帰ってきましたわ。でも、……少佐……あの……』
「どうかされました?」
『いえ……あの、お父様のお迎えですか? 今から……』
「え? はい……」
『……あの、暫くしたら連隊長自ら中佐嬢に連絡が行くと思います。
ごめんなさい……連隊長が帰ってきたばかりで今、せわしくて……また、後ほど』
水沢夫人まで落ち着きなく……それでいて、忙しそうな雰囲気。
──『フランク連隊長は厳しいから、結構気が抜けなくて……』──
彼女のその言葉を思い出して、主が帰ってきてまた、忙しいのだと隼人は思った。
だから……水沢夫人を無理に引き留めずに、そこで受話器を置いた。
「なに?」
勘がよい葉月に悟られないよう、サラッと流そうと……
「いや? べつに……」
隼人は、ただニッコリ微笑んで受話器を置き……
葉月に余計に探られないよう、ノートパソコンの画面に食い入ると
彼女も、そっと視線を外したのが解った。
(なんだろう? 知り合ったばかりだけど、彼女らしくないような??)
印象は、落ち着いた冷静な職務女性と見ていたが……
それにしては、あの綺麗な声が、少しばかりうわずっていたような気がした。
その水沢夫人のお知らせ通り……。
『Rururu……』
「──? 珍しいわね? 私の席の内線が直接なるなんて……」
葉月がそう言って、暫く手に取らず、眉間に皺を寄せて躊躇っていた。
(フランク中将?)
隼人はヒヤッとした。
葉月はロイが帰ってきたら、何かがあるような『勘』を抱いて、落ち着きなかった。
ロイが帰ってきた途端に、葉月が予想していたとおりに
『暫くしたら連隊長自ら中佐嬢に連絡が……』
水沢夫人の慌てたようなお知らせ通り……葉月の席に直接内線。
大抵は、側近席にかけて取り次ぎ、本部の受付にかかって取り次ぎ。
これがどこの隊も『基本』
だから、葉月の席の内線番号を直接押してかけてくる……これは滅多にない。
葉月が躊躇った末に、やっと右手で内線を取り……
左肩にぎこちなく受話器を乗せて肩と頬で左耳にあてた。
「お疲れ様です。第四中隊 中佐室 御園です」
こんな時は、天下一品の落ち着いた葉月の低めで甘い声。
「……お久しぶりです。お帰りなさいませ……連隊長」
(あ。やっぱり……)
葉月の声が、いつも以上に色無く平淡な口調。
しかも、表情が強ばった。
「はい、了解いたしました。『直ちに参ります』」
葉月が、そこで何の抵抗することもなくそれだけ答えて内線を切ったのだ。
「なに? 中将から?」
「ええ……」
葉月は、それだけ淡泊に答えると……席を立った。
そして、中佐室を出ていった。
(なんで呼ばれたのかな〜)
水沢夫人の慌てようといい……葉月の落ち着きなさと言い……。
葉月の勘通り……ロイは帰ってくるなり葉月を呼びつけた。
ところが……
葉月は一人で連隊長室に出かけたかと思ったのに……
すぐに中佐室に戻ってきた。
「澤村少佐。一緒に行くわよ」
「え? 俺も?」
「そうよ。ジョイと山中の兄さんに小池のお兄さんも呼ばれたわよ
ジョイに今、怪我している小池のお兄さんを連隊長室に連れてくるよう頼んだ所」
「!!」
四中隊の『要』が揃って呼び出された!
(なに──!?)
ロイがフロリダに行って何を持って帰ってきた!?
隼人は、葉月の落ち着きのなさ……のワケ……ようやっと、自分にも伝わってくる!
そしてやっぱり『勘』が当たったことにおののいた!
葉月と山中と供に、隼人は連隊長室に向かう。
「勤務中、ご苦労」
ロイの立派な連隊長室、連隊長席の前に呼ばれた葉月と隼人達が横一列に並ぶ。
葉月が先頭にならび、補佐達を従えて『敬礼』をした。
職務で接するロイからは、いつも感じる親しい空気は一切感じられない。
『若き冷徹な将軍』の名にふさわしい、威厳のみしか感じられない。
ロイの横には、いつも通り品格良い雰囲気を醸し出しているリッキーが
規律正しく、後ろに控えている。
そして……何故か、連隊長室から秘書室に入る入り口に……
水沢夫人とこれまた品格の良い男性、黒髪、眼鏡の少佐がキッチリ立って並んでいた。
水沢夫人の手には、黒塗りの大きなトレイ。
そこに……何かが並べられている。
彼女の表情が最初に出逢ったときのように冷たく固まっていて
職務として真剣に携わっている最中にしては、妙な緊張感を隼人は感じていた。
「さて、諸君らを揃って呼んだ訳なのだが……回りくどい説明は後だ。
『水沢』……『まり』──やってくれ」
「はい」
(お! なんだ、彼がご主人か……? 彼女……『まり』て名前なんだ……)
隼人はこの緊迫感の中……そんな事を知って驚いたり……。
だが、一番先頭に並ぶ、隣の葉月が誰よりも異様な『緊迫感』を漂わせていたので
隼人も側近として気を改める。
だから……『水沢少佐』を観察する余裕なんて今はなかった。
そして──
水沢夫人が持つ黒塗りの大きなトレイから、水沢少佐が丁寧に……
一番端にいる小池の前に一つ、山中を飛ばして、ジョイの前に一つ……
そして……隼人の前に一つ……。
(え!?)
隼人は目の前に差し出された物を確認して……息が止まりそうになった!
それは……隼人だけじゃない!
隣のジョイも『え!』と小さく声を漏らしたほど……。
小池や山中も……ジョイの目の前に置かれた物を確認してから、驚いている様子だ。
そして、ジョイと隼人が間を置かず揃って視線を流した先……。
葉月の目の前に置かれた物を目にして……今度こそ! 息が止まった!!
なのに──!
誰よりも、ものすごい局面に向かうことになった当の本人葉月は……
「……」
やはり? 予想していたのか? 勘が当たったせいか?
隼人やジョイよりも……男達よりも落ち着いていて
驚きの表情も灯さなければ、息づかいも全く変わらなかった。
「月曜に辞令発表、及び、勲章受章者の発表を出す」
ロイの冷たい声。
あまりの驚きに、声も反応も出せない隼人や他の男達。
そして……特に感情を外に露わにしない、落ち着きすぎている葉月。
「御園大佐」
ロイが葉月に向かって冷たく呟いた。
そう──! 葉月の目の前に置かれた物!
立派な勲章と……大佐の階級バッチに大佐の肩章だった!
それに伴って……隼人とジョイの目の前には……!
「澤村中佐」
「フランク中佐」
(俺が中佐!?)
隼人とジョイは一緒に頭の中で叫んだだろう……。
「澤村は今回任務で一番の重任を背負っての成功に伴う勲章と昇進だ。
フランク……今までの内勤、管理、留守中の指導管理、その評価の昇進だ」
ロイは何故か葉月にはその様な事は言わず……
「山中は……今回は悪かったが……」
「いえ、当然です。私は彼等より早く中佐になりすぎました、それだけです。
むしろ、同等の立場に立つようになってくれて頼もしいです」
「小池は、前線貢献の『勲章』だ。これからも、頑張ってくれ」
「はい! 有り難うございます! ただ……すべて『御園大佐』のお陰です!」
小池が早速『大佐』と、葉月を呼んだので、隣で葉月が『ピクリ』と硬直したのを隼人は確認。
葉月は今、何を思っているのだろう?
何を感じているのだろう?
水沢夫人が先程の内線で驚いて慌てていたのは……
この異例の『辞令』のせいだったのだろうと隼人はやっと解った。
葉月が大佐になった!
それ以上に……『俺が中佐!?』
葉月と同じだ。 自分も今戸惑っている!
「さて……四中隊の要は他にもいるが……
今回、山中を含めてここに呼びつけたのは言うまでもない。
この『若き女大佐』は……」
ロイが葉月に冷たく……青い瞳の視線をチラリと流して、また、前を見据えた。
「この『若き女大佐』は、大佐と言うにはまだほど遠いだろう。
今までと同様……諸君ら補佐達の力があっての『隊長』であることを忘れないよう……」
それは解りきった事だから……隼人達は揃って『イエッサー』と答えた。
支えてゆくべき隊長が『最年少大佐』であることは……まだ、しっくりこないが。
「葉月」
ロイが職務に関わらず、御園中佐……いや大佐をそう呼んだのだ。
「はい……」
「今回はなんだ? 反抗しないなぁ? 『私に資格はない、返却する』と喚くかと……」
ロイがやっと、いつもの兄貴顔で穏やかに微笑んだのだ。
だが……葉月は、相も変わらずいつもの無感情、表情は崩さない。
こんな時……本当に隣の小さな隊長は『立派すぎる』と男達は思うのだ。
そして……葉月がやっとピンク色の唇を開いた。
「思うところがあります」
「思うところね……」
ロイが何か解りきったように……少し呆れて返事をする。
「ですが……それ以前に……」
葉月は一時俯いて、そして隣りに並ぶ男達に視線を馳せた。
「私は大佐と呼ばれるようになっても、この男達と供に『大佐』であると思います」
「解っているじゃないか。思い上がられるよりずっと、良く解っている」
ロイがいつもの職務口調に……。
「……この男達が前にゆくのであれば……私も……」
葉月がそこで、目の前にある勲章が入ったケースと
バッチと肩章が入っている透明な袋に視線を落とした。
「私も前にゆかねばならないでしょう。 行きます!」
そこにいるロイ以外の男達は……
青い瞳に立ち向かうように瞳を輝かせた若き大佐に息を呑んだ。
隼人の隣にいる小さな女性。
スカートを穿くようになっても……
その瞳の輝きは……『リトル・サー』
男でも女でもない……一人の『将校』
「頑張ります!」
その葉月につられてか……ジョイが目の前の『階級セット』の袋を掴み、脇に挟み、敬礼!
「私も……及ばずながら、彼女と一緒に行きます!」
隼人も……それを手にして敬礼をする!
最後に……
葉月が、『ガシ!』と音がするほどその階級セットの袋を鷲掴みにした!
「宜しくお願いいたします!」
葉月が敬礼をすると……小池と山中もビシッとロイに向かって敬礼をした。
隼人の視界の端に……目尻を指で拭っている水沢夫人が映った。
その横で、控えめに微笑んでいる水沢少佐。
ロイの後ろではニッコリ……満足そうなリッキーの満面の微笑み。
そして……何か勝ち誇ったような余裕の笑顔を浮かべたロイ。
第四中隊に大佐誕生。
──『リトル・サー』──
隼人達の象徴は小さいけれど、さらに大きくなる。
=TOKIO プロローグ 完=