プロローグ
4.側近到着
いよいよ…その時が来た。
葉月が訓練から戻ると…。早速ジョイが…。
「お嬢。新人さん。島入りしたってさ。ロイ兄が早く連隊長室に来いだって。」
それを聞いて…葉月はものすごい緊張感に包まれたが…。
「そ。解ったわ。」
葉月は訓練着から制服には着替えたが、髪は束ねたゴムの後がくっきり付いたまま…
そのまますぐに本部を出ようとした。すると…。
「お嬢?化粧ぐらい直したら?そのまま行くのかよ?」と、ジョイが心配そうに一言。
「どうして?これがいつもの私よ」
葉月の無表情にジョイはグッと退いてそのまま見送ってくれた。
(なんで、新しい隊員に会うのに綺麗にして行かなくちゃいけなのよ?)
本当にこれが自分の本来の姿だ。
汗くさかろうが、髪が乱れていようが…。
特に…『御令嬢』としてのイメージは先に崩しておきたかった。
そこで…『御園家の一人娘がこんな女なんて…』とガッカリすればそこまでである。
そうなった方が面白い…と、葉月は一人でほくそ笑んで…
隼人に時間がまた出来る…と思ってしまい…。
すぐに反省した。
それは、『私情と未練』と言うヤツだった。
何もかも捨てて自分のためにこんな離島まで来てくれたその人には感謝するべきであって
ロイに言われたとおり、彼の気持ちを踏みにじっては…
隼人にも怒られるかも知れない。と…。
それでも、ささやかな抵抗。
『御令嬢』のイメージは崩しておきたかったのだ。
『コンコン』
葉月は連隊長室のドアをノックした。
重たい木造のドア。
最新基地でもこうゆう所は由緒正しく厳かな二枚扉だった。
『どうぞ』
ロイの声が聞こえて葉月はそっと扉を開けて敬礼をする。
「四中隊 御園です。失礼いたします」
ふと…ソファーにいる人影に気付くが…黒髪の男だった。
が、ロイの立派な席とは背中合わせに座っていて顔は見えなかった。
隼人よりサッパリした髪型の男だった。
「早かったな。まぁ。入れ♪」
なんだか、ロイは葉月が素直にやってきたせいか妙に嬉しそうだ。
ロイの席の横にはいつもロイに付き添っている若側近の男が礼儀正しく立っていた。
しかし…葉月が軍人らしくロイの席の前で肩幅に足を開いて
背中に両腕を組んで『休め』の体勢をとると…
ロイがいきなりため息をついた。
「なんだ。新しい隊員と面談するのに。もう少しいつもの優雅な格好をしてこないか。
なんだ、その汗まみれの姿は…」と…。
葉月はまるで父親のようなことを言うロイにちょっとムッとして
「失礼だと思いますが、お急ぎとのことでしたから。」と、
色ない声。無表情に答えると…
ロイは葉月の『ささやかな抵抗』を見抜いたのかさらにため息をついた。
「これがいつもの…わたくしであります。」
同じ様な調子で反抗すると…。
ロイが呆れた笑顔をこぼしたのと同時に…
葉月と背中合わせに座っている隊員がクスリと笑ったのだ。
(なによ!)
葉月は、『小娘の無駄な抵抗』を笑われた…と、益々憮然とした。
「まったく。相変わらず気が強くて、融通が利かない。
急ぎというのは、キチンと身支度を整える時間も入れて
急げって事だと言うことぐらい解るだろう?」
そして…。ロイはそのクスリと笑った彼に面白半分に話しかけた
「この連隊長の私にまでこのような有様なんだが…。
こんなじゃじゃ馬だが、お願いできるかな?『大尉』」
葉月は『大尉』というロイの言葉に思わず反応してしまったが、こらえた。
大尉なんて…いくらでもいるじゃないかと。
「良く存じております。二ヶ月間一緒に研修しましたので、慣れております。」
その声に聞き覚えがあった…。
葉月は…(信じられない!!)と、振り向くことが出来なかった。
視界の端で、黒髪の大尉がソファーから立ち上がってこちらに振り向いたのが解った。
葉月はそっと振り向いて…さらに驚いた。
彼と目が合うと…彼がニッコリ…。
「お久しぶりです。中佐。その節は大変お世話になりました。
今度はこちらでお世話になろうと思いまして…中将の『お力添え』で
『側近』として付くことになりました。」
葉月は言葉も出なかった。
まさに目の前には…あの黒髪の大尉。澤村隼人が立っているのだ。
それと同時に…ここにいる男二人にやられた!!と思ったが…
現実としてまだ『嘘だ!』と信じられず…。
どうゆう事か?とロイを見つめ…隼人を見つめ…もう少しで取り乱しそうになった。
目の前にいる男はフランスで見てきた隼人と少し違った。
彼は黒髪をキチンとカットして前髪は見たことない男らしいセットをしていたし…。
制服だってパリッとして新調していた。
眼鏡だって…フランスで掛けていた『黒縁』でなくて…
妙にインテリな縁なしの眼鏡だった…。
『隼人さんじゃない!!』と言いたいが…。
まじまじと眺めてもやっぱり隼人だった。
「フランスの…航空部隊から参りました…澤村隼人です。
また…宜しくお願いいたします。」
隼人がニッコリ差し出した手に…葉月はただただ…力無く握り返すだけだった。
葉月が呆然としつつも隼人の手を握ったのを確かめて…ロイがいきなり…
「さて!!これで第四中隊もまた様子が変わるな!!期待しているからな!!」
と、パン!と嬉しげに手を叩いた。
『二人でカフェにでも行って来い!』
ロイは後は二人でなんとかしろとばかりに…さっさと二人を中将室から追い出した。
葉月は頭が混乱したまま…呆然と宛もなく廊下を歩きだした。
先にでた隼人が葉月の前を歩いていたが…
フッと振り向いた。
「俺が先に歩いてどうするんだよ。ちゃんと案内してくれよ!」と。
何故か彼も怒っている…。
それもそうだ。最後に葉月がすっぽかしたのだから。
でも、『心変わり』をいつしたのかは解らないが…なんの知らせもなくこんな『仕返し』ってあるだろうか??
葉月はそう思うと…1ヶ月前ロイが『あちらさんの出方待ち』と言っていたときから
隼人が迷って、次の候補選びにストップを掛けていたのだと解ると…急に腹が立ってきた!!
「どうゆう事なのよ!!説明して!!」
本当なら会いたくてしょうもなかった相手なのに…。泣いて「大好きよ」と言えるはずなのに…。
すると隼人の方もやっぱりムッとした表情を刻んだ。
それもそうだ。せっかく来たのにこんな『歓迎』はあんまりというヤツだ。
「だいたい…あんな別れ方されてさ!少しくらいこっちも驚かそうと思ってね!!
中将には『中佐が知ると断るだろうから内密に』って頼んだんだよ!!」
それは。葉月も何とも言い返せなかった。
隼人がすぐに『あんな風に離れて…解った。俺。行くよ』と心変わりしたところで
『私を抱いたから?身体で決めたの?』と迷ったかも知れない。
そんなタイミングにとり兼ねなかったかも知れない…。
葉月としては…隼人は決して日本には来ない何かがあると思っていた。
『側近になるかどうか考える時間』を与えたところで
自分の方が先に側近を決めてしまうと思っていた。
だから…最後に女として身を投げた。二度と隼人とは『恋』をする機会はないだろうと。
その後に『恋』が芽生えるかも?という期待は残したくなかった。だから…。
葉月自身を良く知っている…と葉月はぐうの音も出なくなった。
「ひどい!!最後まで心を動かさなかったくせに!!」
「お嬢さんのことだ。意固地になって迷うと思ってね!」
葉月は『見抜かれてる〜。』と絶句して…。
『もう!!』とスタスタと隼人を追い抜かして前を歩きだした。
隼人は…そんな葉月を見て微笑んだ。
葉月の背中を追いながら…隼人はそっと思い出す。
こうして…やっと『祖国帰国』を決心した訳を…。
プロローグ 完