22.青い瞳の弟

葉月が訓練に出掛けて、男三人は大佐室の応接テーブルにて会する。

隼人とジョイはついたて前のソファーに並んで座り、その前に新人の木田君を従えた。

「さて。山本少佐がどんな風にしてお嬢を気にしているか話してごらん?」

ジョイはニッコリ新人の若い彼にそう促す。

『はぁ…。でも…』と、やはり業務外のことを話すのは木田君としては気が引けるらしい。

隼人も『わからないでもないなぁ。』と、男として思った。

愚痴など言ったところで、どうにもならないことだってある。

葉月がやろうとしていることが正しいかどうかは解らないが、

業務を滞らせているのは確かなので…。

「今更なんですが。山本少佐は独身?」と尋ねてみた。すると…ジョイが…

「結婚しているよ。子供だっているんだぜ?」と呆れたように答えてくれる。

(結婚しているのに?葉月をどうしようって言うんだ…)

隼人は益々、山本の事が解らない。

まぁ、男として職場で嫁以外に女性に気を持つことは…

一線を越えなくても多少はあるだろうが?

なにも葉月のような『将軍の娘』に目を付けるなんてかえって面倒くさいではないか?

隼人がそこでため息をつくと…やっと木田君が躊躇いながら口を開いた。

「こんな事…話すとフランク少佐は怒るかも知れませんが…」

彼がやっと口を開いたのでジョイは『怒らないよ?いってごらん??』と身を乗り出した。

ジョイの無邪気な笑顔に安心したのか木田君が話し出す。

「山本少佐は最初…今年の春です。まず。御園中佐のことで尋ねてきたのは…

『彼女…男いる?』でした。勿論。そんなこと僕如き新人が知るわけもありません。

『いつも忙しそうにしているので解りません』と答えました。」

『ふーん』とジョイは『よく聞かれる質問』として『なぁんだ』と言う顔をしていた。

隼人としてはもうこの時点で山本少佐は『葉月を気にしている』と益々確信をした。

「その次は…。『遠野大佐が亡くなってから元気がないらしいな。寂しそうにしているからな』と。

僕は新人なので遠野大佐がどのような方だったか知りませんから…

『そうなのですか?』とだけ答えておきました。」

すると。やっとジョイの顔がしかめ面になったが隼人も同じ顔になっていたようだった。

新人の木田君は遠野と葉月が一緒に働いていた姿は知らない。

しかし、ジョイと隼人は二人の事情を良く知っていたから『まさか?』と眉間にしわを寄せていた。

「日に日に…少佐の言うことがなんだか…おかしくなって…。

『妻子持ちでも平気で付き合う女だからな。男の一人二人いないと落ち着かないんだろう?』とか。

『ジッとしていても男がほっておかないから今でも誰かが絶対手を出しているはずだ』とか…。

そんなことばかり…。一応無視はしていました。僕はその内に少佐は奥さんがいるかも知れないけど、

僕を通じて、御園中佐に近づきたいのだと解ったんです。

でも。こんな事言っても、仕事一本の中佐は取り入ってくれないだろうと思いまして。

僕が怒られるんじゃなくて…中佐が狙われているんだと思うと…やりずらくて…。」

ジョイも隼人も思っていったとおりだったので驚きはしなかったが…

『やっぱりね』と、ため息をついた。

二人は木田君をとりあえず大佐室から出した。

「やっぱりね〜。」

ジョイがまた『ヤレヤレ』と両手を上に向けて呆れた。

「大尉は知っているんだろう?お嬢から聞いている?」

その質問には戸惑ったが…。

祐介の後輩として葉月がフランスまで隼人に会いに来たことは、

ジョイも知っているだろうと思い正直に答える。

「聞いています。フランスに来て早いウチに彼女が打ち明けてくれました。」

「で?どう思ったわけ??」

まるで何かを試されるような冷たい青い瞳が隼人を射抜く。

少しばかり…躊躇したが…。

「どうも思いません。元々…先輩の側近であった女中佐が研修にやってくる…。

そう聞いただけで私は直感しましたからね。『先輩。また女を泣かしたのか』と。」

隼人がシラッと冷静に答えると、その答えにジョイが『プ…』と吹き出した。

「遠野大佐って…男前だったけど。やっぱりフランスでもそうだったんだ!!」

ジョイが初めて隼人の前で無邪気にケラケラと笑いだした。

(やっぱり…24歳の男の子だな)

隼人はどんなに少佐として冷静に働いていてもジョイはやっぱり憎めない男の子だとホッとした。

「なにも、死んでその後も私に泣かした女を送りつけなくても。そう思いましたよ。

先輩の女性関係のイザコザには本当に良く振り回されました。」

「あははは!!で?お嬢が最後の後始末でそれは大変手こずったとか!?」

その例えに隼人まで可笑しくなってきた。

ジョイは口は生意気だし、ハッキリしているが…。正直で素直だと思った。

同じ様な天の邪鬼な部分はあるが、隼人なんかよりずっと素直な男の子だと…。

「どうやら…最後に先輩が残していった尻拭いが一番、

手間がかかって。付き合いが長くなりそうですよ。」

「お嬢を尻拭い!?あははは!!そんな言葉聞いたらお嬢が怒るよ〜〜!!」

ジョイは隼人の横でお腹をよじって大うけだった。

しかし…ジョイは急にしんみりとした顔になって呟いた。

「意地悪兄さんって言われるわけだ。でも『付き合いが長くなる』って心積もりはあるんだ。」

あまのじゃくな隼人だが…。葉月とのことで『関係を心配している弟分』には

そこはハッキリ伝えておきたかった。仕事中には言えないから、これをキッカケに言ってみたのだ。

「そうでなければ…。15年も過ごしたフランスを捨てていません。

今回は彼女に賭けました。『上官』として…まぁ、『女』としては二の次です。」

『へぇ!大人!!』とジョイが大きな青い瞳を輝かせるので

隼人はその無邪気さが真一にそっくりで思わず照れて黒髪をかいた。

「それならさ。山本少佐のこと…気になるでしょう??側近としても男としても。」

ジョイはニヤリと囁いてそんな隼人が『大人』としてどう反応するか楽しみなのか

隼人の次なる答えに詰め寄ってきた。

「ええ。まぁ。」

淡白な一言にジョイはガックリ。

「素っ気ないなぁ。気を付けないと!お嬢はあんなでも結構『将軍の娘』として

『出世の近道』とか『逆玉の輿』とかで狙われることあるからな。お嬢はそこは嫌っているけど。

後は…。お嬢が一人の男に落ち着かないところでバカな男が勘違いする。

今回の山本少佐はその類だね。独り身で寂しがっているだろうからひっかけてやろうかって。

バカだな。お嬢のこと何も知らない男がやる一番オバカなパターンだね。」

ジョイがしらけた顔で、ズバズバ言うので今度は隼人が笑っていた。

「それ聞いたら…。お嬢さん。気にするよ。」と…。

「だろうね。お嬢自身も解っていると思うけど。そう見られても仕方がないって…。

でもショウがないだろう?誰も…お嬢の本当の気持ち受け止めてくれないし…

お嬢もね。ちっとも心を開かないと言うか…。俺としてはお嬢を責める気にはなれなくて…」

いつも無邪気で生意気で…颯爽としているアメリカ青年が初めて遠い目をした。

葉月の幼なじみ…。

葉月が小さい頃からの哀しみもすべてこの弟分は見守ってきた。

隼人には解らないその長い歴史をジョイから感じることが出来る眼差しだった。

「あ。そうそう。山中の兄さんから聞いたよ。お嬢の肩の傷。

その原因については大尉も知っているって…。正直ビックリ…。

お嬢から打ち明けたなんて…。絶対にそんなことはないと思っていたから。

その内…また俺が、お嬢の代わりに説明しなきゃいけないのかと思っていたから…」

ジョイのやるせなさそうなため息。しかし彼はやっと隼人に輝く笑顔を見せてくれた。

「俺。大尉が来たときは疑っていたけど。お嬢のことよろしく。」

隼人を冷たくあしらっていたことすら、正直に述べるそんなジョイが

照れくさそうに隼人に手をさしのべてきた。

隼人だって…。葉月の弟分にやっと認められたようでそれは感激の一瞬だった。

「こちらこそ…。その。お嬢さんの事で戸惑うことが多くて…」

隼人がそっと手を握ると。ジョイはこの上ない笑顔をやっと見せてくれる。

「だろうね。でも…根気よく見守ってくれる?俺じゃ。駄目なこといっぱいあるから…」

「少佐は?お嬢さんのことは??」

『こんなに長く側にいて恋心は芽生えなかったのだろうか?』と隼人は思った。

そこまで突っ込まなくてもジョイは短い一言で察してくれたようだ。

「ああ。よく言われるんだよね。『女として感じないのか?』って。

感じないよ。近すぎて…。それにお嬢は…気難しいから。お姉ちゃんなら良いんだけど。

小さい頃からなんでも一緒。お嬢が事件がキッカケとは言え…

アメリカに引き取られてきたときは嬉しかったな。

でも。もう…俺が知っているお嬢じゃなくなっていたんだ。オヤジに『元気づけてやれ』って言われて…。

妹と一緒によく御園の家に遊びに行ったりしたけど最初はなかなか部屋から出てこようとしなかった。

腕も…上がらないし…外ではもう走りたくないって…。妹とガッカリして帰ろうとすると…

二階の窓辺でお嬢が弾けもしないヴァイオリン…ギコギコ弾いているんだ。何かに取り憑かれた様な顔で…。

ちびの頃。日本に遊びに行ったときはお嬢が素晴らしい演奏をして。俺も良く覚えてる。

そのお嬢が…あんな音しか出せなくなったのかと…その時のショックは今でも忘れないな。

皐月姉ちゃんも勇ましくて優しい姉ちゃんで…。

姉ちゃんがフロリダの学校に通っていたときは俺のこともすごく可愛がってくれたんだ。

その姉ちゃんがあんな風に無惨に死んだことは俺も今になっても許せなくて…。」

いつも生意気で元気な彼が今にも泣きそうにそう語ってくれたことに、隼人はショックを受けた。

葉月の口からは絶対に語られないだろう…漆黒の葉月の過去。

隼人が唖然としているウチに…そんなジョイが本当に涙を流していたからよけいに驚いた。

「あれ?おかしいな。俺…こんな事話したりして…おかしいなぁ…」

ジョイは笑いながらも止めどもなく出てくる涙を一生懸命カフスで拭っていた。

その時隼人は思った。

この男の子が姉貴分の男には非常に警戒心を働かせていままで見守ってきたことを。

隼人という…葉月自ら過去を語ってくれた男が現れて…

ジョイとしては『味方が一人増えた』という気持ちから…肩の荷が軽くなったのかも知れないと。

隼人も思わず…そんなジョイの肩をさすっていた。

「彼女には。もう…その事に囚われて欲しくないから。一緒に頑張りましょう?」と…。

するとジョイは、「クスン…」と小さく鼻をすすって、コクリと頷いてくれた。

そして…

「まずは!山本少佐からだな!ウチの中隊バカにしてること見返してやる!!」

ジョイが闘志も新に握り拳を握った。

すぐに立ち直って、前向きなそんな彼に隼人もニッコリ微笑んでいた。

葉月の…青い瞳の弟分。

この男の子も、葉月と供に『御園の悲劇』と寄り添ってきた一人…。

隼人は少しばかり…哀しい重い気持ちになったが…。

はつらつとした金髪の男の子の作戦を聞きながら、少しずつ気持ちが明るくなることは出来た。

「まずは。私から持っていきましょう」

隼人が真っ先にそう言いだしたのでジョイはビックリ隼人を見上げた。

「大丈夫?こんな事言ってはなんだけど…。大尉はまだ島に来たばかりだし。」

ジョイが持っていけば、山本少佐は何も言わなくなるかも知れないが、

それではこれからもずっとジョイが担当して行かなくてはならない。

隼人の考えは、誰が持っていっても山本を押さえるようでなくては『成功』とは言えない。

しかも…葉月の言葉が脳裏に焼き付いていた。

『要は引っかき回してくれたらいいの。隊長である私を引きずり出すぐらいにね…』

最後の仕上げは葉月が何かやろうとしている気がしてならない。

それなら…今は山本を押さえつけるのではなく…彼の本音をくすぐり出せばいいのだろう…。

それにはまず…いつも葉月の側に控えることになった新米側近の方が

山本も興味津々だろうから隼人が行った方が葉月の狙いに当たりやすい…。

隼人はそう思っての立候補なのだ。

隼人の狙いを聞いてジョイは勿論…。

「なるほどね!!じゃぁ、今日は様子見。早速、二中隊に行ってみる?」

と、全面賛成をして後押しをしてくれた。

「何かあったら、俺に言ってよ?大尉。やり返してやるからね!!」

そんなところは、葉月と一緒で堂々としているジョイに早速、書類を持たされた。

二人一緒に大佐室を出ると…山中の兄さんが席を立って二人に近づいてきた。

「なんだよ。お嬢から聞いたぜ?」と…。陸官である彼は蚊帳の外でつまらなそうだった。

「だってさ!今まで俺や兄さんだってあのくだらない内線我慢していただろう?

お嬢に言っても取り入ってくれないし!やっとお嬢が腰・上げたんだからさぁ!ここでたたんでおかないと!」

ジョイに張り切りように隼人も山中も苦笑い…。しかし…

「大尉が先発隊か?気を付けろよ。」

山中がニッコリ…送りだそうとしてくれた。

「まぁ。とりあえずって事で…行ってきます。」

隼人はジョイと山中に見送られて…噂高い先輩中隊の第二中隊棟に向かう。

新人の木田君が心配そうにデスクから見ていた表情が一瞬隼人に不安にを投げかけたが…。

(俺は…御園中佐の側近…。これぐらいはやらないとフランスから出てきた意味ないからな!!)

もう一度気合いを入れ直した。

長い廊下を歩きながら…もう一度書類をチェックする。

今回。山本の元へ行く用件は…

来週、葉月のチームの訓練でメンテナンスチームを貸してもらう約束を取り付けるその調整だった。

(貸してくれるのかな??)

隼人は新人の彼がどんな苦労をしてきたのだろうと、思いやりながら…

何処まで歩いても…廊下廊下…の遠い二中隊棟を連絡通路を通りながら目指した。