=マルセイユの休暇=
12.彼女の一歩
とうとう……葉月が『謎の男』について話そうとしている!
「いや……いい。その話は……」
何故? 聞きたいことだと思っていたのに!
隼人はそう言って葉月の話そうとする言葉を止めようとしていた!
すると……今度は葉月が驚いて隼人を見上げた。
「やっぱり……気が付いていたの?」
葉月の瞳が途端に潤んだのだ。
隼人はその瞳から……思わず視線を逸らしてしまった。
「……いろいろあったじゃないか……」
「そうだけど……」
「俺のために……無理に話そうとしなくていいよ。
俺も……今は聞く勇気がない……どうしても知りたいと思ったら追求する」
「どうして? どうしてそうやって……我慢できるの?
隼人さんは……やっぱり『ずれている』!!」
葉月がそう言って、思いっきり隼人の胸に飛び込んできたので隼人は益々驚いた。
「……」
「でも……これだけは言わせて!」
隼人が着ているシャツを掴みあげて……葉月が真剣な瞳を向けたので
隼人もなにも言葉が出なくて硬直した。
「……初めてなの……」
「──? え? 何が??」
「初めてだったの……その人から離れて『違う男の人』にすべてを任せてみようと思ったの
隼人さんが初めてなの! それで……
その人から離れようと思ったとき……初めて『怖い』と思ったの……」
(それほどの……『男』!?)
隼人はそう思っておののいた!
「そいつの事……『愛している』のかよ……」
でも……葉月が涙をこぼしながら首を振ったのですこし安堵した。
「愛しているなんて考えた事ないの」
どう言う事か?と隼人は眉をひそめた。
「好き……それしか言えない……そうしか考えた事ないの……
だって……どの男の人とお付き合いしても……その人がいたから……
皆、同じにしか見えなかったの……」
「海野中佐も?」
「達也は……違う。だって……友達だもの……。
だから、上手く付き合えたんだと思うの……。
だから……隼人さんが初めてだったの……
その人と離れてみようと思った時……怖いと思って……
私には『必要な人』だって初めて気が付いたの!
どんな事があってもいつもその人が最後に助けに来てくれたから……
だから……どんな男の人と付き合っても……最後にはその人がいるから
やっと解ったの……私……人を愛せないのはそのせいかもしれないって……
隼人さんを好きになってやっと気が付いたの……!」
「…………」
何とも言えなかった。
非常に『複雑な気持ち』だったからだ。
葉月がやっと……心に宿している男の存在を明らかにしてくれた。
でも……それに気が付いたのも隼人を好きなったからだと言う。
葉月の話は『筋』が通っていた。
それで……隼人はやっと理解した。
『あの子は子供なのよ』
葉月が唇を震わせてその男の事を話す。
『愛している』なんて考えた事がない。
ただ『好き……必要な人』
そんな話をする彼女には、本当にまだ……『愛している』なんて
ほど遠い大人の言葉だと感じることが隼人に伝わってきたから。
隼人はため息をついて、葉月を胸から引き剥がした。
葉月が肩の痛みを堪えながら……残念そうに……
そして不安そうに隼人から離れる。
「どうするんだよ……」
「……別れるって事?」
そんな所はいつもの『無感情令嬢』の冷静な声で驚いた。
それでまた……隼人は悟った。
こうして自分が傷つく前に葉月は『大人の仮面』を被って、平静を保つのだと……。
「違うだろ? ここまで俺に勇気を出して話して置いて……
これで終わったら……お前をその男に返すことになるじゃないか??
そんなつもりないぜ? 俺はこれからお前は、どう変化したいのか? と聞いているんだよ!
それとも? やっぱりその男がいいというなら、俺、引き留められないぜ?」
「だから! 言っているじゃないの!!」
やっとそれらしく葉月がムキになって怒ったので隼人は思わず微笑んでしまった。
すぐに怒るのも……もしかすると『子供っぽい証拠』なのかもしれない? と……。
「せっかく好きになったから……」
「『好き』? 愛しているじゃないの?」
隼人はシラっと葉月を見下ろすと、彼女が頬を染めて固まった。
「あ、あ、愛しているから……だから……」
隼人はやっぱり微笑んでいた。
登貴子が言ったとおり……
『子供と認めてしまえば、簡単に見えるわよ』
本当だ……と思ったのだ。
「その男と……戦うわけ? 葉月は……」
さらにシラっと足を組んで……膝に肘を立てて頬杖、葉月を見下ろすと……
葉月は一時躊躇ったが……
「そうしないと……いけないと思うから。話したのに……」
やはりその男と離れる事にまだ未練があるのか不安そうに呟いた。
「じゃ。俺も戦うべきだろうね? その男と」
「え?」
余裕に真顔で呟いた隼人を葉月が意外そうに見上げた。
「そうじゃないと……これ以上は一緒にいられないって事では?
それでいいわけ? お嬢さん?」
さらにしらけた視線を葉月に流した。
すると……
「本当に……隼人さんたら……『大好き』……!!」
葉月がまた隼人の胸に突っ込んで来たのだ。
隼人も……もう、笑っていた。
笑ったまま……葉月を抱き留めていた。
やっと……ウサギが隼人の胸に自ら飛び込んできた気持ちだったのだ。
やっと素の彼女を実感できたような気がしたから!
『解ったよ……怖いんだな……一人になるのが……それだけの事じゃないか?』
葉月の第一歩。
それを見届けた気になった。
でも……その男との『対決』は避けられない事とでもある事を覚悟した。
そして……葉月も新たな自分との戦いに挑み始める。
だから……隼人も立ち向かう。
「葉月……これからもずっと一緒にいような……」
もう一度葉月に口付けると……やっと輝く笑顔を葉月がこぼした。
「今……裸になれたらいいのに……」
葉月からそう言ったので隼人はビックリ!
でも……
「うーん。。小笠原に帰って本当に二人きりになってからね……ここじゃ、落ち着かない……」
隼人は残念に思った。
葉月の身体も体調も今は万全でもないし……
男として反省したばかりだから……。
とにかく帰って身の回りを整えてからだった。
「うるさいパパとママもいるしね」
葉月がクスクス笑ったので隼人も葉月をさらに抱きしめて一緒に笑い出す。
「そうだわ! 隼人さん、カボティーヌ買いに行こう♪」
葉月が元気良く立ち上がった。
「ああ……そうだね。ここに再び座って『話し合った』再記念だ。
それに……葉月の香りがないとやっぱり物足りないな……」
隼人がそっと微笑むと葉月はさらに元気良く笑って出かける準備を始めたのだ。
車は真っ赤なアウディ。
ジャンに借りた物だった。
「きっとパパとママもそこら辺、シンちゃんを連れ回しているわよ」
「よし! こうなったら、こっちからとっつかまえて連れ回してやろうぜ!」
「賛成! 今夜は海辺のレストラン!」
葉月も助手席に乗って、元気良く張り切りだした。
「明日のモーニングはラ・シャンタルだ! お母さんがハーブティを楽しみにしていたし」
「そうだわ……横浜のお父様にお土産買わなくちゃ。ワインがいいわよね!」
「いいよ! 親父になんて……もったいない。嫌なこと思いださせるな!」
「だって〜……」
石畳の街中を一年前の様に赤い車で二人で出かける。
さらにもっと……違う姿で二人は一緒にいる。
街角で信号待ち。隼人は車を停めた。
葉月を確かめるように微笑むと葉月も素直に微笑んでくれる。
そしてそっと……ギアを握る隼人の手の上に葉月から手を載せて触れてくる。
「早く小笠原に帰りたいよ」
葉月にそっと運転席から口付ける。
人混みの中……葉月が少し躊躇いがちに身体を退いたけど
隼人はそのまま信号が変わるまで唇は離さなかった。
「ここはフランス。街角でこうしたって誰も気にしないよ」
「こんなに優しいならフランスで暮らしてみたくなるわね」
今度は葉月から遠慮なく唇を重ねてくる。
『でも、小笠原が一番落ち着くよね』
二人で揃って笑い合う。
赤いアウディは二人を乗せ……信号が変わって進み出す。
新しく発進! エンジンが笑い出すよう……
=マルセイユの休暇= 完
+++最後に+++
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