31.空軍危機
「お疲れ様」
その女性の声に、少しばかり気を緩めていた男達が皆、振り返った。
「嬢ちゃん!!」
まず、金髪の男デイブが声を上げた。
そう……そこは、パイロットとメンテナンサーが控えている
甲板目の前の『詰め所』
そこに山中を付き添った葉月がひょっこり顔を出したのだ。
「様子見てきても良いって……アルマン大佐が許してくれたの。
どう? 一日何回かスクランブル出て疲れたでしょ??」
「食堂からコーヒー貰ってきましたよ」
葉月の横で山中が大きなポットを掲げると、空の男達は歓喜の笑顔を皆滲ませた。
葉月はいつものメンバーと少しばかり話して……
そっと違うところに視線を向けた。
デイブ達が固まっていたテーブルとは別にフランス航空部隊の男達が……
「康夫達もどう?」
そう声をかけると、黒髪のその男もニッコリ……チームメイトを引き連れて
小笠原の輪の中に入ってきた。
山中を従えて葉月は持ってきた紙コップにコーヒーを注いで
一人、一人に手渡した。
その中には、あのジャンも……
「お久しぶり……近くに来られたのに挨拶する間もなくて……」
葉月がそう微笑んでジャルジェ少佐にコーヒーを手渡すと……
「いえいえ……『アイツ』と上手くいっていると聞いて安心していたのですよ」
「いろいろと……彼が来るまでお世話かけたようで……
なのに……せっかく……彼のためと思って呼び寄せたのに……」
葉月がそう……今の状態に隼人を追い込んだ負い目を感じてうつむくと……
ジャンがそっと微笑んで葉月の肩を叩いてくれた……。
「これも奴の試練って所……今までのんびり教官やってきた奴だらかさ
一気に試練が降りかかったんだよ……ザマーミロだ
お嬢さんが気にする所じゃないよ……アイツも解っているさ」
口悪いところに葉月は『男友達だなぁ』とおののいてしまったのだが……
そう言いながらもジャンの曲げた口元……少しばかり強がっているのが解った。
「お嬢……ちょっと……」
久々に言葉を交わせたメンテキャプテンの『源中佐』に葉月は引っぱり出された。
「中佐……お疲れ様」
「うん……俺達は大丈夫だよ……それより澤村君どう??
着任が決まってからずっと気にはしていたんだ。
せっかく……空軍管理態勢を変えてまで彼を育てようと
キャプテン同士で考えていたのに……こんな事になるなんて許せなくてね!」
源は目元に少しばかり怒りを滲ませていた。
「知っているかい? ロベルトはかなり取り乱していたよ」
「え!? ロニーが??」
作戦会議が持ち上がってから葉月は訓練はおろか、通常業務も手放し状態だった。
出発までもバタバタしていて他の隊員と顔を合わすことは無かったから……
その外の反応を改めて聞いて葉月は驚いたのだ。
あの……大人しいロベルトが『取り乱した』にかなり驚いた。
「ああ……せっかく澤村君といろいろと計画を立てていたのに台無しだって……
勿論……澤村君の帰還を信じていたよ?
でも……俺達、機械屋からすると、異例の引き抜きとはいえ……
メンテの人間が前線に駆り出されるなんて絶対におかしいって……
俺の所にすっ飛んできて、俺にまくし立てたからねぇ……
第一中隊のメンテキャプテンとして抗議するべきだって……
まるで俺をメンテの労働組合長みたいな感じにしてね……煽るんだよ。
俺だってそう思うけど……本部の取り決めには逆らえないしね」
「そうでしたか……」
葉月はロベルトの『真の友情』を感じてため息をついた……。
そう……隼人はこれから小笠原で悠々とメンテ員として羽ばたくところだったのだ。
それが……こんな事になるなんて……。
そう噛みしめていると源の横にジャンがにっこり寄り添って立っていた。
「お嬢……彼がロベルトが言っていた澤村君の同期生だってね……
朝から忙しくて話す間がなかったけど……
夕方からスクランブルが起きないから……結構、話に花が咲いたよ」
「ハリス少佐の話もたくさん聞いたよ。お嬢さん……」
メンテキャプテンが二人……ニッコリ葉月に微笑んだ。
「澤村君が帰ってきたら早急に四中隊メンテチームを作ろうって
話で盛り上がったんだ……
今まではロベルトに任せっきりだったけど……帰ったら俺もジャルジェ君と
協力してもいいなって思ったよ♪」
「お嬢さん……俺もね……。小笠原に研修にいくのが今の目標……
源中佐のチームに研修付けて貰いたいなって……
今日は源チームを眺めて良い勉強させて貰ったし……
ハリス少佐ともいろいろ仕事してみたいなと……」
「そう……」
思わぬ所で『交流』が生まれたようで葉月も笑顔をこぼした。
「とにかく……澤村君の帰還を待つよ。お嬢もしっかりね……辛いだろうけど」
源が葉月をいたわるように肩を叩いた。
「そう……隼人が帰還したら……何が何でも先に行かそう」
ジャンもそう言ってコーヒーを力強く飲み干したのだ。
『隼人さん……皆があなたを待っているわ……頑張って……』
葉月は隼人の同業者仲間の言葉の数々を……
彼の代わりに胸に刻み噛みしめて心で祈った。
「やっぱ。食堂のコーヒーは不味いぜ。もっとマシなのもってこいよ」
葉月の横でいつもの『茶々』をいれる男が立っていた。
「うるさいわね! 持ってきただけでもありがたいと思ってよね!!」
葉月の横には黒髪の『ライバル』 藤波康夫だった。
やっとゆっくり顔を合わせたところだった。
「まったく。しおらしく落ち込んでいるかと思ったら
おまえは相変わらずじゃじゃ馬だな」
「じゃじゃ馬とは何よ……今回は大人しく空も飛べずに我慢しているのに!」
「丁度いいのじゃないか〜? お前が空飛んだら
真っ先に岬基地に突っ込んで対空ミサイルの餌食になっているぜ。
後先考えずに突っ込むからなぁーー」
慎重派の康夫にそう言われて葉月は益々膨れた。
「まったく! 康夫のバカ!」
やっとゆっくりと言葉が交わせたのにこの相変わらずな親友の態度。
葉月が『同期生』らしく突っかかると、
冷たい顔の女中佐のムキのなりように周りにいた隊員達が皆、笑い出した。
そんな少しばかり穏やかな触れ合いをしていた……。
が……。
時は24時を過ぎてそろそろ25時を廻ろうかとしていた頃……。
『ミゾノ中佐! 戻ってきて下さい!!』
『スクランブル指令! 両チームスタンバイ! フジナミが先に発進準備を!!』
パイロット達に出動を告げる詰め所のスピーカーから
管制員達の慌ただしい『指令』が部屋の中に響いた。
皆、一斉に動き出す!!
「やっと来たか!! 待ちくたびれたぜ!!」
「何言ってるのよ!! スクランブルがない方がマシでしょ!!」
康夫は紙コップを放り出して対Gスーツの装着へ……
葉月は反対側に背を向けて管制室へ山中と慌てて戻ろうと通路に出ようとしたが……
ふと、何かを感じて振り返る……
同期生の康夫は、一番に外に出ようと誰よりも早くスーツを身にまとって
ヘルメットを手にしていた。
「待って! 康夫!!」
「うるさいな! お前も早く戻れ!! 俺達が出た後はコリンズチームだ!」
康夫はそう言って、葉月の引き留めに振り向こうとしなかった。
「パパになるんだから気を付けてよ!!」
振り向かなかった彼はそのまま背を向けて……甲板へ飛び出していった。
そして肩越しに『グッドサイン』
葉月はそれだけ確かめて気が済んだ。
「いこう! お嬢!!」
「解っているわ……お兄さん!」
焦る山中にせかされるようにして葉月も管制室へ急いだ。
「ミゾノ中佐! 早く!!」
管制室に戻ると、葉月は異様な空気を感じ取った。
アルマン大佐の元に駆け寄ってレーダーを山中と一緒に確認する。
「お嬢!? これは……」
山中の驚きをよそに葉月はすぐさま事の重大さに気が付いて
ヘッドホンを頭に取り付けた。
「嬢……正念場だぞ!」
葉月の後ろに細川が付き添う……葉月はそっと頷いた。
「キャプテン! まず、岬に行ってもらうわよ!」
『どうした!? このニース上空へのプレッシャーじゃないのか!?』
デイブもそのつもりでフジナミチームの後に備えていたようだったが……
葉月は心を決めて静かに呟く……。
「予感が当たったわ……岬上空に……15機迫っているのよ……
こちらの機数に合わせてニース上空侵入を許さないための攻撃ね」
『そうか……! 解った!!』
「いい? 中佐……先ずは……」
葉月がすぐさま頭に浮かんだ『作戦』を述べようとしたところ……
『解っているぜ! 十機ほどニース東側に俺達が引っ張り込む!!』
デイブにもすぐに頭にそう浮かんだようで葉月はホッとした……。
だが……口で言うのと頭で浮かべるのは簡単だが……
実戦でそう上手く行くかが問題なのである……。
「大佐。岬で激しい攻防戦が続くと本当に両国の摩擦に拍車がかかりますわ……」
葉月がそれこそ、岬基地犯人の狙い通り……
フランスとリビアの『戦争勃発』になりかねないと囁くと……。
「その通りだね……しかし……毎度、2〜3機の偵察だったのに……
こういきなり多数で来られるとは……向こうもそろそろ決したのかも知れない!」
「でも!」
「だからと言ってこちら側も易々侵入は許せないんだ! 解るね!? 中佐!!」
アルマン大佐は既に『戦闘』を決していたようだった。
葉月の心に『ヒヤリ』としたものが流れ込んでくるようだった。
『フジナミチーム全機、岬上空到着!』
『フジナミ機、各機、接戦開始しました!』
管制員の報告にアルマン大佐は葉月との会話を切り上げて、レーダーに食らいつく。
『コリンズチーム、岬上空到着!』
「了解!」
葉月もアルマン大佐の横に立ち、レーダーを確認。
点が沢山入り乱れている。
「射撃許可を出す! フジナミ、体よく撃って追い払え!!」
今まで一度もその命令をアルマン大佐は出さなかったので葉月は驚いた!
しかし……葉月の後ろで静かに控えている細川も何も口を出さない。
「……」
アルマン大佐がフランスチームにそう命令したのだ……。
同じ上空で飛んでいる小笠原チームも同じ状況……。
だが……葉月は躊躇った。
ミサイルなどの射撃戦を始めると言う事は相手を刺激すると言うことだ。
「嬢……思いっきりいけ! 躊躇っていると仲間が危うくなるぞ!」
細川がそう強く言い放つ。
「了解!……小笠原チーム、射撃許可! 相手を追い払う程度に!」
『ラジャー!!』
全員の声が揃って返ってきた。
『フジナミチーム、射撃接戦中!』
『フジナミチーム、3機!! 危険区域接近中!!』
「ヨハン! ミハエル!! 近づきすぎだ! 後退しろ!!」
アルマン大佐がいつになく激しく叫ぶ。
葉月はその声につられないよう、デイブ達の動きに集中をする。
「マイキー! 後ろにいないで、リュウの後ろでサポートして!」
後輩のマイキーが初めての実戦とあって後方で怖じけずいているのが解った。
『りょ……了解!』
「マイキー無理しなくて良いのよ?
いけるところまでで良いから……先輩の援護に回って……!」
『わ……解ったよ。お嬢!!』
何十機も乱れる点の中に若い後輩が飛び込んでいくのを
葉月は固唾を飲みながら見守る。
『フジナミが3機に囲まれました!』
「落ち着け! 相手国からこちら側を撃ち落とせばどうなるか……解っているはずだ!」
(そうよ! 向こうから撃ち落としてきたら……喧嘩を売ったのは向こうになるのよ!!)
だから……康夫は大丈夫……。
葉月はそう思った。
問題は……岬危険区域に引っ張り込まれて岬管制基地から対空ミサイルで狙われることだ。
対岸リビアが自分たちは撃ち落とされず、フランスが撃ち落とされるかどうかを
それを確かめるために康夫を危険区域に引っ張り込もうとしているのが解る。
リビア側としては、岬基地占領の事実と……犯人が……
どちらの国の味方なのかそれをここに来ていよいよ確かかめる大きな作戦に出たのだ。
『くそ! リビア機は岬上空を易々通過しているぞ!!』
冷静な管制員が珍しく憤った声でそう叫ぶ。
『フジナミ、ヨハン機、海上と岬上空の対機4機に囲まれました!』
「くそ!!」
どうやらフジナミチームは危険区域でかなり苦戦中の様子だった。
「中将……コリンズ、リュウ、スミスを向かわせます」
「良いだろう……」
「それから……」
葉月はその先を言おうとして……暫く躊躇う……。
「どうした?」
細川が訝しそうに……葉月を覗き込んだ。
その顔……細川が先ほど、父親の亮介と談話した際……
その父親が見せた同じ輝く瞳を娘が煌めかせていたのだ。
「数機……ニース上空に戻らせます。ニース上空からアタックをかけて
岬側にいる数機をニース上空に来させるようにしたいのですが」
「……危険な賭だ。岬側が手薄くなるぞ?」
「マイキーなどの……初戦の後輩を向かわせます。
ニース上空から行けるところまで対岸国に侵入します。
そうすれば、岬の少数機を多数機で攻めているいる場合でも無くなるのでは?」
「…………」
細川が初めて躊躇っていた。
『危険だが……半分は可能性ある』
彼がそう思っているのが葉月に解った。
「中将が躊躇うのなら……私の判断とさせていただきます」
葉月がニヤリと微笑むと細川は呆れたため息をこぼしたが……
「良いだろう……意表を突くにはいけるかもしれぬ。行け!」
「有り難うございます! キャプテン、リュウ、スミス!岬の応援に行って!」
『Hey! 嬢ちゃん、待っていたぜ♪』
こちらは、勇敢そのもので葉月は少しばかり苦笑い。そして……
「マイキー! マーフィー!ジョーンズ!」
葉月は、デイブ達のように接戦の中心に慣れていない後輩達を呼んだ。
『ええ!?』
そう……彼等は叫んだが……
「平井さん! フランシス大尉、マイケル!
マイキー達のアタックで東側に流れ込んでくる機体が現れたら
向こう側境界線に押し込んで追い返してちょうだい!!」
『ラジャー!』
先輩達が躊躇わずに返事をしたのでマイキー達も迷う暇なく東側にそれてきた。
『お嬢……本当にこれでいいのか??』
マイキーの不安そうな声……。
激戦区戦線離脱のようにニース上空に戻ってきた。
「さぁ……マイキー……いけるところまでアフリカ大陸へ突き進むのよ!」
『わ……解った……もし、敵機が現れたら?』
「何言ってるのよ! 訓練通り、正面対決マイキーはロックの素早さは
誰よりも早いはずよ! それに……平井さん達がサポートに西側に控えているから
それに……私は……ここでマイキーを見守っている……声は側にいるわよ?」
『……お嬢……解った! 行ってくる!!』
ニースに戻ってきたマイキー達3機がグングンと対岸国側に
今まで以上に侵入を始めた。
「……」
「……」
葉月と細川は……叫ぶアルマン大佐の横でジッとレーダーの変化を待つ。
『!! 数機が東側にそれ始めたぞ!』
管制員が一人そう呟いた。
「良し! 嬢……フランシス達にマイキー達の後退する為のサポート、ぬからせるな!」
「はい! 中将!!」
「フジナミ、ヨハン! 数機が東にそれ始めた持ちこたえろ!!」
「キャプテン! もっと東側に逸れるように数機こっちに引き寄せて!」
『ニース上空に5機逸れました! ストーン機(マイキー)を追っています!』
「いいわよ〜……マイキー……狙い通りに行っているわよ!」
『お嬢、どこまで行ったら良いんだよ!!』
突き進んでも突き進んでも後退命令が出ない、マイキーはすでにリビア国に
かなり侵入をしていた。
『嬢! 逸れた数機、すごい早さで東に向かっている! 今、肉眼で捉えた!』
フランシスとマイケルからそんな返事が帰ってきた。
「いいわ……マイキー、マーフィー、ジョーンズ……空母艦に向かって戻ってきて!」
『了解!』
リビア国に侵入した3機がフランス側に後退を始める。
西から流れてきた対岸国5機が3機に追いつこうとしている。
その後を、フランシス達が追っていた。
「岬が手薄になったぞ! 有り難う……中佐!」
アルマン大佐が少しはやりやすくなったとばかりに一瞬微笑んでくれたが
まだ、康夫達は危険区域で囲まれているようだった。
『お嬢! こっちもレーダーに捉えた!』
マイキーが追いかけてきた5機に追いつかれようとしていた。
だが……もうフランス国に戻ってくる目の前だった。
「一気に駆け抜けるのよ。戻ってくるのよマイキー!!」
その様子を見て、葉月の背にいた細川が動き始めた。
「まさかとは思うが……対空の準備をしろ!」
『ラジャー! 将軍!!』
空母艦に戻ってくるマイキー達にひっついて対岸国機が空母艦に近づく可能性が出たのだ。
管制員が乗員達に指令を出す。
『母艦、対空守備準備!』
空母艦内に慌ただしくブザーが鳴り響き始める。
母艦の砲撃準備が始められて、嫌に騒々しい音が空母艦内を響き渡る。
『ヨハン機は包囲網突破! フジナミがまだ囲まれています!!』
『コリンズチームが3機……東に引き離しました!』
一進後退の攻防戦が暗闇の中、繰り広げられていた。
『康夫!! 頑張って!!』
葉月は取り囲まれている康夫の点を冷や汗を感じながら見守る。
「あははは!! 見ろよ! 何も知らない両国が空で大接戦だ!」
機関銃を構えた男が高らかに笑う……。
「フランス側がちょっとばかし……不利のようだなぁ……」
数人の男達が、暗闇の窓、すぐ目の前で飛び交う光の点が舞い飛ぶのを
煙草を吸いながらデスクの上に座りほくそ笑み、悠然と眺めていた。
「ボス……そろそろやっちゃえよ」
品の悪い微笑みを浮かべる男達の前に黒髪の男が一人。
静かに、光の舞をジッと大きな展望窓から眺めていた。
「…………だな。 こちらの領域に充分入ってきているな」
「撃ち落としますか? どれを……」
男の横、通信機器の前に座り込んでいる眼鏡をかけた男が静かに呟く。
「そうだな……コレかな?」
「!! 良いのですか??」
「俺は混乱を招くのが好きだ」
「……ラジャー……」
眼鏡の外人男性が静かに作業に入る。
「ロックかけますよ」
「ああ。やれ!!」
黒髪の男が冷酷に微笑むと……眼鏡の男は躊躇わずに……
『ドーン!!!』
「ヒュゥ♪ 最高の花火だぜ!!」
黒髪の男の後ろにいた男達が、部屋の中その光で照らされて大はしゃぎだった。
「ボス、これで両国……完全に向き合いますね、さすがです……」
眼鏡の男は表情一つ変えずに、呟くと……
「まだ、これからだ……混乱させるのは……」
黒髪の男は黒い戦闘服の上に黒い長いコート……。
そしてその裾を翻しながら……
「管制長……来てもらおうか??」
ガムテープで手足を束縛し、口元も塞いでいる数十名の男達を集めている前に立ちはだかった。
彼等は皆憔悴しきっていたが……呼ばれた金髪の男はまだ目が死んでいなかった。
「来いと言っているだろ!! ボスの命令だ!!」
金髪の男はガタイの良い血気早そうな男に襟首を持ち上げられて立ち上がらされた。
『うう! うううう!!』
抵抗する『管制長』を眼鏡の男が座る席まで連れて行く。
「さぁ……管制長、久振りにお仲間と話させてやる」
ガムテープで口を塞がれている管制長は襟首をもたれた男に
こめかみに銃口を突きつけられて眼鏡の男と席を入れ替わらされる。
その横に……冷酷で冷ややかな顔つきの黒髪の男。
「いいか? 抵抗すると仲間がどうなるか……解っているな? 管制長」
黒髪の男が『ニヤリ』と彼の頬の横で微笑み……。
後ろに固められている仲間達に数人の男が機関銃を構え始めた。
「さぁ……今撃ち落とした機の横で粘っているフランス機に話しかけろ」
『ベリ!!』
管制長の口から手荒くガムテープが剥がされ……
彼の目の前にヘッドホンが差し出される……。
その頃……空母艦管制室は騒然としていた!!
「どうゆう事だ!! 今、撃ち落とされたのはリビア機じゃないか!!」
「……!!」
康夫と接戦をしていた内の対岸国一機が岬側の上空をすり抜けようとした際……
岬基地から撃ち落とされてしまったのだ!!
細川も驚いたのか……無言でレーダーに向き合った。
「お嬢……やっぱり……」
大人しく空の仕事を眺めていた山中が呟いた。
呆然としている葉月や、混乱しているアルマン大佐よりかは……
空の仕事をしていない山中だからこそ冷静のようだった。
「やっぱり?」
「岬管制基地は今までは、リビアの味方のようにフランスにプレッシャーをかけていたけど
これで……フランス側にも責任が出てきたって事さ。
フランス国内領域、フランス所有の基地から撃ち落とされたんだ。
向こう側が侵入してきたのも非があるけど……。
管制が取れない空を飛べるのはフランス側の管制の落ち度。
リビアはそれを逆手にとってこっちに訴えることが出来たってことさ」
「でも! こっちだって最初に一機撃ち落とされているのよ!?」
「それでも……もう……リビアに非を売ることはこれで出来なくなったんだよ」
山中のその素早い判断に……
葉月は息を止め……そして今の撃ち落としで混乱していたアルマン大佐も……
細川も……ハッとしたように山中の方に向いたのだ。
山中はビックリして……頬を染めて……
「いえ……私の勝手な戯れ言なので……」
と、高官達の目を避けるようにして葉月の背に隠れようとしたのだが……。
皆、冷静になると『その通りだ!』と青ざめ始めたのだ。
「くそ!! 今までの攻防戦は何だったんだ!!」
アルマン大佐が今まで両国に摩擦が起きないよう細心の注意で
スクランブルをこなしてきたのに……。
岬基地犯人にその努力を一片に『無』にされたことに腹を立て……
頭に着けていたヘッドホンを床に叩き付けたのだ。
「何をしている! まだ、戦いは終わっていないぞ!!」
初めて細川に怒鳴られて……熱くなったアルマン大佐は
ハッと我に返り……すぐさまヘッドホンを拾ったのだ。
「そうだわ! 康夫達をすぐにこっちに戻さないと!
もう……岬基地にいたら余計に危険だわ!!」
「これで当分、リビアも岬には近づかないだろう……一端、着艦させよう!」
『対岸国機も退いていきます!』
「岬基地が自分たちの味方でもないと恐れたのだわ……」
『嬢! どうゆう事だ! 対岸国機が撃ち落とされたみたいだが!?』
デイブからも、混乱の問いがやってきた。
「解らないわ! とにかく対岸国も引き上げているわ!
キャプテン達も細心の注意を払って着艦して!」
『オーライ! 後で詳しく……とにかく戻る!』
その時だった……。
『大佐! 岬基地から交信が!!!』
一人の管制員の声でまた、葉月にアルマン大佐……そして、細川が振り向いた。
その上……
「どうした!? 騒がしいじゃないか!!」
空母艦内の対空守備準備の騒々しさに作戦司令室にいた父・亮介もマイクと供に
空軍管制室に飛び込んできた。
「亮介……リビア機が撃ち落とされた……」
細川の報告に、亮介も驚きの表情を浮かべて止めたのだ。
そして……
『こちら……岬管制基地……』
静かな男の声が管制室に流れた。
「まて! おかしいじゃないか? いまフォスター隊は敷地内に潜入したばかり……
まだシステム破壊の作業にもこぎ着けていないのに……」
亮介が『だから、管制から交信があるのはおかしい』と囁く……。
『こちら管制基地……スクランブル応戦機、応対せよ』
「この声は……管制長のブリュエ中佐では??」
管制員の一人はお馴染みなのかそう呟いた。
どうやら空を飛んでいるフランス機に話しかけているようだった。
「犯人の声明を伝えるのかも知れない……」
細川がそういうと……『一機に応対させてくれ』と亮介がアルマンにそっと指示。
アルマン大佐も……側を飛んでいる康夫に応対さするよう指示を出した。
『こちら……フランスフジナミ……』
康夫が対岸国機が離れて行く中……冷静に呟いた。
その交信を葉月達、指揮官は固唾をのんで耳を傾ける。
『心配かけた……こちらはもう……大丈夫だ』
『…………』
康夫が躊躇っているのが葉月に解る。
『その証明に……こちらに侵入してみると良い……
君達が危険と知って……だから、リビア機を撃ち落とした……』
(ダメよ……康夫! それはそそのかしよ!)
最もらしい、管制長の『復帰宣言』だが……
管制基地の人数だけで犯人が取り押さえられるなら……
最初のフランス特殊部隊から死傷者は出ないし……
フォスター隊が突入しなくても済んだのだから……。
犯人が管制長を脅して……康夫を誘っているのが見え見えだった……。
「もうよい。フジナミに退くように……」
細川も解りきってそう……アルマン大佐に告げた時だった!!
『フジナミ! ウツ! オチル!!』
片言の日本語が飛び出たのだ!!
葉月に素早い勘が働いた!!
「康夫! 機体を捨ててすぐに脱出して!
敵は、管制長の手で味方機を撃ち落とそうと楽しんでいるのよ!!」
彼と康夫が何か親しき何かがあって……それで彼が日本語を喋ったのでは!?
そう……ブリュエ中佐の『暗号』なのだと葉月は勘走ったのだ!!
『くそ!! ロックをかけられた!!』
危険区域に引っ張り込まれていた康夫がそう叫んだのだ!
管制室が騒然とした!!
「フジナミ! 脱出だ!」
「康夫!!」
「藤波!」
「康夫君!!」
指揮官の誰もがレーダーに駆け寄った!!!
しかし……
『…………フジナミ機……消えました』
管制員からそんな静かな声が……。
葉月の目の前から、目で追っていた点が消えた……。
だが、ここからは彼が撃ち落とされた火花すら確認できない。
見えないのだ……。
静かな空が見えるだけ……。
『各機……空母艦接近中』
心なしか……管制員の声が震えていたが……。
それぞれ……無事に帰ってきた機体の受け入れ準備に徹しようとしていた。
葉月の拳に力が込められていた。
輝く瞳が暗闇の空に真っ直ぐに向けられたのだ。