御園家と海野家が日々を共にしている自宅は、『海辺の大佐嬢宅』と呼ばれている。
二軒並んだ白と青を基調にした二階建て。庭で行き来をして、勝手口でお互いの家を訪ねる。
近頃は徐々に、両家で食卓を共にすることが多くなってきた。
家を守るのは海野家の妻、泉美と、達也の母である八重。二人の嫁姑が力を合わせて守ってくれている。
こちら御園家にも嫁はいるのに……と、なるところだが、そうならないのがこの『海辺の大佐嬢宅』。そもそも葉月は嫁ではなく、婿養子になった隼人が嫁みたいなもの。
「なんたって、大佐嬢がこの両家の『主』みたいなもんだもんなー」
さざ波が近いこの自宅。寝室の隣にある書斎で、いろいろな書類をまとめながらもくつろぎのひとときを隼人は過ごしていた。
ひといきついて、妻が淹れてくれてカフェオレを片手に潮騒を聞きながら、もの思い。
『女主様』は、仕事でも『俺達の隊長殿』。この家の男達は、『俺が家を守る!』ではなくて、『俺達の仕事を牽引してくださる女隊長殿』と『俺達の家庭を守ってくださるお嫁様、お母様』の『お手伝い』といったところ。
だからといって、男として情けない! なんて思わない。彼女達がいなければ、俺達のいまの仕事も家庭もあり得ない。からだった。
女性上位の大佐嬢宅とも揶揄されるが、それでも構わない。両家揃って、向かうところが一緒なのだから。基地にいても家庭にいても。両家共に円満だ。
一区切り付いたので、カフェオレを飲みほして隼人は書斎を出た。
子供部屋を一度眺め、小さな子供ふたりがぐっすり眠っているのを見て心を和ませ、寝室へ。
ドアを開けると、バスルームのドアが開いていて、そこから湯浴みの音、そして妻が鼻歌。
ほんわりと花の香がする湯気が漂っている。
ご機嫌は戻っているようでホッとする。
手強い上司と同じことを狙っていた。しかも自分が時間をかけて着実に狙っていたことを、自分より権力がある男に気がつかれ横取りされそうになっている。無感情令嬢と言われてきた妻の、あの珍しい憤り。
食事中は子供達に気付かれないよう母親の顔を忘れずに笑顔を見せていたが、子供達が早々に『ごちそうさま』と三人揃って賑やかにリビングで遊び始めると、大人達だけのテーブルではむすっと無言になった。
泉美がお姉さんの顔で微笑み、葉月にお手製のケーキを紅茶を煎れてあげると、ちょっと表情がやわらいだ。
隼人でもだめ、達也なんて声をかけただけで喧嘩になりそう。そんな時、長年、葉月の部下だった泉美の気遣いは抜群で、そんな意味でも『両家で、ひとつの家庭』というのは、隼人もとても助かっている。
泉美が時々体調を崩しても、そんな時は基地を拠点に働いている男二人と葉月が必死になって家庭を守る、泉美を守る、子供達を守る。そうしてお互いの家庭で手が足りなくて困るところはフォローしあってきた。
泉美の魔法が効いたようで、葉月はもう『大佐嬢』としての縛りを解き、『葉月』になっている。
「隼人さん?」
気配取りは鋭い葉月が気がついた。
「機嫌、直ったのか」
率直に聞いてみる。バスルームの湯浴みの音が静かになる。
返事がない。『それについて』は、自宅でも根ほり葉ほり聞くな――ということらしい。
隼人はため息をついて、自分もバスルームへ。まだ妻が中にいるが、そんなことはいつだってお構いなし。
・・・◇・◇・◇・・・
・・・◇・◇・◇・・・
Update/