だがミセス准将は驚いた顔などしなかった。それこそいつもの冷徹なロボット指揮官の顔。もう、頬も……赤くはない。
「いいえ。間違いなく……。出産子育てをしたいと決意した時、私の女性としての身体への負担は元より、空へ向かうことは私と共に生活する家族にとっても高リスクになると感じたの。だから『コックピットを降りる』と決意したのよ。何度言えばわかってもらえるの」
落ち着いた返答も、冷めた声。
そんな葉月さんを見て、英太は愕然とする。
彼女がこの顔になったら、どうにも崩しがたい難攻不落の城に籠城したに等しい。
もうちょっとで捕まえられそうだったのに、追いかけていた標的がするっと牙城に立てこもってしまった。なかなか出てきてくれない標的が……。
もう何度も、何度も。こうしてこの彼女とすれ違っていた。
彼女は『子供の為に』とそれらしく言っているが、では……『噂の胸の傷』の真相はどうなるのだろう。
それ以上に――『もし、胸の傷が引退原因』であったなら、英太は彼女に謝らなくてはならない。
さらに。『もし、俺と同じなら』。わかっていた。葉月さんが『それ』を誰にも、ましてや統括していかねばならぬ部下達の手前『言えやしない』ことを。誰よりも英太自身がわかっている。
「申し訳、ありませんでした。つまらないことを尋ねまして……」
またもや、あっさりと引き下がった英太を見て、逆に葉月さんが腑に落ちない顔で英太を見つめている。
「もう構わないのね。それならば、私の引退理由についても納得してくれたわね」
素直に頷けなかったが……ついに英太は『はい』と答えてしまっていた。
「そう、それならいいのよ」
問い合わせた本人が納得したから、このやり取りには幕が閉じられた。どこか補佐達のほっとした顔。そしてフレディも、安堵してくれたのか胸をなで下ろしてくれる。
「では、本日はこれまで」
これで決着がついた。これ以上問われても、返事は変わることはない。だから葉月さんは去っていく。いつものように護衛のハワード中尉を伴い、佐々木女史と一緒に艦内へ消えていく――。
英太もがっくりと肩を落とした。
――俺、なにを期待していたんだ。あんなに意気込んで葉月さんに見てもらおうとしたその原動力はいったいなんだったんだ。それ以上に、どうしてこんなにこだわることになってしまったんだ――。今更ながらに自問する英太。
「あのさ。前から聞こうと思っていたんだが」
慰めるかのようにフレディは肩を叩いてくれたのだが、英太とミセスの延々と続くすれ違いが腑に落ちないのか複雑な顔。
「あの人に何を求めているんだ。あの人を空に引き戻そうとして、今まで御園大佐の指示に逆らったり、ミセスに殴りかかったり、だから反抗的にはちゃめちゃなことをしていたのか?」
――だったら。その訳はなんなのだ。
フレディに問われ、英太もその答を一生懸命探す。
「……あの人は俺以上に『死の瀬戸際』を知っている気がする」
ふいの呟きに。流石のフレディが驚いた顔で英太を覗き込む。
「死……ってなんだよ。噂の、ミセスが刺殺されそうになった事件のことか。……俺以上に……? エイタ、お前、まさか」
このライバル相棒に悟られた……。英太はそう思った。
首の付け根にある『傷』を、英太は手で覆い隠す。フレディにこれ以上悟られないようにと自然と出た仕草だった。
――あの人の胸にもこれと同じものがあるのか? だからあの人は死んでも良いようなフライトをしてきたのか? 俺のように……。
彼女が飛ぶ姿を身近に感じるより。もうそれが気になる。それなら『しっくり』するじゃないか。
何故、『人が飛ばないような操縦をしてきたのか』を。
英太ならわかる。そして彼女のフライトの答えも見つかる。
それは『死にそうになった人間が、生きるのが嫌になった人間が』知っていることだからだ。そしてそれを『人には明かさず生きている』。だから『身体の傷の訳は言えない』。だから彼女は『出産子育てで引退』とそれらしく言っている。そして俺はそれを非難した。
違うじゃないか。もしそうであるなら『同じパイロット』として、とんでもない責めをしていたことになる。
俺と同じなのか知りたい。そして、謝りたい。
思いは今までとは違う形でどんどんと膨れていった。
・・・◇・◇・◇・・・
夕暮れる日本海。有事に備えるだけになったホーネットにホワイトの飛行機達も空の茜色を反射している。艦の甲板も訓練を終え、静かに黄金色に染まり始めていた。
しかし逆に葉月が寝泊まりをしている艦長室はここから騒がしくなる。留守番をしていたテッドと共に艦長業務取りかかる。奈々美はクリストファーとデーター整理。アドルフはテッドの手伝いを。艦長室、夕刻の光景だった。
夕食時間近くになり、ほぼ整理が終わり一息。本日の忙しさが通り過ぎ、ほっと一息吐く頃合いに、これまた丁度良くテッドが紅茶を差し出してくれる。
何処にいても、毎日毎日、それは欠かされたことがない。
「有り難う」
「どうぞ、休んでください」
もう葉月のなにもかもを知り尽くしてくれたテッドがいれるお茶は格別だった。
特に疲れた夕には、甘めに作ってくれるのもお手の物。その一口がいつも葉月を癒してくれる。それは今日も、だ。もしかすると、葉月にお茶を煎れてくれたのは夫よりも彼の方が多いかもしれない……。
そんなテッドに御礼の微笑みを向けると、テッドも同じように微笑み返してくれる。もう何年もずっとだった。あの夫が、自分の側近を辞めてからずっと。
そんな葉月は、テッドの指を見てため息を吐いた。ちょっと前に、やっと彼の指に見られるようになった銀色の指輪がなかったからだ。
ちゃんと訳も聞いた。『なんで外してしまったのか』と。するとテッドはさも当たり前のような顔で『貴女を守らねばならない男だからですよ』と言い切った。
それなら『側近なのだから、結婚していようがしていまいが同じ事ではないか』と切り返すと……。『いいえ、私と貴女は違います』とか妙な返答をされ、葉月は目を丸くした程。その理由が――『不本意ではありますが、私と貴女との間には、愛人関係だという妙な噂があるでしょう』、葉月も不本意だがだいぶ前から定着している噂で自身でも知っているから『うん』と頷くと、――『その方が好都合なんですよ。仮にも、貴女に執着している男が側にいると思わせておいた方が、近寄りにくい心理も生まれるでしょうしね』……その返答に、心ならずとも『なるほど』と言いたくなったが、葉月は即刻、首を振っていた。じゃあ、新婚の『小夜の気持ち』はどうなるんだ! と。だがそこもテッドはあっさりとした顔で言い切った。――『あれも承知済みですよ。准将の主席側近ですよ俺は。その為の意向なら賛成してくれますからね』。そうなの、そうなの? それでいいの? と葉月は何度も聞いてしまった。
だって……。どんなに夫の仕事に理解を寄せていても、葉月と懇意にしている後輩でも。それでも『新婚』! 小夜が傷ついているのではないかと案じたのだ。
しかし彼女の直属の上司である隼人も、その話を聞かされていて、『大丈夫。いつもの明るさで平気そうだった。あ、でも俺の奥さんを護衛する為の作戦であっても申し分けなさすぎるから、留守の間は俺が全面的にフォローしておく』と留守の間の小夜を気遣ってくれ、とりあえず安堵している。
それでも寂しいことをさせてしまったわ。と、テッドの左薬指を見るたびに思ってしまうのだ。
そんなストイックに突き詰める男が、葉月の為に磨き上げた一杯は極上に決まっている。
毎日、毎日。その味は落ちることなく、変に突き抜けることなく、葉月が幼少の頃より安心してきた味を維持してくれる。個人の気持ちを理解してくれる。そして、その向こうで『この男を支える女性』がいることも葉月は忘れないでいようと思う。
まるでそんな二人に労れるかのような一杯。それを葉月は有り難く頂く。
その一口を味わい、心がほぐれてきたその時。葉月が直ぐに思ったのは『拘る青年のこと』だった。
向こうは空を飛んでいるコックピットの中だったので、その顔を見ることが出来なかった。でも葉月には、彼の必死な顔を直ぐに思い浮かべることが出来た。
『一緒に飛んで欲しい!』――チェンジで乗り合わせたあの日。彼が初めて葉月に訴えてきた時と同じあの顔で、素直に私に飛びついてきたあの顔で……。切実になにかを求められたあの顔。それが優しい色で揺れるミルクティーの水面に浮かんだ。
それから彼は、時には諦めたように、でも時には抑えていたものを抑えきれず噴き出したままに葉月に投げつけてくる。
あの繰り返しはなんなのだろうか。いったい、この私に。この私の元々のフライトになにを拘っているのか。
チェンジに乗り合わせ、葉月の操縦を体感させて以来だった。しかし、葉月も何処かで同じように、英太の飛行に引っかかりを持っているのは事実――。
癒しのお茶を、たった一口。それを味わっただけで、葉月は席を立ち上がる。
そのまま、一直線に外へ出るドアへと向かうと、テッドが驚いた顔で追ってきた。
「どちらへ。いくら貴女でも、勝手な行動は困りますよ。艦長であっても女身で遂行していることを忘れないでください」
この密閉空間のほとんどが男で埋め尽くされている。艦長であっても女である限りはどんな権力と権限を持ってしても、女艦長の身に危害を加えないと断言できる男は少数。テッドを含め、忠実な男部下達は一握り。
そして葉月も知っている。おぞましい記憶で刷り込まれている。『一定の環境と状況が揃えば、男は簡単に獣に化ける』ことを。普段は従順に働いている男達でも、もし……葉月がたった一人で歩いていたら。数人で押さえ込めば、あっという間に男達の餌食になる。葉月が年頃の女ではなくなっても、『艦長』という『権力』を持っている限り、弱みを握ってしまえば利用価値も高まる。それを狙うクルーが存在するとは言いたくはないが、存在しないとも言いきれない。誰もその気がなくても、ここは『禁欲の閉塞空間』。男達にとって、ちょっとのキッカケがスイッチになることもある。テッドが一番恐れているのはそれだった。
「基地でそうしているように、ふらっと出かけたくなっても、この艦の中では必ず私かアドルフを側に置いてくれる約束でしたよね」
一番に葉月を守ってくれる男二人。その二人が、僅かに哀しそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。頭にふっと浮かんで直ぐに行きたかったものだから」
「止めやしません。貴女の気が済むように『どんなことでも』黙って付き添いますから、必ず共にここを出て行くようにしてください」
葉月はこっくり頷いた。テッドのほっとした顔に、さっと自分だけで動き出したことを反省した。
「本当に……つい」
気持ちが先走って、そんな規律を維持していく為の約束事も忘れるほどに。自分もあの青年のことが言えない勢いが、何故出てしまったのか葉月自身にもわからなかった。
「よろしいですよ。お供しますよ。どちらに行かれたかったのですか」
その問いに、葉月は答えることが出来なかった。
何故なら、あの青年に自ら会いに行くと言うことは、彼等男性隊員達が寝泊まりをしている区画へ行くことになる。つまり『男達の巣窟』へ。おそらく、葉月を全身全霊で守ることが第一信条であるテッドにとっては『ミセスには一番行って欲しくない場所』になっていることだろう。
――言えなかった。勿論、その感情と衝動が、ミセス准将に反する『私事』であっても、ちゃんと話せばテッドは理解してくれることだって解っている。でも。
「いえ……。いいわ。たいしたことじゃないの」
諦めた葉月を見て、テッドは怪訝そうだったが。
「それならよろしいのですが……」
彼の目がずっと葉月を見ている。なにかを探っている目だとわかり、葉月はふいと避けてしまった。だがテッドは見逃してくれた。
「その気になったら、言ってくださいね。なんでもお付き合いしますから、なんでも」
まるで葉月が何をしようとしていたかわかっているかのような口振り。そして『内緒にされるぐらいなら、許せないことでも付き合う』と念を押してくれているのもわかった。
「わかったわ。今度、その気になったらテッドに一番に相談するわ」
その一言で、やっとテッドがにっこりと微笑み返してくれる。安堵したのだろう。そのまま直ぐに後輩のアドルフと共に事務作業に戻ってしまった。
管理もストイックな右腕男に静止され、葉月はひっそりと艦長席で紅茶を飲み直す。
奈々美とクリストファーも、今日の『スワロー飛行』のデーターを『いいね、いいわね』と良き収穫になったのか嬉々として掻き集めている。
テッドとアドルフは、一日のまとめ。そして艦長室の外にいる『艦長室事務官チーム』にどう振り分けるかを話し合っている。
葉月はひとり、こうして気を休める時間のはずだった。席の後ろにある丸窓が開けられている。夕暮れる甲板には、まだハリス中佐達が白い作業服でメンテナンスに勤しんでいる。
一瞬、気が緩んでしまい、さっと『あの青年のところへ行こう』と自然と身体が動いたのは何故だったのか――。
テッドは『なんでも付き合う』と言ってくれたが、それならば何故『報告書の一部を隠すのか』。葉月があの青年の所へと駆られた衝動を知ったならば、教えてくれるのだろうか? それとも知っているから、葉月が青年の元へ行こうとしたのを阻止したのか。
だんだんと、混乱してきて葉月はこめかみを押さえた。
――駄目だわ。あのままあの子とすれ違ってばかりいては、シンクロが出来ない。
やっと見つけた『手応えある翼』候補を手放してしまうことになる。以上に、あの子を伸ばしてやれなくなる。そうだ。橘が手に負えなかったように、葉月も彼の心をわかってあげられないまま、あの子の翼を台無しにしてしまうかもしれない。
橘が泣く泣く、相原へと手放した気持ちが、葉月にも流れ込んでくる。『俺では駄目だ。手放さなくては駄目だ』。『ミセス准将、いや、葉月さん、頼んだからな』――。暫く会っていないのに、彼の声が聞こえてきた。『葉月さん、君が最後だぞ。俺達は駄目だった。もう残ったのは御園夫妻、君たちだけだ』。そして隼人の声も……『相原さんに、鈴木を頼むと頭を下げられた』。横須賀の男達に託されたから、葉月以上に夫の御園大佐が自ら、鈴木青年に心を砕いて……。
「准将、秘書事務室に行ってきます」
テッドの声に我に返り、葉月は『うん』と頷いただけで、気もそぞろに彼を見送ってしまう。
そんなテッドがドアを出ていった音。……それを耳にして、葉月はやっぱり立ち上がっていた。
「准将、どちらへ!」
主席側近である先輩テッドが留守の間は、葉月を一番に守る使命を負うのはアドルフだった。
今度は彼が過敏に葉月の動きに反応する。そして彼の目がいつも以上に光っているのを葉月は見た。先程のテッドのとのやり取りを踏まえ、彼も『今のミセスはよく見張っておかねばならない』と気を引き締めているのだろう。それでなくても航行前、出発も忙しい時に葉月はふらっとサボタージュに出かけてしまい、ミセス准将を見失ったアドルフを泣かせたくらいだ。
護衛が専門でがたいの良い男だが、気が優しい大男。それだけに、物事の運びはミセス准将が当然に上手であるから、気の優しい彼は何度も葉月に振り回されていた。だが今日のアドルフは違う。本気の強面で負けん気を漲らせている。
「先程の用事ですか。ラングラー中佐が留守ですから、私がお供します。私も『なんでも』貴女のお供をしますから」
だが、葉月は躊躇った。葉月はテッドについてきて欲しいから、出て行ったテッドを追って『やっぱりついてきて、私を見届けて』と申し出るつもりだったのだ。だから
「いいわ。テッドに付き添ってもらうわ。あ、違うの、アドルフでは駄目という意味ではなくて。私が今からしようとしていることには、テッドが一枚噛んでいるからよ。そのことについて『テッドとも決着を』つけなくてはいけないの」
なにを言われているのか、アドルフは解らない顔をして途方に暮れていた。でも先程のテッドとのいつにないやり取りの裏には『それがあったのか』というのは察してくれたようだ
「大丈夫よ。事務室に行ったのならすぐそこ。出て行ったばかりだから直ぐに追いつくから」
本当にそう思っているから、葉月はそのまま艦長室を飛び出し、急いでテッドの背を追う。
背中に『アドルフ、追いかけた方が良いわよ』という素早い判断をしている奈々美の声。はっと我に返ったのか『待ってください、准将』と慌てたアドルフの声が聞こえてきた。
流石に、毎度のミセス准将の気まぐれに振り回され、アドルフには酷かと葉月も立ち止まり振り返る。
そうだ。短距離だけれど、アドルフと一緒にテッドに追いつけばいいのだ。艦長室のドアからアドルフが出てくる気配がして、葉月はそこで待つことに。
「葉月さん」
急に間近で聞こえた声にギョッとし、葉月は自分が立っている直ぐ側の薄暗い通路に顔を向けた。
――えい、た。
そう認識した時には、青年の長い手が葉月に向かって素早く伸びていた。
あっという間に、背中から身体を押さえ込まれている。そのまま、ぐいっと通路に引きずり込まれていた!
後ろから首を固定され、口に大きな手が覆い、体格良い青年の胸の中に抱き込まれている。その力はまさに『男の力』。
――気配がなかった!
これにも驚愕だった。気配取りは得意な方だった。その感が何度役に立ったことか。なのに……解らなかった。気がつい時には、その暗く細い脇道のような通路に青年がいたのだ。
「っぐ。うっぐ……ど、どうし……」
日中、優雅な飛行を操っていた大きな手ががっしりと葉月の口を覆っている。
しかも長く太い腕をきつく葉月の首に巻き付け、その腕だけで彼は軽々と女の細い身体を通路の奥まで引きずり込んでいく。
背が高い、義兄ぐらい、達也ぐらい? そう改めて思うほどに葉月はすっぽり青年の逞しい胸の中、そして力強い腕。どれもこれも女身の葉月には到底敵わぬ体格。そのうえ横脇からふいをつかれ、知っているのか知っていないのかわからないが、見事に反撃が出来ないように背後から身体を固められてしまっていた。
細い通路の奥にざざざっと連れ去られ。
「准将、待ってください。どこですか准将!?」
光が差し込んでいる方向、細い通路の出口に慌てて走り去っていくアドルフの姿。彼が過ぎっていくのを目に掠めたと思ったら、葉月の身体が宙に浮いた。
「悪い、すまない。葉月さんっ」
青年の切羽詰まった声が耳元で聞こえたかと思うと、浮いたと思った身体がやや乱暴に振り落とされた感覚。背中に硬く冷たい感触。そして背に腰に鈍い痛みを覚えた。
やっと状況を把握した時、目を開けた葉月が見たのは『鉄の天井』。床に押し倒されていた。
「な、なんのつもっ・・・り」
直ぐさま起きあがろうとしたが、既に遅し。青年が構わず、倒れている葉月の上へ馬乗りになって身体いっぱいに覆い被さり、完全に組み敷した。
「すぐ、終わるから」
女の身体をいとも簡単に押さえ込んだ青年の呟きが、葉月の耳元で熱く震えていた。それに気のせいか、手先も震えている? それでもその手で葉月の襟元を力一杯に握ってきた。
「や、やめなさい。何をしているか解っているの!」
まだ自由がきく両手で、青年の若く勇ましい腕を掴んだが敵うはずもなく。空で6Gや7Gもの重力に耐えうるその力には、こうなってしまうととことん葉月を跳ね返す。
そんな僅かな抵抗も虚しく、ついに襟元が青年の力で思いっきり引き裂かれたのを葉月は見届けてしまう。
冷たい鉄の天井が見える葉月の視界に、指揮官訓練着の金属ボタンがブチッと飛んでいくのを見た。
嘆きの声を小さく葉月は漏らした。
何をやっているの。何を。私の胸を引き裂いて何をしたいの。
だが。青年の目は、葉月が嫌悪してきた男達のように血走ってはいなかった。ただ切羽詰まって今にも泣きそうな目。それを見た葉月は、微かにその訳を見出す。するりと抗っていた両手が、冷たい床の上へゆっくりと落ち、青年の力に従ってしまった。
ほんのりと。密かに胸元に付けていた『夫が好きな香り』が辺りに漂っていた。着替える時にそっと隼人を感じるひとときをと、そうしていた香りが、従う葉月の鼻を掠める。そして青年もその香りの中、さらに葉月が着ていた薄い肌着を引きちぎった。
青年の大きな手が、静かに葉月の肌に触れた。熱い手に葉月は目をつむる。その手が、胸の谷間に触れ……。
Update/2009.10.19