-- 蒼い月の秘密 --

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9.ミセスゲーム

 

 やがてミセスがいつもの平坦顔で言った。

「その子を私にも貸してちょうだい。演習に切り替えるわ」
「なんだって?」

 やはり二人の間で火花が散ったのを英太は確かに見た。二人は、いや特に御園大佐が妻になにかを制するように強く睨み付けている。
 そんな牽制し合っている夫妻を、佐々木女史がミセスの横でどこか楽しそうににんまりとした笑みを浮かべ、御園大佐を見ているのだ。まるで彼女達がなにか、この大佐に悪戯でも仕掛けるかのように。それには、なんとなく英太はぞっとさせられた。何故って? 目の前の大佐に何かを仕掛けるということは彼を越したそこにいるパイロット英太にも何かを仕掛けると言うことだからだ。

「御園大佐。その子に決まり切った型にはめるテスト飛行なんて皆無よ」

 御園大佐は黙っている。まだここでは言い返すつもりはないようだ。英太はそれを固唾を呑んでみているしかない。
 さて、ミセスはいったい何を思ってここに来たのか……。

「その子がホワイトに慣れて、なおかつ、あれほどの効果を叩き出す可能性を引き出せるのは演習しかないわ。型が決まっているテスト飛行を覚えるよりも、まずはホワイトに乗れることが先だわ」
「しかし、准将。その演習で自由に飛ばすと言うことは、まだ慣れていない鈴木には先日のようなアンコントロールを引き起こす可能性があるということで」
「わかっている。でも――」

 そこでミセスの視線が夫である大佐の背を越し、英太を見据えたのだ。目があった英太も流石に固まった。彼女のその眼には既に力がある。英太をこうして固めてしまう力が……。

「でも、大尉。貴方もわかっているわよね。あの飛行機がまだ自分の手には馴染んでいないこと、恐ろしさを秘めていること。それをコントロールしようと今日から挑むこと」

 試されている眼。試されるということは、ある意味信じてもらっていないことになる。
 それでも、英太は答えた。

「わかっています。ミセス。この前のようなへまはしません。それにホワイトをきちんと恋人のように飛ばしますよ」
「そう、安心したわ」

 彼女が不敵に微笑む。
 それも英太はもう腹も立たない。それこそミセス。俺を試して、俺を信じて、そしてあんたも俺が行きたいようなチャレンジをしてくれるのだと、それが通じてきた。
 なによりも彼女は昨日のミラー大佐のドッグファイ講習が終わって直ぐに『見ればわかる。もう大丈夫だから、明日から甲板に戻ってこい』と、英太を見ただけで信じてくれたのだ。
 だから、英太は彼女のチャレンジに応えてみようと思う。

 それに英太も感じてみたい。彼女の声で自分がどう飛べるかを――。
 やっとこの人の指揮で飛べるのだと、心が高鳴っているのを感じていた。

「わかりました。ただし、わかっておりますでしょうか。鈴木を管理しているのは今は私です。教官である私が研修生を思う為に『やめて欲しい』ということは、たとえ准将の貴女でも決して譲りませんからね」

 夫とは思えぬ下手に出る部下としての言葉、しかし大佐らしい言葉。
 それに対し、上官であり妻であるミセスも尊大な態度は見せずに夫に向かう。

「もちろんよ、貴方。勘違いしないで。私だってパイロットを一人でも失うのは嫌だってことを」
「そうでした。失礼致しました」

 どうやら話はまとまったようだった。

「大尉。こちらにいらっしゃい」
「イエス、マム――」

 初めて彼女の指揮下に置かれる気分。やや緊張する。
 そんなミセスの背を追っていくと通信機がある指揮チームへと連れて行かれる。既に真っ白な戦闘機が次々とカタパルトから飛び始め、甲板は騒々しくなっていた。
 だが、英太が指揮官達が集まるそこへ着くと、白い飛行服を着たパイロットが二人待機していた。一人は黒髪の中年男性で、一人は若く栗毛の青年。

「雷神のキャプテン、平井中佐よ。そしてそちらは、貴方より少し前に雷神に入隊したクライトン中尉、6号機に乗っているわ」

 黒髪の中年男性はあの平井キャプテン! そして同世代だろう栗毛の青年は、英太が小笠原に来る少し前にフロリダから来たと聞かされていた新パイロットという紹介だった。
 既にマリンブルーのラインで縁取られた真っ白な飛行服を着ている彼等は、まぶしかった。そんな彼等に見とれながらも、英太は『鈴木です』と敬礼をしてみる。
 平井キャプテンとクライトン中尉も無言で、しかも無表情に敬礼を返してくれる。そんな様子に英太はやや硬直してしまう。なんとも――監督をしているミセス同様に感情の起伏のない、冷たい応対だったからだ。それだけじゃない。既に彼等からは緊張感たるものが放たれている。それが『雷神』という選ばれたパイロットの風格なのかと思わされた。
 そんな彼等を束ねるミセスが、これまたいつもの冷めた顔で英太に言う。

「これから私が指示する演習に、この二人に参加してもらいます。つまり、貴方の『なかなか終わらない最終研修』に彼等が『わざわざ付き合って協力してくださる』――という訳よ」

 腕を組んだミセスが、英太を冷たく見下ろしていた。
 いや、実際には英太より小柄で目線も下なのだが。それでも英太を見上げているミセスの冷めた目は、英太をどこか突き放している呆れた目線を差し向けている。
 なんとも嫌味な言い方に、英太は早速ムッとさせられたのだが――。いや、ここは我慢、我慢。自分でもわかっている。御園大佐があれだけ怒っていたように、英太はもうこれ以上遅れを取ることは出来ないのだ。

「自分のために、申し訳ありません」

 悔しいが、英太はキャプテンと初対面の中尉に頭を下げていた。
 それにも二人の白いパイロットは無反応。彼等はただミセスを見ている。つまり『ミセス』の言動が全てと言わんばかりに、彼女に任せているようだった。
 だからミセス准将が次々と英太に突きつけてくる。

「大佐にも言ったけれど、貴方は演習型にした方が向いているわ。まずは最終研修としてホワイトに乗れるようになる。その卒業研修に適うお相手として平井さんと、フレディを選んだのよ」

 中尉はどうやら『フレディ』と呼ばれているようだった。
 そんな同世代らしい彼と目が合っても向こうも無反応。それこそミセスの眼差しそっくりで、逆にぞっとさせられる。
 ――こいつら、ミセスの分身? ロボット? そんな感触だった。以上に、彼等がそれだけ『ミセスは絶対』と誓っているような忠誠の強さを見せられたような気もしたのだ。そんな凝り固まった集団が雷神だったら嫌だという英太の心の声も英太自身聞いてしまったほどに――。

「テッド。鈴木大尉の研修表を見せてちょうだい」

 そんな中、いつも無口に付き添っているラングラー中佐が、これまた無口にミセスの言われるままさっとバインダーをひとつ。
 差し出されたバインダーをミセスがめくり始める。

「ほんっとうに遅れているわね。こんなに研修を引き延ばしているのは大尉、貴方だけよ。三月に転属してきたフレディは直ぐにホワイトに慣れて雷神のフライトに馴染んだというのに――」

 御園大佐と初っぱなから『滑走路侵入飛行』。それで教官を務める大佐が謹慎になったため、英太の本格的な研修開始は五日ほど遅れた。まあ、これは大佐も『俺の勝手で一存。鈴木を巻き込んだ』と何度も詫びてくれているから良い。それでも遅れた理由のひとつになる。
 そしてシミュレーション機チェンジに乗ってからは、『ミセスのデーター』にこだわり、御園大佐を困らせた。だが彼等は結局、英太の我が儘を聞き入れてくれ、空部隊のトップスリーである引退パイロットの三人が、英太が欲しかった刺激を与えてくれた。
 さらに。先日の『ホワイト機の初乗り』。ここでも英太は命令を無視し、アンコントロール飛行を引き起こした。そして大佐に大目玉を食らい、甲板搭乗禁止にされシミュレーション機に逆戻り。
 これだけ次々と我が儘をやり通してきた英太であるから、研修が遅れに遅れている言い訳はどこにもなかった。

 黙っていると、ミセスがバインダーをばたりと閉じ、英太に言い放った。

「今日から三日よ」

 急な言いつけに、英太は彼女を見た。
 彼女が英太を見据えている。あの冷めた、でも、捕らえられてしまう強い瞳に――。

「三日でホワイトを乗りこなしなさい。それが出来なかったら貴方は留守番。勿論、雷神入りも延期。留守の間はビーストームで訓練していなさい」

 唐突な指示に英太は固まる。ミセスの目がまた、英太を見下ろしている感覚。そしてそれは絶対に逆らえないのだという絶対服従を促す女将軍の目。
 そして英太にも直ぐに頭に叩き付けられたのは『雷神入りも延期、ビーストームで訓練をして留守をする』というところ。ものすごい危機感を持たされる言いつけだった。准将は『延期』と言っているが、その向こうには『そのまま雷神入隊を取り消す』と仄めかしているのだと! 英太はこの危機感に拳を握り、唇を噛んだ。それどころかいつもの負けん気で、畏れ多くも『御園総監』を睨み付けていたのだ。しかしこのミセスがそんな下っ端青年の睨み付けに怯むはずもなく――。

「悔しいなら、三日でやりなさい」

 絶対条件と言うことらしい。

「三日で貴女がOKをしてくださったら、自分は卒業ということなんですか」
「そう言うことね。ただし、出来なければ『それまで』とも思っているわ。ほら、あなた、『やる気だけ』は私達上官の意志に反して素晴らしいじゃないの。絶対に出来るでしょう」

 彼女が冷ややかに微笑んだ。
 『やる気は素晴らしい』などと褒めてくれているように聞こえるが、裏を返せば『私達の指示などなくてもやれると思っている。だからやれるでしょう』と突き放されているのだ。
 そして、英太を見初めてくれた彼女自身が最終テストをし、出来なければ、見初めた本人であるミセス自身が英太を『雷神には来なくて結構』と切り捨てると言っているのだ。

 これは英太にも窮地だった。
 ここでは彼女が絶対だ。もう御園大佐もかばってはくれないほどの決断を彼女に下されると言うことだ。
 だから言うことはひとつしかない――。

「やります。必ず」
「そう」

 こんな状況に追い込む彼女を、英太も見据えた。
 あの日、階段で垣間見た『姉貴』のような気さくな彼女はここにはいない。冷徹な情もない『准将』という人間が、英太というどうしようもないパイロットに最終通告を突きつけて攻めているのだ。
 やるしかないだろう。それに英太にもそこまで追い込まれてしまうには『自業自得』と反省すべき点も自覚してるし、なによりも、英太の我が儘に彼女はまず最初に応えてくれた。全てを突っぱねられたわけでもない。彼女に無理難題をふっかけて騒いだ、なのに、彼女が無理難題をふっかけてきて『出来ない』と喚く男など、格好悪いだけ、往生際が悪いだけだ。

(今度は俺がそれに応える番ということか)

 やはり甘くはない。何かを与えてもらったら、自分も何かしら返さなくてはならないのだ。

「では、演習は私が指示するわ。といっても、いつもの訓練とそう変わらないものよ。得意でしょ。追いかけっこの演習。ドッグファイ、そして空母艦を標的とした撃墜の攻防戦。ただし、まだホワイトに乗り慣れていない貴方にはハンディがありすぎる。そこで、キャプテンの平井を貴方のサポートにつけるわ」

 英太は驚いて、平井中佐を見た。
 彼と目が合うが、彼は頷いただけで、やはりミセス同様に無表情だった。
 それにしても。雷神のキャプテンたるベテランがわざわざ不肖パイロットの英太の、しかも今にも落第しそうな最終テストに付き合ってくれるだなんて――。そんな驚きの方が大きい。
 だが、ミセスは次々と続ける。

「そして貴方に対する最後の敵は――『この私』と、雷神で最も新人のフレディよ」

 その対戦相手にも英太は目を見張る。
 ミセスは『指示』と言っていたが? だがそんな驚きで固まっている英太に気づいたミセスが、なにか勝ち誇ったように微笑んだ。

「なに。対戦相手が私ではご不満? それとも私では『勝てない』と絶望したの?」

 不敵な笑みが、英太に向かって輝いた。
 なんて笑みだと英太は凍り付いた。あれだけ無表情なのに、この人は本当にそんな時だけ生き生きとした笑みを見せてくれることかと。
 階段でほんの少しだけ触れさせてもらった『あの人』は、もう……どこにもいないのだと……。本当にそう思わされた。
 それにその挑発ぶり。――私は絶対に貴方を負かし服従してみせると自信満々である女のその笑みは、かなり英太のプライドを揺さぶっていた。だが相手はあの『ミセス准将』、容易に噛みつくことが既に出来なくなっている英太。そこを見透かしたように、ミセスが一人悠然と話し続ける。

「三日でホワイトを乗りこなせば、合格。ホワイトスーツをあげるわ。そして雷神入り、航行に一緒に行く」

 それはもうわかった。英太に残された最低条件だった。
 だがミセスがそれ以上に何かを挑発しているそこがわからない……。そんな英太が不可解に思っているところを察したかのようにミセスが告げる。

「さらにホワイトスーツ配給のほかに、もう一つ。貴方が心底やる気が出るご褒美を用意しているわ。最低条件以上に、もし……貴方と平井中佐のタッグが、『私とフレディのタッグ』に勝つことがあれば……」

 不敵に輝く笑みを、ミセスが再度、ゆったりと英太に見せつける。

「貴方の願いを叶えてあげるわ」

 その一言の意味がなんであるか、英太には直ぐに理解が出来た!

「う、嘘だ。まさか――」
「嘘じゃないわ。そうすれば、貴方もかなり本気でホワイトを操縦できるはずよ。私はそれで願ったり叶ったり。そして貴方も願いが叶うでしょう? 良い条件だと思うわ、この勝負」

 彼女は本気だ。だから英太は益々驚愕させられ、彼女に何も言えずたたずむだけになってしまう!
 そんなミセスの言い出したことに、ふと周りの補佐達、大佐達の顔色が一変しているのにも英太は気がついた。つまり――周りの男達とはなんの相談もなく、ミセスの一存で英太と真っ向勝負をしようとしているらしい。だから、ミセスと英太の間には誰も邪魔する者がいない。そう、目の前の茶色の瞳が英太を不敵に誘っているのだ。

「ほ、本当なんだろうな。葉月さん――」

 いつしか階段で向き合った時のように、英太も英太自身として彼女に再度確認をする。
 まだ、周りの補佐に大佐達は、ミセスと英太がなにやら『予定外のことをしようとしている』という不穏な空気を読みとりながらも、いったいミセスがなんの勝負をふっかけているのかまだわからないと言った顔だった。だから誰も、踏み込んでこないのだが。それを知ってか、これ以上勿体ぶってもどうしようもないだろうとばかりに、葉月がにんまりと勝ち誇った顔で言い放つ。

「本当よ。貴方が私との勝負に勝ったら、願い通りに、コックピットに戻って貴方と空を飛んであげる」

 周りの男達がざわついた。
 それでも隣にいるラングラー中佐、そして後方で腕を組んで黙って見守っている御園大佐は動じず落ち着いてる様子。ミラー大佐とコリンズ大佐も同じだった。  ミセスの魂胆を何もかもわかっているような男達の顔、そして訳がわからなくても落ち着いて見ていることが出来る夫の御園大佐。――そして、半信半疑の英太と自信たっぷりに微笑んでいる葉月の視線も、その勝負を挟んで絡み合った。

 

・・・◇・◇・◇・・・

 

 三日でホワイト操縦克服をすれば、卒業。雷神入り。ホワイトスーツの一人に。
 三日でミセス准将が指揮するパイロット、フレディ=クライトン中尉に勝つことが出来れば、引退をしたミセスがコックピットに復帰、英太と空を飛ぶ。

 そんな『駆け引き』が、葉月という元パイロットと英太という現役パイロットの間で交わされようとしていた。
 そこにはミセス准将も、若手の一パイロットという隔たりはない。少なくとも英太にはそう感じることが出来た。

 英太が三日で全てをやりこなせば、全てが英太の思い通りに。
 ただしここで英太はミセスと完全たる約束を交わす前に、確認しておきたいことが数点。

「質問、いいですか」
「いいわよ」
「まず。俺へのハンディということで、ベテランの、しかも噂のフライト雷神でキャプテンをしている平井中佐をサポートにつけて下さるという条件。ホワイトを乗りこなせない分、そのようにハンディをつけられてしまうのは仕方ないと思っています。でも、平井中佐は俺とは初対面。しかも、どちらかというとフライトを監督しているミセスとフライトをリードしているキャプテンの方が信頼度は厚いものだと思うのですが……」
「つまり? 平井キャプテンは私の支配下で絶対服従のパイロットだから、貴方のサポートどころか、勝負には上官である私に有利に動いてしまうという心配かしら?」
「そ、そうです」

 ミセスの配分に疑いを持つわけではない。あちらが『対等に勝負をしよう』と持ちかけてくれたのだと英太は信じたい。だからこそ、不安なまま空に飛ぶ前にそこは払拭しておきたいのだが。
 するとミセスがふと、白い飛行服の平井キャプテンを見た。目があった途端に、二人は無言なのに何か通じ合っているようにして頷き合った。確かめ合うと、平井中佐が急に英太に言い出す。

「鈴木、安心しろ。俺はお前をちゃんとサポートする」
「……と言っても。彼は信じないわよ。平井さん。ちゃんと貴方のメリットも教えてあげて」

 そこで平井中佐がやや躊躇し、周りにいるミセスの補佐達を気にする姿。だが、彼は諦めたようにして英太を見ると言った。

「鈴木がミセスと『望みを叶える』という特約を交わしたように、俺もミセスに『俺の要望を聞き入れる』という条件でこの役を引き受けた。つまり、鈴木とは利害が一致、ミセスに勝てば俺の思うとおりにミセスが動いてくれるという特約がある」

 それにも英太は驚き、つい『それってなんですか』と聞いてしまった。
 たいした特約ではなければ、利害一致でも英太が望む強さとは差が出てしまうから――。

「浜松航空基地に、横須賀時代の後輩がフライトを持っているのだが。その後輩を雷神に引き抜いて、今、未確定になっている『雷神のサブキャプテン』に彼を置き、俺のサポートのになってもらう。そういう条件だ」

 なんと。平井キャプテン自身は、彼なりのとんでもない要求をミセスに申し立てているということらしい! 一中佐が、准将に『この人材を、俺が思うままのポジションに置いて欲しい』という条件。だが、それなら英太も納得だ。英太はミセスをコックピットへ、キャプテンは自分が見立てたパイロットを自分のサポート役として引き抜きを。もしミセスに勝てば、二人の願いは聞き入れられると言うこと!

「納得か、鈴木」
「はい!」

 キャプテンが味方なら、もしかしたら!
 そう思ったのだが……。

「でも平井さんは空ではサポートの天才よ。どのパイロットも引き立て成果を出させてくれるサポーター的パイロットは彼の他にはいないわ。私はビーストームで共に飛んでいたからよーく知っているの」

 サポートの天才。それは目立たないかもしれないが、確実な成果を生み出す『要』ということだ。
 英太もそれは直ぐに理解できた。あのチェンジでの平井キャプテンのデーターは、見事にウォーカー機をサポートしていたからだ。『地味な飛行だ』と英太も最初は感じたが、そこで既に騙されていたことに後で気がつかされた。あとからじわじわと『あれのせいだ。あのサポートがネックだったんだ』と思わされるのだ。つまり、そこが彼の天才ということらしい。

「空の現場で大尉だけに、天才的サポートが付くのは、現場で一機のみで向かうフレディが今度は不利になるわ。でしょう?」
「……そ、そうですね」

 そこは英太もわかる。ふと中尉を見ても、彼はやはり顔色は変えずミセスしか見ていない。

「そこで私達の勝負の、絶対的ルール。平井キャプテンには貴方への無線でのアドバイスはOK、でも飛行では貴方が本当に危ない時だけサポートしてもらう。それで良いわね」

 それが公平かどうか英太にはまだわからなかった。

「私は甲板から声だけでフレディを指示する。平井キャプテンは貴方の背後で危ない時だけ助けに来る。それでいいかしら?」

 しかし、それしか方法は思い浮かばない。

「わかりました。それで、お願いします」
「では、決まりね」

 またミセスが得意そうに微笑む。将軍でなければ、なんとも癪に障りそうな偉ぶっている女の笑み。
 そんなミセスが、これから三日、自分の忠実な翼になるクライトン中尉に寄り添った。側にミセスが寄ってきて、同世代だろう中尉はそれまで保っていたクールな顔をやや和らげてしまったようだ。気恥ずかしそうに頬を染め……。どうも彼にとってミセスという准将は、絶対的で既に服従しきっている女性ということらしい。
 ミセスはそっと栗毛の青年中尉に寄り添うと、これまた、敵対する青年英太を挑発するように微笑みかけてくる。

「ついでにね。中尉にもご褒美があるのよ」

 彼女はにやりと微笑むと、表情は崩したくないがそれでも照れてしまっている青年を側に言った。

「この勝負に私と一緒に勝ったら、フレディは貴方と同じ大尉に昇格するの。当たり前よね。貴方より先に来た先輩で、貴方に勝ったパイロットなら同じ大尉でなくては割に合わないわ――」

 なんと! 英太と同世代でほぼ同時期に雷神へと入隊転属してきた青年を、英太と同じ立場へ吊り上げると言っているのだ。
 これは英太とフレディという雷神へと見初められた青年同士の対決でもあるようだ。さらには、ビーストームで共に飛んでいた戦友同士、ミセスと平井中佐の対決でもあるようだった。

「では、ミセス。始めましょうか」
「そうね。キャプテン」

 二人の傍らには、青年パイロットの二人。
 英太とフレディもこの時初めて闘志を秘めた視線をぶつけ合った。

「ミセスは絶対だ。俺が証明する」
「どうだか。『女』の為にパイロット捨て甲板に引っ込んだ奴になんか負けねーよ」

 元より自分が思っていることを英太はここで初めて吐き捨ててみる。
 フレディはまるで自分が馬鹿にされたかのように、初めて顔を真っ赤にし怒りを表していた。
 だが言い放たれたミセスはいつもの冷めた顔。

 見ていろ。そのうちに、あんたも忠実そうな犬フレディ同様に真っ赤な顔にさせて空に引きずり出してやるさ。

 またとないチャンスにも英太はほくそ笑んだ。

 

 

 

Update/2008.11.15
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