晴れ渡ってきた青空に真っ白なその姿を輝かせていることだろう。
コックピットにいるとその姿を見ることが出来ないが、英太には容易に想像が出来た。
「これは新しい感覚だ」
新しいシステムに、新しく造られたという機体。
チェンジでシミュレートはしてきたが、それ以上の感触だった。
「なんて軽いんだ」
なにが軽いかは的確には表現できなかったが、パイロットとしての第一感触がそれだった。
――これが『クロウズ』と『宇佐美重工』が造りあげた新機体。確かに、今まで乗った戦闘機とは違う。まったく新しい車に乗った気分だった。
真っ白な機体が、小笠原の濃い青に浮かぶ。
そして近いうちに俺も……真っ白な服を着てこの空を飛んでいるのだろう。
真っ白な操縦桿にもマリンブルーのライン。これが――『雷神』。フライト名は『ホワイトサンダー』。白昼の稲妻。という意味の……。
「白昼の稲妻か」
白い操縦桿を握りしめ、英太は一人ほくそ笑む。
始まる、始めてやる。
本当に白昼の稲妻になってやる。
そこで見ていろよ。
海ばかりが見えるコックピットのフロントに、ミセス准将の冷たい眼差しが浮かぶ。
英太はそれを挑発するように微笑んでいた。
『よし。鈴木、その高度で旋回をしてみようか』
「ラジャー、大佐」
・・・◇・◇・◇・・・
御園大佐の指示にて、英太はたった一機で空を飛ぶ。
螺旋を描くような上昇。おなじく螺旋を描く降下。
ただ円を描く、ややきつめのスピードを保って上や下に真っ直ぐ飛ぶ、翼を片方さげて飛ぶ。大佐の指示であれこれと操作する。
淡々としていて、英太としては退屈だった。まるで決められた図形に沿ってその通りに飛べるかどうかを試されているようだった。
演習では、パイロット自体の操作がものを言う。こういう指揮側で決められたものでパイロットが飛ぶことは、訓練とはかなり無縁と英太は感じ取る。
(まあ、これがテスト飛行ってやつなんだろうな)
しかも。英太がこれを飛ばなくとも、既に誰かがこれをやってデーターは既に採取できているものと感じた。
『どうだ。ホーネットとは感触が違うだろ』
退屈な英太を知ってか、御園大佐の声が届いた。
「すごく軽いです。操縦桿がなのか、それとも機体自体なのか、すごく不思議な感覚ですね」
『初めて乗ったパイロットは皆そう言うな。まあ、それ自体が開発製造側の狙いでもあったようだからな』
たが英太はここであることを危惧していた。
「……軽すぎると言うことはないのですか」
『なんだって?』
御園大佐の声は少し驚きを含めているように英太には感じた。それと同時にやや不満げにも……。英太は確信した。
軽すぎる。今、こうしてあまり負担のない飛行をしているだけで英太には軽い――と、感じるのだ。
これがもし、切羽詰まった状況下に置かれたら?
『そんなことはパイロットが考えることではない。実際に様々な実験にテスト飛行済みだ。テスト飛行は言われるままに飛べばいい』
「まさか。これで雷神の演習をしているとか言わないですよね」
『しているが。なにか』
いや、英太にもまだ分からない。
もし英太の勘が当たってるなら、今、ミセスの支配下で行われている演習というのはかなりの『規制』の中で飛んでいると思われる。それはつまり『未完成の飛行機で、まだ安全は保証できていないから、派手に飛ぶな』ということになるのでは。だから、大人しい飛行で収まっているのではないだろうか。
そうでなければ、雷神の先輩パイロット達が既に英太と同じパイロットの感覚で『危惧』の念を抱いて、セーブしながら飛んでいると言うことだ!
(そんなバカな! それで演習を続けているのか!)
そんなセーブしている演習自体がイコール雷神の今の姿だとしたら、英太にはものすごくショックだ。
あのミセスとミラー大佐とコリンズ大佐の飛行。あれこそが雷神で許される、彼等が奥底に秘めている雷神のパワーだと期待していた。自分も未だ荒削りなんだと痛感したが、それでも英太らしく飛ばせてもらえると思っていた。
まさか。この軽すぎる新感覚の飛行機が安定するまで、『安全に則った任務に就け』と?
阿呆っ! それが最前線で防衛に挑む者が最善とする姿か!? 最前線がどれだけ安全か云々言えない場所か、ミセスを始めとするパイロット共が一番分かっていることではないのか!?
軽く動く操縦桿を強く握りしめながら、英太は歯を軋ませる。
これからそんな飛行をさせられるのも嫌だし、そんなミセスの指揮だなんて……。
「くそ。やっぱり……」
あの女、やはりあそこから引きずり出してホワイトに乗せてやるっ。
英太は操縦桿を握りしめ、機首を上空へとあげた。
『鈴木、なにをしている――』
指示にない上昇を始めた英太を知って、御園大佐の声。だが英太はそれを無視し、上空を目指す。
「見ていろ。そして俺も知りたい。このホワイトの限界を――」
上空を旋回、英太の定める照準は『空母艦』。
英太は操縦桿をいつもよりも軽く握りしめる。そう、あの時を思い返しながら――。
「行くぜ、葉月さん。あんたがチェンジでやっていた急降下だ。そっちに行くから見ていろよ」
操縦桿を握っているのか握っていないのか分からないのに、彼女はきちんと定めた滑走路上へと墜落するように降りていった。
このホワイトでも『墜落降下』をしてみようと英太は思ったのだ。
胸の鼓動が早くなる。
自分でもこれが上官も予測し得ない、まだ安全も実証されていない『危険なこと』だと分かっている。
だが、安全でない機種での任務は御免だった。そしてホワイトにもこれ以上がっかりさせられたくない。英太はこの真っ白い飛行機で真っ白い飛行服を着て、それで雷神2のパイロットになりたいのだ。
『こら、鈴木! なにをするつもりだ。勝手な行動は……』
御園大佐が叫んでいるが、英太にはもう聞こえなかった。
血が熱く沸いてくるのが分かる。
そうだ。ギリギリの感覚で防衛をしていた時のあの感覚。
この感覚無くして、なにが、防衛最前線だ。こんなテストの範囲だけで動けるだけの『伝説のフライトチーム』だと世間が知ったら、良い笑い者だ。
きらりと真っ白な機首が、青い空の中、太陽の光線を受けて光っているのを見る。
『やめるんだ、鈴木。今すぐ!』
だが、英太は操縦桿を軽く倒す。
そしてスロットルを全開のハイスピードでの降下を始めた。
・・・◇・◇・◇・・・
レーダーとホワイトの管理システムを見て、隼人は拳を握りしめた。
「あの馬鹿。早速やってくれるな」
だが覚悟はしていたことだ。隼人は隣のホワイト通信システムで雷神の訓練を監督している妻を見て報告する。
「総監。鈴木が早速――」
声をかけると、妻がこちらをちらりと見る。
「分かっている。こちらでもレーダーで見えるから。まあ、予想通りよね。あの子なら初日の今日、なにか絶対にやると思っていたわ」
「今、こっちに急降下できている」
また……と、葉月が呆れたため息をこぼしたが、流石はミセス准将か、淡々と行動を起こし始める。
「ミラー大佐。鈴木の七号機のコックピットに管理画面を切り替えて」
「分かった」
「雷神の指揮をお願いします」
ミラー大佐はどこか不満そうだったが、淡々としているミセス准将を見てただ頷いただけだった。
「澤村大佐、分かっているわね。絶対極秘でお願いしますよ」
「分かっています!」
『絶対極秘』――。ミセスからその許可が出た!
隼人も動き出す。
「准将、ダグラス少佐をお借りしますよ」
「ええ、よろしいわよ」
葉月の目の前、ホワイト通信システム機材には、鈴木大尉搭乗中のホワイト七号機のコックピットが映し出されている。葉月はそれを静かに眺めていた。
そして隼人も周りにいる工学科の通信管理の部下達に指示を飛ばす。
「管制にデーターを流すな。ここで全てストック保管をして切り離すんだ。クリス、こっちでデーター監視をしてくれ」
「ラジャー、大佐」
クリストファーを先頭にして若い工科員の部下達も、隼人が目の前にしている機材に群がり、配線をし、各自の管理ノートパソコンに向かい始める。
「エディ、聞こえるか」
『オーライ、キャプテン。なにかあったのか』
「鈴木が着艦したら、中のデーターを引っこ抜いてこっちに渡してくれ。無かったことにして欲しい」
『イエッサー。了解』
これが初めてではない。何度かやったことがある奥の手だった。
だが、これはあまりにも危険すぎる。だが……隼人は心の奥で思っていた。
――きっと俺も妻も、これをどこかで願っていたのだと。
あの横須賀での無茶苦茶な飛行を見た時から、こちら指揮側でも彼にこんな無茶な期待を寄せていたのだと。
彼なら、その技量も度胸も体力も。自分達が知っているどのパイロットよりも備えている。問題はまだ組織に馴染まない青臭い若さと、感情コントロールだ。
現に今、その感情コントロールが出来ないから、あんな無茶を始めている。
(いや、信じろ。あいつならやれる)
指揮官にあってはいけない願望だった。
隼人の額に冷や汗が浮かんでいた。こんなあってはいけない上官になっている自分に。
だがちらりと見た隣のシステムにいる妻は、いつものすっとした佇まいで、昔と変わらぬ冷たい横顔を保っている。そして彼女が真っ直ぐに見据えているのは、七号機のコックピット。
妻は覚悟を決めているのだろう。そんな妻の冷ややかで静かな姿はまったくもって『流石』としか言いようがなく、隼人も長年共にやってきた男としてふっと落ち着かざる得なくなってきた。
「大佐、来ますよ。けれど、おかしな数値、弾いているんすよね――」
インカムヘッドホンを装着したクリストファーが向かっているノートパソコンを隼人も覗いた。
「本当だ。これぐらいのスピードなら前にも実証済みなのに」
「おそらく。ほぼ無抵抗で落ちてきているのではないかと。そんな数値に見えるんすよ」
「――無抵抗?」
クリストファーの数値から見る見解に、隼人は眉をひそめた。
するとクリスが驚くことを口にした。
「微かな軌道修正だけで、あとはつまり『墜落』と同じような原理を保って降下している……と言えば良いかな? 上手い喩えが見つからないけど、墜落とは異なるけど、ほぼそれに近い形で」
「なんだって?」
それを知り、隼人は妻を見た。
あれか。この前のチェンジで妻と同乗した時に知った、あれか――と。
あれは妻しかできない妻特有の『勘』が成せる技だと夫である隼人も豪語したいほどに、葉月だけのものだったはずだ。それが男達を驚愕させてきたのだから。隼人だってチェンジが出来上がってから、初めて妻の飛行分析が出来るようになり、そこで改めて驚かされたのだから。
あの青年も、同じパイロット。それを実際に肌で感じてしまったのだから、試さずにはいられなかったのか。
(いや、しかし実験的にはかなり有効だ)
こんな指示、出せるわけがない。
しかし鈴木はそれを知って知らずか既にそこに闘志を燃やしてチャレンジをしている。
どうしたことか……。逆に隼人が揺さぶられているような気になってきた。
「ミセス、来るぞ――」
「分かっているわ」
ミラーの切羽詰まった声。雷神を指揮していたはずなのに、彼も元パイロットとして無視することが出来なかったのか。妻は相変わらず、それでもひんやりとした横顔のまま。ただ七号機のコックピットを見据えている。
「あの馬鹿。訓練区域に入るなと言ったはずなのに!」
さらにミラーが忙しくなる。演習をしている雷神各機に空母に近づかないよう指示を飛ばしている。
期待をしているはずの隼人だが、今、自分の周りで工科員の若い部下達があせあせと動き回ってデーター確保している忙しさや、雷神を監督指揮していたミラーが慌ただしく指示を叫んでいるのを見て、若干の眩暈を感じ額を押さえた。
あの青年は、これからずっとこうなのだろうか?
期待はしているが、本当になんとお騒がせなのだろうか。
だがこんなこと。きっと――あの細川元中将ならば、澄ました顔でどんと受け止めていたところだろう。
そうだ。あれは本当に昔のデイブや妻や、ビーストームの暴れっぷりに匹敵している。だからか? だから、妻とコリンズ大佐だけが妙に冷ややかな顔をしているのか?
やがてこの空母にめがけて、キーンと響く高音が近づいてきた。そしてけたたましい轟音も近づいてくる。
きらりと光ったそこに、あの真っ白なホワイトが見えた。
「来たわ! 貴方、どうなの!」
それまで静かだった妻が叫んだので、隼人はハッと我に返り、クリストファーが見ている画面をチェックする。
「異常はない――。いや、若干、今までとは違う数値が出ている」
「どんな数値なの!」
なにかを予感しているのか。途端に慌てているような妻に煽られると、隼人も少しばかり不安になってくる。それを振り払うかのように画面を眺めたのだが、遅かった。既に鈴木青年が操縦するホワイトが目の前にやってきた。
「ミセス、あれは……!」
空母上空にやってきた鈴木青年のホワイトを指さし、ミラーが青ざめる。
隼人も上空にやってきた鈴木青年の飛行を見て、茫然とさせられた。しかしそれは葉月も――。あの涼やかで冷たい横顔を崩さないことで有名な妻までもが、驚愕の表情で固めている。それだけじゃない、コリンズ大佐も――!
ゴウ――と、上空を切り裂いて行った真っ白な一筋の光。
だがその一筋の光は真っ直ぐに過ぎ去っていったのではない。かなり軌道を左右にぶれさせて、それは木の葉が激しい風にひらひらと横流しに吹き飛ばされているかのような……。それがあの重厚感あるジェット機が頼りなく吹き飛ばされているかのように過ぎ去っていったのだから、これは誰の目から見ても『驚愕』する光景だったのだ。
「嬢、あれはやばいぞ!」
「分かっているわ、デイブ大佐――。こっちに七号機とアクセスさせて!」
元パイロット達の危機感は、甲板にいる誰よりも早かった。
だがあんなの! パイロットでなくても隼人もあれはかなりの冷や汗ものだ。
隼人はすかさず、無線マイクをつまんで叫んだ。
「鈴木! どうなっているんだ!!」
――返事が返ってこない!
「貴方、無駄よ。あの子、今必死になってコントロールしているから」
七号機のコックピットの画像を見ただけで妻には分かるらしい。
それだけじゃない。妻は訓練通信官の青年をつかって、ホワイトの外に付けているカメラ画面に切り替えようとしていた。隼人もデーター採取はクリストファーと工科員の部下に任せ、ミセス准将が監視する通信システムの前に飛んでいく。
七号機の外の様子を映し出す映像を見て、隼人はまた驚愕する。
くるくると空と海と山が回っている。どれだけのアンコントロールに陥ったのか。しかも驚いたことに、画面にひびが入っていた。
「またカメラが……割れたのか」
「余程の降下だったようね。平井さんの時も一度あったけれど、またこの繊細な小型カメラは割れたようね」
「あれでも強化してもらったんだぞ。あまり頑丈で重厚なものは余計な……」
「そういう機械のことは、重工と工学でやってちょうだい! こっちはカメラが壊れようがなんだろうが、あのアンコントロールが問題なのよ!!」
目の前で、葉月が拳をガンと通信機に振り落とした。
元よりカメラ画像は付け足しのようなもの。それでもこの奥さんが『自分も目で確かめたい』と言い出したから、カメラを付けたというのに。それよりもなによりも、元パイロットとしてはあれだけギリギリ極限の飛行を行った場合、あのようなアンコントロールになる機体だったと言うことに対して頭に血が上っているようだった。
流石に隼人も開発側に携わっている人間だけに、そこまで言われるとムッとするのだが、カメラのことはともかく、アンコントロールに陥ったのはかなりのショックだ。
「嬢、このままでは基地裏の山をかすって激突するぞ! なんとかしてやれ」
デイブも居ても立ってもいられなくなったのか、側にあったインカムヘッドホンを頭に装着した。
「鈴木、聞こえるか。コリンズだ――。今、操縦桿はどうなっているんだ!」
同じチャンネルに合わしている隼人と葉月も言い合いを止めて、ヘッドホンに耳を澄ましたのだが。
――やはり返事がない。
今度は葉月が叫んだ。
「大尉! 返事をしなさい!!」
『操縦桿が軽すぎて、少しでも動かすとすごくぶれてしまう。上空ではそうでもなかった。スピードが増すほど軽くて操作しにくい!』
やっとそんな声が聞こえ、通信機を取り囲んでいる誰もがほっとした顔になる。
それに鈴木青年の声は割と落ち着いていて、それが隼人をさらにほっとさせた。
「貴方らしいわね。もっと軽く操縦桿を握りなさい」
『感覚が分からない。まったく分からない。こんな操縦桿初めてだ』
そこは青年も困惑してるのが隼人にも伝わってきた。
「鈴木。それが操縦できなくては雷神には来られないぞ。今まで以上に力を抜いて、もっとソフトに操縦桿を操作するんだ」
いえ、駄目よ。
妻の小さな声が聞こえた。
そんな指示では駄目だと――。
これだけ切羽詰まった状況なのに、隼人の目の前にいる妻の葉月は、益々落ち着いた冷ややかな顔になっていく。
「そうね……。いい、大尉。良く聞きなさい」
そして妻は彼に静かに言った。
「貴方、恋人はいるの?」
はあ? お前、この緊急時になにを言い出すんだ、このじゃじゃ馬! と、隼人は食ってかかりそうになったのだが。妻は殊の外真剣な顔。
『な、なんすか。い、いませんよ』
しかも鈴木青年は真面目に返答してきた。
だが隼人は言ってやる。
「いーや。隠しているだけで気にしている異性はいる様子だった。何か案があるなら早く言ってやれ」
葉月はそこも笑わずに『あら、照れているだけなの』と淡泊に呟くと、彼に告げた。
「貴方の大事な恋人を抱くように操縦しなさい」
またまた隼人は唖然とさせられた。
何故か夫の自分の方が頬が熱くなる思い。我に返って周りを見渡すと、妻の周りにいる補佐官にミラー大佐も唖然とさせられている。若干……コリンズ大佐だけがにやっと面白そうに笑っているだけ。
これまたお前はなにを言い出すんだ! と、夫として口元を塞ぎたくなったのだが。
「貴方、女性を抱く時、優しく触れないの? それと同じよ! 頬に触れる時のやわらかい手つき、肌に触れる時の優しさ……彼女の髪を撫でる時の……」
妻の目線は、既に七号機のコックピットの外部画像に――。その言葉が絶対に通じると確信しているかのように妙な喩えを真剣に呟く妻の姿を、誰もが一言も漏らさず固唾を呑んで見つめていた。
すると。どうしたことか、妻のその言葉が届いたのか、急にぐるぐると回っていた画像がぴたりと止まる。まだ水平ではないが、ぐらぐらとしたアンコントロールから抜け出られたようだった。
(こんな……)
隼人は愕然とさせられた。
妻に『お前、そんな喩えとアドバイスあるか!』と突っかかりたくなったが、それを聞き届けた青年はそのアドバイス一発で機体コントロールを復活させたからだ。
二人の感性が一致していると? こんな冗談のようなアドバイスなのに? 妻の表現が突拍子なくとも、的確だったと? それともあの若い青年には一番分かりやすい表現だったと? 妻はそれを分かっていたと? また隼人は頭がくらくらしてきた。妻を側にこんなに掻き乱されたのも久しぶりのような気がした。
ついに葉月が眺めている七号機の外部映像は、水平の景色を映し出し、基地上空を切って山の緑の上を飛んでいる。
「ほら、みなさい。ホワイトは女性よ。貴方が今まで乱暴に扱っていた男性的なホーネットとは違うと分かったでしょう。もっと繊細な操縦を心がけなさい」
『……はい』
しかもあの青年から、妙に素直なしおらしい返答がかえってきた。
「今すぐ着艦しなさい。総監命令よ。これを破ったら、貴方にはホワイトスーツは渡さないからね」
『ラ、ラジャー』
観念した青年の声が届いて、緊迫していた総監ブレーンのメンバー達はほっとした表情になった。
「大佐。ばっちりデーターストックしましたよ。これ、すぐに宇佐美とクロウズに非公式報告した方がいいっすね。連隊長に知られたら、やっかいですけど」
クリストファーのどこか満足した顔。
隼人は深い息を落とした。
あの青年。やってはいけないことだったが、今まで隼人が喉から手が出るほど欲しかったデーターを出してくれたようだった。
ただやり方がまずい。クリストファーが言うように、これを正義が知ったら、また妻が懇々とねちっこい説教をされるに違いない。それどころか鈴木青年の在籍危機だ。
「極秘で頼んだぞ。まあ、正義さんにはいずれ耳に入ってしまうだろうが。証拠が残らなければ、彼もそうは言わないだろう。大隊本部での管理とメンバーの言動を徹底管理しておいてくれ」
「オーライっす」
甲板では真っ白いメンテナンス服を着ているロベルトのチームが慌ただしく動き出す。
空にくたびれたかのような鈴木青年の七号機が戻ってきていた。
さて、こちら『教官』も、着艦後みっちりお説教をせねばと、隼人は荒い鼻息を――。
それにしても。妻と鈴木青年のなにかを垣間見たような気にもさせられた。
さらにその妻が言い出した。
「やはり次の航行任務では、ホワイトはテスト飛行としてしか持っていけないわね。迷っていたけれど、これで分かったわ」
それはまだ、ホワイトが戦線には出せないと言うミセスの判断だった。
Update/2008.10.13