ちょっと大変なシーズンがやってきた。
「右京先生! もう、私、だめ……っ」
「なにを言っているんだ! これで最後、最後だ。あと一息!」
「あーーん、うまくいかないっ。こうじゃなくて、こうじゃなくて……!」
やっぱり人には、その手に与えられた何かがあるのだと思う。
頭の中で綺麗なブーケが出来上がっていても、いざ、本物の花やリボンを手にすると思い通りの形にならなかったりする。
「……ううう、せっかく頑張って、このお教室に通っていたのに」
「どれ……」
本当に今にも死にそうな顔をしているのを見かね、右京はついに手を出してしまう。
本当は全て彼女の手でやらせたかったのが……。
花のまとまりはいい。でもグリーンとのバランスが悪い。右京は鋏を持って、アイビーの枝先を切り落とす。
リボンも場所が悪い。それと結び目が小さい。それに左右一緒じゃありきたりだ。大輪のオールドローズ。それのちょっとした引き締め役であるボルドー色のリボンを手にして、右京はささっと手直しをした。
「そうそう! こんなかんじ……! やっぱり右京先生ってすごい!」
途端に彼女の顔が、ぱっと明るくなった。
「明日は花嫁なんだから、そんな苦しそうな顔をしちゃ駄目駄目」
「はあい。そう……自分でやりたいって選んだことだもの。あと少し、頑張ります」
秋晴れの素晴らしい季節になってきて、ブライダルシーズン到来。
もうすぐ花嫁になる彼女。
短期講習でやっているフラワーコーディネイトのカルチャー教室に通ってきていた。
たいていは、ちょっとした趣味やお勉強でくるOLや主婦が多いのだが、時々、このブライダルシーズンに合わせて『自分で造りたい』という花嫁も飛び込んでくる。
勿論……。右京が扱っているのは『生花』。何ヶ月も前に作る訳じゃない、ましてや何日も前に作る訳でもない。勿論、直前。手作りをしたいと飛び込んできた花嫁だって当然それを覚悟でやってくる。つまりは一発勝負的な緊張感があるのだ。
……本心。本当はお断りしたい。だって、女性のたった一度の晴れ舞台。それに携わるのだから指導をする右京にだって最後まで責任がある。後悔のない、彼女達が夢に描いたお式を、夢のブーケを持って迎えられるように。だからとっても責任重大。彼女達の手だけでは、理想のブーケが出来ないのは殆ど。出来れば『ご注文』していただければ、右京が前日に『ちょちょいのちょい』は言い過ぎだが、さっと造れるだろうに……。
『右京君、教室を任せるから。お客さんのご要望、応えてね』
今、お世話になっている生花店店長のお言葉。
この生花店にアルバイトで雇ってもらえたのも、右京が既に『フラワーコーディネートの資格』を取っていたことと、面接の時に幾つか持ち込んだブーケを見て、店長が『一目惚れ』をしてくれたからだった。
その店長が『うちね、お教室をやっているんだけれど。でも、あんまり人気なくてね。やってみない?』と、直ぐに任せてくれたのだ。
だけれど、鎌倉市内にある一介の個人店。人を確保するのに、やっぱり大変。そこで右京になら任せられると、店長が言い出したのが──『ブライダルブーケを手作りしたい花嫁さん、大歓迎ってどうだろう?』だった。右京も人がこなくては困るので、『いいですね〜』なんて承知してみたのだが、初めての『お教室』仕事で初めて知った『大変さ』。それが『直前仕上げ』だった。
彼女達には他の生徒さんと同様のお勉強に実習をやってもらい、それとは別にお花を選ぶ、ブーケの形を決める、ドレスと合わせてデザインを決めるなどのコンサルタントもする。
これがどうしたことか、なかなか評判になってしまい、先日は『定員越えのお断り』をついにだしてしまったのだ。
「本当に私、右京先生に教わって良かった」
理想のブーケが出来たと、幸せそうな花嫁さんの笑顔。
それを目にすると、右京もほっとする。そして、自分も心がとっても穏やかになる。
「一生懸命、夢を叶えようとするお嫁さんのお手伝いをしただけだよ。ほら、花を選ぶのも、デザインも、こうして今、目の前にあるブーケも。殆ど、君が作ったのだよ。先生はちょっとお手伝いしただけだからね」
そういうと、式前日の花嫁さんは感極まったよう。
本当に、前日に自分で仕上げるまでのこの短期間、他の準備も沢山あっただろうに、ちゃんと教室にも通って彼女は頑張ったと思う。
彼女はブーケの中に顔を埋め、涙をこぼしていた。
これまた、なんて清らかなんだろう……と、右京は微笑ましくなってしまう。
そして、数年前まで心の中を真っ黒にしていた自分に、彼女達は光を与えてくれる気がしている近頃だった。
「先生、お式が終わったら写真持ってきます。見てくれますか?」
「勿論。そこが一番気になるところだからね」
「先生、有難うございました。私、先生のブーケを見て、このお教室に決めたけれど。先生、センスだけじゃなくて、本当にお花の仕入れの手続きから何もかも、細々とお世話してくれて。いっぱい頼ってしまいました」
「とんでもない。ちょっとお手伝いだよ。自分で造ったブーケ、貴女の夢の形、ちゃんと貴女の手で出来ましたね。おめでとう」
彼女はまた嬉しそうに笑い、ブーケを大事にケースにしまい教室を出ていった。
午前の教室終了。
週に一度の教室。この生花店の中にある一室で二部に分けてやっている。
今日は午後の教室もある。午後にも一人いたな、来週挙式の花嫁さん……。さて、次は店番だ。右京は現在、都下の園芸学校に通いながら、アルバイト。そんな毎日を過ごしていた。
店に出ると、店長が接客中。右京は花の具合を見て回った。
「いやー。右京君。さっきのお嬢さんのブーケも綺麗だったね!」
「店長。有難うございます」
「もう、すごく評判良いよ〜。奥様方にも、日常にちょっと飾れるものを題材にしながらも、とても洒落ているのがすごくいいって評判で。奥さんネットワークの口コミも手伝って、なんだか人数が増える一方だね」
店長はお教室が大盛況で、近頃は益々ほくほく顔。
そりゃあ、もう。うちは父も母も華道をやっているから……と、言いたいがそこは心の中に収めておく。
その店長が思わぬ事を言いだした。
「ね、右京君。今度はブライダル会場と個人契約をして、そこに出張コンサルタントに出向いて、ブーケの注文を取ってみない?」
右京は思わず『え』と固まった。
まだアルバイトの身。しかも学校に通っている。
「ああ、うん。まだ学校通いだから、時間がないというのは分かっているんだけれどね。でも君のセンス、やっぱりそっち向きだと思うと、園芸でも違う方面に行ってしまうのは勿体ないよね」
とっても嬉しい申し出だった。
でも……と、右京はふと目線を逸らし、でも店長にはそれを悟られないよう笑顔で言う。
「有難うございます。考えさせていただけますか?」
「勿論。無理は言わないよ。ただ、本当に評判が良くてね。ここのブーケを手にした花嫁さんを見たブライダル会場から、問い合わせが幾つも来るものだから」
「走り出しの僕なのに、光栄です」
店長は『やっぱり持って生まれたものってあるんだねえ』と、感嘆の溜息をついてくれていた。
午後になってレジ番をしながら、注文分のアレンジメントを仕上げる。
「フリーのフラワーコーディネイターか」
ちょっと溜息。
それも悪くない。すぐに収入になるかもしれない。
実際に今、右京が自ら稼ぎ出す収入は少ない。
それでも実家にいること、軍職時代に蓄えていた小遣いがあること、さらに妻の稼ぎが割とあること……等々。幸せなことに、このような『フリーター』の身でも、生活に危機迫るものは一切ない。まあ、生まれた時からそうだが、その面は非常に恵まれている。
しかし右京の中では、しっくりしない。
今、園芸学校に通っているのも目標があるからだ。
それは、フリーのフラワーコーディネイトではない。もし、もしも本当にこれが『天職』と世界から太鼓判を押されても、それでも今の右京はそこを欲してはいない。
そういう道を歩む前に、やっておきたいことが……まだ、残っているから。
まだ心の中に、すとーんと簡単に落ちていける黒いスポットがある。
その穴は小さくなったくせに吸引力抜群で、近寄ればいとも簡単に吸い込まれ、そして細長い管で闇へと一直線に連れて行ってくれる。
でも。穴は小さくなった。
それに鬼もいなくなった。
光が、溢れ始めている感触はある。心が白く明るくなっているこの頃。
そんなもの思い……。
加盟しているインターネットショップから入るとか言う注文の、基礎アレンジを眺めながらカサブランカを活けていると、ふと店先に客の気配。
黒いシンプルなパンプスの足。ストッキングのすらりとした足が、店先の花をあっちへこっちへと眺めているのが見えた。
右京は活けていた花を置いて、接客へと向かう。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけ、そこにいる女性を目にして驚いた。
「このお花、いいわね。これ、ください」
「ジャンヌ──」
かっちりとした黒いスーツ姿の妻がそこにいた。
相変わらず、地味で固い装い。そしてありきたりにまとめている金髪。
でも、眼鏡が今風の洒落た物に変わり、そして化粧もするようになった。そして笑顔……。
「ラナンキュラス。その花、人気があるんだ。お目が高い」
「そうね。よく店先に出されているのが目に付くわ。薔薇のような絢爛な花びらも見事だけれど、ころんとしている愛らしさもあってね。私だけじゃなくて、皆の目に留まる素敵な子なのよ」
右京の『お目が高い』という褒め言葉を、ジャンヌはそうして覆してしまう。
既に知っていたが、この妻は褒め言葉に慣れていない……じゃなく、その褒め言葉を拒絶する癖がある。
それもこれも……。いや、そんなことはこの女性に出会った時から分かっていることだと、右京はせっかくの褒め言葉を跳ねられたことを忘れようと首を振る。
「珍しいな。店に来るだなんて」
するとジャンヌがふと笑った。
「知らないだけよ」
右京は、知らないとは何を知らないのだろうと首を傾げたが、これも相変わらず彼女は彼女の中だけで終わらせて濁してしまい、右京にはわざと教えてくれない。それもいつものことなので、まあいいかと思いながら……お客様としてやってきた妻のご要望の花を一束手にする。
「これに合うフラワーベースもあるかしら?」
「あるよ」
「お見立てしてくれる?」
「勿論」
夫の勤務中に妻が訪ねてきても、右京は快く微笑む。元より右京はもうそんなことなど、ちっとも気にしない日々を送っているが、妻も嬉しそうに微笑み返してくれたものだから、余計に頬が緩むダメ夫となってしまう。
店の中の片隅にあるフラワーベースのコーナーへ向かう。
ここの品揃えも右京が来てからがらりと変わった。
店長は右京が持っているセンスには二つ返事。それどころか、どのような品が良いかと聞いてくる程。
その中のひとつ。選んだ中でもとっておきのお勧めを、妻のジャンヌに見せた。
「いいわね」
「だろう? 今、ニューヨークではこういうのが流行っているみたいだな」
「ニューヨーク……」
右京はそこでハッとした。
だが既に遅し。妻のジャンヌは、右京が勧めたフラワーベースを手にしたまま、じっと俯いてしまった。
「これも……どうかな。こっちはベルギーの……」
「いいわ。これにするわ。右京の一押しなのでしょう」
「あ、ああ……」
妻の顔はいつもの微笑みを浮かべていた。
それは右京を気遣ってくれたからなのか、それとも……。
「包んでくれる? 山崎の病院に行ってきたところで、谷村医院も一人心療の予約が入っていて、直ぐに戻らなくちゃいけないの。それに家に帰ったら調べものもしなくちゃ。最近、活字ばかりで疲れるのよね……。だから部屋にある私のデスクの隅っこに……右京が選んでくれた綺麗なものがあったら、いいわね……と思って」
「そ、そうなんだ……」
彼女からはあまり甘い様子は漂わせてこない。
それも出会った時から変わらない。いつだって、右京の方からジャンヌに触れて甘い空気を吹き込まないと、熱くなったりはしない。
なのに。そんなふうに、時には『私だって、貴方のことを常日頃思っているのよ』という、ささやかなものを垣間見せてくれる。
それが、今──。だから? 今日は店先に顔を見せてくれたのかと右京は思った。
「このベースなら、無造作に活けた方がお洒落だから。ジャンヌの思うままに飾ったらいい」
「分かったわ。じゃあ、私が活けたのを後でみてくれる?」
「勿論。バイトが終わったら、家に直行だ」
妻の楚々とした微笑み。
たったそれだけでも、右京はほっとした。
彼女が選んだ白いラナンキュラスを自宅持ち帰り用に包んで、ガラスのベースも仕入れた時に入っていた箱に詰め、ペーパーバッグに入れる準備をする。
その間、右京の頭の中には、先ほどの『失敗』がずうっとこびりついていた。
『ニューヨーク』……。そこはジャンヌの過去が眠っている街。彼女が二度と向かわないだろう街。
しまった。よく分かっていて、何故……。己の一番のお勧めを彼女に教えたいが為に、何故、そんな妻の一番痛いところを突きだしてしまったのだろう。
近頃にない、失敗をした。
そう悔やんでいた時だった。
「右京。貴方、気を遣い過ぎよ」
「は?」
「私も悪かったわ。ニューヨークなんて他愛もない一言に、躊躇したりして」
なにもかも見抜かれていることに、驚いた。
いやいや。この奥さんは出会った時からそうだった。
右京が誰にも悟られないようにと心の奥の奥に本心を隠して、虚勢の姿で生きていた時から、なんでも見抜かれていた。
『少佐。笑いたいなら、ちゃんと笑いなさい。笑いたいのに笑わないのはいけませんよ』
初め出会った時に、心療内科医の経歴をもつ彼女が、女医の顔で言った言葉。
それだけじゃない。彼女が『ジャンヌ』という一人の女性としてぶつかってきてくれたこともあった。
『なにもかも捨てる覚悟でずっと生きてきたなんて……もう、やめて!』
やっと一人の人間として、いや男と女としても彼女と向き合えた一夜を過ごした後に、ズバリと見抜かれていた右京がひた隠しにしていた『目的』。
彼女にはいつも、『裸』にさせられた。
そして逃げ道はなく、そうして右京はいつだって彼女の前で素になることができた。
そして、結婚して数年経った今だって。
「ごめん。なるべく、思い出させたくないと……思って」
「いいのよ。有難うございます。貴方のその気遣いはいつだって有り難く思っています」
そんな他人行儀な言い方をするなよ──と、右京は言いたかったのだが。
見つめた妻の顔が、とっても清らかで穏やかな笑みを見せていたので、何も言えなくなった。
それに、とても上手くなった日本語、そして他人行儀に聞こえてしまった敬語。そうじゃない。彼女は妻になっても、そんなふうに丁寧な言葉遣いで『感謝』を伝えてくれたのだって……。親しき仲にも礼儀あり。彼女は鎌倉御園家に嫁入りしてから、日本人よりも日本人らしい気構えを身につけていた。どこか……右京の母『瑠美』を思わせ始める。そんな母とジャンヌは嫁姑ではあるが、どちらかというと『師弟』というような間柄にも見えるこの頃。フランス人の妻が、義母瑠美の精神を受け継ごうとしているのが目に付くようになったこの頃だった。
だから、そんなジャンヌの丁寧な言葉に込められた感謝の気持ちは、右京にも裏を取ることなく、真っ直ぐにじんわりと伝わってきた。
だから、もう……。『この話』はお終い。
右京は包んだ商品を、妻に手渡す。
「じゃあ、これな」
「メルシー。早速、飾るから見てね」
「ああ」
そうして『待っている』と、遠回しに言ってくれているのも、彼女のいじらしいところ……だと、夫は勝手に思っている。
会計は俺がしておくというのに、ジャンヌは買いたいから来たのだと言い張って、彼女のお財布から支払っていく。
そのちょっとした揉み合いをしてレジを叩いていると、裏で休憩をしていた店長が『いらっしゃいませ』と店に出てきた。
右京はどっきり……。
自分の妻がどのような人間か口にしたこともないし、それに妻がこうしてやってきたのも初めて……。
な、なんと言えばいいのだろう? このままジャンヌを帰すか、それともやっぱりこちらから紹介すべきか?
するとそんなジャンヌを見た店長が一言。
「ああ。いつも有難うございます」
店長が良く見知った顔で、ジャンヌに微笑んだので、右京はぎょっとした。
そしてジャンヌは、店長にいつもの楚々とした笑顔で会釈をしたのだが、もう右京とは目も合わせてくれない。それどころか、右京が包んだ花束とベースを入れたバッグを手にしてそのまま去ろうとしている。
そして先ほどのジャンヌの言葉を思い出す。──『知らないだけよ』。つまり? この店に良く買いに来ていた???
おい、ちょっと待て。と、ジャンヌの腕を掴みたいのだが……。逃げようとしている妻に対し、引き留めることも出来ない夫が同じようにここに一人。
ついに……他人の顔で見送ってしまった。
いや、そんなつもりないのに。いや、やっぱり何処か気恥ずかしい? でも、妻の方はもっと気恥ずかしかったのだろう……。
「最近、週に一回来てくれるんだよね。最初さあ、日本語が話せるのかどうかってドキドキして、『お教室中』の右京君を呼びに行こうかと思ったぐらい。だって、君、国際軍にいたから英語もばっちりだろう? でも、あの女性、すごい日本語が上手いんだよね〜」
「えっと。今、週に一度って言いました?」
「うん。そういえば……。右京君が接客したの初めてだね」
右京の中に、『やってくれたな、奥さん〜』という妙な脱力感が生じたが、なんとかレジカウンターに手を付いて床にへたり込まないよう持ちこたえる。
なんだって? 週に一度? 買いに来ていた? ん? そう言えば、谷村医院にはジャンヌが来てから花が絶えなくなったと谷村父が言っていたなあ? 単にジャンヌの女性らしい気遣いかと思っていたし……それに夫が今『花』に夢中だから、同じように花を傍に置くようにしていたのかと思っていたし、近所で買っているのかと思っていた。だって……俺の店で、奥さんを見たことは一度もないし、接客だって今日が初めてだ? しかもしかも! 『俺が講習中』の間にワザと来ていたかんじ?
呆然としていると、店長が『右京君?』と訝しそうにしている。
「先生、こんにちは!」
「こんにちは、右京先生! 今日も楽しみにして来たのよ〜」
「今日はなにかしらー!」
午後のお教室のお決まりメンバーである、奥様三人がやってきた。
右京は作りかけのアレンジメントを仕上げなくてはと、気を取り直してカサブランカを手にする。
「こ、こんにちは。お待ちしておりましたよ」
右京の笑顔に、奥様三人はこれまた極上の笑顔を揃って返してくれる。
「今、金髪の外人さんがお花を買っていったけれど、右京先生が接客したの?」
しまった。かしましい奥様方に、うちの嫁さんを目撃されたかと、右京は心の中で密かに舌打ち。
五十代の奥様方は、気の良い人達なのだが。クオーターの右京をアイドルのようにして騒がしくすることもあるのが、玉に瑕。当然、教室に来た当初は『奥様ってどんな人』という話題も出た。しかし右京が誤魔化し流すので、今はもう触れてこない。そういう突っ込むところは突っ込むが、後腐れなく忘れてくれ、今に至る。
しかし、かなり動揺気味の右京。さあ、どうしようか……。
だが、ここから話が変に怪しい方向へと流れ始めた。
「あの人、良く来ているわよね」
「そうそう! お教室が終わった時によく見かけるわよね」
「私も思っていたのよ。本当は、右京先生が目当てなんじゃないの!」
先生、クオーターで外人ぽいお顔だからー。あちらの女性も、興味があるんだわーと、奥様方がまたもや他人様のあらぬ心情に憶測を……。
しかしその話も、右京にはかなーり興味深い。お教室が終わる時間に良くいるだって? ……と言うことは、会いたいからその時間に? でも右京は一度も鉢合わせたことがない。
「先生! 気をつけなくちゃダメよ」
「そうよ。お教室の若い娘さんの中にも、先生が目当てって感じの子がいるみたいよ」
「奥さんが可哀想よ!」
えっと、まだそんな危機までは発展もしていないし、兆しもないんですけれど〜と、右京は心の中だけで呟いて、奥様方の親切な忠告にちょっと苦笑い。
しかし側で黙って聞いていた店長までもが。
「そうだよ。右京君! 君、女性の目をすぐに引いちゃうからね! 万が一、アプローチされても、上手く流してくれよ!?」
ええっと。そういうの、めっちゃ得意なんですがー。と、右京はある意味『昔取った杵柄』があることを、言いたいが言えず。
「これから、あちらのお客様が来たら、店長の私が接客するからね!」
「そうよ、そうよ!」
「そうしてもらいなさいよ。毎週来るだなんて、絶対に変よ!」
たとえ、金髪の彼女が奥様でなくても……。そんなことまでまだ発展していないのに……と、益々苦笑い。
でも……騒々しくなる一方。もう、仕方がないなと思い、右京はついに口を開く。
「あの……。今の……僕の嫁さんです」
周りが『え!?』と口を揃えて、静かになる。
皆、一時停止の顔をしていた。
「知りませんでした。嫁さんが、毎週、来ていただなんて。本当、今日、初めて彼女を接客したんですよ」
しん……とした空気。
だが、店長がやっと口をきいた。
「そういえば、奥さんからも、そんな素振りもなかったし、一言も……」
「ええ、そういう女性なんです。おしゃべりも苦手だし……」
「うんうん、そんな感じ。でも、すんごい雰囲気あるよね。いっつも私の方が緊張しちゃうもんね」
店長は徐々にしっくりしてきた様子。
よく思い返せば、うんとお似合いのお二人だねー! と、明るく笑い出した。
そこで今度は、静かになっていた奥様達も猛復活。
「えー! それじゃあ、なあに? ご主人に会いたいけれど、会わずに帰っちゃうっていうの?」
「でも、それって、絶対に会いたいから来ていたのよ!」
「本当、そこまで時間を合わせて来たなら、一目でも見ていきたいわよね。でも、そこを旦那さんの目に触れずに帰っちゃうって……」
『奥ゆかしいーーっ♪』
かしましい奥様達が、まるで乙女のようなはしゃぎようで口を揃えた。
まだまだ奥様達のお口は止まらない。
「知的でクールなかんじの奥様、素敵ね」
「ほんと、ほんと。次からは遠慮しないで、二人で並んでいるところを見てみたいわ〜」
「私もー! きっとお似合いよ〜」
先ほどまで、もしかしたら怪しい女一歩手前の烙印を押されかけていたのに、もう『お似合いの女性』に一気に昇格か……と、右京は密かに頬を引きつらせていた。
でもそんな右京を仕留める一言が飛んできた。
「右京先生、それってすっごい愛されているわよ」
右京は思わず、胸を『ぐう』と押さえて、倒れたくなる感覚に陥った。
その言葉、うんと弱い。
この右京でも読めない上手な行動をする奥さんが、愛してくれていることはよく分かっていても、彼女が行動で『愛しているのよ』なんてことを見せてくれることは滅多にない。
その行動が、この『奥ゆかしい』行動。あのジャンヌが? 『貴方の様子が気になって』とか『貴方に一目でも会いたくて』とか? それが如何に愛されているかの証よと、女性として熟練の奥様達に言ってもらったら、もう……『幸せ』。
「まあ! いつも余裕の先生が、見て、真っ赤!」
「まあ! 先生も本当に奥様を愛しているのね」
「まだ、結婚されたばかりなのでしょう? まだまだ新婚、新婚さんね!」
「あはは! あんなに素敵な奥様だったら、そりゃあ右京君も夢中だろうね!」
皆が口々に言う中、右京の意志とは別に熱くなっていく頬、耳、身体。
その後もずっと賑やかにからかわれる。
軍隊にいた時、絶対にしていなかった顔が今、ここに──。
うん、僕って今、めっちゃ幸せなんですーと、最後にはいつものお調子で開き直って言っていた。
・・・◇・◇・◇・・・
夕方のアルバイトと交代し、右京はその日の勤務を終える。
今日は学校の講義がない日だったので、朝から夕方までの長時間勤務だったのだが、それでもいつも以上にどっと疲れた。
まさか、まさか。あのジャンヌが右京のお教室がある時間を狙って、毎週来ていただなんて……。そんなこと、一言も言ってくれないこと、夫としてどこか腹立たしく感じる反面、どうにもこうにも『彼女らしいなあ』という気持ちに落ち着いてしまうから仕様がない。
白いBMWを卒業した右京は、今は大きな四輪駆動車に乗っている。
その車を運転しながら自宅へと向かう間、ふと、いつになく考えた。
元々は、どのような女性だったのだろう?
あの『事件前』までは……。
それとも、あの事件後、なにもかもを捨てて生きていた彼女の方が本物なのか……。
いつもはそんなことなんて考えない。
自分もそうだから分かる。
たとえ、彼女に事件があってもなくても、今、目の前にいる彼女が『ジャンヌ』。
それは互いに重い過去を背負い込んでしまった二人だからこそ、分かること。
そして右京も『鬼』を抱えてきた姿を、彼女に包み込んでもらって今があるのだから。
でも……。今日のようによく言えば『奥ゆかしい』のだろうが、見方を変えれば、どこか『遠慮深い』し、『消極的』だ。
これもやっぱり『事件』を知っている右京だから、そう見えてしまうのかも知れない。
ジャンヌは、罪があると言う。
ジャンヌ二十五歳。新進気鋭の、精神科医。
ニューヨークの大きな病院でその手腕を若くしてかわれていた彼女。
その頃の自分のことを、今のジャンヌはこう言う。──『勝ち組と傲っていた鼻持ちならない女だった』と。
若くして優秀、エリートの道を一直線。学会でも注目され、人も羨む青年実業家との結婚も間近。
そんな折り、婚約者に愛人がいることが発覚。彼は愛人とは別れるとジャンヌにすがったそうだが、その愛人の中には既に子供が……。
それを知ったジャンヌが取った行動は、当然、女の方に『別れて欲しい。子供ごと何処かに消えて欲しい』という猛攻撃。女性に自ら出した高額の金を叩きつけて、別れを迫ったという。
その果てに、その女性はジャンヌの目の前で子供を宿した身体のまま、投身自殺をしたとのことだった。
ジャンヌの『勝ち組』と思っていた人生の歯車はここから狂い出す。一人の人間を死に追い詰めた者として、婚約破棄をされ、職場を追われ。
そんな彼女が行き着いた場所。──『彼女もお腹の子も、私が殺したんだわ!!』。
なにが精神科医だろうか。相手の女性を追い詰め……。お腹に子供がいる母親の気持ちを理解できなかった人間が、なにが精神科医なのだろうか。
己を責めながら、ジャンヌはそこから姿を消す。ニューヨークには二度と現れなかったという。
次に彼女が現れた時は、職場を転々とする産婦人科医。世捨て人のようにして、全ての飾りを払った、味気ない女医として孤独に生きる日々。
ある時、彼女は軍と契約し、日本の離島に職場を得る。そこで、傷ついたまま大人になった自分よりもずっと若い女性『葉月』と出会う。
──聞かずとも、彼女が産科医になった訳がよく分かる。
彼女は償っていたのだ。
彼女から話さなくとも、従妹の主治医になりそうだと判った時に過去を調べてしまったから右京は知っていた。だが結婚をしようと決めた時、初めてジャンヌの口から、聞かせてくれた。
その時、彼女が言った。『どんなにどんなに、沢山の生まれてくる生命を取り上げても……報われなかった』と。それも彼女自身よく判っている。それが『二度と取り返せることのない尊い命』だったのだから、代わりの赤子をどんなにこの世に送り出す手伝いをしても、取り戻せないのだと。
出会った当時、華やかさに飾って生きていた右京が拒否したくなるほどに、彼女が地味に最低限の生活が出来れば良いというライフスタイルを徹底していたのはそういうこと。
しかし、ジャンヌにも『やや』救われた瞬間がやってくる。
なかなか子供がお腹に定着しない従妹が、やっと産んだ子『海人』を、産科医として逐一見守り、取り上げた瞬間だったと言う。
もう、いいわよね。
ふと、そう思ったらしい。
勿論、罪は一生背負っていく覚悟でいるジャンヌだが、やっと一歩、自分で自分を許せる瞬間がやってきたのだと右京は思った。
海人が誕生。産科医としてそれを見届けたのを境に、ジャンヌは心療内科の仕事に復帰した。
今は、山崎からも依頼が来るほどになり、谷村医院にその看板を掲げ、そこを拠点にして心の病に苦しむ人達の為にと邁進している。
でも、やはり……。妻は世間に対して、まだ背を向けている。
目立つのは好きではないし、お喋りだって進んではしない。そしてやはり今でも地味に生きている。
今日の『毎週来ていた』ということも……。
きっと店の者や、お教室の生徒さんに、右京の妻だと知られるのが嫌だったに違いない。
今でもぱっと人目を惹いてしまう夫。そんな男性に相応しくはない女性。きっとジャンヌは今でもそう思っているのだろう。
そんなことはないのに。過去があってもなくても、彼女らしい魅力があると何度言ったら分かるのだろう?? 彼女を素肌にして抱きしめるたびに、そう言うのに。彼女は二人きりの時はとても喜んでくれる微笑みを見せてくれるが、ひとたび、二人だけではない『世間』の中に溶け込むと、先ほどのように褒め言葉をことごとく覆していく……。自分には二度とそんな傲りはあってはいけない。自分にはその賛美は受けてはいけないという彼女なりの、罪滅ぼしなのか。
そう思うと、右京も何も言えない。ただ、今はもう……妻のそんな生き方を、側で見守っていくだけだ。
妻がひっそりと右京のアルバイト先に通っていたことが嬉しかったのに、しっくりとできなかった一日。
右京が運転する車は、自宅に到着。
「ただいま」
『おかえりなさい』
いつものように台所から、母の声が聞こえた。
夕食を作っているのだろう。日常の姿だった。
二階の自室へと上がる階段へと向かう前には、主が居座っている大居間を通る。
やはりそこでも、日常の光景。着物姿の父、京介が新聞を読んでいる。
「親父、ただいま」
「おかえり。今日はバイトかね」
「ああ。明日はまた学校」
まるでまだ学生である息子とその父親のようなやり取りだった。
それでも父は、近頃、そんな右京を見るとどこか嬉しそうに微笑んでいる。
……おそらく。やっと右京が自分から『やりたい』とういう事に懸命になって日々を過ごしているからなのだろう。
もう、四十も過ぎたというのに、おかしなことだが。『我が家』はこうなって良かったのだと右京は思っているし、きっと……両親も。
「ジャンヌが花を大事そうに抱えて帰ってきたよ」
「ああ、うん……。うちで買ってくれたんだ」
「やはりね。いつもお隣の医院に飾っている花もそうじゃないかと思っていたんだが。お前はちっとも気が付かなかったのかね?」
そうなんだ……と、右京は面目ない顔で、父親に照れてしまった。
でも、あの奥さんのことだから、恥ずかしがって旦那の店にはこないと思っていたのだ、本当に。だけれど、その裏をすっかりかかれてしまっていた。
その上、騙されたのは右京だけで、父親はすっかり判っていたよう。なんてことだろう。
すると父京介が、ちょっと呆れた溜息。
「大事すぎたのかね。彼女、どう飾ったらいいか分からないと、部屋でずうっと切り花と洒落た花瓶とにらめっこしていたよ」
「え? 帰ってきてから、ずうっと?」
「ああ。お前に選んでもらったから、下手には飾りたくないのだろう。でも自分でやりたいから、一人にして欲しいと部屋に籠もっているんだよ。見かねた母さんがアドバイスをしようとしていたけれど、私がやめなさいと止めたほど、見ているともどかしくてね」
それにも右京は驚いて、父親が『早く行ってあげなさい』と言うと同時に、階段を登り始めていた。
まったく……。本当になんて、いじらしい奥さんなのだろう?
父親が言ったように『大事すぎて……』と思ってくれながら、不器用にも綺麗に飾ることが出来ないで躊躇っている妻の姿が容易に浮かぶ。
そんなところ、あの毅然としている女医の横顔にはない、本当に夫の右京だけが知り得る『妻、ジャンヌ』の不器用な姿。
「ジャンヌ。ただいま」
二階の部屋に行くと、ジャンヌは父親が言ったとおりに、テーブルの上に白い花を置いたまま、フラワーベースとにらめっこをしていた。
「おかえりなさい」
いつもの硬い表情。
「なんだ、まだだったのか……」
「ええ。無造作にと貴方は言ったけれど……。それでいいのかしらと……」
まるで自分に問うているような、ジャンヌの言葉。
無造作……『そのままでも大丈夫』という意味に聞こえたのかも知れない。でも、彼女はやっぱり、綺麗な花を綺麗に束ねていく夫の仕事を思って『私もそうなりたい』と思ってくれているように聞こえてしまった。
「いいから。ただ、そこに一本ずつ。無心になって挿してみたらいい」
「無心……?」
そう聞き届けると、やっとジャンヌの指が花を取る。
そして彼女は、静かにゆっくりと花瓶に花を挿していく。
無造作に。ただ一本ずつ。でも、右京には分かった。彼女は無意識に微妙にバランスを取りながら、活けている。
やがて、ただ花瓶に挿しただけの、妻の作品が出来た。
「いいね。花も笑っているように見える。あとは水を入れたら、このガラスのベースにも表情が出て見栄えがするだろう」
「有難う、貴方」
妻の『有難う』。
花が挿せない心情を、察してくれたと思ってくれたのだろうか?
ちょっと泣きそうな顔をしていたように見えてしまった。
ジャンヌはそれを、同じ二階にある彼女の書斎へと持っていった。これで心を和ませながら仕事が出来ると笑顔になった。
もう……。今日、店であったことは聞こうとは思わなかった。
まだまだ、出会った時のままの『彼女らしい』は健在なのだけれど、それでも、彼女にも光が降り注いでいるように思えた笑顔だったからだ。
「そうだわ、右京。お母さんから聞いたわよ。『華夜の会』のご招待をお断りしたのですって?」
落ち着くなり、そんな話になり、右京は顔をしかめた。
「ああ。俺はもう……ああいう場所には行かないんだ」
「どうして? 葉月さんも出席するらしいわよ。篠原会長と約束したヴァイオリン演奏をするとか──。東條さんが貴方を招待してくださったのも、葉月さんの演奏のお供は貴方しかいないと……」
「もう、いいんだよ。葉月は葉月でちゃんとやれるし、あいつには隼人も純一も──」
すると急にジャンヌの顔が険しくなった。
「いいえ。葉月さんにとって血の繋がったお兄さんは貴方しかいないのよ。それに、ヴァイオリンのお供も貴方だけだわ」
きっぱりと言い切ったその顔。
今度は右京が背を押されている。
でも、と右京は躊躇う。
出席をしたところで、華やかに着飾って出向くのはきっとこの夫だけになるだろう。妻こそ、偉そうに『行ってこい』というが、そんな自分は着飾ることなどしないで、留守番をしているに違いない。
そんなの楽しくないじゃないか。
夫妻になったからには、いつでも一緒にいたいと右京は思っているのだから。
そんなふうに意固地になっている夫を見て、ジャンヌが呆れた溜息をこぼした。
「あら、残念ね。私、今日……買ったのお花だけじゃないのよ」
今度はなんの話だ? と、右京が首を傾げる。
すると、ジャンヌはちょっと勝ち誇った笑みを見せながら、自分のクローゼットへと向かっていく。
そこにはジャンヌらしい黒やグレーなどの暗い色合いのスーツや白いブラウスばかりが収められている。そんな彼女のクローゼットの扉が開けられた。すると……。黒いスーツばかりのど真ん中に、明るい色合い? やんわりとしたアイボリーの……。その優しい色合いを醸し出している服が掛かっているハンガーを取りだしたジャンヌが、その服を自分の胸に当てながら、右京に不敵に微笑んでいた。
「ふふ。見て……。こんな色合いの服を着てみたかったの」
「ジャンヌ? それ、いつ買ったんだ?」
「だから、今日よ。だって、招待状が届いたと知って、私は貴方が絶対に行くと思っていたのだもの。今度は華やかな貴方に負けない奥さんになりたいと思ってね。ねえ、このドレス。無駄にする気なの? だとしたら、私、貴方のこと長い間、恨むわよ」
そんな色合いの服。
俺が選んでも着たことないじゃないか! と、右京は叫びたくなった。
つまり……?
また、やられた!?
彼女は、右京を行かせたいから、普段は絶対にやらないだろうことを、自分からやってくれたのだ。
そこを越えてまで……右京を行かせたいのだと。
その為には『私も変わらなくちゃ』?
「ジャンヌ……お前……」
柔らかそうなドレスごと、右京はジャンヌを抱きしめる。
一番、柔らかいのは、彼女の金髪だけれど。既に彼女が抱きしめているドレスからも、どこか甘い匂いが漂った気がした。
そんな優しい色合いのドレス。きっと俺でも選ばないだろうけれど。きっと似合いそうだと……右京は思った。
「ずるいな。そのドレス姿、見たくなったじゃないか」
「見たいなら、どうすれば良いと思う?」
ほら。いつもの上手の奥さんになっている。
そんな妻、ジャンヌのなにもかも分かっているような笑みは、強敵。
彼女に有難うの一言を囁き、右京は招待を受ける決意をした。
その夜にはきっと、彼女も一輪の『華』。
己に罪の烙印を押し、まだ囚われていても、ほんの一瞬だけでも彼女が『華』になれることを、右京はいつだって祈っている。
一瞬でも、妻の華の時間を、いつだって待ちわびて──。彼女はきっといつか、自分から咲いてくれることだろう。
Update/2007.8.22