6.花びら映して

 なんだか、せわしい金曜日の夕方──。

「葉月? 終わったのか?」

「まだ〜……」

「大丈夫か? そろそろ……」

「解っているわよ。 だから、急いでいるんだもの!

それにしても……なんで? キャプテンと一緒に行かなくちゃ行けないの??」

葉月は、書類に『ポンポン』と急ぐように隊長印を押しまくっていた。

そう……デイブは葉月が『参加』を決めても、まだ安心できないのか?

『定時になったら、迎えに行くぞ! お前の車でサワムラと一緒に行く!!』

──と、言い渡されていたのだ。

 

 そこへ……

「きたぞ! いくぞ!!」

定時きっかり……デイブ=コリンズが待ちかまえたように

第四中隊中佐室に、毎度の如く、顔を出した。

「なんだ? なんだ!? まだ、終わっていないのか!?」

「ごめんなさい! すぐ……」

デイブが葉月の机を心配そうに覗き込む。

今日の葉月は、デイブのお迎えにも『素直』

なんとかして、キャプテンとの約束を守ろうと必死な急ぎ姿。

隼人は、なんとか終わったので、上着を羽織りながら

そんな、葉月の素直な姿をニッコリと見守っていた。

 

 「嬢ちゃん、キー貸せよ」

毎度の如く、隊長のデスクに足を組み腰をかけたデイブが葉月に手を差し出した。

「え──……」

葉月が、そんな拒否反応を……。

「お前の車、最近、乗っていないからなぁ〜」

デイブはそう言って『クックッ……』と、なんだが楽しそうに笑いを漏らしたのだ。

「あの……運転なら、僕がしますよ? 中佐」

先輩に運転はさせまいとした、隼人の上下感覚からくる申し出だったのだが……。

「ノーサンキュ! 俺は運転大好きだ♪ 特に嬢の車♪ サワムラ! いこうぜ!」

「……壊さないで下さいよ?」

葉月が、嫌々そうでもなんだか、逆らえないとばかりに

デスクの引き出しから、愛車のキーをデイブに差し出したのだ。

「いただき♪」

デイブのニンマリ顔……葉月がおののいたので、隼人は首を傾げた。

 

 『嬢! 駐車場でまっているぞ! サワムラ、行くぞ!!』

そんなデイブに、腕を引っ張られるかのように隼人は連れ出された。

(なるほど〜……車が人質ってわけ??)

隼人は苦笑いで、中佐室から連れ出される。

「ヨウコ! お前も早く来いよ! カワカミも行くんだろ?

早く、女の子達の仕事、切り上げさせろよ!!」

デイブは、同じ中隊の河上少佐の妻である洋子にも一吠え。

よその中隊本部でも何のその……。

その現場張りの大きな声で、洋子もビックリ飛び上がり……

「解ってます! もう……中佐ったら……」

洋子は経理班の班長故、女の子達を促して業務を切り上げさせようとしていた。

「早く来いよ! 美味いモン、いっぱい食おうぜ♪」

デイブのウィンクに、経理班の女の子達も『ニッコリ』……

『はい!』と、元気の良い返事が。

(これで……皆、納得の花見だな……)

隼人もホッと、笑顔をこぼした。

葉月ばかりが誘われる催しではない。

本部の外国青年達も女の子達も、今日は朝から落ち着きない。

「今日はリュウも張り切っていたが……女の子達はリュウ目当てかなぁ?」

デイブがポツリとこぼして……また、『クック……』と笑うのだ。

「リュウは恋人とかは?」

「いるモンか……アイツも、結構不器用というか……

逃しやすい男でね……年頃で手頃なモンだから、女の子がいっぱい声かけるだろ?

選び損ねているタイプだな。俺としては早く落ち着いて欲しい奴の筆頭だけどね」

「はぁ……そうですかぁ……」

確かにリュウは、韓国人といえども、アメリカ育ちのせいか

妙に先進的で、センスがこなれていて……

背も高いし、葉月より二つ年上……。

涼やかな東洋的な顔立ちが、日本系女子隊員の注目の的。

おまけにパイロットと来ていて、いつだって女の子達が熱い視線を

カフェテリアで送っているのを隼人も肌で感じてはいたのだ。

だから……余計に葉月は疎まれやすい。

そんな男達に囲まれているお得な中佐令嬢なのだ。

「サワムラ……お前はな……」

「はい?」

廊下を歩きながら、デイブが今度は深いため息を一つついた。

「これから、お前は女達にいろいろカマかけられるかもしれないが

嬢一筋で行けよな?? いいかぁ??」

「はぁ……」

「今夜は、嬢を途中で連れ出して『良し』だ!」

デイブが拳を握って……何を吹き込むのかと思えば……

隼人は苦笑いでお返事。

「連れ出すって……中佐はご存じでしょう? 

彼女と僕は一緒に住んでいるんですよ?」

「おまえなぁ?? そう言うところ、日本的だぞ!?」

「日本的??」

「日本の男は味気ないって本当だな?」

「……と、いいますと??」

「こういうムードは逃さずに、いい雰囲気を上手く使えっていっているんだよ!」

「ムード……ですか?」

とか、いいながらも……隼人も本当は解っている。

『桜がここにも咲いている』

ムードなんて……いつも突然フッと湧いてくるもの……。

特にあの無感情令嬢の葉月が

──それ花見だ、いい雰囲気だ、今日は特別!──

なんて、そんなイベント事にほだされるタマで無いのは、隼人が良く知っている。

クリスマスもバレンタインも全然無反応な女なのだ。

無論……隼人もホワイトデーって何? え? 終わっていたの??

と、いうタイプであるから……。

そんな事、なくても充分常日頃、葉月とはいい雰囲気味わっているのだ。

だが……デイブは続ける。

「……あのな? サワムラ……」

いつも賑やかで豪快な彼が、時々見せるしんなりとした優しい顔。

だから、隼人も黙って先輩の言葉を待つ。

「今年は……嬢にとって……良い桜を残してくれないか?

それが出来て……初めて嬢は新しく、さらに新しく前に進み始めた。

そう、俺の独りよがりだけど、見届けたいんだな……。

サワムラとの桜の季節をさ……」

「…………」

隼人の中でも先日感じた事。

葉月が乗り越えて、初めて皆も悲しい思いから脱することが出来るのではないか?

だから……

「そうですね……。そういう雰囲気になれば、考えておきます」

職場、先輩前のいつもの『天の邪鬼』

デイブが途端に、渋い顔。

「ったく。。。」

デイブは、すんなりとその気にならない隼人にも業を煮やしたようだが

それ以上は……何も言わなかった。

「おお。そうそう……嬢から目を離さない方が良いぞ?」

「は? 何故ですか??」

「ふふ……サワムラ、お前はまだまだだな」

天の邪鬼の仕返しに、葉月に対しての『新参者扱い』

今度は、隼人が渋い顔に……。

(なんだよ〜……まだ、何かあるのかよ……)

また、そんな不安にさいなまれながら、隼人はデイブと夕方の駐車場へ──。

 

 

 『ヒュゥ♪』

「やめて〜……お願い。。」

 その時、隼人は葉月の車の後部座席。

葉月は助手席、デイブが運転席……。

葉月が、シートに背をひっつけながら半べそをかいている様を

隼人は笑いたいところだが、自分もシートにしがみついていたり。

 

 「きゃぁ〜! キャプテンやめてよ!! 

ガードレールにもう少しで擦ったじゃないの〜!!」

「ぎゃぁ、ぎゃあ、うるさいな! お前だってこれぐらいの事、いつもしてるじゃないか?

助手席にいるから、余計にそう見えるんだよ!!」

「違うわよ! あ! ちゃんと、ブレーキ踏んで!!」

とにかく、デイブの運転は危なかしい!!

海沿いの細かいカーブをノーブレーキでハンドルを回しているかのよう!?

 

(さすが……パイロット!! 普通のスピードじゃ物足りなさそう!?)

隼人は感心しつつも……乱暴な運転に身が縮こまる思い。

葉月がキーを貸したがらないわけが解ったような気がする。

 

 「ちぇ。意外と公園まで近いな。峠じゃないと面白くないぜ」

夕暮れの海岸公園にやっとたどり着く。

葉月と隼人は二人揃って、ゲッソリと赤い車を降りた。

デイブは運転席を降りると葉月に向けて『シャラン……』とキーを投げつけた。

葉月も息があったように空中で『パシリ』と受け取る。

「帰りはお前が運転手♪」

「……ったく。。」

葉月のふてくされた顔。

それでも、そこはちゃんと後輩らしくデイブに素直なところで、

隼人は息のあった二人が逆に羨ましくなったぐらい。

「あ。隼人さんも、気にしないで呑んでね?」

それでも、夕暮れ……海辺公園の潮風の中

葉月が愛らしい笑顔を浮かべたので、隼人もつられて微笑み返してしまった。

どうやら……、もう、ここでは『中佐嬢』ではないかのよう……。

そんな葉月の素直な微笑みを、デイブがチラリと肩越しに確かめ……

彼は一瞬……葉月が気づかないよう、あの優しい眼差しで微笑んだのを

隼人は見逃さなかった。

 

 「おお!? 満開じゃないか♪」

デイブは広場に入るなり、青い目を輝かせて大喜び!

そんなアメリカンのはしゃぎように、隼人と葉月は目を合わせて微笑み合った。

公園内広場。

金網で囲まれた公園。 

海側も金網だが、そちらは桜が無くて、階段で砂浜に降りられる公園なのだ。

潮風が直接吹き込んでくる中……

道路際、金網の桜並木の下に、もう人だかりが……。

 

 一番、枝振りが良い大木の下には、軍の深緑色の牽引車。

そして……

「お! 言い出しっぺが来たぞ!!」

もう、煙をたなびかせている屋台がある。

そこから、姿変わらぬ主人が手を振っていた。

「キャプテン。遅い!!」

栗毛のマイケルがデイブを見つけて叫んだ。

コリンズチームはいつもの結束で、既に勢揃い。

やりだしたチームとして、皆、オヤジさんの周りで

うろちょろ手伝いをしているところ。

「お嬢、屋台引っ張ったのは初めてで、ドキドキしたよ〜。

コリンズ中佐に、任されたときは驚いたけど……

コリンズチームも手伝ってくれて、なんとか……」

「山中兄さん……ご苦労様。陸専にお任せしたけど、助かったわ〜」

葉月が、手を合わせて拝むと、山中もニッコリ。

「遅い。遅い! 待ちくたびれちゃったよ〜……!」

ジョイはもう……調子よくカウンターに席を取って、なにやら食べている。

「フライングじゃないの? ジョイったら……」

葉月がいつもの如く、シラっと呟いたので隼人も苦笑い。

「もう、始まっているって感じだねぇ……」

桜の木の下、屋台を中心に本部員が男も女も好きずきに陣取って

紙皿片手にもう、おでんをつつき合っている賑わいだった。

『リュウ大尉! お酒、ありますよ♪』

五中隊の若い女の子達が早速……

桜の木の下、芝上のゴザに陣取って、この機を逃さんとばかりに彼へ手招き。

「いいねぇ〜。。俺、あっちの花に行こうかな??」

『調子良いわねぇ……』

リュウが女の子の集団に寄っていく所で葉月がまたシラっと呟いた。

「いいじゃない? こんな時じゃないと交流無いじゃないか?」

しかし、少し格が上の五中隊の外人女性チームにリュウを奪われて

四中隊の日本人中心の女の子達は面白くなさそう……。

隼人がそう言ったところで……

「隼人君! こっち、いらっしゃいよ〜♪」

洋子姉さんが、ご主人の河上大尉と並んで隼人の手招き。

「いってらっしゃい」

「え? お前は??」

葉月が栗毛をなびかせて、隼人からこれまたシラっと身を翻したのだ。

『嬢ちゃん、こっち来いよ』

『お嬢、おでん、バカうま♪ 来て来て♪』

デイブとジョイと山中はカウンターに席を取って葉月を手招き。

『卵、昨夜から仕込んでおいたぞ♪』

オヤジさんまで……お玉に卵を乗せて葉月を誘うのだ。

補佐軍メンバー達は、カウンターでお馴染みのオヤジさんと和気藹々。

そこに当然のように葉月が誘われる。

(俺もそっちに行きたいよ〜!?)

だけど、洋子姉さんが旦那と一緒、後輩の女の子を従えて『にっこり』

(くそ! 人のこと冷たくあしらうけど、お前は何だよ??)

おじ様に、兄様に、弟分……

──葉月も男に囲まれて同じじゃないか!?──

と、隼人も意地になって洋子姉さんチームに合流。

「きゃぁー。澤村少佐と一緒にお酒呑むなんて初めてかもぉ♪」

若い女の子達が、隼人が来たので妙に浮かれ始めたのだ。

「だから、言っただろ? 洋子。ほうっておけって……

ね? 澤村君……お嬢の側が良かったよね??」

同じ男同士。初めて対面したときと変わらない物腰の良さで

河上少佐が隣りに座る、妻・洋子をチラリと静かに見下ろしたのだ。

洋子は、夫にもいつもの調子で明るく舌を出すだけ。

静かな夫に明るい妻。

なんだか……『お似合いだな』と、隼人はそれだけで和んで

河上少佐の横に陣取った。

その河上の一言が効いたのか、女の子達も急に大人しくなる。

『御園中佐の目の前で調子よくしてはいけない』

そう……少佐のおじさんに釘を刺された気になったようで

隼人もホッとした。

「ゆっくりお話しできるのは、初めてかも知れないですね〜」

「そうだね? いつもうちのうるさい奥さんがお世話になっていてゴメンね」

河上がニッコリ、隼人に紙コップを差し出してくれた。

洋子がふてくされながらも……手にしていたビール瓶を隼人に向けてくれた。

洋子と河上少佐がいるだけで……隼人はホッとして……

日頃出来ない話しに、河上夫妻の馴れ初めなどついつい盛り上がってしまった。

そんな事をしているうちに、隼人の話は『大人の話』と

業を煮やしたのか?

面白くないのか洋子の後輩達は、

切り替え早くパイロットの軍団へと移動していったのだ。

「調度良くなったかもねぇ〜」

河上が、笑いながらビールを煽る。

 

 ふと気が付くと、屋台のカウンターには、いつの間にか

『ウィリアム大佐』も来ていて、葉月の横でお猪口を持って機嫌良く呑んでいたのだ。

「あ。大佐……いつの間に??」

「皆が盛り上がった頃、気づかれないようにそっと来るところがうちの隊長らしさ」

河上がそうニッコリ教えてくれた。

「雰囲気壊さないよう、皆が周りを気にしなくなった頃来たって事ですか?」

「そうそう。控えめなんだよね? うちの隊長は……」

「いやー。素敵な気遣いですけどね……感心です」

「お嬢が隣にいるから、お父さん気分で楽しんでいるよ。きっと──」

(なるほどー)

隼人は、葉月の手酌におでんの見繕いに、ニッコリ笑顔の大佐を見て……

『俺、案外、側にいなくて良かったのかも?』と

カウンター席へ行きたいという願望が薄れてしまったのだ。

 

 「よう♪ なんだよ〜、サワムラ、結構いけるじゃないか??」

デイブが一升瓶を抱えて『酌廻り中』なのか、もう頬を染めて割って入ってきた。

「まぁ……中佐ったら……もう、出来上がったの??」

洋子もちょっと驚いた様子。

「ヨウコ〜……お前な……日本人妻なら『注げ』」

デイブが一升瓶を洋子に差し出したのだ。

「ひどいわね! 男尊女卑だわ? 日本の女性が注ぐのが当たり前みたいに!」

「憧れなんだよ〜……黒髪『美人』にソソと注いでもらうのが〜

あるだろ? 映画で、着物の女将が袖に手を添えて注いでくれるんだよ〜」

(だいぶ、酔っているなぁ……)

隼人と河上は顔を見合わせて、揃って苦笑い。

でも……洋子は『憧れの黒髪美人』と持ち上げられて、もう……にっこり。

「では? そこまでおっしゃるなら、親日家中佐の願いを叶えますわよ♪」

洋子がそれらしくお酌をするとデイブもご満悦状態。

「ヨウコのその結い髪がいつも目に付いてね〜。。いいぞ!」

「もうー。本当に酔っているでしょ? 中佐ったら、そんなお上手騙されませんよ!」

隼人と河上は一緒になってクスクスと笑った。

するとデイブが酔っているクセに隼人に向かって屋台へと指をさすのだ。

『え!?』

隼人はビックリ! つい先程までウィリアムの隣で笑っていた葉月がいない!?

桜吹雪の屋台の周りを見渡した。

若い本部員の群にも……

パイロットチームの群にも……

 

──何処にも葉月がいない!?──

 

 「はぁ。お嬢らしいね……」

隼人の横で、河上少佐が当たり前の如く呟いて微笑んだのだ。

「本当……いつも、そっと抜けちゃうんだから? いいの? 隼人君」

洋子まで……!

「いつも?? ですか!?」

「そうよ。こういうお騒ぎは疲れるのでしょうね? 一人が好きな子なのよ

それもそうよね? いつも人に見られて、囁かれて……

そんな葉月ちゃんが、今回の花見を皆が行くように差し向けたって

ジョイから聞いて一緒に驚いていたんだから……

気にせずに、気心しれたコリンズチームだけで楽しめば良かったのに……

あの子も、結構、気苦労しているわよね? うちの女の子は喜んでいたけど?」

長年、連れ添ってきた同性の洋子がそこまで葉月を語る。

──『俺? まだまだ??』──

隼人は、一人新参者気分になりたいところだが……

急に腹立たしさも込み上げてくる!

何も言わずに隼人を置いていった事もそうだが……

自分で台風を作っておいて、ほったらかして消えるなんて!!

でも……

「嬢にとっては、お騒ぎなんて意味無いんだよ。

もっと、違うことが欲しいのだろうさ? 例えば……静かな時間とか安らぎかな?

あそこらへんで、なにやら駆け引きしている若いモンとは欲しい物違うんだよ……

だが……『交流』に『協調性』は大切だ。俺が誘うのはそれだけ……」

デイブは、酔っているクセに……ポツリとそんな事を囁いてコップを煽った。

「きっと、そうね? 捜したら? きっと、その時間に隼人君は必要よ?」

洋子が、黒い瞳を神妙に隼人に向ける。

「うん。そうだよ。澤村君だって……ここで必要なものある?

女の子達の相手とかに……」

隼人は何故だか、そんな先輩達に煽られるように……

素直に首を振っていたから自分で驚いた。

『もう、余興会参加は充分果たしたよ。行っておいで』

河上夫妻が、そういって隼人をそっと送り出してくれた。

「オヤジさん……また、こんど」

とりあえず……なぎのオヤジさんに挨拶をすると……。

「おお! またな! 大変だなぁ……」

なにやら、解りきった顔。

「お嬢なら……コートを取りに行くと車に向かっていったよ?

戻ってこないと思うけどね??」

ウィリアムも解りきったようにニッコリ……

「でも、車は置いていくと思うよ? お嬢に無理矢理呑ませたんだ♪」

ジョイが葉月が簡単に逃げ出さないよう、さり気なく手を打っていたことに驚き!

「すこし、頬が赤かったから……海岸でも降りて涼んでいるだけかも?」

山中も……

『行っておいで』

カウンターの大佐と補佐達にも送り出されて……

隼人はそっと……桜吹雪の中、駐車場に向かった。

 

 駐車場で葉月の赤い車を、念のため覗いてみる……。

(あ。本当だ、コートがない)

軍支給の制服の中に、紺の薄コートがあり、女性達はスプリングコートとして

所持する者が多いのだが、後部座席に葉月が置いていたコートが消えていた。

じゃぁ……海岸だろうか? と、こちらも念のために行くことにした。

駐車場からも、海側の金網フェンスの土手から階段で砂浜に降りられる。

そこを隼人は走るように降りてみた。

砂浜の前に、一本の小道があり、そこは散策道。

松の木にここにも桜が所々あって、小道には花びらが踊っていた。

 

 『ここじゃないのか?』

もしや? 一人でひっそり……丘のマンションに向かったのだろうか?

それなら? 何故? 『俺を置いてゆく??』……隼人は腑に落ちなくて

それでも、早歩きであちこちを見渡した。

 

 すると……

桜の木が数本、見事に花が咲き誇っている下で

紺のコートを羽織って、海岸を見つめている栗毛の女性を発見!

 

 「葉月?」

声をかけると、彼女が振り向いた。

 

 「隼人さん……」

栗毛を揺らして、葉月がにっこり……。

丘のマンションで見せてくれている、いつもの女の子の笑顔を返してくれた。

隼人も、その横に駆け寄った。

 

 「なんだよ?? いきなり、いなくなったりして! 驚くだろ??」

「だって。ジョイに山中のお兄さんとお酒呑むと、取り留めないんだもの。

思わぬうちに、呑まされちゃって……今日は、車、置いて行かなくちゃ……。

それに……また、呑んじゃった……。熱い……」

その通りなのか、確かに葉月の頬は赤かった。

「汗引いて、風邪ひいちゃいけないと思って……コート持ってきて、酔い醒まし中」

また、無邪気ににっこり……隼人を見上げて微笑むのでほっとした。

 

 でも……

「じゃぁ。早く、皆の所、戻ろう?」

葉月が隼人の言葉に首を振った。

「どうして?」

「隼人さんが迎えに来てくれたから……もう、いい」

「は? 俺が迎えに来なくても、お前、帰るつもりだったんじゃないの?」

「…………」

僅かに微笑んでうつむき……葉月は、何も言わなくなった。

 

 「ここね? 知っている? 基地の若い子達のデートのお決まりコース

今日もここら辺、カップルがいっぱいいると思うわよ」

「だから……なんだっていうんだよ?」

葉月らしくないなぁ……と、隼人は呆れて、波際を見つめながら

桜の大木の下、葉月の横に腰を下ろした。

「……」

葉月は、またそれから何も言わなくなって……

この前のように、手のひらを空に向けて桜の花びらが落ちてくるのを

ただ……ジッと、待っている。

それを……隼人も暫く眺めた。

葉月の長い栗毛に……花びらが何枚もまとわりついていた。

「あのさ……今、何考えているんだよ?」

隼人は波打ち際を見つめて呟いた。

「隼人さんと二人きり、私達も『カップル』にみえるかな?」

「誤魔化すなよ、そんな事じゃないだろ?」

「言わないといけないの?」

「……言わなくても、だいたい解るけどな」

隼人が、葉月の目も見ずに波間だけ遠い目で見つめると……

葉月も、そっと……隼人の横に腰をかけたのだ。

 

 「きっと、同じ事……考えている」

葉月も……隼人と同じ方向、海岸の波に視線を馳せている。

「だね? 一緒に、言ってみるか?」

「うん……」

二人で、『せーの』と掛け合って出てきた言葉。

 

 『遠野大佐』

 

 「……やっぱりね」

隼人がそっと俯いて笑うと……葉月が少し後ろめたそうに隼人を見上げている。

でも、隼人はすぐにいつもの笑顔で葉月を見下ろした。

「葉月……お前が俺に会いにフランスに来たのは何故だったかな?」

「え?……その……」

「誰がいたから……俺達は、出逢えたのかな?」

「…………」

「祐介先輩がいたからだろ? 俺とお前が向き合っている意味は……

その意味の中に、先輩はずっと忘れられない存在で有り続けるんだ

なのに……お前、桜が咲く度に、先輩の葬儀を思い出して

俺に後ろめたい思いを毎年、抱えるのか? 俺は、そんなの『ゴメン』だね」

今度は、彼女のガラスの瞳を真っ直ぐに見つめて隼人は言いきる。

勿論──葉月は、驚いた顔をしたのだ。

「それで……葉月……」

思い切って言おうとしたところ……

『ふふ』

『ははは……』

葉月と隼人が腰を下ろしている桜の木の裏、小道を……

制服を着たカップルが肩を寄せ合って楽しそうに通り過ぎていった。

だから……急に言葉を止めてしまった。

隼人達の存在には気が付かなかった様で、一応、ホッとした。

「なに?」

人の気配が無くなって、今度は葉月が隼人を真っ直ぐに見上げる。

「お前、そのコート脱いでくれる?」

「え? どうして??」

「いいから!」

隼人が、強く言ったので葉月が首を傾げながらコートを脱いだ。

その脱いだコートを隼人は取り上げる……。

 

 そして──

「なに? なんなの?? 何のつもり??」

そのコートを葉月の頭を隠すように、覆ったのだ。

コートの中から覗く、茶色の瞳がすこし不安そうだった。

でも……

「お前は目立つからな……それだけ」

「目立つって??」

「……来年、思い出してくれる?」

「なにを??」

「……俺とここで、話したことも……『こうした事』も」

そして……その後には、静かに散る花びらの中……

波の音だけが……二人の間に響いた。

コートの中に、隼人の『嬢様』を閉じこめて……

そっと、彼女に口付ける。

『隼人さん……』

何故だろう? 葉月が泣いていた。

少しだけ……瞳から涙をこぼしていた。

『うん……思い出すから……きっと』

『桜が咲いたら……思い出すから……』

唇がそっと離れるたびに……葉月がそう言っていた。

彼女から離れて、コートから頭を出すと……

葉月はすすりながら、暫く……隼人から顔を背けて俯いていた。

でも……

「ねぇ? 『ムーンライトビーチ』に行ってみる?」

輝く笑顔を……夜灯りの中、隼人に向けてくれたのだ。

「なにそれ? そんなビーチ、小笠原にあった?」

「ビーチじゃなくて、この前、言っていた『ショットバー』よ

そういう名前なの……。

ジョイとデビーも……山中のお兄さんも……二次会はそこがお決まりなの!

先に行ってマスターに素敵なカクテル作ってもらうの

二人だけで……こっそり、先に乾杯しない?」

葉月がコートを羽織り直しながら……

波間を見つめながら元気良く立ち上がった。

そこには……隼人が敬愛している真っ直ぐ輝く瞳のウサギがいた。

「いいね♪ 待ち伏せしようぜ」

帰るのかとおもえば……

葉月は、そんな『お付き合い』を復活させる気になったようだった。

 

 「栗毛……目立つの?」

公園の小道を歩いていると、葉月がそっとそう言った。

「栗毛はいっぱいいるけどな。葉月が目立つんだよ」

「だから……隠してくれたの?」

「念のためね。気に障った?」

『ううん♪ メルシー♪』

彼女がそう言って……本当に恋人同士のように隼人の腕にしがみついてきた。

誰もいない夜道だから、隼人もニッコリ……彼女の肩を抱く。

「いっぱい、ついたな」

彼女の栗毛をそっと手ですいてみると……

栗毛の隙間から、ハート型、ピンクの花びらが、一枚、二枚……

そっと隼人の指から、潮風に流されていった。

そこにニッコリ、微笑んでいる葉月が確かにいた。

 

 『いらっしゃい……おや? 久振りだね?』

黒いヒゲを蓄えている40代ぐらいのマスターのショットバー。

葉月はここでも『久振り』と、そう言われて……

勿論、ここでも、隼人のことを『彼なの』と紹介してくれた。

 

 「マスターにお土産、今日、お花見だったの」

葉月が公園で一枝折って来てしまった桜をマスターにプレゼント。

「ああ、デビーが二次会で使いたいから席空けて置いてくれって言われて……

今日は、四中隊に貸しきりだ」

だからだろうか? 隼人と葉月の二人だけしかお客がいなかった。

 

 「では、今日は特別」

マスターが作ってくれたカクテルは……ピンク色。

そのグラスが隼人と葉月の前に出された。

桜の花びらを……マスターは浮かべてくれたようだった。

 

 『乾杯』

来年は、花びらに何を思い映す?

彼女に問いかけながら、隼人はグラスを合わせる。

 

 『隼人さんの事』

彼女の笑顔がそう言っていた……。

 

 まだ……彼女の髪から、桜の花びらがヒラリと落ちる。

『俺も……思い出すよ きっと……』

 

 桜の花が咲く頃……。

桜の花びらをまとった彼女をきっと──。

 

『桜咲く頃……』 =完=

+++御礼+++
リクエスト頂いてから、随分、時間かかってしまいましたが。
最後までお付き合い、有り難うございました。
最初は『花見イベント!?』と躊躇しておりましたが
良い題材を与えて下さったと、勉強になりました。
イベント……じゃなかったような気がしますが(^-^;。。如何でしたか?

★最後までお読み下さって、有り難うございました。
 皆様の一言お待ちしております。(^^)
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