=氷の瞳=
4.大晦日に
その後……
隼人が予想していた通りのクリスマスが過ぎた。
つまり……仕事の一日で終わったと言うことだ。
葉月と帰省について多々きつめのやりとりがあったが
葉月がとうとう……大人しく引き下がってくれたようだった。
「隼人さん 支度できた??」
「うーーん 葉月は出来たかよ?」
「なにしているの??」
大晦日……夜
ジョイがフロリダの実家に帰って、戻ってきて……
山中の兄さんが一人息子を『初孫、初顔見せ』として
鹿児島の実家に帰省してすぐだった。
真一は右京に呼び戻されて天皇誕生日の冬休み入りから鎌倉だった。
その日の夕方からフランク家にお邪魔することになった。
葉月が支度をして林側の書斎を覗きに来たところだ。
隼人が着ていく服に悩んでいる所……
『いい? ハヤト。お呼ばれの時は何があってもスーツで行きなさい』
マリーママンの教えが耳の裏こだましていた。
部屋に入ってきた葉月に振り返ると……
「もう……21時よ? 早く行かないと……おそば食べられないから……」
なんと!!
見た事ない上等な格好をしていた。
「……そうゆう格好じゃないとダメな訳ね。やっぱり」
白いシンプルなワンピースだったが……
その上質なツィード素材に冬物らしい細い革のベルトをリボン結びをさせて
どうみたってよそ行きだった。
オマケに見た事ないような化粧までしているではないか??
『こんなに綺麗だったけ??』
そう隼人が目をこすりたくなるほどだった。
「だって……こうしていかないと兄様うるさいんだもの……」
「なるほど。 それもお母さんの服」
「ううん。 美穂姉様がプレゼントしてくれた服」
「あっそ」
(まったく……本当にお嬢様なんだな……)
隼人はこの女性の横に並ぶにはやはり……
そう思って躊躇わずにスーツをクローゼットから取り出した。
「スーツ着ていくの?? そこまでしなくても」
「うるさいな。 着ていく」
ライトグレーのスラックスにパステルイエローのストライプシャツを羽織って
ダークブラウンのネクタイを締める。
(ネクタイなんて何年ぶりだよ……窮屈だなぁ)
ところが……ネクタイを締めると葉月がそっと寄ってきた。
「格好いい……」
そんな色っぽい化粧をされた彼女に羨望の眼差しで誉められると
隼人だってまんざらでもない……。
「背が高いから着映えするわね……新しい発見♪」
そういいながら……『ちょっと曲がっているわよ』と
葉月にネクタイを直されてしまった。
「カルバン=クラインがすきなの?」
スーツのブランドも一目で見破られたのでビックリ……。
「ああ……まぁね……気に入ったのがコレだっただけだよ」
でも……葉月はどうしたことか……
いつになく瞳をキラキラさせてそんな格好の隼人からひっついて離れない。
(軍服の男なんて見慣れているから物珍しいのかな?)
この時、隼人は葉月の奥底にある『兄貴達』が
上等のスーツを着こなす男ばかり……という事はまだ知らなかった。
あんまり、葉月が可愛い顔をするので……ついつい……
そっと頭を引き寄せて口付けてしまった。
濡れたようなピンク色の唇がいつもより吸い付くような感触だった。
「じゃじゃ馬にも衣装だな」
「あ! 父様と同じ事言ったわね!!」
本当は『綺麗だよ』と言ってあげたいのに……天の邪鬼はそう言わない。
でも……
(う! オヤジさんもそんな事言って葉月をからかうのか??)
と……おののいてしまった。
「もう……皆そういうからこんなカッコウしていきたくないのよね!
でも……兄様がほんっとうにうるさいんだもの……
レディならわきまえた格好して来いって! ホント口うるさい兄様!」
「そりゃ。 昔から知っている人なら、葉月の元々の姿見たいに決まっているさ」
何気なく……言ったつもりだったが……
「そうかな?」
なんだか葉月がちょっとやるせなさそうに微笑んでうつむいた。
昔の自分はもういない、なのに皆がそれを求めている……そんな感じだった。
「…………でも、葉月は……いつもので充分だよ。
むしろ……いつもの葉月の方が俺は……好きだけどな。
そんな化粧しなくたって充分綺麗だよ……なんだか違う人みたいだ」
(あああ。 ほらまた! こんな葉月に言わされた気分!!)
こんなこと平気で言ってしまうのも、
充分綺麗なのにどこか引っかかりを見せる葉月のためについ……言ってしまう。
(俺……こんな男じゃなかったのに……)
いつもそう思うのだ。
だから……
『支配されている』 いや……やはり『侵されている』になるのだろうか??
でも、そんな隼人の言葉で葉月は萎えそうだったお洒落心に自信が戻ったのか
「…………そう? だったら……しない方が良かったかな?」
いつもの笑顔をこぼしてくれたのでホッとした。
「だからって今からその化粧落とすなよ。期待している人がいるんだから」
「うん……」
「ああ……それから……」
侵されついで……言ってやろうと思った。
葉月の耳元にそっと隼人は唇を近づけた。
『綺麗だよ』と……
当然、葉月の笑顔が輝いたことは言うまでもない……。
(まぁ。いいか……それでアイツが普通の女らしい反応するなら)
隼人は、いつになくご機嫌な葉月につられるようにして……
深呼吸一つ、気合い充分ライトグレーの四つボタンジャケットを羽織った。
『こんばんはーー』
葉月のマンションから街方面へさらに一キロの海沿い
そこに大きな芝生庭の白い洋館。
(はー。 この家フランク中将の家だったのか!)
自転車で買い物に行く途中……庭のテニスコートがある大きな屋敷。
どんなお金持ちが住んでいるかとおもいきや……
『さすがフランク家の跡取り息子!』
大きな鉄格子の門。
そこのインターホンを葉月が車の窓から押すと……
自動でその門が開いた。
(ビバリーヒルズ並みだな……すっげーなぁ)
隼人はもう……『葉月の暮らしぶりで慣れた』とばかりに、もう慌てるのはやめた。
「お隣の日本邸宅が細川中将のご自宅よ。今は一人だけどね」
その大きな洋館の塀の隣にこじんまりとした日本邸宅があった。
落ち着きがあって庭には季節の木が植えられているようだった。
「一人って……奥さんは?」
「おば様は……五年前に病気でなくなったの。
島に来てお二人でのんびり暮らしていたのに……」
「そうなんだ」
「だから……美穂姉様もおじさまには気遣っているみたい。
元々、細川のおじ様の紹介で兄様と結婚したから」
「ふーん……親戚同然ってわけか」
「そ。おじ様も本島にお孫さんと息子さんがいるけど……
愛里がいるから寂しくないみたいよ?
元より訓練出ていれば張り合いあるみたいだけど」
「はぁ……孫はいるのか 息子がいるのか」
愛里はロイの愛娘だった。
隼人はその女の子のために今日はケーキなどを仕入れに行った程だ。
「愛里、喜ぶわよ? 格好いいお兄ちゃまが来たって」
「ジョイ程じゃないだろ?」
「ふふふー♪」
なんだか嬉しそうに芝庭に車を駐車した葉月の顔は
本当にいつもより輝いていた。
でも……隼人は緊張しっぱなし……。
なんと言っても……初めて彼女の家族のご挨拶って気分なのだ。
ジョイが来ているというのが救いだった。
(ジョイはどんなカッコウできているのかなぁ??)
『なに!? 隼人兄スーツで来たの?? あはははーーー!!』
(笑いたきゃ笑ってくれ!)
隼人はもう『やぶれかぶれ』な気分で葉月と車から降りた。
「あー! 来た来た!!」
大きな玄関を葉月と一緒に入ると……
『!!』
隼人はお出迎えの二人を一目見て、動きが止まってしまった。
「ほら。 愛里? 練習しただろ? お兄さんにご挨拶!」
「コンバンハ おにいちゃま」
隼人と葉月のお出迎えは……
スーツ姿の麗しい金髪の青年ジョイと同じ様な容姿の愛らしい女の子。
「お嬢ー♪ 決めてきたね!! それは誰の服??」
葉月の女性らしい姿をジョイがニヤリと見下ろした。
「もう。。」
葉月が着る物はすべて『貰い物』
『ファッションセンスないの?』というような弟分のからかいに
葉月はすぐにむくれてそっぽを向く。
「隼人兄も決めてるジャン♪ 格好いいな〜俺より着映えしているよ??」
(あー。スーツ着て来て良かった)
目の前の金髪青年はそういって誉めてくれたが……
ジョイも立派な紺色のスーツを着て、軍服の時の面影などどこにもない。
それだけで……女の子達が黄色い声でも上げそうな男ぶりだった。
「愛里ちゃん 初めまして……澤村です。 これ。お土産……」
ロイにそっくりな……金髪、青い瞳の人形のような女の子。
その子の目線に合わせて、隼人は床に膝を着いてケーキの箱を渡した。
「愛里。お兄さんは日本人だよ?」
ジョイを見上げて、愛里がちょっと考え込んで……
「おにいちゃま。 アリガトウ……」
どうやら……日本語も少しはいけるようで隼人もホッとほころんだ。
「愛里ちゃんはいくつ?」
「6つ」
隼人の微笑みに、愛里が青い瞳をジョイと同じように無邪気に輝かせる。
(可愛いなぁ……こりゃ、中将も猫かわいがりだな……きっと)
そう思っている側で……
「愛里〜良かったなぁ♪ お前は偉い。日本語も上手♪」
彼女の白い頬にジョイが『チュ!』とご褒美のキスをしたので
隼人はビックリ……おののき……。
『俺は硬派。女の声は届かない』
いつもそう言って、言い寄ってくる軍の女性には冷たい彼。
(いやー。ジョイもこりゃ……猫かわいがりだなぁ)
と、隼人は苦笑い。
『いこいこ。愛里〜』
と……従兄の娘の手を引っ張ってもう……
「まったく。ジョイったら、兄様に似ているから親子とも取られ兼ねないわよ」
葉月はいつもの冷たい顔でシラっとデレデレしているジョイに一言。
「愛里。葉月姉には挨拶しなくて良いぞ」
ジョイの仕返しの一言に葉月がムッとしていた。
が……葉月がニッコリ微笑みかけると愛里もニッコリ微笑み返してきた。
「愛里ー。How are you?」
「I’m fine thank you. How are you?」
「I’m fine♪」
葉月と愛里の立派な発音英語のやりとりに……隼人はため息。
(さすがぁ……国際的っていうのかなぁ?)
『あのね? おにいちゃまはフランスにいたって本当?』
愛里が隼人に英語で話しかけてきた。
「ああ。そうだよ?」
英語で隼人も返してみると、英語が通じたのが嬉しかったのか
愛里は初対面の緊張が解けたのか、この上ない輝く笑顔をこぼしてくれて……
隼人は『どっきり』
(いやー。俺も弱いかも?? こうゆうの……)
ジョイの猫かわいがりを笑っている場合でもないようだった。
『フランスは綺麗?
愛里はアメリカのお祖父ちゃまの所には行ったことあるけど
フランスはテレビで見ただけなの!』
『うん……綺麗なところだよ』
『いいなぁ! お兄ちゃまはエッフェル塔行ったことある?』
『ああ。あるよ?ベルサイユ宮殿もね』
『わぁ♪ 愛里は自由の女神には行ったことあるの!』
『そうなんだ。アメリカは行ったことないなぁ』
『じゃぁ! 愛里がパパと行った写真見せてあげる!!』
『来て来て!!』と……隼人は愛里に手を引っ張られてしまった。
「ああ。取られちゃった。
なんか、隼人兄って真一もそうだったけど『なつかれ易い』っていうのかなぁ?」
「いいじゃない。愛里があんなに喜んでいるのだから。
ジョイなんかしょっちゅう来ているから愛里も飽きたのよ」
「……」
葉月のお返しの『ニヤリ』に今度はジョイがムッとしていたが
「ああ。ここにも一人、なついてしまった女が一人いるみたいだね〜」
今度はジョイのシラっとした一言に葉月がグッと頬を赤くした。
「なついたとは何よ! もう!!」
隼人はそんな会話に苦笑い。
(なついてるようで、なついていないんだな。コレが……)
まぁ……本当に姉弟のような二人の会話は部隊とまったく変わらなかった。
『もう! お姉ちゃまとジョイはいっつも喧嘩ばっかり!』
愛里がむくれる。
「いやいや 愛里。これは『どつきあい』って言って仲が良い証拠なんだよ?」
ジョイはどうやら……日本語が先に飛び出す性分らしく……
「ドツキアイ??」と、愛里が首を傾げた。
「変な日本語、愛里に仕込まないでよ!」
葉月がジョイの金髪頭を『パン!』と叩いたので隼人も驚き。
彼女は本当にジョイの前では『お姉さん』の様である。
「いや。やっぱ、ドツキアイかも??」
隼人が一言述べると、年下の二人は顔を見合わせて……
『ふん!』とそっぽを向いたのだ。
そんなふうに玄関先で騒いでいると……
「あら……賑やかな事……」
廊下の奥から品の良い女性の声が……
「姉様♪」
隼人の横にいた葉月が……見たこともない輝く笑顔をこぼしたので
隼人はまた! かなり驚き!!
「まぁ……大尉……無理言って誘ってごめんなさいね」
現れた女性に、愛里もケーキの箱を持って『ママ!』と駆け寄った。
その金髪の少女が駆け寄った母親……。
黒髪を結い上げた大島紬の着物に……料理中なのか割烹着を着ていた。
隼人は硬直!!
金髪少女の『ママ』が女将さんのような日本女性。
解っていたが……予想を遙かに超える上品さだった!
「…………」
そんな隼人の『弱い所』を既に見抜いている葉月が
隼人の『茫然』とした眼差しをかなりしらけた視線で見上げていた。
それに気が付いて……隼人は一つ咳払い……。
「初めまして 澤村です……いえ。お誘い有り難うございました。
奥様の年越しそばがことのほか、美味しいと『彼女』から伺って……
久々の故郷の味を楽しみにしてきました……」
「こちらこそ。フランクの家内です……
まぁ……葉月ちゃんたらそんな事持ち上げてくれたの??
大したモノ作れないのよ? うちは日頃はアメリカ式だから……」
美穂の笑顔に隼人はやや……緊張。
36歳のロイとは4つ違うと言う事で……隼人とは2つしか違わないのに……。
32歳とはいえ……かなりの気品を放った奥様。しかも『着物』ときた!
あの麗しい金髪若将軍のロイの妻としては想像外の姿だ。
「ママ! お兄ちゃまがくれたお土産!」
愛里が美穂に箱を差し出すと……
「まぁ……娘にまで気を遣ってくれて……さぁ……どうぞ?
ロイも良和おじさまも、すっかり出来上がっているのよ?」
美穂の優雅な笑顔に隼人は恐縮して戸惑うばかり……。
「なに? お嬢??」
「いいから!!」
隼人の後ろで、葉月がジョイのジャケットの袖を引っ張って
なにやら二人でくっついて廊下の遠くに行ってしまった。
『えーー?? そうなのぉ? ふーん♪ 意外!』
『それでね!』
『ふんふん??』
二人でヒソヒソと話して何をやっているのやら……。
(どうせ……俺が黒髪の大人女性には弱いって言っているのだろうなぁ)
「おにいちゃま! パパとおじ様のところにいこう?
ママ!! ケーキ、持ってきてね! お兄ちゃまと一緒!」
愛里に手を引っ張られて隼人は葉月達から遠ざけられてしまった。
「もう……愛里? 葉月お姉ちゃまに叱られるわよ? そんなに甘えて……」
美穂のクスクスと笑う上品な『からかい』にも……
隼人は訳もなく照れてしまっていた。
『ほらね!!』
『ホントだ!』
廊下の奥から幼なじみ姉弟のそんな声まで……。
(ああ。もう、言いたいだけ言ってくれ!)
そう隼人は顔をしかめながら……愛里に引かれるまま従った。
「お兄ちゃまは……葉月お姉ちゃまとステディなの??」
「ステディ!?」
『恋人か?』と突っ込まれてここでも隼人は大慌て……。
そんな隼人に美穂がクスクスと笑いながら……
「もぅ……おませな子。 ジョイにまたなにか教わったのね??」
「やだな! 俺何も教えてないよ! お姉ちゃん!!」
「はいはい。 そこで内緒話はやめて二人も中に入りなさい」
『はぁい。。』
美穂にかかると、葉月もジョイもなんだか『子供』のようだった。
それでも……
「ねぇねぇ! お嬢♪ 今年の紅白知っている? アレがでるの! 楽しみ♪」
「なんだか。ジョイはほんっとにアメリカ人じゃないわよ」
「だって! ミゾノが俺をこんなにしたんだぜ?? 責任とって付き合ってよー!」
「なに。 付き合うのよ??」
「だって〜良和おじさんの『将棋相手』やだモン。。紅白見るって付き合ってよ〜」
「しょうがないわね」
なんだか……本当に『姉弟』のようで隼人は思わず微笑んでしまった。
葉月が……そうしてなんでも話せる家族に近い人間がここにはいる。
信頼する『義理姉』にこぼす無邪気な笑顔。
幼なじみの弟分とはまったくもって隔てる壁もない様子。
(ある意味……羨ましいな。 俺もそんな葉月と暮らしたいよ)
隼人は少しばかりきついネクタイを襟元で直して……
愛里につられるままリビングに入った。