1.魔女と王子様

 

 『ボー』

「ううん……朝か?」

黒髪の男は、自宅アパートの開け放している窓から聞こえてくる

港の船の汽笛の音で、フッと目を開けた。

はだけた肩に薄いシーツを引き寄せ、身体に巻き付け……

朝日を遮るように窓際に寝返りを打つ。

 

「ウ〜ゥン……、ユウ〜?」

甘い声が彼の耳元に届いて……彼はフッとおもむろに元々向いていた方向に

もう一度寝返ってみると……。

そこには素肌の栗毛の女性が一人。

 

「わ!」

黒髪の『ユウ』は、そこでガバッと起きあがった!

「しまった。仕事だ!」

起きあがって、ベットの向こうにある本棚の上の時計を

確認すると7時半を差している!

「起きろ! ソフィー!」

黒髪のユウは、美しい裸体をゆったりとベットに横たえている女性を揺り起こした。

「いや。私、今日は行かない……ここで待っている」

「って、訳にはいかないだろ!? 俺のせいで欠勤はごめんだぞ」

「どうしてぇ〜? ユウが昨夜、私を誘ったからいけないんじゃないの?

私……週末が良いって言ったのに……ユウが無理矢理連れ込んだんだから……」

 

そうなのだ……。

平日だというのに、この栗毛の女性を酔った勢いで自分の自宅に言葉巧みに連れ込んだ。

 

『俺、知りませんからね。後始末はごめんですよ』

 

冷めた目つきの後輩が言い放った昨夜の一言が蘇った。

とにかく、横の女が起きないと言っても、自分だけは出かけなくてはならない。

 

「参ったな〜……俺、朝一に陸訓練の講義があるのに……!」

黒髪の『ユウ』……『遠野祐介』は

ベッドから降りて、クローゼットにかけてある制服を取り出す。

とにかく、白いカッターシャツを着込んで、ライトグレーのスラックスを穿いた。

 

『ジリリリリ……!』

 

こんな忙しい時に……電話が鳴るなんて!

祐介は放っておこうかと思いながらシャツのボタンをかけていたのだが……。

ふと……『予感』がして受話器を取ってみた。

 

「澤村です。先輩……こんな事だろうと思って、俺……朝早く出勤して

講義の時間替え……雪江さんに頼んでしておきましたからね。

まったく……ミツコにばれないようにするにも苦労したんですから

お願いだから、無茶な夜遊びは控えて下さいよ?」

 

「隼人〜……助かった! メルシー♪ この借りはかならず!」

 

気が利く後輩は同じ『日本人』

若い隊員が集まる小さな中隊にて、同じ所属だった。

彼は『澤村隼人』

祐介から見ると、少し変わった経歴を持つ日本人。

多くは語らない大人しい後輩だったが……

訓練校時代からフランスで暮らしているというではないか?

お陰で、祐介がフランスへ転属してからも

この後輩がいるお陰で、フランス暮らしで不安になったことはない。

無口で淡泊な後輩だが、妙に気が利くのだ。

何を考えているか解らなくて、祐介は時々首を傾げるのだが……

だけれども、この後輩は絶対に祐介を見捨てるような事はしないのだ。

祐介も、このきめ細かい後輩に散々助けられて、

フランスでの単身赴任生活を無事に送っているが……

仕事では、まだアンバランスなこの若い後輩を助けることが多いのは祐介の方だった。

 

この後輩は、今は25歳になろうとしていた。

出逢ったのは3年前……。

まだまだ初々しい青年だった。

そのころから、今所属している中隊の『空軍』でメンテナンス員をしている。

寡黙に仕事をこなす男で、仕事のきめ細かさも地味ではあるが

祐介はそこに『隼人の素晴らしさ』があると見ている。

そして──

祐介はと言うと……

海陸が専門なのに、何故に? 航空基地のフランスにいるかと言えば……

話は長くなる……。

とにかく……日本を出る事もある外国向けの軍人生活を決めた途端に

フランスへ飛ばされたのだ。

そして飛ばされたフランスでの『使命』というのは

この『航空基地隊員達』向けの……『体力育成の教官』

つまり……学校で言うところの『体育の先生』を仰せつかったのである。

それが、澤村隼人と供に所属する中隊内での祐介の今の『ポジション』である。

海陸出身の男といえども、危機迫る任務も言い渡されることもない部署にいて……

日々、中隊内の隊員達の体力養成とか……

『教育部』という部署にいるだけあって……新人達の体力養成にも回されるのである。

 

できれば……暮らしていた川崎に近い元々の職場

横須賀基地内での部署異動を望んでいたし

そうでなければ……出来たばかりの基地……『小笠原』

それでもダメなら、入隊前に横須賀訓練校から編入にて行った、

特別訓練校がある『フロリダ』を望んでいたのに……。

それがいきなり『フランス』である。

 

『私……外国には行けない』

 

結婚して3年目の事だった。

妻は転勤を望まなかったが、夫の昇進は望んでいた。

昇進を望むなら『転勤』は付き物だ。

幹部とはそういう物だし、何処の外国提携の基地に飛ばされても文句が言えない立場にあった。

祐介はこの時『大尉』だったのだが……。

転勤を望まない方向で勤めていたので、同期生に比べると随分長い間、この地位で甘んじていた。

皆は──

『お前ほどの男がね……異動を恐れなければ結構、先に進んでいるぜ?』

とか……

『ま、可愛い京子ちゃんの為なら仕方がないって所なんだろ?』

なんて……からかわれる事もしばしばあったが

そこは祐介自身も決めていたことなので、さして不快感はなかった。

 

そう……この頃は『妻を愛していた』のである。

妻と慎ましやかに暮らしている生活で充分幸せだったのだ。

 

だったら……何故? 川崎での生活を捨てたかと言われると……。

祐介は少し考える……。

 

「あーん……眠いけど、私も行くわ……」

 

シャツのボタンを締め終わった所で、ベットの上からそんな声が。

栗毛で緑色の瞳をした美しい女性が

素肌を朝日の中露わにして起きあがった。

彼女はおもむろに床に散らばる衣服の中からそっと……ピンク色のショーツを手にして

そっと……白くて長い足に気だるそうに通し始める。

 

「悪かったな。ソフィー」

祐介はそっと微笑みかけてみた。

「ううん? 昨夜のユウ……とっても素敵だったわよ」

「そうか」

なんだか急に気恥ずかしくなって顔を逸らしてみた。

「ねぇ? ユウは奥さんがいるのに平気なの?

私は……ユウとなら、一度はこうなっても良いかな?って思っていたから

……別にこれだけでも構わないんだけど」

先程まで甘えていた彼女が、ショーツを着けて……ブラジャーを着けて……

衣服を羽織るほどに、急にしっかりした女性になってくる。

そう、部隊で祐介が散々口説いて、なんとか誘おうとしていた時の

ちょっと困った顔した知的な職務女性に……。

 

「平気だからしているんだよ」

祐介は彼女と顔を合わせずに背を向けて答えた。

「……そう?」

少しばかり……怪訝そうな彼女の声。

「……ユウがそういうなら、そうなのね?」

「さて……別々で悪いが出かけるぞ。俺は自転車で超特急でいくけど

ソフィーの足では遅刻だな? タクシー呼ぼうか?」

「ええ、ありがとう……そうするわ」

祐介が早速、受話器を手に取ると……

「さっきの電話……ハヤトでしょ?」

ソフィーが可笑しそうに笑った。

その時の彼女はもう……制服のタイトスカートも身につけて……

制服の上着を手にしていた。

キリッとした事務課の女性に戻っていて、その笑顔がまた何とも魅力的で

時間があるならもう一度何かをしてやろうか?なんて言う欲望が祐介の心にざわついたほど。

だけど……それどころじゃない。

「ああ、時間替えを手配してくれたみたいだ。内緒だぞ」

「解っているわ。あの工学科の『魔女』にばれたらユウが大変だもの」

「だなぁ……」

ソフィーが『ウェッ』と舌を出した表情……祐介も思わず同感……。

苦笑いをこぼした。

「ハヤトはなんであんな女性と付き合っているのかしら? フランス基地の謎の一つよね?」

「同感」

祐介も思わず、ため息をつきつつ……受話器を手にしてダイヤルを回す。

そこでタクシーを一台、アパートの前に呼びつけ、到着を待つ。

 

「そうおもうなら、仲が良いユウがなんとかしてあげられないの?」

「まぁ……人の恋路はなるべく邪魔はしたくないんでね」

祐介がいつもの如く、誰に聞かれても、言われても用意している答えでサッと流すと

ソフィーは他人事ながらも、妙に納得いかないとばかりに膨れたのだ。

「ハヤトは……魔女の魔法にかかっているのよ。誰かが解いてあげないと?

歳だってハヤトの方がずっと若いじゃない?

そのくせ、ハヤトは本当に若いのに落ち着いていて

元校長が可愛がるだけあって頭も良いし、

可愛い顔して仕事もバッチリこなすのよね〜。

まるで魔法をかけられた王子様みたいだわ?

そんな素晴らしい王子様が、あの魔女に捕まっちゃうなんて、

未だに皆、納得していないんだから……」

特にハヤトという隊員と親しいわけでもない女性が、そう力説するほど……。

そう……基地では本当に皆が首を傾げるほどの『事実』なのである。

そこに王子様に魔法をかけてしまった魔女が、如何に女性達に好かれていないかが現れている。

その上、ソフィーはまだ、力説する。

「噂では……ハヤトのフランスママンである元校長の奥様だって……

母親として魔女の事は気に入っていないって聞いているわよ?」

「噂だろ? マリーママンはそんな事は言わないぜ」

祐介は隼人の十代からのホームステイ先だった『ダンヒル家』の事は

隼人から紹介されて親しくはしている。

マリーは優しい女性だが、芯はしっかりしている。

そこは、校長の『マダム』なのである。

そして……

確かにマリーは『魔女:ミツコ』の事は気に入っていないことも祐介は知っている。

だが……基地内で元校長の妻がそんな事を常日頃口にして言いふらしている……

なんて悪い話は流したくないし……。

実際にマリーはそんな事は外では絶対に口にしない慎重な女性だ。

『噂』なので、仕方がないのだが……

どうして噂になるかと言えば……

あの『魔女』しかいないだろう?

隼人と同棲をして二年になるが、その間一度として……

マリーに快く迎えられたことがないから、魔女自身が基地内で

『気に入られていない』とありありと態度に出しているのだと祐介は判断する。

 

とにかく

女性達が『魔女』と名付けたぐらい……。

ミツコとはそういう女だった。

とにもかくにも……感情を仕事中でも態度で露わに出す。

機嫌が良ければ、気持ち悪いほどに、明るくはしゃぎ……

機嫌が悪ければ、不愉快になるくらいに周りに当たり散らすのだ。

そこの所は男性には良く理解が出来ない神経だった。

被害にあった者達は多数。

祐介もその一人であるし、目の前の彼女も当然体験済のようである。

 

『頭が良くても、ああいう女性がいるって初めて知ったわ』

昨夜、食事の席でソフィーはそう言うのである。

『日本の女性ってみんな、ああなの? なんだかゲンメツ』

そうとも言ったのである。

祐介は『あれは特別』と日本の女性すべてを救うが如く弁明したりする……

『あ! ユキエは全然違うわよね!

ユキエは本当に良くできた可愛い子よ?

あ〜……でも、ユキエはパパのお仕事でフランスが長いから、そう育ったのかしらね?』

雪江が日本人として、イメージを変えてくれたかと祐介もホッとしたのだが

雪江の父親は日本雑誌社の海外特派員でフランスに長くいたため……

それで雪江はほとんどと言っていいほどフランスで育った様な物だった。

そこで祐介はまたガックリするのだが……

 

『ま。俺の女房も……妙に日本人だよな』

と……なんだか日本の女性に対して妙に嫌悪感が湧いたりして

『弁明』なんてしたくなくなってくる。

 

そして──

その『女房』の心情を考えると、祐介は何もかも、世界のすべてが億劫になってくる。

だから……多少の道ハズレ、『ろくでなし』になったところで

『罪悪感』とかいう大層な美しい定義への志を持つことさえ面倒になってくるのだ。

 

『ああ、俺もそう思うことありますね。

人としての正しさに対する『美学』に、何の素晴らしさがあるかって疑問に思う』

 

何があったか知らないが……

あの繊細そうで、そしてナイブーそうな顔つきで

いつも何か億劫そうに、すました顔をしている後輩『隼人』もそう言ったことがある。

だから……お互いの心の中にある『影』については

語り合ったことはないが、言わなくても周りから耳に入ってくる情報とか……

そして、お互いに向き合ったときの些細な反応や言葉で

『何が不満か』は薄々解っているのが……

そこはお互いに敢えて口にしなかった。

 

だが──

問題は違えども、持っている疑問は通じているようだった。

そこも『言葉無し』に通じてしまい、『澤村隼人』とは、妙に『気があった』のである。

 

だから……彼は祐介の『女癖の悪さ』には変に干渉しない。

そして……祐介も……

隼人が巻き込まれてしまった『妙な魔法にかかった恋』にも干渉はしない。

祐介が唯一、気に入らない『最悪の女』と同棲していてもだ。

 

(しかし……そろそろ目が覚めるかな?)

 

ここの所、隼人は顔に出さないが、妙に疲れた顔をしている。

そして、祐介が誘う夜遊びにも、女を引っかけないにせよ

致し方なさそうについてくる。

致し方なさそうでも……ついてくる訳があるのだろう……?

 

『お前、本当のところは……アパートに帰るのが億劫なんじゃないか?』

魔女とどんな暮らしをしているかは知らないが?

だいたい察しはつく。

隼人がどんな行動を選んでも、自分が望んだように動かないと

これまた魔女は、大袈裟に大騒ぎでもするのだろう?

だが……

『別に……?』

シラッとした顔で、バーボンを煽る後輩のすました顔。

(この天の邪鬼!)

こんな時に、少しでも愚痴をこぼしてくれれば……

祐介だってここぞとばかりに『アドバイス』は沢山用意しているから提供するのに。

だけど……

向こうが、心より助けを求めてこなければ……余計なお世話になるので

祐介も隼人がそう言うなら……と、今は放っておいているのだが?

こうして、祐介にひっついて夜の街をほっつき歩くのは

ある意味……『困っているサイン』ともとれるが……

今は、祐介も様子見の段階である。

 

「そういえば? 最近、魔女……凄く荒れているみたいよ?

そうよね……ハヤトもそろそろ疲れてきた感じ?って皆が言っているもの」

ソフィーは、長い栗毛をかき上げながら、昨日髪を留めていたバレッタで

サッと髪をまとめていた。

祐介はそんな女性の優美な見繕いの仕草に見とれならがらも

すこしばっかり『ドッキリ……』

自分も今、同じ事を考えていたからである。

 

「ま、あの魔女が荒れているのは、いつものことだろ?」

「そうだけど……」

今度は、祐介が本棚にとりあえず置いている小さな鏡の前で

ソフィーは口紅を塗り始める。

「放っておけよ。隼人が何も言わないんだから……」

祐介は、髪を結い上げた彼女の背中に寄り添って

そっとうなじに口づけをした。

「そうね♪ ね。また……その気になったらでいいの?

美味しいディナー楽しみにしているわ♪」

「ああ……ソフィーさえよければ……またな」

「勿論……行き過ぎた事は望まないわ……。

それだけ……ユウは素敵だもの……」

 

麗しい笑顔をこぼした一夜の恋人。

美しく彩られたばかりの彼女の口紅の上に

祐介はそっと唇を重ねた。

 

一夜の恋人といえば……美しく聞こえようが

実際は『ギブアンドテイク』なだけだ。

それでも祐介としては、『狙っていた大物』を昨夜は落とす事が出来て

満足な朝を迎えていた。

大抵は……後腐れない、さっぱりした頭が軽い女性を選んでいた。

ソフィーは違った。

頭が良いからこそ……落とすのに時間がかかったが

『ギブアンドテイク』の法則は良く解っている女だったから……。

でも……彼女も女性だ。

深入りすれば、きっと彼女を苦しめることになるだろう……。

だから、この恋もきっとまた距離が出来て長くは続かない。

いや……祐介はそうするようにしなければいけないのだ。

 

それが……『ろくでなし』と言われてもだ。

 

その事について、今はまったく『罪悪感』なんて感じない。

むしろ……そんな事、考えてなんかいなかった。

 

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 なんとか遅刻せずに、祐介は本部に出勤が出来た。

この時、隼人は外勤族だったのでこの本部内にはいない。

祐介は教育部の教官が固まっているデスクに着いて、早速内線をかける。

祐介が座っている席、『教育部』に数年後、隼人が空軍教官として座ることになるのだが……。

それはこの時点では、誰も知り得ないことであった。

その隼人が、今? 何処にいるかというと?

 

『ボンジュール。サワムラいる?』

内線に出てくれたメンテナンス員が、すぐに隼人と交代してくれる。

そう……彼は『空軍メンテナンスの班室』に所属していた。

本部とは離れた外勤族の中に混じっている。

「おっす♪ 助かったぜ! また、雪江ちゃんにも借りが出来たな〜」

「ほんとっすよ。昨夜、だいぶ酔っていましたからね。

昨夜、別れたときから早起きしてそうしてやらねばって思いましたモン」

いつもの平淡な後輩のしゃべり方。

「あはは〜、悪いな♪」

「いいっすよ。今度の先輩の体力訓練で、俺を大目に見てくれれば」

「とかなんとかいって……お前自身が手を抜かないじゃないか?」

そう……細身の割には、隼人の運動神経は中の上でまぁまぁ優れていた。

多少……日本人と言う事でフランス人に勝てないところがあっても……。

隼人は、祐介が指導する体力訓練で甘えたことは一度もない。

「だったら、俺の分も雪江さんに返してあげて下さいよ。

彼女もミツコの目を縫って手配してくれたんですから……」

「……そこ、気になるんだが? まさかヤツの講義と入れ替わっていないだろうな?」

「まさか! そんな見え透いた時間替えしたら、雪江さんが殺される」

「……お前な? 『殺される』って……自分の女のことだろ?」

「……」

祐介は苦笑いをこぼしつつ、冗談のつもりで言ったのだが……

隼人は黙り込んでしまった。

(うぉ? マジで言ったとかいうなよ??)

まぁ……そう言う風に『魔女』の事に気が付き始めているなら

それも良いかもしれないが……?

祐介としては、『隼人が望んで魔女と暮らしている』を前提として

日常触れるように『努力!』しているのである。

 

「ミツコじゃない、工学科の顔見知りの先輩に頼んで入れ替えましたよ」

「それならいいんだが?」

「だから……ヒヤヒヤするから、いい加減にして下さいよ?

アイツを怒らせると、一手間なんですから……」

「解った、解った」

後輩のお小言に、祐介は顔をしかめながらも、

再び『御礼』を述べて……受話器を置いた。

 

なんでも、今からその雪江の『恋人』

祐介のもう一人の母国後輩……

『藤波康夫』が所属するフライトチームと海上訓練に出るとの事だった。

 

祐介が三年前にフランスに転属してきたときに、

康夫は祐介も編入したフロリダ特攻の一年研修を卒業して配属されたばかりの頃で

その時に『同じ転属組』として出逢った。

康夫もフランスのことは右も左も解らない状態の中……

先に在住していた隼人が、同母国人として助けてくれたのだ。

康夫は千葉の出身だったが、神奈川の横須賀校にいたし

祐介と隼人は神奈川の出身だったし……

数少ない日本人として、同じ中隊に配属されたとあって

こうして三年、親しき付き合いをしていた。

 

雪江は、隼人と同じで早くからフランスにいたのだが

康夫が転属してくると年頃も一緒とあってアッという間に二人は意気投合。

日本人という父親の影響が大きいらしく、

『康夫の神風根性はパパみたい!』なんて……。

祐介と隼人と目の前で『交際宣言』をしたのである。

だから……この四人は数年前から輪を作れるようになっていた。

 

だったら? 魔女は何故……同じ母国人なのに輪に入れないかというと?

そこがまた……彼女の『どうにもならない』性質? というのだろうか??

魔女の数々の『どうしようもない』日々の諸行について思い出すと

祐介は頭が痛くなってくる。

 

『ちょっと? 遠野君いる?』

隼人と話を切り上げて……

今度はソフィーが間に合ったか確認の秘密内線を入れようとした時だった。

祐介は自分の名前を呟く女性の声に気が付いて受話器を置くと……

 

『えっと……』

 

入り口で同僚のフランス人がなんだか応対に困りつつ

肩越しに祐介の所在を確認していた。

 

(げっ!)

 

思わず、デスクの下に潜り込んで隠れたくなったが……

その同僚の肩から覗く黒い瞳と目が合ってしまった!

 

『お邪魔するわよ!』

『ちょっと……困るよ、勝手に人の本部に!』

入り口で彼女と向き合っていた同僚が、祐介をかばうが如く引き留めようとしていた。

その上、朝の業務で慌ただしい本部内の隊員が

なんだか皆、顔色を変えて彼女の行く先を手元を止めて眺めている。

 

彼女は黒くて長い艶やかな髪を、サラサラと揺らしながら祐介のデスクに近づいてきた。

そう……『魔女』の登場である。

皆のハラハラした視線は、魔女の天敵……祐介を哀れむ視線に変わってゆく。

 

『今度はなんの爆発だ?』

魔女が放つ『放火攻撃』に、皆は『野次馬』どころか

ハッキリ言って『ウンザリ気味』なのである。

 

(まて!? 隼人は講義時間替えについては『ばれないようにした』って言っていたし?

魔女の講義に差し支えないように絶対に気は配ったはずだ!?)

あのきめ細かい後輩が、若い頃ならともかく、今はそんなヘマはしないはずだった。

 

だが──『魔女・ミツコ』は、もの凄い形相で祐介のデスクへ一直線!

勢い良く向かってくるじゃないか!?

 

だが『魔女の用件』は大抵決まっている。

仕事のことだろうが、なんだろうが『王子様絡み』

もしくは同じく日本人で『大尉』である祐介に対する

『対抗心』か『嫉妬心』の八つ当たりである。

 

後者であることを望んだが、祐介は『王子様絡み』と勘が走った。

 

祐介は深呼吸……魔女との戦闘態勢を整えた!

 

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